第36話「三匹とハンション町」
念のためハンションの町を何度も巡回する。実際にはヤラライが見つけた場所に急行するという形だったので、恐ろしく効率が良かった。
もちろん雇われ守備隊の人間もある程度町中にいたという事もある。
これは後でこっそり自警団団長ウィストン・ガレットから聞いた話だが、実際彼らはゴブリンの大軍を見て逃げだそうとしていた雇われ者だったらしい。だが、ウィストンが逃げるギリギリまで町中に入り込んだゴブリンを退治して欲しいと懇願したそうだ。
実際逃げてしまうと金ももらえなくなるので、彼らは渋々飲んだという。残ったこの町が生まれ故郷の士気が高い人間と、命知らずの雇われたちで、防衛線を構築した。
ゴブリンの特性をよく知っているハンターの意見で、彼らのルート上に円陣防御を組んで、大騒ぎして足止めしていたのが事実らしい。
町の人間は、ほとんどが着の身着のままでセビテスに逃げ出しているところだった。
だがなぜか町の街道がいきなり封鎖されて大混乱に陥っていたらしい。
だいたい以上の事が、夜までに判明した事だ。
現在は、キャンピングカーを取りに行って町に戻って来ている。
ラライラは相変わらず看病に忙しく、とくに会話をしていない。ファフはスマホをテレビにつなげる方法を教えると、延々とそれを再生して視聴していた。
……ちょっと覗き込んでみると、初めて使ったとは思えないほど良い構図で撮影されていた。
そういえば出来るだけ無視を決め込んでいたが、ギリギリまで近くに寄ってきて撮影したかと思えば、いきなり離れて遠景から撮影していたりと、飽きの来ない動きをしていたっけ。
このまま3流のハリウッド映画として通用しそうな迫力映像だった。
本当は町長宅へ向おうと思っていたのだが、さすがに日が落ちてしまったので、訪問は明日にする事にした。
金の事もそうだが、何より依り代となってしまった彼女たちの身寄りを探したい。町長ほど適任はいないだろう。
酒場は大変混雑していた。理由は街道が封鎖されてしまったからだ。そこかしこから商人や町人たちの怨嗟の声が漏れ聞こえていた。
「待たせた」
俺たちのテーブルにやって来たのは自警団団長ウィストン・ガレットだ。
「自警団の方はいいのか?」
「副団長に任せてきた。何よりこの町を救った英雄を放置は出来んよ」
「成り行きだ」
俺は片手を振って軽く答えた。ハッグは安酒を舐めるように飲んでいる。残金を教えたからだろう。俺たちの財布は一緒になってしまったからな。
「ところで、宿の方は本当に良かったのか? 全員分無料ってのは……」
「問題無い。それにあの女性たちを目立たせる訳にはいかん」
「……」
どうも人間は、一度依り代になった人間に大変な差別意識を持つらしい。治す術も見つかっていないので仕方ない部分はあるだろうが、それが家族にまで及ぶというのだからたまらない。町長への謁見を明日に控えたのも、目立たないようにする為でもあった。
「では情報交換と行こう」
ウィストンから聴いた話と独自に集めた情報が先に判明した内容だった。
「しかしなんで街道の封鎖を?」
この辺りは荒野である。そう聞くと街道が封鎖されても、少し離れて移動すれば良いと思うかも知れないが、実際には大岩がごろごろと転がり、低木もそれなりに生えているのだ。徒歩であればまだなんとかなるかも知れないが、疲労は街道を行く5倍以上になるだろうし、道に迷う可能性だって出てくる。足場も悪いので、すぐに足首を痛めるだろう。さらに荷車や馬車であれば、街道以外を行く事など不可能だ。
廃坑とこの町を結んでいた旧道跡が無ければ、廃港近くまでキャンピングカーで近づくことも出来なかっただろう。そのくらい荒野の道は荒れている。
「発表された理由としては混乱を抑えるため、特にセビテス方面の街道はかなりの混雑でどのみち進めない可能性があった、という事らしい」
「……筋は通っているな」
「問題は逆方面の街道も封鎖された事だな」
「そうなのか?」
それは初耳だった。たしかに俺たちがやってきた方向には、小さな村しかなく、逃げるには不適切かも知れんが、今まさに、目の前まで害獣が押し寄せていたら、逃げる選択肢はあるだろう。
どうにも引っかかる。
「メッサーラさんに報告に伺ったのだが、今日は会えなかった。今後の予定も聞けなかった」
「まぁ、忙しいんだろ。明日一緒に行こう。団長さんと一緒なら会いやすいだろ」
「むろんだ。君たちの活躍も伝えねばならんからな」
「それはどうでもいいさ。それよりも彼女たちの事を相談したい」
「そうだな」
