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第15話「荒野の紅い船乗り」

■■■ <紅鎖>チェリナ・ヴェリエーロ ■■■


 日が昇るはるか前の時間、早朝というべきかまだ深夜というべきか迷う時間帯にその船は入ってきました。


 通常であれば日の差さない時間に船を港に入れることはないでしょうが、ここは西ミダル海です。海上にとどまっているのも同じくらいのリスクが伴います。

 それにヴェリエーロ商会の面々は慣れたもので商会一の大型帆船が見えるなり、大量の篝火を港に灯しました。

 それまで灯台の頼りない明かりだけを頼りにリベリ湾に突入していた帆船は一気にこちらに舵を切ります。


 大きなリベリ湾は外海の高波からは船を守ってくれますが、湾内に発生する謎の海流からは守ってくれません。とかくこの西ミダル海に穏やかな海域など存在しないのです。


 大量の小型艇がサポートにまわり空が明るくなる頃に巨大船は桟橋に係留していました。


「おかえりなさい兄さん。海は荒れなかった?」


 全ての指示を終えた兄のパロス・ヴェリエーロを迎えます。


「相変わらずの気まぐれな海さ、湾を出たら小島ばっかりだから海流がね」


 肩をすくめる兄。船上では凜々しいのですが、船を降りると途端に一般人以下になります。


「ではルートはいつもどおりですか?」

「ああ、そのうち南ミダル山脈の付け根までいけるようになれば、きっと珍しい品物が手に入ると思うんだけどね」

「そこまで行けたら南回りのルートが完成してドワイルやアトランディアまでいけますね」

「ムリムリ。南ミダル山脈の南の海は西ミダルよりも島が多いんだよ。まぁ聞いただけだけどね。その辺じゃ魔の海域と言われてるらしい。さらにその島には恐ろしい虫が生息しているらしくて本当に恐れられてるらしいよ」


 虫が大量にいる島とはゾッとしますね。やはり南ミダル山脈の付け根くらいまでで辞めておいてもらいましょう。それとて簡単な航海ではないでしょうが。


「良かった。兄さんは無茶をするからほっとくとすぐ危険な海域に行ってしまいます。そうやって分別を持ってもらえると助かります」

「さすがに無謀な事はしないよ、遠くの海には行きたいけどね」

「自重してください」

「……チェリナは変わらないな。さて、腹が減ったんだけど食事にでも行かないか?」

「では町の食堂に視察に行きましょう」

「……本当に変わらないね」


 そうして兄と二人で町の食堂に行きます。

 食堂にも何種類かあり、お酒がメインの場所と料理がメインの場所。中には2階が休憩所になっていて1階で仲良くなった女性を連れ込むような場所もあります。

 私が行ったのは食事とお酒のバランスが良い最も一般的なお店です。ごくたまにですが訪れる店です。何が良いかと言えば、店主が私を見ても媚びへつらわない所です。しかも店で出される商品はこの街の最新事情を繁栄するようなメニューばかりであり、調査には打って付けでした。


