第23話「でこぼこファミリーと自治会」
筋肉おっさんことドワーフのハッグと供に服飾ギルドへと向かおうとしたところだ、一分も移動する前に、スラムの顔役であるデパスと出くわした。きっと朝の配給でももらいに来ていたのだろう、欠けた椀を手に持っていた。
「おはようございますデパスさん」
「……ああ、おはよう」
50代ほどのやせ細った男、デパスが俺の挨拶に返答を返すが、その目は警戒心を持っていた。その目を見て逆にやる事を思い出してしまった。
「そうだデパスさん、ちょっと頼みがあるんですが」
「……なんだ? また人足か? それとも女でも欲しいのか?」
「この地区に女性ってそんなに多いんですか?」
スラム街に綺麗所の女性がいたら危ないと思うのだが。
「……いるぞ。むしろ男女比は女性の方が多いくらいだ。もっとも入れ替わりも激しいから印象でしかないがな」
なるほど。言われて回りを見渡してみると女性や子連れが多い気がする。ってっきり男たちは仕事に出ているからだと思っていたが、そういう事ではないのか。
「ふむ……。やっぱやったほうがいいな」
「面倒ごとはごめんだぞ」
「そう言うなって。デパスさんにはこのスラムに自治会を作って欲しいんだよ」
「自治会? なんだそれは?」
「言葉通りの意味だよ。国とは別に、独立したルールを策定して、スラムを少しでも暮らし安くするんだ」
「お前は阿呆か? スラムの人間はそのルールをもっとも嫌う人間の集まりだぞ?」
「東のスラムはそうかもしれないが、この西スラムは違うだろ? スラムになってからあまり日が無いと言うし、実際無言の決まり事なんてのは山ほどあるだろう」
デパスは眉間に思いっきり皺を寄せて腕を組む。
「それらの決まりを少しずつ明文化して、約束事にしていくんだ」
「その利点は?」
「きっちりとした自治が出来れば、必ず職と結びつく……というか俺が持ってくる」
「……なんだって?」
「もし、人の集まりが悪いようなら、自治会の入会とうちの炊き出しを食べる権利をセットにしてもいい」
「それは……つまり入らなければ……」
「ああ。渡さない」
デパスはさらに眉間の皺を深くする。あんまりその顔を続けると、皺が固定化するぜ?
「自治と言っても……」
「あんたにその自治会の会長をやって欲しいんだよ」
「なんだと?」
「こういうのは顔役である人間がやるに限る」
「それは、ワシに恨まれ役をやれというのか!?」
「そういう事になるな」
「断る!」
「もちろんタダとは言わない」
「金で動くと思うなら……」
「もしかしたら、このスラムが普通の住宅街になる。あんたの活動次第でな」
「……」
「あんた、俺のカンだが、今まで他人のために頑張ってきて裏切られた人間なんじゃ無いのか?」
「な」
「スラムにいるのに金の問題じゃ無いって言いきるんだ。あんたの大事なモンってのは、別のモンなんだろ?」
「お前……」
「もう一度、今度は俺も協力するから、あんたが好きな奴らの為に頑張ってみたらどうだ?」
確信は無かった。だが、今の俺は少しだけわかる。大事なモノを手に入れたら自分よりも守りたいモノがある事を。そしてそれを失うのがどれほどの痛みかを。
デパスは一見擦れているように見えるが、ギロとクラリが頼りにするくらいこのスラムで頼りにされている人物だ。それは彼の根底にある、優しさがそうさせるのだろう。そして彼にとって大切なモノとは……。
「あんた、このスラムをほっといて良いのか?」
それがとどめの槍となった。
◆
「のうアキラ、あれで良かったんかの?」
ハッグが道すがら視線を向けてくる。
「大丈夫だ。デパスに必要なのは希望だったからな。絶対協力してくれる」
「ふむ、そんなもんかの」
