第11話「でこぼこファミリーとファフの誘惑」
「ククク、ワレは……ワレよ」
「今まで波動と理力石が関係するなんて誰も知らなかったはずなのに……」
「ククク、それだけワレが特別というとこよ。もっと褒めてくれてかまわんぞ?」
「本当にファフさんは何者なんですか? 今まで何も言わなかったけど、見た事も聞いた事もない種族みたいですし」
「そうなのか?」
「うん。少なくとも人間ってひとくくりにされる種族にはいないよ」
「エルフやドワーフや獣人なんかも人間なんだっけ」
「うん。特に人間を差す時はヒューマンといったりするから」
「なるほど。……んで? 答える気はあるのか?」
「ククク。ならば今夜ワレと閨を共にすれば睦言として教えてやらん事も……」
「だっ! ダメだよ! そんなのだめ!」
顔を真っ赤にして立ち上がるラライラに俺は少し凹んだ。
「俺がそんなのにほいほい行くと思ってんのかよ……」
「ちっ! 違うけど……その! とにかくダメ!」
「ククク……なんなら三人一緒でもええぞ? ワレはどちらもいけるからの」
「ふえ!?」
「……ファフ。悪ふざけはその辺にしておけ」
「ククク、本当にかまわんのだがな」
「へいへい」
実際お相手したら喋るかも知れんが、見た目子供を相手にする気はねぇよ。
「とにかくファフの言っている事は正しいんだろうな。俺だけ特別に理術が使えるってよりはよっぽど納得出来る答えだ」
「それは……そうだね」
「実際ゴブリンハザードの時も思ったが、波動を使いこなすにつれて威力は上がっていたようにも思う」
「ククク、あれは激戦じゃったからのう。実戦に勝る訓練は無いの」
「したくてした訳じゃねぇよ。……ただ身体の使い方や波動の纏い方は一気に上達した感じはするぜ」
「それは間違いないの」
話に参加してきたのはドワーフのハッグだった。波動のスペシャリストが言うのだから間違い無いのだろう。
「ま、俺は空理具を使うのにちょいと有利な事がわかっただけで十分だ」
「あ……あのファフさん、これって論文に書いても……」
「ククク、特別じゃ。構わんぞ。どうせまた何年も掛けて検証するんじゃろ? 人間どもは面倒な事よ」
「ありがとうございます。ファフさんの名前は……」
「ククク、わかるじゃろ? いらぬわ」
二人のやり取りを聞いていたがふと気がつく。
「あれ? ラライラって学校辞めてたんじゃなかったか?」
「興味深いテーマだから、まとめたら理術大学に提出するよ」
「それってラライラの功績にならないんじゃねぇのか?」
「出来ればそれで再就職出来れば良いんだけど、ダメでもお世話になってから恩返しになるよ」
「お前がそれで納得するなら問題無いけどな」
「うん」
本人が楽しそうだから問題無いな。研究者気質なんだろう。
「さて、話が盛大に逸れたな。俺は少し考えたい事があるから、寝かせてもらう。見張りは悪いがハッグとヤラライに頼む」
「かまわん。重要なところは任せっぱなしじゃからの」
「なら訓練も免除してくれよ」
「ふん。それはお主の為でもあるからの」
「聞く耳ねぇのな……。まあいいや、車にいるから何かあったら教えてくれ」
「了解じゃ」
ハッグだけでなく、少し離れた場所で見張りをしているヤラライも頷いた。
さて、キャンピングカーの狭いベッドに潜り込むと、小さなライトの下で手帳にこれからの作戦を手帳にメモしたり、復帰したノートPCの表計算ソフトを使って戦略を練っていく。
やる事がてんこ盛り過ぎるぜ神さんよ……。
◆
あれから一週間が過ぎた。とにかくやたらと忙しい一週間だった。
行動の主な目的は下準備だ。一つはスラムの活性化の為、もう一つは……。
目の前に白亜の豪邸が建っていた。
豪商や貴族などの邸宅が集まる高級住宅地の中でもワンランク豪華で広い敷地を持っていた。庭にはその財力を誇示するように大量の植物が植えられている。ピラタス改めテッサに比べれば自然が多くなっているとはいえ、基本荒野である事にはかわらないこの地域でこれだけの緑を保持するのは大変な事だろう。
