第7話「でこぼこファミリーと合格点」
「この国にはいつおいでに?」
アデール商会のロットン・マグーワが満面の笑みを浮かべた。
「昨日の昼頃ですね。無限の水瓶も観光しましたがあれは良かった」
「ええ、あれは我が国の誇りその物です。無限に湧き出る命の泉。まさに不屈のセビテス市民の心を写すようではありませんか」
「なるほど、この国が栄えている理由がわかる気がします」
「食料が高騰している事に気づいたのはいつですか?」
「酒場の食事が若干高かったことと、中央広場の露店で飲食店が少なかったことですかね。人が多かったら普通は食い物が沢山並ぶものです」
「良い鑑識眼をお持ちだ。ですが1kg4800円というのは悪くない数字だと思いますが?」
「ええ。けして買い叩きではない値段だと思います。が、この国では嗜好品の類いも足りていないのではないですか?」
そこでロットンはピクリと眉を動かした。きっとわざとだろう。
「どうしてそう思いましたか?」
「私が少々小金を手にするような立場なら、一度味わった物をまた食べたいと思うのは普通でしょう。そしてこの国ではその小金を手にする人間が増えている。さらにこのジャーキーは季節外れにも関わらず一級品ですからね。売れないわけがない」
「そうです。その通りです。参りました。降参です。1kg5800円。これ以上は一切交渉しませんよ?」
とても嬉しそうにそろばんを弾じくロットン。
俺は笑顔で手を差し出した。
「さらなる値段交渉をしませんでしたね?」
「試されていたのはわかっていますから」
「これから商談のあるときはぜひ当アデール商会にお越しください。アキラさんであればいつでもこの門は開くでしょう」
「ありがとうございます」
こうして俺は無事商談を成功させた。
232万円。なかなかの大金である。なお帰りがけに、例の小僧にチップを渡して置いた。
残金276万0441円。
よし。当座の資金は確保出来た。チェリナに感謝だな。うん。
じゃあ例の計画がいけるか試してみるか。
考えて品物は特に条件が出るわけでもなく、アッサリと承認された。
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拠点になっているスラムのキャンピングカーまで戻ると、朝とは大分様子が変わっていた。
まず車の横のスペースに、レンガ積みの建物が生えていた。
……建物って生えてきたっけ?
その疑問は直ぐに解決した。奥から大量の瓦礫を抱えたハッグが作りかけの建物の横にそれらを積み上げたからだ。
「凄いな」
「そうじゃろう。崩れた建物から使えそうなレンガを失敬してきたんじゃ。誰も文句を言わんしの。今日中には完成させてみせるわ」
「頼もしいな」
正直キャンピングカーは手狭も良いところなので、手足を広げて寝られるスペースが確保出来るだけでもありがたい。さすがその辺ハッグはわかってらっしゃる。
そして都合も良かった。
「ハッグ、ちょっといいか」
「うむ?」
俺は作りかけの建物に入ると、誰にも見えないようにそれを取り出した。
「……またけったいな代物じゃの。だが興味が湧く形状じゃ」
「お前ならそう言ってくれると思ったぜ。ぱっと見で良いが、これと同じ物を作れたりしないか?」
「ふーむ。良く見せい」
ハッグがそれを吟味している間、まだ壁の無い箇所から覗こうとする住人をそれとなく追いやった。上手くいったら見せるからもうちょい待っててくれ。
「分解してもええんかの?」
「まずは動きや使い道を見せてからだな。それからなら構わない」
「うむ。しかしそうなると……」
「ああ、すまんが目隠しになる小屋をもう一つ作ってもらえると助かる」
「ならばこの建物を予定より広くして部屋を増やすかの」
「それで構わない」
これはキャンピングカーの中で取り出すには、ちと大きいからな。出すだけなら可能だが、今の状況では無理過ぎる。
