第6話「でこぼこファミリーとアデール商会」
「この品質はすばらしいですからね、初めての取引ということもありますし、おおまけにまけて、1kg4800円で引き取りましょう」
にこやかにそろばん(らしきもの)を弾いたのは、片眼鏡をかけた細身の男だった。
現在俺は、スラムに住んでいる元商人の男に聞いて、ある商会に来ていた。もっとも紹介状があるわけでも口利きがあるわけでも無いので飛び込みではあるが。
元商人に聞いたのは、飛び込みの人間をあまり騙したりしない比較的良心的な商会を教えてもらっただけだ。
朝起きて、軽い訓練。これにはスラムの人間が集まってきて妙に盛り上がっていた。娯楽が無いのかもしれない。
食事は芋を中心に食材を出して、ラライラにまとめてスープを作ってもらった。本当はやるつもりでは無かったのだが、結局集まっている人間に配給するような形になってしまった。
ギロとクラリにはこっそり食パンも渡してやった。二人は泣くほど喜んでいた。数日前まではパンも食べていただろうと聞くと、こんな美味いパンは初めて食べたと言うことだ。そういえば、ラライラやユーティスもそんな事を言っていた気がする。
ガソリンやら朝食やら、さらに今日は思い切ってYシャツも購入した。流石にそろそろ俺の戦闘服が恋しい。チェリナのプレゼントでも良いのだが、出来ればあまり使わずにとっておきたい。金に余裕があれば、量産型を買っておきたいくらいだ。全部で9051円もかかってしまった。
残金43万1490円。
なお、キャッサバやジャガイモメインのスープだったので、大量に作ったのだが、次から次に口コミで人が集まってしまったのでえらい大変な事になった。
途中でこのあたりの顔役であるデパスを捕まえて、その場を仕切らせた。最初は文句を言っていたが食パン一袋を引き換えにすると、喜んで仕切り始めたので、向いているのかも知れない。
なかなか人が引けなかったので、その場はヤラライ親子に任せて、俺は一人で商会に行くことにした。流石にハッグたちはもう俺が一人で移動することに何も言わなくなってくれた。
久しぶりに戦闘服……といっても米軍仕様の本物では無く、背広のズボンにYシャツという出で立ちだ。さすがに背広は仕舞ってある。
キャンピングカーで牽引していた、カーゴトレーラーを外して、手で引っ張っていく。すでに常時軽い波動を纏えるようになっているので、タイヤ付のトレーラーを引っ張るなど軽いものだ。
教えてもらった商会は赤い焼きレンガの四階建て建築だった。何本か走るメイン道に構える小柄な商会であった。並びにはもっと大きな馬車置き場を備えた商会も多かったが、なるほど、見た目に落ち着いた印象を受けるのは正面の商会であった。
荷車置きに向うと小僧ではなく、モノクル……片眼鏡をかけた店員らしき男性が入り口で指示を出しているところだった。
「そこの荷物はこちらの荷馬車ですよ。間違えないようにお願いします。そうです。それで合っています。他に分らないことはありませんか? ええ、では私は店に——」
そこでモノクルの男性が俺に気がつく。俺も商売用の笑みを浮かべて会釈した。
「おや、初めましてのお方ですよね? 当商会にご用ですか?」
「はい。不躾なのですが、ぜひこちらの商会に見て頂きたい品物がありまして」
「ほほう。それは貴方が引いている、白く輝く荷車の事でしょうか?」
男性は興味津々とカーゴトレーラーを見つめている。ああ普通に考えたらこれを売ると考えるか。
「いえ、この中身の方ですね、良ければお目にかけたいのですがよろしいですか?」
「ちょうど手が空いたところです。構いませんよ。君! 荷車を中に! いつも通り丁寧を心がけなさい!」
「はい!」
小僧の一人がすっ飛んできてトレーラーを引っ張る。重量はあるが、タイヤがスムーズなのでなんとか引いて屋根の下に入れてくれた。
チップを渡そうとしたが、その前に一礼されて逃げられてしまった。いや、元の仕事に戻っていった。
「大丈夫ですよ。お気遣いだけで十分です」
「それなら良いのですが、彼らにとっては死活問題では?」
「ウチはそれなりに給金を与えていますから。お気にされるなら帰りにでも声をかけてあげてください」
「わかりました」
「それで商品というのは何でしょう?」
「ああ、これです」
カーゴの鍵を外して蓋を開ける。門番同様このギミックに驚いた様子だったが、それには何も言わずに、俺の動きを待ってくれている。どうやら本当に当たりの商会らしい。
とりあえず見本として1kgのバッファロージャーキーを手にする。1kgずつパッケージされていて、それが500個……ではなく入国料で減って400個残っていた。
「ほう、これはバッファロージャーキーですね。この時期に珍しい。とりあえず中に行きましょうか」
「はい、ありがとうございます」
どうやら話を聞いてくれるらしい。
商会の中は無駄を省いたシンプルな作りで、あまり飾りっ気が無い。通された商談室はしっかりと通風口があり、なぜか涼しい風が流れ込んでいた。
「この辺りは地面を掘ると、すぐに水源に当たるのですよ。外の空気をその水源に通してから建物に戻すと、湿った涼しい風になるのです」
「素晴らしい知恵ですね」
「この地域では昔からあるんですよ。この設備があるか無いかで商会の格が分かれるとも言いますので、無理して設置したのですよ」
嘘だな。きっとこの商会は儲かっている。
この天然クーラーも楽勝で設置したに違いない。
「それは素晴らしいですね。流れの商人には縁の無い涼しさです」
「当商会唯一の自慢ですよ……それでは商品を確認させて頂きます……おっと自己紹介がまだでしたね。私はアデール商会のロットン・マグーワと申します」
「アキラです。よろしくお願いします」
お互いに握手を交わすと、ロットンはさっそくパッケージの確認に入る。
「ほう、ヴェリエーロ商会の印ですか。あの商会の品物はどれも良いものです」
「ええ、たまたま懇意になりまして」
「それは素晴らしいですね。その縁は大切にした方が良いですよ」
「もちろんですとも」
脳裏にチラリと紅髪が揺れた気がする。
ロットンは腰の短剣で、慎重にパッケージを開くと、固められたジャーキーを取り出した。カドをナイフで削ると、香りを確かめたり、明かりに透かした後、口に入れた。
「……良いですね。この時期にこれほど新鮮な……いえ、時期でもこれほど瑞々しいジャーキーは手に入りませんよ」
「そんなに褒めてしまって良いのですか? 期待してしまいますが」
「ははは、そう言われると弱いところですが、良い物を悪いと買い叩くような真似はアデールの名を冠する私たちには出来ない事です」
「よほど誇りがあるのですね」
「もちろんです。……さて、さっそく買い取りの話に入らせてもらいましょう。この品質はすばらしいですからね——」
こうして冒頭に話は戻った訳だ。
「1kg4800円ですか」
「ええ、いかがでしょう? それならば即金で構いませんよ」
「そう言えば街中を見学してきたのですが……」
「はい?」
「この国は随分と活気に溢れていますね。人も商人も獣人も沢山いました」
「ええ、今この国の人口はうなぎ登りですからね」
「であれば、食料品というのは日に日に高騰しているのではありませんか?」
ロットンは一度目を丸くした後、ニヤリと笑ってモノクルを光らせた。
イラストは「鈴木イゾ」先生です。