第13話「でこぼこファミリーとおっぱい魔人(リフトアップ)」
服飾ギルド長のフェリシアが椅子に座ると、その巨大な魔乳がダップンダップンと激しく揺れた。そのくせ腰がくびれているのだからとんでもない。ボン・キュッ・ボンというありがちなオノマトペが安っぽく聞こえるレベルだ。
「これほどの道具を見せつけて置いて売らないというのは少し酷だと思うけどね?」
どこか睨め上げるような妖艶な笑みでこちらに圧力をかけてくるフェリシア女史。その魔力に負けてはいけない。
「理由はいくつもあるのですが、その一つにまだ値段が決められないという事がありまして」
「それはどういう?」
「現在量産化の為の作業を進めているのですが、まだどこの鍛冶ギルドとも相談していませんので」
「現物があるのに?」
「これは発掘したものなのですよ」
「……少し読めてきたね」
彼女が腕を組むと、柔らかそうな塊がその上に乗る。あれは絶対見せつけてやがるな! くっそ! 色仕掛けとか絶対に引っかかってやらねぇ!
「腕の良い職人がおりますので、量産が可能かの検証をしている最中ですが、腕の良いドワーフ職人が集まればおそらく可能であろうというのが見立てです」
「ふむ……」
フェリシアがあごに手をやって何かを思考する。彼女が動く度に胸も揺れるので目の得……毒だ。
「そろそろ入り組んだ話というのを聞かせてもらいたいものだね」
「そうですね。まずこのミシンを量産化する為にご助力いただきたいのです」
「それはミシンと言うのか。しかし布屋が鉄屋に頭を下げろと?」
「お互い利益になるお話でしょう? それに針はどなたが作っていますか? 決して不仲とは思いませんが」
「くふっ。そう簡単に誘導には乗ってこないか」
「フェリシア様なら簡単に想像出来るのでは? このミシンが一列に並び動く様を」
「様はいらないよ。私もアキラと呼び捨てにさせてもらう」
「ではフェリシアさん」
「まぁいいか。しかしアキラは良い詐欺師になれそうだね」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「これ……ミシンが30台並んでいたら……それは確かに革命だね。うん、鉄屋との確執なんてどうでもよくなる事案だ」
「それではお口添えを?」
「ああ」
これで鍛冶ギルドとのやり取りがしやすくなる。ハッグは作るのは得意そうだけどこういう折衝は苦手だろうしな。
「次の条件として、まず工場をスラムに建設していただきたい」
「工場?」
「ああ、作業場の事です」
「なぜわざわざスラムに?」
「スラムの活性化の為に、積極的にそこの住人を雇っていただきたい」
途端にフェリシアは眉根を寄せた。
「どうしてそんなリスクを取らなくてはならないんだね?」
「スラムが危険なのは彼らに職が無いからですよ。ちゃんとした職があれば自然にスラムは消滅し安全な場所となります」
理想論だけどな。大きくは間違っていないはずだ。そもそもクエストの件があるのでやれる事は全てやらなければならない。
「仮にそうだとして私たちがそれをやらなければならない理由は?」
「簡単ですよ。彼らは安価な労働力として使えますからね。当面は、ですが」
「技術も無い人間を雇えと?」
「このミシン、習熟するまでにどのくらい掛かるでしょうね?」
俺はわざとらしくミシンを作動させた。だだだだだと心地よりリズムが耳を打つ。
「……」
「スラムには、少々恩がありまして、出来れば何とかしてあげたいのですよ」
「……」
フェリシアの渋面は崩れない。だが俺はあえてそこにマイナス条件を追加する。
「ミシンが完成した暁には製作が鍛冶ギルド、取り扱いが服飾ギルドになると思いますが、西の果てにあるヴェリエーロという商会には優先的にミシンを販売して欲しい。また彼の商会が服飾ギルドと同じようにミシンを使う事を許可する事」
「ヴェリエーロ商会だって?」
「ご存じで?」
「フリエナ・ヴェリエーロとは古い友人だからね」
うをーい! 魔女同盟かなんかあるのか!?