今日の服装はYシャツにスラックス。
本当であればテッサで出会った紅鎖のチェリナからプレゼントされた新型の民族衣装が相応しいのだろうが。今から会う人間にはこの格好がもっとも相応しい。
玄関前に来ると門番が一礼してから門を開けてくれた。昨日の仕込みが効いているらしい。
建物まで案内されて中に入ると、外に劣らずこれまた豪勢な玄関ホールが広がっていた。その作りの癖はどこかで見た作りだ。
古代ローマとアジア遺跡と古いヨーロッパ建築の様相が入り組んだそれの、二階の踊り場からある人物が笑顔でホールを覗き込み、俺を確認すると目を剥いた。
俺が笑顔で一礼すると、少しだけ警戒心を解いた。
その人物はハンション村村長ドドル・メッサーラ30歳(見た目50歳)だった。
ハンション村にあった邸宅より三倍以上は豪勢な建物の階段をゆっくりと上がっていくと、やや警戒した面持ちで、ドドルが俺を迎えてくれた。
「貴様だったのか……」
第一声がやや嫌そうなそれだった。
「そちらの服はお気に召していただいたようで何よりです」
ドドルが今身につけている服は俺がチェリナにもらった民族服の色違いバージョンである。ハンション村に滞在中に売りつけたものだ。心情的には許せない男だが、その売り上げがあったればこそ、ハンション村を守れたと考えると、少々複雑だ。
「ぬ……まぁな」
俺が何をしに来たのか警戒しているのだろう、昨日サンプルを見ているはずなのだが、小者過ぎるぜ。
「さて、今日は商売のお話でお伺いさせてもらったのですが、よろしいですか?」
「う、うむ。あー、それで……ハンションでの事だが……」
そこで思い切り笑顔で答える。
「いえいえ。これから大きな商談をするのですから過去の事は忘れましょう。商人とはそういうものです」
「そうだな。うむ。それがいい。過去に捕らわれるのは阿呆のする事だからな! こちらに来たまえ」
そそくさと奥の扉に引っ込むドドルの背中を鋭く見つめた。
お前にとっては過去でも、てめぇのせいで現在進行形で不幸な奴がいるんだよ。
きっと冷たい視線になっていたに違いない。
案内された部屋はハンションの邸宅とは比べものにならないほど物に溢れていた。剣、槍、盾、黄金像、ツボ、ビンテージらしきポットや皿。他にも石の仮面や用途不明の前衛芸術が並んでいる。
本人は綺麗に並べているつもりなのだろうが色調もバランスも最悪で、下品の一言に尽きる。
せっかく一品一品のレベルが高いのに台無しだ。なるほどハンションの部屋がもう少し上品に見えたのは単に物の数が少なかっただけなのだろう。
それらの高級品の中で一際目立つ物が壁に立てかけられていた。前日俺がこの屋敷に届けたものだ。
門番にそれを預けて、今日改めて商談に伺うと言い残してきたのだ。問答無用でパクられる可能性もあったが「それ一つではありません」という一言が効いたのだろう、直接ドドル閣下と商談したいという無茶が通っている時点で相手の欲が知れよう。
「さて、昨日届けてもらったそれだが、一体どこでこんなシロモノを……」
「ドドル様なら私どもが乗っていた馬車の事をご存じなのでは?」
「なるほど……西の果てで発掘されたというわけか」
俺は答えない。だが本人は無言であることが返答であると勘違いして頷いた。
「それで、これはいかほどで売ってもらえるのだ?」
さすが商売ベタだぜ。金銭感覚が抜群だった執事もハンションに置きっ放しだしな。これは楽に進めそうだ。
「見ての通り、それはもう製造困難な品物ですからね……いくら閣下と言えども安価でお譲りするというわけには……」
「わかっておる! だが売ってくれるのだろう!? しかも話によればこれ一つでは無いという」
「ええ。運が良かったのかそれを複数所持しております」
「おお……この国宝級のシロモノを複数……!」
ドドルは身を乗り出して目を血ばらせた。
俺は内心ほくそ笑みながら一週間前の事を事を思い出す。
1/17日の発売日まであと1ヶ月弱。
年末年始を挟むことを考えると、きっとあっという間でしょう。
今から心臓が痛いです……。