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閑話「荒野のクリスマスパーティー」

クリスマス特別編です。

久しぶりのチェリナです。


 そこは大陸最西端。荒野の果てのある港町での話だった。


「クリスマス……ですか?」


 答えたのは太陽を紅く反射する長い髪と、紅を基調とした革の服と、紅く染めた鎖を身体に巻き付けた凜々しい美女だ。なおお約束通り大変な巨乳である。


 名前をチェリナ・ヴェリエーロと言い、最西端の都市国家ピラタス最大の海運商の娘である。長男がちゃんといるのにその影の薄さから、街の人気を一心に受けている。


 がんばれよ兄ちゃん……。


「ん? ああ、俺のいた国の神さま関連の行事でな。聖人の誕生日の祝いなんだが、元が遠い国の行事で、俺の国ではもっぱら家族や恋人の行事と化してる」


「神事が変化する話は良く聞きますね。ピラタスがまだ王国になる前の一都市であった頃の祭りは原型を留めていないそうですよ」


「まぁそんなもんだろうなぁ」


「それでそのクリスマスというのはどんな行事なのですか?」


「うーん……ケーキと鶏食ってプレゼントしたり交換したりする印象しか無いな……」


 俺の人生でクリスマスがまともに行われたことは一度も無い。むしろバイトを詰め込む稼ぎ時という印象だ。もう二度とサンタ服もトナカイ着ぐるみも着たくない。


 なお売れ残りのケーキは俺の年末の大切なカロリー源だった。


「プレゼント交換……」


 チェリナが考え込むように軽く首を捻った。


「面白いですわね……」


「ん?」


 どうやらチェリナの変なツボを押してしまったらしい。


 ◆


「そっち! スポンジは焼けたのか!?」


「すみません2つほど焦がしました!」


「くそっ! やっぱ火加減が難しいな! すぐ焼き直してくれ!」


「はっ! はい!」


 今ヴェリエーロ商会の食堂は戦場と化していた。


「生クリームは!?」


「アキラ様! これでどうですか!?」


「……ダメだ泡立てが足りねぇ! もっと気合い入れてかき混ぜろ!」


「はっはい!」


 生クリームは牛乳とバターを火に掛けて作った代用品だが、十分好評だったのでそれで行くことにした。SHOPに承認させても良かったのだが、出来れば今後もヴェリエーロ商会で作れるようにしておきたかったのだ。


 牛乳やバターの品質が日本と大きく異なっていたので、完成までかなり大変だったが、そこは料理長のフーゴだ。彼の徹夜の研究によってこの地域の人間に好まれそうな味になった。


 フーゴ料理長と俺とで試作したケーキはヴェリエーロの女性陣を軒並みノックアウトし、虜にした。


 チェリナはもちろん一番出来の良いケーキを食したのだが、試食に参加したメイドさんや女性従業員たちは、スポンジを焦がして失敗したケーキまで食い尽くす有様だった。


 もちろん女性だけで無く、普段甘い物を食べる機会など無い男性たちも絶賛していたのだが、女性陣の勢いに押されて味見以上を食べることは出来なかった。


 普段序列に厳しい彼らもその時ばかりは、女性陣の目つきに何も言えなかったそうだ。


 ただ、材料に大量の砂糖が使われているので、俺が去った後はあまり作れないだろう。


 もっともヴェリエーロ商会はこの国で数少ない砂糖を手に入れるルートがあるので、必要になれば作ることは出来るようになった。


 さて、そんな人気のケーキを焼きまくっているのには訳がある。


「クリスマスパーティーを開きましょう」


 何をどう理解したのか、チェリナの出した結論がそれだった。


「最近は忙しさにかまけて、取引先との関係作りもおろそかになっていましたからね」


 そこでまとめて有力所を招待して一気に消化してしまおうという事らしい。


 内容はこうだ。招待された人間はプレゼントを1つずつ持ち寄る。そのプレゼントをくじ引きで選び、一つを持ち帰る。というものだ。欠点としては自分が持ってきた物を持ち帰る可能性があることだが、人数が多いので確率は少ないだろうと言うことだった。


