第16話「でこぼこファミリーと輝く商談」
アデール商会を訪れる前に承認購入した物は以下の二つだ。
【姿見ミラー木製枠(176.5cm×32cm)=6420円】
【卓上ミラー木製枠(26cm×14cm)=780円】
残金255万0147円。
路地に隠れて姿見ミラーを毛布に包んでここまで運んできた。ロットンはこの身長ほどもある鏡を見て驚愕していたのだ。
「フレームはオマケの保護用だとお考えください。釘を外せば簡単に鏡だけを取り出せます」
「ああなるほど。たしかにこれであれば、あとは布などに巻いておけば保存や運搬がしやすいですからね」
「貴族様などは凝った彫刻などを好むと聞きましたので、そこはお好みに合わせて製作すれば良いのでは?」
「ええ、それが良いでしょう。それにしても歪み一つ、曇り一つ無いこれほど巨大な鏡が製作されたなど聞いたことがありませんが」
「そこは企業秘密という事で」
「なるほど」
……企業って普通に通じたな。本当に謎翻訳だわ。
「しかしこれほどの一品となるとお値段の想像もつきませんが、アキラ様のご希望を伺っても?」
「それなのですが……」
ここで一拍。もったい付ける。
「実は私は鏡の相場と言う物を知りません。逆にロットンさんにご希望価格をお伺いしても?」
ロットンの眉はピクリとも動かなかった。大した物だ。これほどの品物の値段を買い手に決めさせるというのだ。空手形も甚だしい。
「……それは、試されているのでしょうか?」
しばし黙考したあとロットンは静かにそう言った。
「多少」
「アキラ様は素直なお方ですね。そして大変な試練ですよこれは……」
彼はもう一度立ち上がって、巨大な姿見を手に取る。
「ああ、分解して確認してもらって構いませんよ? それは差し上げますから」
「なんですって?」
信じられないという表情で俺に振り向いた。これは演技などでは無いだろう。
「すみません、少々耳が悪くなってしまったようです。失礼ですがもう一度お伺いしても?」
「何度でも。その鏡は差し上げます。商品サンプルですからね」
驚愕。
当たり前だろう。俺のセリフはつまりこれは一点物では無く、数があると宣言しているからだ。
「……まさかと思いますが、こちらの商品は……」
「ええ。量産品です」
今度こそロットンは絶句した。
「ですので誠実な商談が出来ればと思っています」
俺の笑みは悪魔の嘲笑に見えたかも知れない。
ロットンは額にわずかな汗を見せて、再び鏡に向き直った。
「本当に分解しても?」
「ええ。ただできれば他人に見られたくは無いのですが」
「道具を持ってきます」
ロットンは部屋を出ると、金づちや釘抜きなどの道具が詰まった箱を持って戻って来た。
「お手伝いしましょう」
「お願いします」
現代では安価な姿見だ。フレームの作りなどたかが知れている。質の悪い木製のフレームはすぐに外れた。
「横から見ると本当にガラスだとわかりますね……そして何かを塗っている……ダメです降参です。これはマネをしようとしても出来ません」
「そんなに素直に言ってしまって良いのですか?」
「こちらとしては取引出来なくなることの方が恐ろしいですからね」
「さてそれで、ロットン様はこちらにいかほどのお値段をおつけいただけますか?」
ロットンは笑顔ではあったが、額から幾筋もの汗がしたたり落ちている。気候のせいだけでは決して無いだろう。
「……もし、これが一点物であれば……という前提ならば……そうですね……300万はくだらないかと……」
それは……びっくりだ。さすがに10万から20万もつけば良いと思っていた。
「なるほど……」
俺はそこで黙り込む。難しい顔をして。実際に金額差がでかくて予定を組み立て直していたところではあるが。
「アキラ様からすればこの値段は納得いかない物かもしれませんが、これほど巨大な一品となると、前例が無く決して買い叩こうとしている訳ではないのですよ! それにあくまで最低でそのくらいだろうという鑑定でして……」
「3万円でどうですか?」
「…………」
ロットンは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で呆けた。