カランと入り口が鳴る。今日は客がひっきりなしに出入りしているので誰も気にしないと思ったが、酒場中の男たちがそちらに首を向けた。釣られて俺も見るとラライラが立っていた。俺たちに気づいてこちらのテーブルに近寄ってくる。途中空いている椅子を持ってきて、ヤラライの隣に着席した。狭いテーブルにぎゅう詰めである。ちなみの俺の隣でもある。
「彼女らの様子は?」
ウィストンが尋ねる。
「うん……依り代特有の症状が強く出てるよ。今は町で買い集めた薬草を使って、眠りの薬を煎じてきたから、これで朝までは眠っているはずだよ」
それは良かった。あのままではラライラがずっと看病しっぱなしになるところだったからな。
「あの、ウィストンさんは自警団の団長さんなんだよね?」
「ああ」
「それなら、ホーンさん、ラッパさん、バリトンさんのご家族にお目にかかりたいんだ」
「なんだって?」
そこでラライラが今までの経緯を説明する。細かい話を聞いたのは俺も初めてだった。
それを聞いてウィストンは苦い表情の上で眉根を寄せていた。嫌な予感がする。
「……ここだけの話にしてもらいたいのだが」
ウィストン団長がゆっくりと語り出す。
「先の先発隊で死亡……または行方不明になった親族は全てこの町から追い出された。結果的には、だが」
「なんだって?」
思わず声が出たのは俺の方だった。ラライラは絶句していた。
「メッサーラ町長の方針でな、親族を思い出の残るこの町に置いておくのは忍びない。旅の資金を用意するから、別の町で暮らすと良いと、はした金を渡してな……」
今度は俺も絶句する。それはどういうことだ?
「すまん。これは実質的な口止めだったんだ……本来団長である私が止めるべきだったのだが!」
ぎりりと奥歯を噛みしめながら、砂を吐き出すように後悔の念を吐き出した。
「口止めって、どういうことだよ」
「一番は敵の……害獣の規模だろう、生きて戻って来た者たちへの口止めにも金を積んでいたらしい。もっともその時の情報とは比べものにならないほどの規模だったようだがな」
その辺の報告は先に団長にしておいたので、彼は理解している。リザード夫婦が確認した規模の数倍にも及ぶ大群だったとは誰も考えつかなかったろう。
「あの! じゃあ彼らの家族はどこに行ったの?!」
ラライラが叫んだ。他の客が一瞬注目したが、すぐに自分たちの会話に戻った。今この町の中には不幸が山ほど転がっているから、よくある話と思ったのだろう。
「たしか3家族ともセビテスに向うと言っていたな。今あそこのスラム街は人の流入が止まらなく、よそ者でも入り込めるそうだ。とりあえず最低限の資金は持たされているから住む場所の確保くらいまでは何とかなるだろう」
「そう……なんだね」
ラライラが視線を落とした。
「そうだ、キミがラライラなのだね?」
「え? はい。そうだよ」
「ユーティスという女性は知っているね?」
「はい。知ってるよ」
「彼女から言付けがある。必ずご家族に遺品を届けるから安心して旅を続けてください。だそうだ」
「……じゃあユーティスさんは」
「別の団員に話を聞いてすぐにセビテスに向ったらしい。丁度街道が封鎖される直前だったからすでに町を出ているそうだ」
「ユーティスさん……」
ラライラが複雑な顔をする。
俺は残りのメンバーの顔を見た。
「今後の予定は決まりだな」
「うむ」
「問題、ない」
「ククク……面白そうじゃから一緒にいこうかの」
「お前は……」
「え? え?」
キョトンとするラライラを無視して話を進める俺たち。
「まずは明日町長に事情を説明して、可能なら金を分捕ろう。無理でも彼女たちを預けて、親族を探してもらうように計らってもらう」
「うむ」
「その後はセビテスへ言って、クエストをクリアするために金儲けだな。ついでにユーティスと自警団の家族捜しだ」
「良い」
「ククク……お人好しな事よ」
「急ぎの旅でもないしな。もともと一ヶ月以上かかる旅程らしいから、そこでしばらく商売しても問題ないだろ」
「決まりじゃな。酒も無いしワシャ寝る!」
「……俺も。ラライラ、お前ももう寝ろ」
「あの……でも」
「目的もやることも差して違いはねぇって事だ。全員で片付けていいけばいい」
「うむ。どのみち金はいるしの」
ハッグが空っぽになったカップを逆さにして舌を突き出していた。卑しすぎるわ。
俺も立ち上がって宣言する。
「今日はお開きだ。明日朝一でここでいいか? ……いや、開店してるか? ここ?」
「朝食を出しているからやっている。もっとも頼まないと追い出されるがな」
「わかった。じゃあ宿に来てくれ」
「ああ。了解だ」
そう言って俺たちは宿に戻っていった。正直宿代を払わなくて良いのは助かった。最悪は野宿だったからな。
ラライラが何かを言おうとしていたが、俺たちは軽く流して言わせなかった。
明日からまた忙しくなりそうだった。
残金6408円。