 なおプレゼントには大きさの制限を設けた。これはこのパーティーを誤解して権力を見せつけるものと勘違いした人間に対する牽制らしい。


「金額の制限は付けなくていいのか?」


「この国では大きい物ほど権威が増すという考え方の方が強いですからね。ですので贈り物の定番は馬車です」


「そんなものパーティーに持ってこられたら迷惑だな……」


「ええ。もらって嬉しいのは最初だけですよ」


 馬車何台ももらってもな。仮に馬もセットだったとして、維持費が洒落にならん。結果として売るしか無い。


「値段に制限をつけるのも微妙な所ですしね……もっとも空気の読めない人は数人だと思いますよ」


 意味深なセリフだった。だがパーティーを開催するとそれはすぐに理解出来た。


「うううう嬉しいんだお! おパーティーに招待してもらえるなんてお!」


 俺が料理の指揮を取っている最中に、急にチェリナに呼び出されて向かうと、やってきたのは有力貴族のレッテル男爵だった。


「おおお! アキラもお元気そうだお!」


 てっきりチェリナしか目に入っていないと思ったが、きっちり俺にまで挨拶をくれる男爵。俺は結構この男爵の事が好きだったりする。


 本当にこの見た目さえなんとかなれば、今頃嫁に困ってなかっただろう。少々不憫である。


「はい。おかげさまで」


「うんうん。今日はおご馳走が用意してあるって聞いたお! 楽しみだお!」


「それではレッテル男爵閣下。こちらへどうぞ」


「うんうん。ご招待されるお」


 主催者の義務なのか、差し出された男爵の腕にチェリナがそっと掴まって、エスコートされる形で大広間へと移動していった。


 扉の隙間から客層を確認しておく。面倒な事だが俺も参加させられることになっているからだ。チェリナとの商談にやってきた商人や商会長がずらりと並んでいる。皆ヴェリエーロに商談に来た人間で、7割方見たことのある顔だった。


 さらに漁業ギルドのギルド長、マイル・バッハールと、飲食ギルドのギルド長モシノ・カイエンも席にいた。


 相変わらずバッハールは色黒イケメンで、カイエンはニコニコと席についていた。


「さて、俺は俺の仕事をするか」


 人使いが荒いぜチェリナさんよ……。


 食堂に戻ってフーゴ料理長と共に料理作りに邁進した。


 ◆


 再びチェリナからの呼び出しがかかった。


「じゃあフーゴさん。あとは任せますね」


「はい。お任せください」


 俺は背広に着替えると大広間へと向かうと、そこにはチェリナが待っていた。


「遅いですわよ」


「だったら二役もやらせるなよ。そもそも俺がパーティーに出る意味なんて無いだろ?」


「あるのですわ。すぐにわかります」


 そう言うと、チェリナは俺の腕に手を添えた。ただの相談役なんだから後ろを歩かせろという文句は聞き入れられなかった。


 ため息交じりで大広間に足を踏み入れると、一斉に中の視線が集まった。


「おいおい……」


 どうやら主催の登場に付き合わされたらしい。まぁどうでも良いけどな。


 チェリナの誘導で長テーブルのお誕生日席付近まで移動すると、チェリナは朗々と語り出した。


「この度は急なパーティーのお誘いにお越しください感謝いたしますわ。このパーティーはこのアキラの故郷で行われる祭りをヒントに開催したものです。本来の形とは違いますが皆様ごゆるりとお楽しみくださいませ」


 すると来賓客から拍手の嵐が飛んだ。なるほど、俺をダシにしたわけね。


「アキラ! こっちに座るお!」


 上座に着いていたキモ男爵ことレッテル男爵が大声で俺を呼んだ。うん。気になってはいたんだよ、あんたの横の空いている席がよ……。


 恨めしい視線をチェリナに向けるが、ツンと流されてしまった。覚えてやがれ畜生。


 仕方なく笑顔で男爵の指示する席に座ると、下座の商人たちから様々な視線が飛んできた。羨望やら嫉妬やらそんな感じの視線だ。まぁ慣れてるから良いけどな。


「今日は飲食ギルドの協力も得まして、変わった料理をお出ししたいと思います。それではまずは前菜です」


 チェリナの宣言の後に運ばれてきたのはカルパッチョだった。なるほど先日飲食ギルド長と漁業ギルドに出した料理をここでお披露目するのか。相変わらず抜け目がねぇなチェリナは……。


