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第9話「でこぼこファミリーとお小遣い」


 俺が取り出した足踏みミシン(・・・・・・)を舐めるように観察してハッグが唸る。


「ふーむ。何度見ても精巧な作りじゃな」

「今から使い方を見せるから、覚えてくれ。ハッグが使いこなせる必要は無いが、知って置いた方がいいだろ?」

「むろんじゃ。しかし何に使う道具が想像もつかんのぅ……」

「まぁ見てろ」


 商談が終わった後に承認した品物は以下の二つ。すでに二つとも購入していたので、残金表示にずれが生じていたが実際は減っていたと考えてくれ。


【足踏みミシン=4万9800円】

【裁縫ばさみ=3570円】


 残金270万6991円。


 俺はハッグに説明しながらミシンをセットしていく。幸い最初の分の糸と針はミシンとセットになっていた。

 さらに取って置いたぼろぼろのYシャツを取り出す。さすがにミシンで直せるレベルでは無いが、縫い合わせを見せるには十分だろう。

 無事な部分を折りたたんでミシンを走らせるとハッグが歓声を上げた。


「うをををををを! なるほどの! この足の板を踏むことでこちらの金属棒が回転し、それを革ベルトで上の機械に伝えるんじゃな! ぬう……中はよくわからんが、それがさらに針を上下させる力になっておるのんじゃの……しかしどうしてそれで糸が縫えるんじゃ?! 返しが必要じゃろう! 返しが!」

