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第14話「でこぼこファミリーと皮算用」


「もっとも売れる服というのは商人や商売人相手の服だな。さすがに人前に出る人間は少し無理をしてでも服を買う。商人向けの物がやや単価が高く12万前後、商売人相手の物が7万前後といったところか」


「商人と商売人の違いは?」


 同じじゃねーの?


「ああすまん。こちらが勝手に区別しているだけだ。商人とは商会に所属している人間を差して、商売人はギルドなどに属する人間だな。コックや給仕、武具屋のオヤジ、雑貨店の受付なんかもあるか」


「なんとなく理解しました」


「明確な区別は無い。あまり気にしないでくれ」


「わかりました。それで月に何着ほど売れるのですか?」


 服飾ギルド長のフェリシアは腕を組んだ。巨大な胸が揺れたが今回は俺に見せつける意図は無いだろう。純粋に脳裏で計算しているに違いない。


「10人規模の商会だが12万の物が月に10着前後、7万の物が20着前後と言ったところか。貴族からの受注があればその月の利益はだいぶ上がるだろうな」


「なるほど月に260万円前後と言う事ですね」


「計算が早いね」


 10人規模の商会と言う事だが、この世界の人件費はだいぶ安い。人件費100万から150万と言ったところだろう。仕入れ価格や維持費などを考えると商会の利益は月30万から50万と言ったところか。


 規模を考えるとちと厳しい利益率だ。


「今私が着ているこの服……Yシャツと言うのですがこの様なデザインで半袖にしたら布代はどのくらい掛かりますか?」


「そうだな……布もピンキリだが値段と質のバランスを考えると原価で三千円くらいだろう」


 なるほど、ややお高めだが……。


「フェリシアさんはミシンがあれば、一人が一日で何着分縫えると考えますか?」


 本当は一人に一着分全てを作らせる気は無いのだが、今はいい。


「おそらくだが5着……いや7着いけるかもしれないな」


「針子の一日の給金は?」


「安くて三千。良くて八千。平均で五千だな」


 やっすいなぁ……。


「では平均の五千円として、一日五着作れば一着当たりの人件費は千円ですね」


「ざっくりではあるね」


「布代と合わせて単価が四千円ですね」


「……安いな」


「しかも一日五着作成出来る計算ですから、30人の針子がいたら?」


「一日……150着……だと?」


 そこでようやくフェリシアは気がついたようだ。


「そうですね、一着を七千円前後で売りたいですからね、一着三千円前後の利益でしょうか?」


 実際には商会はこの裁縫ギルドへの上納金などもあるだろうからもっと低くはなると思うが、それは商会全体の経費扱いで考えるべきだろう。


「一日の利益が45万……だと? 月で……」


「1350万ですね」


 フェリシアは額から汗を垂らして愕然と虚空を見つめた。


「今の計算は裁縫ギルドの製作と商会の販売がごっちゃになっていますからもう少し整理しましょう。原価4千円ですから千円の利益を乗せるとして、裁縫ギルドにまず15万の利益。商会の仕入れ価格が5千円ですので一着2千円の利益なので一日で30万の利益ですね」


「月の利益は……ギルドが450万、商会が900万……」


 そこでフェリシアは思いついたように顔を上げた。


「いや待て、それは月に4500着も売った場合の話だろう! 服というのはそんなには……」


「今までの服であれば、ですね。古着でも平気で三万前後で取引されているのです。ぼろ布とかわらない物ですら1万円くらいするのです。貴女であれば新品で流行の服を七千円で買うのを諦めて、ぼろ布の服を1万円で買いますか?」


「う……しかし最初は売れるかもしれんが毎月4500着というのは……」


「はい。実際には3割から5割売れれば十分なのです」


「……なんだと?」


「450万の3割……135万ですね30人の針子の人件費を抜いた状態でそれでは不服ですか?」


「……いや問題無い……」


「商会側は?」


「問題無いな……」


「さらに服は季節ごとにデザインを変えます」


「なんだと? 先ほど同じデザインを作るからこそ意味があると」


「ええ。ですから年で3回か4回なのです。デザインの切り替わり時期に残っている服は3割引、4割引、5割引と安くしていきます」


「なんだと? それでは赤字になるではないか」


「利益としては最初の3割で十分ですよ。あとは原価割れしない程度で抑えて、本当に売れ残った一部だけを投げ売りします」


「そんな事をしなくても残しておけば良いでは無いか」


 ま、この世界なら決算とか在庫処理とか無さそうだけどな。


「いえ、古いデザインは売り切る必要があります」


「なぜだ?」


「新しい服を流行らせたいからですよ」


「服はそう何度も買い直す物ではないだろう」


「まずその考えを壊すための値段設定ですから。この国は今、なかなか景気が良いようです。小銭が貯まると人は贅沢をしたくなるものです。そしてその矛先は必ず衣食住に向かいます」


「衣食住」


 聞き慣れない言葉なのだろうか?


「人に取ってもっとも根源的な三大要素ですよ。家が無ければ生活もままなりませんし、食事が出来なければ死んでしまいます。服が無ければ生活圏に入る事は難しくなります」


「ふむ……」


「今まで中古の服を嫌々来ていた人間が、それより安い新品の服を見つけて購入しないと思いますか? 少々の小銭を持つようになって。そしてそれが季節ごとにデザインを変えて出続けるのですよ?」


 フェリシアが目を瞑って考える。


「……買う……だろうな」


「人とはそういうものなのです」


 そのまま無言になり、部屋を端から端までゆっくりと往復する。そのたびに胸が上下にバウンドするので目の得だ。


「……ミシンは……高いのだろう?」


「おそらく2~3年は元が取れないでしょうね」


「だろうな」


「ですが……」


「……」


 さすがにそれ以上続けなくても言わんとしている事はわかるだろう。ミシンなど一度仕入れてしまえば壊れるまでずっと使えるのだ。いや修理を続ければ100年以上使えるかも知れない。


 電子機器を内蔵したような品物ではないからな。大切に扱えばずっと使える。そしてそれはフェリシアも十分に理解しているんだろう。


 柱時計の振り子のように、何度も何度も部屋を往復する彼女。その意味を考えているのだろう。


「わかった。条件は飲もう。だがこちらからも条件がある」


「なんでしょう?」


「その服をサンプルで頂きたいね。他に良いデザインの服があればそれも譲って欲しい」


「Yシャツは構いませんよ。他のデザインは……少し考えてみます」


「わかった。だが是非頼む」


「わかりました。善処します」


「もちろんミシンの研修などはやってくれるんだろうな?」


「ええ。量産はまだですが、発掘品はありますからね。どんどん進めて行きましょう。……ああ、もし可能であれば研修員はユーティスさんが良いですね」


 どうもユーティスは針子のようなので、ミシンの指導員になれれば給金も上がるだろう。


 すぐにOKが出ると思ったのだがフェリシアはなぜか腕を組んで考え込む。


「何か問題でも?」


「ん、ああ。彼女が所属する商会に確認してみないとわからないが恐らく大丈夫だろう」


 なるほど。失念していた。彼女は服飾ギルドに加盟している商会に勤めているだけだからな。


「ただ彼女一人というのはダメだな。もう何人か出す」


「それは問題無いですよ」


 指導員は何人かいた方が良いだろう。


「それでは細かい話を進めても?」


「ああ。よろしく頼むよ」


 フェリシアともう一度、今度はしっかりと握手を交わした。



すいません0時投稿出来なかったので7時更新になりました。

あと約二週間……

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