 最初に出てきたのは鯛のカルパッチョだ。いきなり冒険だな。案の定来賓たちがざわついた。


「失礼だがヴェリエーロ嬢、これは生の魚では無いのかね?」


 切り出したのは男爵とは逆側の上座についていた男だった。きっと貴族なのだろう。


「はい。そのとおりです。新鮮な魚を丁寧に切り分け、秘蔵のソースにて味付けしておりますわ」


 屈託無く返答するチェリナに貴族の男が眉を顰めた。


「わたくしたちには魚を生で食べる習慣は今までありませんでした。しかしそこのアキラの故郷では日常的に食べられていたご馳走なのです。もちろん生で食べられる種類という物がありますが、もちろん今日お出しする全ては味も安全も全て確認済みでございますわ」


 チェリナの説明にも手を出すのを躊躇する来賓客たちの中、動く者が二人いた。


「やあやあ! これは美味い! さすが天下のヴェリエーロが誇るフーゴ料理長の一品! まったく彼が当ギルドに在籍していないことがどれほどの損失か改めて実感してしまう品ですな!」


 わざとらしく大声を出したのは飲食ギルド長モシノ・カイエンだ。


「ほう。我ら漁師でも生で食べるという発想は無かったが……料理法でこれほど美味くなるとはな。これからは認識を改めねばなるまい」


 続いたのは漁業ギルド長マイル・バッハール色黒イケメンだ。爆発しろ。


 ならば俺も援護するか。


「レッテル男爵閣下、元は私の国の料理ですが、それをフーゴ料理長が土地にあった素晴らしい料理に仕上げてくれました。チェリナ様もお気に入りの料理ですので是非食してください」


「お嬢が好きなのかお?」


「ええ」


 俺と男爵の会話を聞きつけたチェリナが、すっと近寄ってきて言った。


「はい。わたくしも大変気に入っております。男爵閣下にも気に入ってもらえたら嬉しいのですが」


「たっ! 食べるお! おいただくお!」


 せき立てられるようにカルパッチョを口にする男爵。最初はもにゅもにゅとした食感に眉を顰めていたが、次第に顔からこわばりが取れてくる。


「う……美味いお! 美味しいお! 変わったお味だけどおさっぱりで美味しいお!」


 男爵が美味そうにカルパッチョをほおばると、来賓客たちもざわめきつつも口にし始めた。一部の人間を除いてなかなか好評だったようだ。


「次は鶏のローストです。アキラの故郷では祭りの日に食べることが多かったそうです」


 これまた大きな誤解だが、まあいいだろう。実際は七面鳥なのだろうが、日本のコンビニに並ぶのは鶏だったからな。


 鶏のローストはこの国でも普通に存在するご馳走らしく、先ほどとは打って変わって和やかなムードになった。安堵のため息すら聞こえる。


 二品目にいきなりローストはどうかと思ったが、なるほど一品目を考えた順番になっているらしい。金持ち連中には慣れ親しんだ鶏ローストは普通に賞賛された。


 三品目は白身魚のしゃぶしゃぶが出た。これに関してはほぼ全員から絶賛された。たれも魚醤をベースにしたこの土地で作れる品物でフーゴ料理長の凄さを改めて知った。


 その次はこの土地の名物と、どうも交互に提供することによってバランスを取っているらしい。


 タコの唐揚げが出た時は若干騒ぎになったが、勇気を出して食べた人間からの絶賛を聞いて、結局全員が食し、そして全員が歓喜した。どうやらタコの唐揚げはこの国の人間に好まれる味だったらしい。


「さて、それでは最後にデザートですが、今回は特別に砂糖をふんだんに使った贅沢な料理をお出ししたいと思います」


 運ばれてきたのは見事はホールケーキだった。トッピングは南の国から運ばれてきたフルーツの数々である。真っ白い生クリームの上に並べられた色とりどりのフルーツは見ているだけで楽しくなる。


 その見た目だけで来賓から感嘆の声が上がるほどだ。この国では白が特別な意味を持つらしい。そういえば男爵の家も真っ白だったな。


 メイドが綺麗に切り分けると、上座の人間から配り始める。


「こんなのお始めて見たお」


 男爵がフォークでゆっくりと口に運ぶと、目を見開いた。


「お甘ぁい!? お白いのがふわふわだお! お薄茶色のパンみたいなのもお甘いお! でもべったりしないお甘さだお!」


 叫びながらケーキをばくばくと食べる男爵。今まで結構食べたはずなのだが、男爵は早速メイドにお代わりを要求していた。


「男爵閣下。こちらはお酒に合いませんので紅茶をどうぞ」


「お紅茶ととっても合うお!」


 俺の勧めた紅茶を飲むと、さらにケーキを食べる速度は上がり、再びお代わりを要求していた。……糖尿にならんよな?