「興奮しすぎだっての。秘密はこのボビンっていう部品にある」

「ぬう……なんという細かさじゃ……なるほど1本の糸ではなく2本の糸で縫っておったのか。凄まじい発想じゃの。心が躍るわい!」

「どうだ? 作れそうか?」

「ワシに作れん物は無い! ……と言いたいところじゃが、設計図が出来るまでは厳しいの」

「……ならいっそ承認させてみるか?」

「いいや、ワシに調べさせい。これももしかしたら神の試練の内かもしれんしの」

「そうか?」


 その言葉にはまるで賛同できないが。きっと何の問題も無く承認すると思うがな。まぁ本人がやりたいみたいだしやらせよう。協力してもらうんだから楽しくやってもらいたい。

 そういや神の試練で思い出したが、もう一つクエストが残ってたな。予算に余裕も出たし夜にでも購入して確認しておこう。


「じゃあ任せるが、条件がある」

「ふん。どうせワシ以外の奴らに作れるようにせいとでも言うんじゃろ」

「さすがハッグ」

「人間には無理じゃろうが、それなりに腕の良いドワーフなら何とかなるレベルにしておこう」

「頼むぜ」

「うむ。それは構わんが、ヒューマンには色々と面倒な決まり事があるじゃろ。そっちは知らんぞ」

「ああ、ユーティスがそっち関係の仕事をしているようだから、そこから当たってみる」

「ふむ。それだけか?」

「もう一つ大仕事が残ってるな」

「なんじゃ?」

「ここの連中をまとめる」

「そりゃ……大事じゃな」


 俺が建物を出るとすっかりと辺りは暗くなっていた。そして俺を待っていたようなタイミングでラライラが寄ってきた。


「アキラさん、ちょと困ったことが起きてるんだ」

「……ああ、そうみたいだな」


 俺たちの拠点を囲むようにギラギラとした瞳が大量に並んでいるのだ、馬鹿でも異常事態だとわかる。


「何か言われたか?」

「ううん。でももしかしたら朝みたいに食事を期待してるのかも」

「まぁそうだろうな。ラライラはどうすれば良いと思うよ?」

「え? うーん……アキラさんが迷惑で無ければ作ってあげたいんだけど……」


 言葉を濁す当たり、ちゃんとラライラはその危険性が分っているらしい。


「言っている意味は分っているな?」

「うん。そのつもりだよ」

「しばらくはきついかも知れんぞ?」

「大丈夫。それにこのスラムを救うのが神さまの啓示なんだよね?」

「そこまで大層な物じゃ無いけどな。わかった。材料を出しておくから頼めるか?」

「うん。任せて!」

「扱き使って悪いな。親父さんに会いに来ただけだってのに」

「ううん。ボクも本当は何かしてあげたいと思ってたんだ。嬉しいよ」

「そうか。まぁ何とかしよう」

「うん」

「……それにしても、この人数じゃ普通の鍋じゃどうしようもないな」


 すでに朝の数倍の人間が集まっている200人以上いるのでは無いだろうか。

 俺は新たに寸胴鍋を承認させる。ついでにお玉もな。


【業務用アルミ寸胴鍋(170リットル)=3万4470円】

【アルミお玉=561円】


 残金267万1960円。


「うわあ、凄いお鍋だね。これって凄く高いんじゃ無いかな?」

「誰にも言うなよ、3万5千円ほどだ」

「ええ?! もっと凄い高いかと思ったよ。さすが神さまの能力だね……使って良いのかな?」

「今、竈を作るから頼む」


 先に食材を大量に出しておく。数日分出しておくか……。

 芋やらジャガイモやら食パンやらを大量にキャンピングカーに出しておく。車の水タンクも満タンにして全部で5万8243円。かなり薄いスープにしても厳しいな……。


 残金261万3717円。


「アキラ、こっちに女性たちを移してかまわんぞ……何じゃ、それもアルミではないか……」

「マズかったか?」

「まあ、普通の人間に区別は付かんと思うが、ドワーフには釘を刺しといた方がええかも知れんな」

「そういやドワーフとかエルフはいないな。獣人は時々いるみたいだが」


 人間に混じって、猫耳やら犬耳の住人もスラムには住んでいたが、ドワーフなどは見ていない。


「まぁワシらは手に職があるからの」

「ああ、納得だ」


 エルフもこんなところで燻るくらいなら故郷の森に戻ればいいだけだろうからな。


「俺は寝床を用意してくる、外から中は見えないよな?」

「うむ」

「了解だ」


 新たな建物……基地とでも呼ぼうかね?

 基地の広い部屋にまず毛布を敷き詰める。4枚を一杯に広げてちょうど良いくらいだ。さらに懐かしのスプリングマットレスを4つくっつけて並べる。11人寝るには少々狭いが許してもらおう。それでもキャンピングカーでぎゅう詰め状態よりかなり良いだろう。全部で11万7880円。


 残金249万5837円。


 ラライラの食事の準備を手伝っていると、ヤラライが戻ってきた。


「よう。お疲れ」

「ん」


 やや砂埃に塗れた服を「清掃」の空理具で綺麗にしてやると、小袋を突き出された。中を見ると硬貨が詰まっている。ポケットに仕舞う振りをしてコンテナに仕舞うと10万2000円も入っていた。


 残金271万5717円。


「随分稼いできたな。ストーンコヨーテじゃあんまり稼げないとか言ってなかったか?」

「人を雇った。荷車持ちだ」

「なるほど。お前頭良いな」

「たまに、やるだけだ。狩るだけなら楽」


 言葉の割には嬉しそうに見える。もっとも大して表情に変化があるわけでは無かったが。付き合いも大分長いからな。


「さて、全員いるな? ちょっと提案がある」


「なんじゃ?」


「ファフさんがいないよ」


「あいつは事後報告で十分だろ」


「そうじゃな」


「なんか扱いが……」


「気にするな。さて、みんなの協力のおかげで、予算に少し余裕が出た。だからこれからみんなに小遣いを配ろうと思う」


「小遣い?」


 ヤラライが片眉を上げた。


「ああ、それぞれ欲しい物や必要なもんがあるだろ。小遣いを渡すから上手くやりくりして欲しい」


「なるほどの」


「でもそれじゃあ……」


「女の子は他人に言いにくい買い物とかもあるだろ。必要経費は別で好きに使える金があった方が良い。緊急時に無一文ってのも問題だしな」


「そう、だな」


 ヤラライが頷いたので、ラライラも納得したらしい。


「とりあえず一人二万でどうだろう?」


「かまわん。必要経費は別に申請すればええんじゃろ?」


「そういう事だ」


「ククク……なんじゃ、一人たった二万か? 思い切って10万くらい渡せばよかろ?」


「いつの間に戻ってきたんだよ! お前にそんな渡したら明日には全部酒になってそうだしな」


「ククク……正解じゃ」


「まったく……それじゃあ渡すぞ。不定期だがこまめに小遣いは渡すようにする。無くなったら必ず相談してくれ」


「はい」


「了解じゃ」


 俺は全員に二万円分ずつ配って行くが、自分の分を小袋に移そうとしてハッグに止められた。


「待て、お主は小遣いにする必要は無いの」


「うん。アキラさんは自由に使って良いと思うんだ」


「何でだよ」


「だって、無駄使いしないよね?」


「……タバコは吸うぞ?」


「そのくらいでしょ?」


「……まぁ、そうだな」


「うむ。アキラは金勘定が得意じゃからの。お主は今まで通りでええ」


「そう言われるとどうかと思うが……」


「アキラ、信頼、されてる」


「ククク……」


 俺は照れくさくなってみんなに背を向けた。


「わかった。じゃあ適度に節約して使わせてもらう」


「お主はもうちょっと贅沢してもええと思うがの」


「くすくす」


「そこで笑うなよラライラ……」


 どうにも、俺は背中がむず痒かった。


 残金263万5717円。



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