 荷降ろしの指示出しなど、朝の商会での仕事を終わらせてきたので、少し遅くなりました。おかげで朝の混雑時間は避けられたようです。

 職業によって朝たっぷり食べる人もいれば、朝食を贅沢だと思っている人もいます。

 船乗りは一日3食に、さらに2食のおやつを食べたりします。もっとも遭難しているときはその限りではありませんが。

 その影響で私も基本3食で、お茶の時間を設けていますが、朝は軽めに済ませています。


――――


 店に入ってすぐに一人の男性に目が行きます。

 真っ白な綿のシャツ。それと同じく綿製でしょうか縫製のしっかりした黒いズボン。黒い髪、顔の凹凸は少なくかなり幼い顔つきで年齢不詳の男性でした。

 育ちが良いのか筋肉はまったくなく細身。

 まずそうなパンを噛み切ろうと必死になっていました。

 またパンの質が落ちたのでしょう。


 どの国もパンだけは税金を掛けません。場合によっては補助金を出してでも価格を維持します。

 そうしなければ国民が他国へ移ってしまうからです。

 パンが無ければ人は生きてゆけない。だからこれだけは守らなくてはならない一線です。

 そのパンの質がこの数年、日に日に悪くなっています。


 この国に未来はない。

 そう断言できるほどに。


 だから……。


 私は頭を左右に振る。一旦思考を頭から捨てて適当に注文をすました。

 出てきたジャガイモのスープは酷いものだ。

 クズイモばかりだし、腐る寸前のものだろう、日持ちする食べ物だというのに……。

 そして平然とこのメニューを私に出す店主を呪いつつも有り難いと思うのです。


 私は兄に一通りいつもの愚痴をこぼして若干の鬱憤を晴らす。どうにも世の中ままならない事だらけです。


 そして溜息とともに再び商会に戻りました。

 忙しい時間が過ぎ、ちょうど一休みしようとしていたタイミングでした。受付の従業員が持ち込み商談があるので対応して欲しいとやってきたのは。

 いえ、実際には私にではなく、私のそばで商品在庫をチェックしていた部下の一人にです。

 飛び込みの商談に私が出ることは無いからです。


 しかし受付の続く言葉に少々興味が湧いてきました。


「やってきた男はこの糞暑いのに長袖の見慣れない服で、貴重なメガネをしている怪しい男だ」


 おそらくそれは酒場で見かけた異邦人でしょう。私は壁の隠し穴からロビーを覗いてみると確かにその男でした。


「わたくしが行きましょう」

「え? お嬢様が?」


 準備をしていた商談担当の部下が目を丸くする。


「少し面白そうですからね」

「……お嬢様は珍しい物がお好きですからね、お願いですから昔みたいに相手が気に食わぬからとその紅鎖を振り回さないでくださいね」

「ちょっと! 今はそんなことはしませんわ! 相手が無礼者でしたらあなた方にお任せします」


 小さい頃から私を見てくれている分、私の黒い歴史まで知っている頼もしい部下につい大きな声を出してしまった。きっと顔が赤くなっていることでしょう。



「任されますよ」


 彼は椅子に座り直して在庫チェックに戻りました。


「さて、行きましょう」


――――


 男は見慣れぬ服装でした。


 仕立てはやたらしっかりしているのにそれに伴う装飾が一切ないシンプルな不思議な服装でした。


 黒に近い紺色の上着は新品なのかホコリ一つ付着していません。

 ズボンは裾が少々汚れている程度、おそらくこの土地で買ったばかりのサンダルを履いていますが、むき出しになった足は生まれたての子供のように滑らか。

 庶民であれば裸足で歩きまわることも多いので足の皮はもっと分厚くひび割れます。


 やはり貴族でしょうか、どうにも掴みどころのない男です。


 会話は比較的軽い応酬から始まりました。

 飛び込みの商談特有のひたすら商品をゴリ押ししてくる雰囲気もなく、まるでお茶会の会話でした。

 普段海千山千の商人を相手にしている私にはちょっと新鮮でしたね。


 さて、楽しい時間は終わりです。


 男が取り出したのは不思議なビンでした。ガラスよりも透明なのに、木の皮のように柔らかく、にも拘わらず水を通さない。


 しかし私が一番注目したのはその蓋の部分です。


 注ぎ口の蓋はコルクや木の破片ではなく、やはり不思議な手触りの白い蓋。それをひねると水が漏れないようきっちりと閉まるのです。皮の水筒などの弱点はその口が外れやすいこと。予備策として入り口近くを革紐で縛ったりしますが、手間が増えます。


 彼は気がついているのでしょうか?

 このひねって閉まる蓋の構造だけで一攫千金が狙えるかもしれないことを。


 さらに彼は衝撃的な事を続けました。


「数は全部で30本です。一本あたり7000円を考えております」


 これを、一本銀貨7枚ですって?


 何も考えずに貴族の好事家に相手の言い値で投げ売りしても金貨で10枚はくだらないでしょう。

 貴族は保守的なくせに新しいもの好きです。軍のお偉方の水筒として売るのも一興ですし、一輪挿しの花瓶として売っても面白いかもしれませんね。


 唯一の弱みは装飾が少ないことでしょうか、これほどのシロモノなら女神像や大樹の彫刻を刻めばさぞ珍重されたことでしょう。


 そこで気がつきました。

 このペットボトルという柔らかいビンは、徹頭徹尾実用性のみを追求している事に。

 軽く、割れず、水漏れせず、手軽に中身を飲めて、すぐ締められ、中身がすぐにわかる。


 その瞬間ゾッとしました。


 これは間違いなく実用品なのです。

 ただ単に飲み物を扱うのに適した消耗品。


 正直、彼が話した身の上話のほとんどは嘘だと直感しています。

 しかしその嘘も相手を騙そうとするものではなく、別に面倒な事情があり、それを説明することが難しいので仕方なしについた嘘、そう感じていました。だからこそ会話を楽しく感じられていたのです。

 ですが、もし彼が私の知らない、ペットボトルを普通に消費する国と繋がりがある商人なのだとしたら……。


「わかりました。それでは30本全て購入いたしますわ」


 私は即答しました。

 彼を手放してはいけません。少なくとも彼のいた国の情報を引き出すまでは。

 商談を終え彼が消えました。


「……あの男を監視しなさい」


 私の一言に部下が動きます。しばらくは泳がせて様子をみましょう。


 アキラ。


 不思議な笑顔の男の名前です。


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