第12話「でこぼこファミリーと新たな爆乳」
話は元の時間軸、一週間前に戻る。
ファフやラライラと波動と理術の話をした次の日の事だ。
朝の配給を終えた後、俺はYシャツとスラックスに着替えた。いつもの格好である。
「アキラさん、今日は何をするの?」
ラライラが後片付けをしながら尋ねてきた。
「商談だな。上手く行けば今後色々と楽になる」
「そうなんだ。頑張ってね!」
「おう」
片手を上げてその場を去る。今日回りたいのは二カ所だ。まずは彼女に会うことにする。迷惑だと思うが職人街に向かった。
街を行き交う住民に尋ねながら進むと、目的地が見えてくる。防炎の壁に囲まれた鍛冶区画では無く、壁の外に沿うように並んでいる布や服飾系の職人街にやって来た。
想像より細々とした建物が多く、その全てが服飾関連の仕事をしていると考えると、目的の人物を探すのに骨が折れそうだ……と、細い路地に立ち尽くしていると、奥から大きな籠を抱えた見覚えのある女性が目に付いた。
旅の途中で知り合ったスレンダー美人、ユーティスだった。
「よう、重そうだな。手伝うぜ?」
「え……? アキラさん!?」
布が山のように詰め込まれた籠で前が余り見えなかったのだろう、荷物の横から覗くように顔を出すと俺に気がついてくれた。
「どこに運ぶんだ?」
彼女の抱えていた籠をひょいと持ち上げた。
「大丈夫ですよ! 近くに運ぶだけですから!」
「気にするな。どこぞの脳筋馬鹿二人に鍛えられてるからな。こんなん小石ほどの重さを感じねぇよ」
実際波動を常時纏えるようになってから、力仕事は楽になった。今ならスモウレスラーも簡単に持ち上げられそうだ。
「そんな……せめて半分だけでも……」
「運ばせてくれ、その代わりちょっと相談に乗って欲しい」
「相談ですか?」
「出来るだけ時間は取らせないようにするよ。とりあえずこれを運んじまおうぜ。重くは無いが邪魔なんだ」
「わ、わかりました」
途中何度もお礼を言われながら路地を二本ずれた商会に布の山を渡すと用事は済んだ。
「本当にありがとうございました。助かりました」
「気にするな。それより時間は大丈夫か?」
「他ならぬアキラさんの為ですからいくらでも」
「いやいや、そんな事したら仕事を首になるかも知れねぇだろ」
「少しくらいなら大丈夫ですよ」
「とにかく手短に済まそう、服飾関係のギルドのお偉いさんにつなぎを取れないか?」
「ギルド長に?」
「本当は夜に来るつもりだったんだが、先に話だけしておきたくてな。案内は後日でも構わねぇぞ」
「いえ、大丈夫だと思います。一度職場に戻っても良いですか?」
「もちろん」
無理を言ってるのはこっちだからな。
一度出会った路地に戻り、小さな工房に姿を消す。数分で戻って来た。
「それでは行きましょう」
「仕事は良いのか?」
「ギルド長への案内であれば仕事の内ですよ」
「ならいいが、もし問題が起きたら言えよ?」
「はい」
しばし雑談しながら進むと、このあたりではやや立派な建物に到着する。小さな看板には服と針と糸のイラストが彫り込まれていた。どうやら服飾関係のギルドらしい。
「こちらです」
アポも無く入って良いのかとも思ったが、どうやらここは商会としての機能が強いようなので問題は無さそうだった。
ユーティスがカウンターで面会出来るよう話してくれる。
「アキラさん。ギルド長がお会いくださるそうです」
「助かったよ。この礼は後日するぜ」
「とんでもないです。命の恩人のお願いですよ? むしろこの程度のお返ししか出来ないこの身が不甲斐ない程です」
「あれは成り行きだから気にするな。もし気になるようならこれでチャラって事で十分だ」
「全然足りないですよ」
「俺にとっては大きい事だからな。とにかく助かった。また飯でも喰おう」
「はい。しばらくはあの場所に?」
「その予定だ」
「わかりました。時間が出来たらお伺いさせてもらいます」
「いつでも歓迎するが、十分気をつけてな」
「はい。それでは失礼しますね」
ペコリと頭を下げるとユーティスは帰っていった。
さて、ここからが本番だ。
「アキラ様、こちらへどうぞ」
カウンターの奥から商人風の中年男が二階に案内してくれる。てっきり回りの商人と同じように、オープンの商談スペースに案内されると思ったので少し驚いた。
男性に促されて部屋に入ると、大きく立派な木製の机が目に付く綺麗な部屋で、恐らくギルド長の個室と思われた。
