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第16話「荒野のスレンダー美人神官」

「ふう……これでしばらくはなんとかなりそうだな」


 21万円の大商いを終えて大きなため息が出た。


 今はリベリ河の(ほとり)に座っている。

 チェリナ嬢に言われたからというのもあるが、町の作りをある程度知っておきたかったのだ。

 途中スラム街を抜けた時は少々肝が冷えたが、俺が住んでいたアパートの周辺もかなり治安が悪かったので、比較的そういう雰囲気には慣れていた。


 そういう場所を歩くときのコツは決して背中を丸めてオドオドしない事。俺は強いとアピールして歩くことだ。大抵はこれでなんとかなる。

 ならない時は全力で逃げるのだ。


 所持金21万3249円。


 この世界に飛ばされた時はどうなる事かと思ったが、なんとか生きていく事はできそうだ。

 このままペットボトル売りになろうかしら?


 さて無駄遣いはまずいが約束通り靴を買いに行こう。正直サンダルは酷く痛いのだ。

 小石がすぐに潜りこむし裸足より若干マシというのは大変に困る。


「……また来たのか?」


 靴屋の店主は不思議そうに顔を上げる。


「ああ、さっきみたいな面倒なやりとりはいやなんだ、これでそれを売ってくれ」


 俺は14000円、金貨1枚と銀貨4枚を放り投げた。


「ああ? さっきと随分態度が違うな」

「さっきは商人としてこの店に来たからな、今はただの客だよ」


 単純に営業スマイルに疲れたともいう。

 よく考えたら商会との取引は商人の顔が必要だが、靴を買うのに商人になる必要は無かったのだ。


「足りないよ……あと銀貨2枚は……」

「面倒なのは嫌だって言ったろ?」


 店主はため息を吐く。


「ならさっきまで履いていた、壊れた靴を下取りによこせ、それならこの値段でよい」


 靴? ああ合成皮靴のことね。

 俺は袋に手を突っ込んでコンテナから取り出す。一応仕舞っておいたのだ。


「ふーむ変わった革だな? まあいい、足を出せ、合わせてやる」


 足を出すと手際よくショートブーツを合わせてくれた。


「革紐はここで結ぶと靴に砂が入りにくい、予備の紐は別売りだぞ」


 2本を300円で売ってもらう。


 残金19万8949円。


「まいど」


 気持ちがまったく籠もっていなかった。

 もしかして本当に値切りすぎたのだろうか?


 俺は町の散策を開始しようと、履いていたサンダルと革紐をコンテナに仕舞う。


 そういえばと気になってSHOPリストを開くと商品がが追加されていた。


【樹皮のサンダル=400円】

【皮紐(60cm)=70円】

【中型の麻袋=850円】


 やっぱりボったくられてたんじゃねーか!


 青空に叫びたくなった。


――――


 そんな失敗があったので、無理してこの世界で買物をしなくても良いんじゃないかと思い直していた。


「そういや神格もレベルアップしてたな、しかも一気に2つも」


 ならば取り扱える品物も増えているかもしれない。


「そうだな……トレッキングシューズ」


【承認いたしました。SHOPの商品が増えました】


 あまり期待していなかったのだが、承認されたようだ。

 リストを見ると確かに追加されている。


【トレッキングシューズ=19820円】


 おおう……、これなら最初からこっちにしておけば良かった。

 実は露店売りのショートブーツもさして履き心地が良くなかったのだ。サンダルよりは遥かにマシだが靴というより袋を履いているようでいただけない。

 少しもったいないが……。


 俺は物陰に隠れてからトレッキングシューズとついでに靴下を購入した


 残金17万8829円。


 まあショートブーツは予備として取っておけばいい。

 うん。やはり履き心地が段違いだ。

 最初はこっちの世界の装束に合わせないとまずいと思っていたが、この世界の靴は無理。

 きっと上着類もゴワゴワで着れたものじゃないだろう。

 しかも一着買うごとに商談レベルのやりとりとか……結局相場を知らないからボられるとかやってられねぇ。


 もう、少しくらい目立ってもいいや。知ったこっちゃない。

 俺はヤケクソ気味に立ち上がり、教会を探すためにと歩き出した。


 もちろん。


 そんな俺の様子を覗っている影があったことなどつゆ知らずに。


――――


 露店などで話を聞いてみるとこの国には教会は一つしかないらしい。俺が行かなければならないのは3つだ。

 えーとなんだったか、行けば思い出すか。


 あまり深く考えずに教えてもらった場所に行ってみる。

 南の住宅街の中ほどにそれはあった。

 教会は考えていたよりも貧相な佇まいで、周りに建つアパートより少しだけ丈夫そうという以外に違いは無い。

 入り口には球体を抱いた女神のイラストが石彫されていて、その下に「大地母神アイガス教会」と記されていた。

 相変わらず日本語で。


「ああ、そうそう、アイガスとか言ってた気がする」


 あまり物覚えは良くないが流石にインパクトが強かったのでなんとか思い出せた。

 新進気鋭のニュービー神さまに託されたお使いイベント。

 あれ? そういや神さまの名前なによ?

 俺は考えたこともないぞ?


【商売神メルヘスとして登録されました】


 へ?

 突然の無機質声に飛び上がりそうになる。

 もうちょっと詳しい話をプリーズ!