 もちろんケーキは大半の人間に好評でかなり多めに予備を用意しておいたのだが全てがすぐに無くなってしまった。


 モシノ・カイエンも「こんな隠し球まであるとは……まったくパンギルドと戦争にならなければ良いのですが」と文句を言いつつもお代わりを要求していた。食べたかったらその辺の交渉はあんたがやるんだな。


「さて、それでは皆様お持ち寄りのプレゼント交換会を行いたいと思います。本来であれば家族や恋人など大切な方へ贈る事が多いのですが、仲の良い友だち同士で交換することも多いようです。今回はそれにあやかって交流を深めたい皆様方とプレゼント交換させて頂きたいと思います」


 チェリナの宣言に来賓から拍手が湧く。ヴェリエーロ商会から懇意にしたいと言われて喜ばない人間はいないだろう。


 チェリナが合図をすると、壇が作られ、壇上にプレゼントが並べられた。殆どは同じ大きさの箱がならんでいたのだが、一つから明らかに大きい箱があった。


 チェリナはため息を吐いた。


「レッテル男爵閣下……今回は肩肘の張らないパーティーだとご連絡したではありませんか。お一人でこの様な事をされると困ります」


「お……でもお嬢に渡したかったお……」


「それも誰に渡るかわかりませんとお伝えしたはずですわ」


「おおお……」


「まぁまぁチェリナ。初めての事で勝手がわからなかっただけだろう? そう責めるなって」


「……アキラ様がそうおっしゃるなら」


 男爵はほっと安堵の息を吐いたが、チェリナの野郎、俺がこう言うのをわかっててやってやがるな畜生め。


「それではくじを始めさせて頂きます。まずは男爵閣下からどうぞ」


 メイドではなく、チェリナが直接くじの入った箱を持ってまわった。全員が数字の入った木の板を手にすると、全員がひな壇へ上がり、同じ番号の書かれたプレゼントを持って戻ったのだが……。


「おおおおおお!?!?」


 なぜか男爵が悲鳴を上げた。


「どうしました!? 閣下!」


 チェリナの側近であるメルヴィンさんが慌てて飛び出してくる。俺は一目でその悲痛な悲鳴の正体に気がついた。


「あー、自分で持ってきたプレゼントが当たってしまったんですね……」


 俺の言葉に涙目混じりで振り返る男爵。


「良ければ私のと内緒で交換しますか?」


 一応決定後のプレゼントの交換は禁止となっているが、誰も文句は言わないだろう。


「……お嬢のプレゼントがいいお……」


「すみません。残念ながら他の方に行ってしまったようです」


 見ると手にしていたのはマイル・バッハールのようだった。顔だけで無く運まで良いのかよ。マジで爆発しちまえ。


 ちなみに中身は無難に彫刻であった。


「ううう……お残念だお……」


 個人的には自分のプレゼントをただ一人自分で引くのは美味しいと思うのだが、どうもただ運が悪いとしか取られないようで、結局俺が引いたプレゼントと交換することになった。


 俺が男爵から受け取ったのは身長ほどある巨大な箱だった。厚みはそれほど無く、またそれほど重くも無かった。


 皆が席に戻ると全員がその場で箱を開けてお互いに見せ合っていた。なるほど家に帰って見るという考え方では無さそうだ。俺も周りに習って箱を開けてみたのだが。


「……」


 それは大変豪華なシロモノだった。高級品だろう。きっと職人の手による一品に違いない。


 だが。


「どうしろっちゅーねん」


 誰にも聞こえないように呟いてしまった。


 それは立派なドレスだった。紅い豪華なドレス。もう誰に向けてのプレゼントか一目でわかる品物だった。


 きっと俺は苦笑していたに違いない。


「……とても立派な物ですね」


 俺は男爵にそう言うのが精一杯だった。ちなみに男爵の箱の中には立派な銛先が入っていた。チラリとバッハールを見ると目を逸らしやがったあの野郎。


 ふと壇上を見るとプレゼントが一つだけ残っていた。それは並んでいたプレゼントの中で一番小さな箱で目立たないものだった。


「おいおい……」


 チェリナはゆっくりと壇上からその小さな箱を持ってきた。全員の注目が集まり、小さく話し声が聞こえてきた。


「アレは誰のプレゼントだ?」


「ずいぶんと小さいが宝石か?」


「なぜ私の物が選ばれなかったのだ」


「今回の催し物は本当にランダムだったのですねぇ……」


「てっきり男爵の物が渡るかと」


「このような催しも楽しいですな」


 そんな声だったが、ランダムって言う意見には賛同出来ないな。なんせあれは……。


「まあ! これはアキラのプレゼントですね! 中身はなんでしょう?」


 これだよ。男爵が自分のプレゼントを引いたことと良い、絶対仕込んだだろ畜生!