椅子に座っていたのはチェリナやその母親を遙かに上回る爆乳を持つ美人だった。立ち上がった瞬間ぶるんぶるんと波打つそれに思わず釘付けになってしまった。
あれは魔力が詰まっているに違いない。男を惑わす妖艶な魔力が。
俺は内心で邪念を振り払って一礼した。
「初めまして、私はアキラという行商人でございます」
「ああこちらこそ。私は服飾ギルド長でフェリシア・モールレッドだ。よろしく頼むよ」
割とラフな感じで手を伸ばしてきたので、それを握り返した。乾燥した地域の女性とは思えない滑らかな肌をしていた。少なくとも針子の指では無かった。
さてどうやって切り出したものか……。
「それではさっそくお話を伺おうか。ユーティスからは君が優秀な商人だと聞いたよ」
何を言ったんだユーティス……。
「自分で優秀かどうかはわかりませんが、きっと良いお話が出来ると思っていますよ」
「それは楽しみだね」
フェリシアが妖艶に微笑む。
あ、こいつチェリナの母親と同じ生き物だ。気をつけねば……。
「それでは早速商談に移らせていただきたいのですが、ここに商品を出しても?」
俺はわかりやすいように革袋を見せつける。普通の皮製バッグなのだが、もったいつけて見せたのでアイテムバッグと勘違いしてくれるだろう。
ちなみにアイテムバッグとは中の空間が広くなっていて沢山の荷物が収納できるお約束のあれだ。
「構わないが服飾ギルドに物を売りつけようってのかい?」
言葉の割に楽しげな口調だ。
「それは見てから判断いただくしか」
革袋の口が相手に見えないように素早くコンテナからそれを取り出した。ハッグに見てもらって何度も練習したので普通にアイテムバッグから取り出したように見えるだろう。
取り出したのは四つのパーツに分けられた足踏みミシンだった。
「すぐに組み立てるので少々お待ちください」
ハッグに手伝ってもらって組み立て式にしたのには理由がある。さすがに元の大きさだとアイテムバッグで出し入れするには巨大すぎたのだ。
SHOPのリストには以下の商品が追加されている。
【足踏みミシン(組み立て式)=4万9800円】
【プラスドライバー=360円】
一緒に取り出したプラスドライバーで組み立てていく。
それと足踏みミシン代の4万9800円を合わせて5万0160円の出費だった。
残金256万0957円。
俺からすると懐かしく、彼女からしたら得体の知れない金属の塊に見えることだろう。だが彼女は片眉を持ち上げるだけで笑みを崩さなかった。やっぱり妖怪の類いだな。大分若く見えるだが……。
余計な事を考えつつも手早く組み立てていく。ハッグと相談して改造してもらったので簡単である。出来上がった足踏みミシンを値踏みする彼女。
「随分と立派な物のようだけど、これは一体何なのかな?」
「革命を起こすものですね」
皮バッグから今度はキメの細かい大きめの布を取り出す。綿と麻の混合生地を2m分だ。
【布(綿45%麻55%)(148cm×1m)=1780円】
承認させたときに1m単位になっていたので、試しに2mで購入してみたら、普通に繋がった一枚布で出てきた。
残金255万7397円。
「ほう……」
どうやら服飾ギルド長からすると、均一に織られた布の方に興味が行ってしまったようだが、主眼はそれでは無い。
「それではこれから次世代の縫製をご覧に入れましょう」
芝居っ気たっぷりに糸をセットして、ミシンを動かす。片足で立ちながらの作業だが波動のおかげで苦にならない。
ダダダダダダと激しく針が上下して、折りたたまれた布が一瞬で縫い合わされる。148cmを数秒で規則正しく真っ直ぐに縫い合わさったそれを見て、さすがの妖怪も目を剥いた。
「……君。これが一体どういうものなのか理解しているのかい?」
「そのつもりですよ? 革命を起こしてみせると言ったでは無いですか」
「……」
フェリシア女史は額に汗を浮かべつつも壮絶な笑みを浮かべた。
「なるほど。これを買って欲しいという話だね?」
彼女は睨むようにこちらに視線を寄越した。
「いえ、違います」
「なんだって?」
「正確には売らないと言う事では無いのですが、少々入り組んだお話とセットになってまして」
フェリシアはニヤリと笑うとゆっくりと席に着いた。
「これから詳しい話を聞かせてもらえるんだろうね?」
「もちろんですとも」
可能な限りいやらしく笑って返した。
書籍版は1/17です。
よろしくお願いします。