 俺の魂の叫びは相変わらず無視されて沈黙だけが過ぎていった。どうやらそれ以上何かを教えてくれる気は無いらしい。

 固まった俺に訝しげな視線を向ける通行人が増えたので、一つ咳払いで誤魔化して教会に踏み入ることにした。


 日本で教会とイメージする荘厳な感じとはいささか趣が違った。


「こんな時間にお参りですか?」


 奥から出てきたのは、緑を基調とした全体的にゆったりな神官服を着た若い女性だった。


 俺よりちょいと年下くらいだろうか。

 彼女は細身で長身。いわゆるスレンダー体型で胸は申し訳程度しか無かった。顔を隠せば男性と見間違うレベルだ。髪は栗色の長髪。それを首の後ろで束ねている。ダウンテールってやつだ。


 肌は元々はかなりの色白なのだろうが健康的に日焼けしている。

 瞳は大きく、意志を感じさせる精悍さが印象的だった。


 もちろんかなりの美人であった。いや、美人と言うよりも可愛い系か?


「あ、ええと……」


 勢いで来ちまったけど、なんて言えばいいんだ?


「なにかお悩みのことがあるのなら話をしてみませんか? 神の前で気持ちを吐露するだけで楽になることがあるかもしれません」

 優しい声色であった。

 少し悩んだが、そのまま素直に伝えることにした。

「あー、実はちょと教会にある物を奉納してきてくれって頼まれたんだよ。それでこっちに寄らせてもらった」

 地の言葉で喋ってから「しまった」と後悔するがもう遅い。このまま行こう。

「奉納ですね、承ります。それは今日お渡しいただけるのでしょうか?」

「ああ、これだ」

 俺は袋に手を突っ込んで、慌ててシンボルを購入する。リストの名前が少し変化していて【シンボル(商売神メルヘス)=100円】となっていた。


 残金17万8729円。


「はい……これはなんでしょうか?」


 美人の神官さんが漢字の土に○の字をあわせたような、漢字の「画」の字にも見えるそれを手に取りしげしげと観察する。

 美人はなにをやっても様になるな。うん。


「ああ、商売神メルヘスに頼まれたんだよ、それはその神さんのシンボルマークだ」


「……シンボル……神……メルヘス?」


 俺は頷く。


「ええと、少々お待ちいただけますか?」

「ああかまわないぜ」


 彼女は部屋の奥に早足で引っ込み、しばらくしてから一冊の本を手に戻ってきた。

「お待たせしました。すみません、私はまだ修行中の身でしてまだ諸神の皆様方全てを暗記しておらず調べておりました、しかし教会の諸神辞典にもメルヘス様というお名前が無く……」


 持っている本はどうやら諸神の名前が羅列されているものらしい。


「ああ、そりゃそうだろう、この世界では仮免中らしくてな、正神として認められるために3神……ああ、神さまは柱だっけ? 3柱の教会にこのシンボルを収めて来いって言われたんだから、知らなくて当たり前だろ」


 神官ちゃんが口を開いて絶句してしまった。

 そんなに変なことを言っただろうか。


「おーい神官さーん」


「あ、ああ失礼いたしました……、その……あなたは一体誰にそれを頼まれたのですか?」

「ん? メルヘス本人に決まってんじゃん」


 神官はあっさり気絶した。


――――


 ペットボトルから水を口に流し込む。


「大丈夫かよマジで……」


 派手に地面に倒れ込んだ神官は数十秒で起き上がった。

 正直肝が冷えた。そのまま死んだかと思った。

 見た目よりタフで助かったぜ……。


「だ、大丈夫です」


 顔色は真っ青であまり大丈夫には見えない。

 だが気丈に起き上がると近くの長椅子に腰を掛けた。


「このような姿勢で失礼します」

「いやいや、無理するな欠片も失礼なんかじゃないから。とりあえず水だ」

「ありがとうございます」


 神官はゆっくり水を流し込むと若干顔色が戻ってきた。

「落ち着いたか?」

「はい」

「それは良かった。んじゃ俺は行くから」

「ちょっとお待ち下さい!」


 用事も終わったし、彼女も大丈夫そうなので教会を出ようと思ったらしがみつかれて止められてしまった。

 ズボンがずり落ちてしまいますから離してください!

 思わず苦笑しながら彼女を押しやった。


「こ、こちらのシンボルは当教会では受け取れません」

「え? なんで?」


 想定外の言葉だった。


「まずこの教会はご覧の通り西の最果てにあり、教会とは名ばかりの小さなものです。それに新しき神からのご奉納ともなれば神殿……おそらくは教会本神殿でもなければ対応できません。このような元酒場を改装しただけの場所で、なりたての神官が受け取って良いものではありません!」

「まじか……」


 ただでさえ3柱揃ってない国なのに、唯一存在するこの教会でダメ出しされるとは……。

 これは面倒になる予感がする。すっごくする。


「すぐに近くの大神官に連絡を取りますのでしばしお待ちいただけないでしょうか?」

「しばしって……どのくらい?」

「そうですね……おそらく最終的には本部まで連絡が行くことになると思いますので……早くても一ヶ月ほどは」

「マジか」


 俺は愕然とする。待つのは構わないがその前に金が尽きる。


「ああ! 滞在費用はこちらで持たせてもらいますし、泊まる場所がなければこちらの教会に滞在していただいてもよろしいですから!」


 俺の心配事を悟ったのか、縋りついて頼まれてしまう。スレンダー美人に縋られるのは悪い気分では無いし、それ以上に彼女の必死さが伝わってくる。


「わかった! わかったから! でも出来れば早めに頼むわ!」

「わかりました、それではすぐに書をしたためますので、お名前と宿泊先をお聞きしてもよろしいですか?」

「ん? 俺はアキラだ、クジラ亭って場所に泊まってる」

「私はムートン・レイティアと申します。よろしくお願いします」


 レイティアと握手をした。


 ……。

 この時も気が付かなかった。


 この様子を窺っていた影があったことを。


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