 チェリナはご機嫌で箱を開けたのだが、出てきた品物に眉を寄せた。


「ほう、あれは包丁か? 変わった形だが」


「この様な場に調理道具?」


「作りは良さそうだが……」


「変わった輝きだな」


「いや待て、あれはもしやドワーフにしか作れぬという錆びない金属なのでは?」


「おお! それならば贈り物にするのもうなずける!」


「一体あのアキラという人物は何者なのだ?」


「ヴェリエーロにこうも簡単に取り入ったことと良い底の知れぬ人物よの」


 おいおい、俺にまで被弾してるじゃねーか。周りの高評価とは裏腹にチェリナの表情は微妙だった。


 そんな訳で荒野のクリスマスパーティーはおおむね好評のうちに終わりを遂げた。


 ◆


「まったく! まったく貴方という人は!」


 パーティーが終わった後、なぜか俺はチェリナに呼び出され文句を言われていた。解せぬ。


「どうしてパーティーのプレゼントが包丁なのですか!? 意味がわかりません! もっとこう……人が喜ぶ物を贈るべきでしょう!?」


 ご立腹のチェリナは巨乳を揺らしながら俺に文句を言い続けた。


「貴族や商人が集まると教えたではないですか! 誰が自分で料理をする人間がいると思っているのです!」


「あー、それもそうだなぁ……」


 俺が出せる品物は、後々に問題を起こしそうな物ばかりなので、その辺ばかりを考慮して選んだのだが、考えが足りなかった。チェリナが怒るのも当然かもしれない。


「まったく! 本当に貴方という方は無神経というか朴念仁というか!」


 朴念仁は違うんじゃ無いか? などと文句を言ったら説教が終わらなくなりそうなので大人しくチェリナの文句を聞いていた。


 しばらくすると扉がノックされた。


「……誰です?」


「フーゴでございます。お茶をお持ちしました」


「入りなさい」


 こういう時、大抵はメルヴィンがお茶を持ってくるのだが、なぜかフーゴがお茶を運んできた。


「紅茶と……お茶請けをお持ちしました」


 彼が並べたのは小さなケーキだった。手のひらサイズの丸いケーキで、なぜか切り分けられていない。取り皿とフォークはあるのに片手落ちだろうと思ったが、彼が部屋に入る時、テーブルの包丁を発見し、素早く持ってきた包丁を隠したのを俺は見ていた。


「おっとすみません、切り分けるのを忘れていました……、ちょうどそこに包丁があるようですね。すみませんがアキラ様にお任せしても良いですか?」


「ええ、構わないですよ」


 フーゴは部屋を出て行こうとして、ふと振り向いた。


「そういえばアキラ様、クリスマスでは家族や親しい人とパーティーを開く以外に、恋人と二人で過ごすことも多いようですね?」


「ええ、元の祭りとは形が変化してしまったのですが、私の国ではそれも一般的な過ごし方ですね」


「なるほど……それではごゆっくりお過ごし下さい」


 フーゴは頭を下げて部屋を出て行った。しばらく沈黙で部屋が満ちる。


「……腹は一杯だが……せっかくだから食べるか?」


「……そうですね」


 俺がケーキを切り分けてやると、チェリナが口に運ぶ。


「本当にケーキというのは美味しいですね」


「食べ過ぎると太るけどな」


「……なんですって?」


「いや、毎日食べたりしなきゃ大丈夫だ」


「驚かさないでください」


 ふうとため息をつくチェリナ。


「……そうだ、忘れていたがこんな時に言う定番のセリフがあるんだ」


「定番のセリフ……ですか?」


「ああ、楽しいクリスマスを……という意味になるんだが」


 俺は紅茶のカップを持ち上げると、チェリナに差し出す。彼女もすぐに意味を理解しカップを持ち上げた。


「メリークリスマス」


 チンっとカップが軽くぶつかりあった。


 -END-



I wish you a merry Christmas.


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