第21話「でこぼこファミリーと場違いな客」
朝になったがやはりヤラライは戻っていない。調査が長引いているのだろう。金も渡してあるので問題は無いはずだ。ちなみに心配は一切していない。むしろ奴がどうにかなる事態とか想像もつかんわ。
朝の訓練は引き続き昨日の槍術だ。ファフの話によると、槍術はそのまま杖術として使えるらしい。殺したく無い相手には有用なので覚えておけと言われれば、剣なんぞよりよっぽど学んでおこうという気になる。
悔しいがファフの野郎は俺の性格が良くわかっているようだ。
訓練を終え、配給を終え、朝食にする。配給分の米などを補充しておいた。2万4867円でワンセットである。
それに朝食の追加分が295円、285円、379円×4、3円それにタバコを追加する。4600円。つーわけで合計6699円+2万4867円=3万1566円。
残金167万6422円。
クエスト204万1010円。
さて、まずはアデール商会に向かおうかと立ち上がったところで、スラムの奥の方が騒がしくなった。ハッグに視線をやると無言で彼は手作り基地の方へ向かう。良くわかってらっしゃる。
「ラライラ、ちょっとキャンピングカーを見張っててくれ」
「うん。でも……」
「様子を見てくるだけだ」
だがトラブルは向こうからやって来た。
「ほう……これは美しい」
人混みをかき分けて現れたのは5人の武装した護衛を連れた、偉そうな奴らであった。護衛に守られた三人の男がいたのだが、明らかに中央の人物がVIPだろう。場違いな服装のおっさんがラライラの前に来て最初に言ったセリフがこれだった。
……ぶっ飛ばされたいのだろうか?
「え? あの……」
狼狽えるラライラを無視してさらに続ける。
「まさかと思ったが本当にエルフの娘がこんなスラムにいるとはな……。良い。名乗れ」
「え? え? あのボクは……」
ラライラの手を取ろうとするおっさんとの間に割って入る。
「言わなくていい。その娘は俺のツレなんだが、一体何のようだ? おっさん」
「なんだと!?」
反射的に怒鳴ったのはおっさん本人では無く、回りの取り巻きたちだった。武装護衛たちは腰の剣に手を伸ばしている。
「おっさんだから、おっさんって呼んだだけなんだけど、なんか文句があるのか?」
「貴様! 構わん! 痛めつけろ!」
取り巻きの男が怒鳴ると、三人の兵士が前に出る。残りの二人はしっかりとおっさん共を守っていた。それなりに練度は高いようだ。
「アキラさん!?」
「大丈夫だ。下がってろ」
三人は小声で何かを呟くと、身体に波動が纏うのがわかった。俺も成長したもんだ。
一人は槍、二人は剣を構えて距離を取る。痛めつけろと言われておきながら殺す気満々じゃねーか。
俺は護衛の波動の揺らぎに合わせて、すっと距離を詰めた。
「へ!?」
恐らくだが、槍を構えていた兵士には俺がいきなり巨大化したように見えただろう。真っ直ぐに入り身をしたので、遠近感が狂ったように感じたはずだ。それは相手の距離感を奪い、波動の隙をつく。
「お疲れさん」
俺は掌底を槍の護衛の胸に軽く押し当てるように入れた。ただし螺旋の波動をたっぷりと乗せてだ。
「ぐぼぁっ!?」
攻撃の見た目と正反対に護衛は胸を押さえてその場にもんどり打って倒れ込み、地面を転がりながら空気を求めた。肺の空気が全て押し出されただけで無く、一瞬心臓も止まったかもしれんな。
残りの二人の護衛を睨み付けると、顔を青ざめて後ずさっていく。
「おっ! おい!? お前ら下がるな! 何で攻撃しない!?」
そりゃあそうだろう。間違いなくこの五人の中で一番強い奴を瞬殺したんだ。それを理解しているこいつらが迂闊に飛び込んでくるわけが無い。
「お前らなぁ。問答無用で攻撃してくるとか、馬鹿じゃねぇのか? 常識をしらんのか? 何なら全滅させるぞ?」
ため息交じりの呆れ口調だったのだが、武装護衛たちは顔を青ざめて、顔中から脂汗を流していた。未だに槍男は地面でのたうち回っている。
……あれ? そこまで強くやたっけな?