「ヤラライとラライラは?」
「阿呆の方なら狩りに出たわ。娘の方はその辺で子供らと遊んでおる」
「看病はどうなってる?」
「嬢ちゃんを守ったホーンとかいう男の嫁が、手伝いに来てくれたわ」
「それは助かるな」
「残して置いたキャッサバ芋を渡してしもうたが、問題なかろう?」
「ない。それに当座の資金は稼いできた」
「さすが商売の神の使徒じゃな」
「関係ねぇけどな」
ハッグに教えてもらった場所に行くと、人垣が出来ていた。子供だけで無く、大人も混じっている。早く仕事を作ってやりたいものだ。
俺は人垣をかき分けてその中央に抜ける。
そこには天使がいた。
きらめく謎の粒子が金色の髪の少女を踊るように待っていた。光のパーティクルがエルフを神秘的に浮き上がらせていた。
しばし無言で見つめてしまう。
瓦礫の山に座っていた女神がこちらに気がついて、神聖な笑みを浮かべた。
「アキラさん! こっちこっち!」
男の子喋りで唐突にその神秘性が収縮し、見物人たちも我に返って、日陰に避難していく。炎天下に立つ尽くせるほどの体力は無いらしい。
俺も飛びかかっていた思考が戻った。
「よ、よう。ここにいたのか」
「うん。ちょっと休憩してたんだ。ビオラさんが来てくれたから」
「ビオラ?」
「……亡くなったホーンさんの奥さんだよ。子供も仕事も無いからって」
「そうか」
俺は会ったことが無いが、ラライラは随分と世話になったのだろう。自警団三人の話題になるとすぐに暗くなってしまう。
しかしこういうとき子供というのは有り難い存在で、空気を読まずに寄ってきた。
「ねーねー! 今のなに?! 凄い綺麗だった!」
「エルフのおねーちゃんは天使なの?」
「え? ち、違うよ! ただ光の精霊さんと遊んでただけだよ! この辺りには沢山いるからね!」
なるほど精霊。しかし人の目にも見えるものなんだな。
しばらく集まってきたガキ共をからかって遊んでいると、ちょいと離れた場所に、こちらをジッと見つめる少年が目に付いた。ギロと同じくらいだろうか。
「おい、お前もこっちこいよ。旅の話くらいなら聞かせてやんぞ」
「え? お、おう」
なんだか偉そうな態度の割に、ギクシャクとこちらに大股で寄ってきた。
「お、お前らは何者だ?!」
「何者って言われると、旅の商人としか言えないな」
「商人? そんなべっぴんのエルフと、小綺麗な服の優男が?」
おおう。最近訓練のせいか、ちょっとだけ筋肉がついてきてると思うんだが、この世界基準だとまだ優男なのか……。
「商人は服で勝負するんだよ」
「はぁ?」
なんか子供に呆れられた。微妙に凹むぜ。だが間違ってはいないはずだ。たぶん。
「そっちのエルフさんは商人じゃなくて、ただの旅のツレだよ」
「……ふ、夫婦なのか?」
「ぶふーーーー!!」
吹いたのは俺では無くラライラだ。そこまで嫌がらんでも良いだろうに……。
「違うっての。彼女の父親に世話になってて、ちと大所帯になってるだけだ。今は気分転換してるところだからな、遊びたいなら付き合ってやるぞ」
ラライラには介護させっぱなしだったからな、少しは息を抜く時間が必要だ。子供相手ってのは和むからな、子供嫌いで無ければいい息抜きになるだろう。
「で、お前は商人なんだな?」
「ああ。何か欲しいのか?」
「違う! ここで商売するなら——」
「おい!」
別方向から別の男の怒鳴り声。俺と同じかもうちょい若いくらいの青年が厳しい視線をこちらに向けながら、大股で歩み寄ってくる。険呑な雰囲気だ。
「クード! 何を遊んでいる!」
問答無用でクードの襟首を掴み上げる青年。
「いつになったらお子様気分が抜けるんだてめぇは!」
「ご! ごめんよ兄貴! これには理由が……」
「うるせえ! どうせそこのエルフにでも見とれてたんだろう?!」
「う……」
似てない兄弟だな。
……んなわきゃねぇか。
「その辺にしとけよ兄弟」
俺は男の腕を取った。