第20話「でこぼこファミリーとファフの特訓」
鏡の輸送を始めた日の夜の事だ。夕暮れで生み出された建物の闇の中から、ぬるりと金髪ドレッドの細マッチョエルフが現れた。
「アキラ」
「よう。どんな感じだ?」
「一人、襲われた。追うか?」
エルフのヤラライに頼んでいたのは、荷運びの護衛だ。それも極秘で。もっともギロとクラリをメインに見てもらっていたので、他の奴らはオマケだ。
今回雇ったスラムの人間の動向が知りたかったのと、運んでいるのが高級品とバレた時、襲われる可能性が上がる事を考慮してのことだ。ギロたちが早速やらかしてくれたので、もしかしたらと思っていたのだが、いきなり出たか。
「襲われた人は無事なのか?」
「脅された、だけだ。危なそうなら、助ける、つもり、だった」
「だろうな。それで犯人は追えるのか?」
「可能。だが、荷運び人も、逃げた。どちら、追う?」
「あー……逃げちゃったか……」
怒るつもりなんて無いんだけどな。
「犯人を突き止めて置いてくれ」
「うむ。全滅、させる」
ヤラライはアイテムバッグからスナイパーライフルをチラ見せして壮絶に口元を歪めた。
「いやいやいや! 鏡の行方だけわかれば十分だ! むしろ手を出すなよ!」
「悪党、だぞ?」
「トカゲの尻尾はいらねーって」
「ぬ……」
それで俺の言いたいことがわかったのだろう。こいつも大概脳筋だよな。
「了解、した。だが、尾行これから。しばらく留守にする」
「ああ、悪党って言えば夜に動くものだよな……よし。軍資金を渡すから食事なんかはこれでとってくれ。悪いが足りなかったら取りに来てくれ」
俺はコンテナから10万円分を取り出して渡す。使いやすいように銀貨を多めにして置いた。
残金170万7988円。
クエスト304万3010円。
「預かる。では、行く」
「頼む」
ヤラライは再び闇の中に溶けると、そのまま気配を消した。波動を常時纏っているので、こうも簡単に気配を見失うと少し凹む。
まぁ後はヤラライに任せておけば良いだろう。
◆
スラムの我が家……秘密基地へと戻ってくると、荷運び人は3人となっていた。もちろんギロとクラリは残っている。
「さて、一人逃げてしまったわけだが、理由も無く逃げるというのは許されない。仮にもう一度戻って来ても二度と雇うことは無いだろう」
俺の宣言にスキンヘッドの荷運び男が答えた。
「あいつの事なんだが、どうも荷物を強奪されたって聞いたぞ? そこのガキ二人が中身をぶち撒いたせいでな」
スキンヘッドが子供二人を憎々しげに睨む。
「そう言うな。失敗は誰にでもあるだろう? だからお前たちが同じような失敗をしても文句を言うつもりはねぇよ。嘘をついたり、言い訳しなきゃな」
この世界の人間は自分の責任を認める文化がほとんど無い。それをやれば、全ての責任を押しつけられるからだ。日本という国であれば正直は美徳だが、それ以外ではほとんど通じないのが現状だ。
そしてその世界の常識とこの世界の常識は少し似ている。
「問題が起きたら、とにかく正直に話してくれ。よっぽどの事が無けりゃ首なんかにもしねぇし弁償も求めねぇよ。そもそも求めてもどうにもならんだろ?」
男たちは顔を見合わせて呆れ顔になる。
「……わかった。約束する。それで明日からはどうするんだ?」
「それなんだが、一人減った分、全員の運ぶ量を増やして欲しい」
男たちから同時にため息が出る。
「その代わり一人分。2000円を四分割して500円ずつ増やそう。あ、ギロとクラリは250円ずつな」
「「「え!?」」」
どうも給料が増えずに仕事だけ増えると思っていたらしく、全員から声が出た。
「それと、明日からは全員一緒に動いてくれ。すまないがスピードはギロたちに合わせてくれ」
「なぜだ? 少しでも早く運んだ方が良いだろう?」
「強盗対策だよ。それと近道だからって治安の悪い場所を通るのも禁止する」
「……」
どうやら少しでも近い方を通りたいらしい。こういう手を抜くことしか考えないのは危険なんだが、それを教えるのは難しいんだよなぁ。
「その二つを破って問題を起こしたら、即クビだ」
「……わかった」
渋々了承する彼らだったが、罰則で縛っても良いこと無いんだよな。そういや海外工場の従業員がまったく働かなくて、いくら人件費が安くても全然意味が無かったと、別の部署の人間が飲み会で零していたのを思い出した。その国の大型連休の後、誰も従業員が戻ってこなかったという酷い話もあったらしい。
とかく日本人の感覚で商売をやる事の難しさよ。
明日の約束を終えてから、こっそりと秘密基地の倉庫へ戻り、鏡を追加しておく。おそらく100枚運ぶのが一杯一杯だろうから、100枚だけ追加しておく。
残金170万7988円。
クエスト204万1010円。
その後、炊き出しを手伝ってから、訓練なのだが、なぜかファフが出てきた。
「ククク……今日は暇じゃったからな。ちと相手をしてやろうぞ」
「のーさんきゅー」
「ククク……照れるな。夜の寝技は後で教えてやるからの。今はこれをつかうのじゃな」
「……棒?」
ファフのくだらない冗談を無視して渡された長い棒を受け取る。身長より大分長い。
「ククク。槍の代わりじゃな。型だけ教えてやるからあとは繰り返すのじゃな」
槍? なんで突然槍?
「ククク。いつまでも素手というわけにもいかんじゃろ」
「個人的には争いの無い人生を送りたいんだがな」
「ククク、本気で言っておらんじゃろ?」
「……」
俺はファフを睨むに止まった。口にしたら現実になりそうだったからな。
その後俺はファフにいくつかの型を教わり、その日は延々それを繰り返した。波動を纏って振るうそれは、妙に身体に合っていたように思う。
途中からハッグに変わると、槍に合った波動の入れ方を教えてくれる。
「その突きに合わせて波動を突き出す感じじゃな。……それではダメじゃ。槍の周辺に波動が螺旋状に巻き付くよう……そうじゃ。しばらくはそれを意識して続けるのじゃ」
「お、おう」
体内で練り上げた螺旋の波動を槍に絡めるイメージで何度も突きを繰り出す。集中して反復練習をしていたので、この時二人の会話に全く気がつかなかった。
◆
「ククク……そろそろ教えてやらんのか?」
「何をじゃ?」
額から二本の小さな角を生やした少女、ファルナが腕を組みながら横にいる酒樽……ドワーフのハッグに不敵な笑みを向けた。
「ククク……アキラの奴がどれほど強くなっておるかよ」
「ふん。教えたら増長するじゃろうが」
「ククク……すでに一国の近衛騎士に匹敵するというのにかの?」
「じゃからこそじゃ。あやつは自分の身を守れる程度の強さで良いと思っておるからなぁ」
「ククク……いずれあやつは知るじゃろうよ。守ることの意味をの」
「……ふん。意味深なのは苦手じゃ。とりあえず槍術の件は感謝しておくわい」
「ククク。想像以上に波動に合っておるな。あれならばすぐに達人の域に届くじゃろうて」
「あれでは武器を選ぶのう」
「ククク。お主が造ってやればええじゃろ」
「言われんでもそのつもりじゃ。もうすぐミシンの設計も終わるしの」
「ククク……」
結局ハッグは最後までファルナの目を見ることは無かった。
あと2日!
……胃が痛いです……_:(´ཀ`」∠):_
皆様応援よろしくお願いします