「ダメなら別の方法を考えるさ。だが自治会が出来たら俺の計画は一気に進むから、是非デパスには頑張って欲しいところだ」
「ワシにヒューマンの機微はわからん。その辺はお主に任せるわい」
「了解した。ハッグはミシンの方を頼む」
「うむ。それは得意じゃからな。任せておけい。あの機械が並ぶ姿を思い描くだけでも燃えてくるわい」
「頼りにしてるぜ」
ハッグの自信に溢れた顔を見るに、量産の自信は十分だろう。服飾ギルドの方でうまく鍛冶ギルドと話をつけてくれていればいいが。
そんなこんなで服飾ギルドの建物へ到着する。幅は狭いが高さのある建物が集中しているのがこのあたりの特徴だ。おかげで日当たりは悪いが、そもそも熱い地域なので、日陰が多いのはむしろ歓迎である。
ヒートアイランドとは逆の現象か、夜の内に冷えた石のおかげか、細い路地に入ると、少しではあるが熱風が抑えられ、汗が乾いて気持ち良い。
服飾ギルドへ入ると、すぐにカウンターの女性が俺に気がついて、奥へと案内してくれた。すでに顔パスらしい。前回と同じくギルド長の部屋へと案内されると、俺とハッグ、それにギルド長の分のお茶を置いて人気は無くなった。
「やあアキラ、待っていたよ」
特にアポイントの無い来訪だというのに、フェリシアは快く迎え入れてくれた。
「いきなり来て悪かったな」
「いやいや、ちょうどこちらから人をやろうと思っていたところだ。ちょうど良かったよ。それでそちらは……」
「ああ、ミシンの製作を頼んでいる発明家のハッグだ。腕利きだぜ」
「なるほど貴方が。よろしく頼むよ。フェリシア・モールレッド。フェリシアで構わないよ」
「うむハッグじゃ」
フェリシアの手をハッグのでかい手が握り返した。
「ハッグと呼んで良いかい? ……ハッグが来てくれたと言う事は……」
ハッグが頷いたのでそのまま会話を続けるフェリシア。
「ええ、量産化の為の設計は終了しましたので、鍛冶ギルドに紹介いただければと思います」
フェリシアはわざとらしく胸を強調するように腕を組んだ。今回は完全に視線誘導を意識しているだろうが、まぁ目の得なだけで俺にはあまり意味が無い。ハッグにはなおさらだろう。
「いやあ、丁度良かったよ。まさにその鍛冶ギルドとつなぎが取れたと連絡するつもりだったのだからね」
「それは朗報です」
雰囲気的にあまり鍛冶ギルドと仲が良く無さそうだったので、少し心配していたが杞憂だったようだ。今日訪れたのもせっつくためだった。
「それでどのような話に?」
「ハッグがいるのなら話が早いな、現物をみせた上で、製造の指導をお願いしたい。詳しくは向こうのギルドに聞いて欲しい」
「わかりました。いつお伺いすれば?」
「紹介状を用意してある。これを持っていけばいつでも」
「これからすぐでも?」
「鉄屋はせっかちだからね。きっとその方が喜ぶよ」
「なるほど。それでは早速伺わせていただきます」
「鍛冶ギルドまでは人をつけるよ」
「ありがとうございます」
フェリシアが指示をすると、奥から小柄でそばかすの女性……というか女の子がやってきた。まだ20にはなっていないだろう。
「初めまして、プレリアナと申します。ミシンのプロジェクトメンバーに選ばれました。これからよろしくお願いします」
ぺこりと挨拶する彼女。
「プレリアナは見た目より腕が確かで口も堅い。これから何かあったら彼女に伝えてくれれば良い」
「わかりました。それでは行きましょうか。プレリアナさんよろしくお願いします」
「はい!」
こうして俺のスラム復興計画は加速していく事になった。
ローカルなネタですが、昨日は秋葉原と新宿の本屋さんを回ってきました。
生まれて初めて、サイン本など書かせていただき、貴重な体験をしてきました。
東京近郊の方は、良かったらツイッターなどから探してみてください。
今日は大阪を回る予定です。