波動の乱れを見るに、死ぬような事は無いはずだが……。
「構わん。もうやめろ見苦しい」
止めたのは一番偉そうなむかつく奴だ。
「すまなかったな。私を守ろうとしただけで悪気はないのだ。許せ」
許せるわけねぇだろど阿呆が。いっそこいつもろとも全員ボコってやろうかとも思ったが、面倒事になるのは目に見えるので耐えた。
それよりもとラライラに視線を移すと小さく頷いたので、俺は気を静めた。
「わかった。それよりも相手に名乗らせるなら、せめて自分から名乗ってもらいたいもんだな」
「なるほど。それは一理あるな。それでは改めて名乗らせていただこう」
嫌味すら理解出来ねぇのかよ。帰れって言ってるんだよ。
「私はデジオン・サンデル。都市議会議員のデジオン・サンデルである」
「都市議会?」
「知らぬのか……田舎者め。都市議会はこの国の政治を決定する機関だ。一般的な王国であれば、王かそれに匹敵する位と言う事だな」
つまりこの国の偉いさんというわけか。ピラタス……改めテッサのブロウ・ソーアがこの国の政治体系にえらい興味を持ってると聞いた事があった。王政でない民主的な政治体系なのだと思っていたのだが……。
俺は改めて貴族然とした高級な服装に身を包んだおっさんをみてため息を吐いた。どうやらブロウが参考にするべき政治体制にはほど遠いようだった。
「んで、デジオンさんよ。こんな場所に何のようなんだ?」
「貴様! 名前で呼ぶなどっ!」
「かまわん。下々の人間に礼儀を説いても詮ないことだ」
わかっててやってんだが、ほんとこいつ嫌味が通じねぇな!
「……それで? 何の用なんだよ?」
いい加減ぶち切れるぞ?
「うむ。そちらのエルフをもらい受けに来た」
よし。殺そう。
俺の殺意が吹き出す前にラライラが俺の前に立った。
「あの、失礼ですが、意味が良くわからないのですが」
いつものボク言葉ではなく、丁寧語で答えるラライラ。
「言葉通りの意味だ。スラムにエルフが流れてきたと聞いてな。こんな所にいたくは無いだろう。贅沢をさせてやるぞ」
みしり。と俺のコブシが鳴った。腕全体を螺旋状に波動が走る。
「良くわかりませんが、ボク……私は私の意志でここにいます。親切心でのお誘いだと思うのですが、お断りいたします」
「なん……だと?」
今まで護衛がぶっ倒されても平然としていたデジオンが初めて表情を崩した。
「誤解があるようだな。奴隷として扱うわけでは無い。妾として扱おうというのだ。何が不満なのだ?」
こいつ脳みそ沸騰してるんじゃないのか?
「いえ。どのような条件であれ、私はサンデル様の所へ行く気はありません。申し訳ありませんがお引き取りを」
きっ、とラライラがサンデルを睨み付ける。そこでようやくサンデルがため息を吐いた。
「そうか……何か誤解があるようだな。今日は引き上げるがよく考えて置いてくれたまえ。また来る」
「いや、来るなよ」
サンデルが俺を一瞥したが、何も言わずに踵を返した。護衛の二人が槍護衛を両肩で担いで後を追う。来たときと同じように野次馬をかき分けて彼らは去っていた。
……何だったんだよありゃ。
「アキラさん」
ラライラが俺の横に立つ。
「たまにあるんだ、こういう事って」
「どういう事だ?」
「人の社会では……とりわけ貴族などの地位ある人たちは、エルフの妾が凄いステータスになってるんだよ。エルフの女性はなかなか森を出ないからね」
それに全員綺麗で可愛いときたらなおさらか。
「女性はコレクションじゃねーよ」
「うん」
「まったく……」
朝から思いやられるっつーの。ヤラライがいたら、リアルで皆殺しにしてたんじゃなかろーかと思ったら、奴が留守のタイミングで良かったのかも知れない。
いよいよ明日発売です!
書き下ろし部分も沢山あるので、良ければ読んでください!
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