「……は?」
「そちらの鏡ですが、3万円でいかがでしょう?」
「さん……まん?」
ロットンは優秀な商人であろう。恐らく今まで悪魔と取引をするのと変わらないような商談をいくつもこなしてきたに違いない。きっとその時でも彼はその表情を崩す事は無かったはずだ。
だが……。
「桁を……間違っておられませんか?」
「さすがにこれ以上の値引きは出来ませんよ」
俺は芝居っ気たっぷりに首を左右に振った。
とうとうロットンはその顔を崩して引き攣らせた。
「冗談……ですよね?」
「いいえ。ただし条件がありますが」
「条件」
その言葉に逆に安心したのか冷静さを取り戻して表情を引き締めた。
「ええ。それは……」
俺はあらかじめ用意しておいた作戦を彼に伝えた。
長い説明のあと、ロットンは額に一筋の汗を流しつつも彼らしくないニヤリとした笑みを浮かべた。もしかしたら精一杯の虚勢だったのかも知れない。
「いいでしょう……その話乗りましょう」
「ありがとうございます」
俺とロットンは強く握手を交わした。
「……貴方は良い詐欺師になれそうですね」
「最近他の方にも言われましたよ」
「その方は慧眼の持ち主ですよ。そしてきっと幸せになれるでしょう」
「そうなるように努力させていただきます」
そうして二人で夕方まで話を煮詰めていった。
◆
スラム街の拠点に戻ると、ラライラを中心にすでに炊き出し配給が始まっていた。……米のごはんじゃないから炊き出しとは言わんのか?
細かい事は別にして、今日も芋を中心としたスープを配っていた。毎日同じメニューで飽きないのかとも思ったが、そんな事は無いらしい。さらにハッグが見張っているおかげか、並ぶという行為にも慣れてきたので、混乱は少ないようだ。
「アキラ、これ、今日の、稼ぎ。少し少ない、すまない」
キャンピングカーの影でヤラライに声を掛けられて金を受け取った。少ないというが6万円もあった。たしかコヨーテ一匹で1万4000円だったので5匹しか狩れ無かった計算になる。馬車持ちの人間を雇うのに一万円を払っているからだ。
残金261万0147円。
「いや十分だって」
「昨日の、俺の、成果を見て、ハンターたち、群れがいると、勘違いして、たくさん、出てきた」
「ああなるほどね……」
昨日のヤラライの成果を見た同業者たちが、ストーンコヨーテの群れがいるに違いないと、わらわらと集まってしまったんだな。それでもこれだけ狩ってくるヤラライが凄まじいが。
「明日からは狩りに出なくていいぜ。それよりこっちの仕事を手伝ってくれるか?」
「無論」
「助かる」
「んじゃ配給の手伝いでもするか」
「ああ」
俺たちもラライラたちに合流して配給を手伝った。……気のせいか人が増えている気がするな……。配り終わって、今度は自分たちの食事を始める。
「ぬう……同じメニューなんじゃな……」
「あー、カツサンドでも出すか?」
「うむ。さすがにスープばかりではのう」
「わかったわかった。みんなには頑張ってもらってるからな、他に食べたい奴は?」
ハッグはもちろんファフ、ヤラライにラライラも顔を赤くしながら小さく手を上げた。俺も肉は食べたいからな。
カツサンド379円が5パックで1895円
残金260万8252円。
配給は終わったが、遠巻きに残っているスラムの住民たちもいるので、身を寄せ合って見られないようにサンドイッチをぱくつく。災害時の自衛隊の食事みたいだな……。
「ククク……そんな気の使い方は思いつかんかったの」
「俺のいた国の……軍隊が災害時に出動した時に、被災者に気を遣ってそうやってこっそり食事してたんだよ」
正確には軍隊じゃ無いけどな。
「ふん。己の仕事をこなしているだけじゃろ? 堂々とすればええものを」
「俺もそう思うけどな。だがその方が嫌われないだろ?」
「ぬ……確かにそうかもしれんな」
「俺たちはここを盛り立てなきゃいけないからな。住民に嫌われる事をする事ぁねえよ」
「ククク……」
日本人的な考え方なのかね?
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