「なるほど。それならば話は早い」
「友人ではあるが、これだけの美味い話を譲るつもりはないぞ」
当然と言えば当然の話だろう。
「私はヴェリエーロ商会にも借りがあるのですよ。ですのでこれらの条件は必須です」
「だが……」
「そうですね、この街……国での製造と使用は禁止でいかがですか?」
「それでは足りないな。販売禁止も必要だ」
「それは構いませんが……もったいないですね」
「……どういう意味かな?」
「いえ、わざわざ売上を下げるような提案をされるとは思いませんでしたので」
「なんだと? 意味がわからない。二つの店が売り出せば売上は自然と半分になるだろう」
おや? 一見女傑のようだが、商売の腕はそこまでではないのか? チェリナの母であるフリエナならば一発で理解しようものだが。
「市場が飽和状態であるならそうですね。しかしこの国は今勢いがあり、人口も爆発的に増えている最中です」
チェリナの新しい国、テッサもそうなれば良いが。
「であれば市場拡大こそが最優先。まずは新品の服を買うという習慣を広げなくてはなりません」
基本的に庶民は古着を買うからな。露店に行くと山積みになっていてそこから好みの服を引っ張り出して購入するのだ。子供であればお古のお古のお古のお古なんてのは当たり前だ。
「新品の服を庶民に売る……だと?」
どうやらフェリシアはそちらの方に興味を持ったみたいだ。
「ミシンがあれば可能です。既製服を作るのですよ」
「既製服……?」
「大まかに身長別の3種類の服を大量に生産するのですよ。型紙を使って」
「型紙……先ほどから聞き慣れない言葉ばかりだ」
そこで俺はニヤリと笑った。
「型紙は服の設計図の様な物です。それを使って同じサイズ、同じ形の服を大量に作るのです。まったく同じ物を作るのですから職人の技量はそれほど求められません。一般的に服と言えばオーダーメイドですから、作り手にはかなりの技術が要求されますからね。ミシンと型紙はそれを必要としません」
もちろん程度はあるが、その辺は言わずとも理解するだろう。
「まったく同じ服を大量に……? 意味があるのか?」
「まず単価。同じ服であれば慣れれば慣れるほど素早く縫製出来るようになります。結果的に単価は圧倒的に低くなり一着当たりの価格は恐ろしく安く出来るでしょう。縫い方は変わらないのですから布の色を変えればバリエーションも増やせます」
「ミシンを使えば服の製作日数が減るのは間違い無いのだ。今までのやり方にミシンを導入すればいいだけだろう」
「その場合顧客は商人や貴族様ばかりなのでは無いですか?」
「そうだな」
「残念ながらフェリシアさんは数の恐ろしさという物をご理解なさっていない」
「なんだと?」
「秘密であれば答えなくても結構ですが、もっとも一般的で売れ筋の良い服の値段と大まかな販売数を教えていただけませんか?」
フェリシアは端正な顔に皺寄せた。当然の反応である。手の内を見せろと言っている様な物なのだから。
彼女はしばらく部屋を往復したかと思うとミシンの前に立った。
「使わせてもらっても?」
「もちろんです。教えますからその通りにお願いします。下手な操作をすると怪我をしますのでご注意を」
「わかっている」
操作を教えて30分ほど彼女は色々な布を縫い合わせた。そのたびに事細かに質問されたが、全てに正直に答えた。縫えるもの縫えないもの、ミシン縫いの利点、弱点、メンテナンスが必要な事、単価が高くなる事。
彼女は話を聞きながらいくつもの縫い合わせを試していく。その美しい手からてっきり縫い仕事は苦手だと勝手に思い込んでいたが、彼女の腕は本物だった。
先ほどの布を渡したら、雑誌の付録に付いてきそうな小さなポーチを縫い上げていた。革紐で入口を閉めればそのまま財布にでも小物入れにも出来そうな出来だ。この短時間で曲線縫いまで覚えてしまったのだからいやはや天才の類いだろう。すでに俺よりもミシンの腕は上だ。
彼女はそれらの小物をじっと見つめた後、俺に振り向いた。
「……ギルドと加盟している、一般的な商会の大まかな話で良いか?」
俺は大きく頷いた。
明日も更新予定です