第34話「三匹と新たなクエスト」
「この先に広い場所があるの」
ドワーフであるハッグが坑道の奥を睨み付けて断言した。
「広間?」
「うむ。そしてかなりの気配もある。このまま進むのは良くないの」
ハッグはごつい指を舐めると、その乾き具合で空気の流れを読んでいるらしい。
「こっちじゃ」
俺たちは今まで通り、ハッグの誘導についていくが、今までのような人が通ることを前提にした通路ではなく、随分と狭い場所に潜り込むような場所もあった。
「なんだこりゃ……」
「通気口の一種じゃ……ぬう……狭いの」
「まぁハッグが通れるなら、どうとでもなるけどよ……」
しばらく這うように進むと、少しだけ広い空間に出た。斜めに登っていく通路でかなり疲れた。
空間の正面は開けていて、背後から空気がゴウと吹き出しているのがわかる。顔を出してみると、広い空間の高い位置に空けられた穴の一つらしい。
幸い広間の中は篝火がいくつも焚かれていて、それなりの光量が確保されていた。下からこちらに気づくことはまず無いだろう。
注意深く下を覗き込み……俺は絶句した。
そこは、およそ地獄の光景だった。
薄暗い揺れる炎に照らされて、蠢く緑の害獣たち。大量のゴブリンたちが一角に集まっている。
そこには動物の毛皮の山に並べられた全裸の女性たちがいた。全部で10人近くいるだろうか?
どの女性も顔中から体液を垂れ流し、虚ろな瞳で呻くような笑い声を漏らしていた。横に立つゴブリンから、粥らしきものを時々口に無理矢理突っ込まれている。
うち何人かは開かされた股ぐらから、生命を誕生させられていた。
ぬらりと光る緑色の、人間から生まれるはずもない害獣の赤子だった。大人のゴブリンが赤子を荷物のように別の場所に運んでいくと、たむろってたゴブリンたちがその女性に群がっていく。
そして当然の様に種付けを始めていた。
「うぐっ」
俺のすぐよこで、ラライラが顔面を真っ青にして嘔吐いていた。すぐにヤラライのフォローが入っていたので問題は無さそうだった。
額から角を生やした見た目ロリ少女のファフはくぐもった嘲笑を漏らすだけだった。
「なん……だ、こりゃ……」
俺はようやくそれだけを絞り出すことが出来た。
「まるで……害獣量産所じゃな……」
ハッグの表情は怒りを宿していた。ヤラライも同じだった。
そして、おそらく俺も同じだったはずだ。
理由は至極簡単で、自分でも信じられない行動を、無意識に取っていたからだ。
「ハッグ……ヤラライ……出入り口は任せた」
「なんじゃと——」
気がついたら、俺はその暗闇に身体を踊らせていた。
波動が全身を包み込み、体内を駆け巡り、俺の肉体レベルを最大まで引き上げる。
ずどんと空気と大地を振るわせる音と共に、俺は地面に着陸した。普通なら飛び降り自殺の高さだったが、波動理術のコツを掴み始めた今、この程度はどうということは無い。
「お前ら……生きて逃げれると思うなよ……」
どうして俺はこんなにも感情的になっているのだろう?
どうして俺はこんなにも怒りをもっているのだろう?
理由は不明だった。
だが、この異常な光景に恐怖は一切抱かず、心の底から、怒りが湧いてきた事だけは確かだ。
突然現われた闖入者に、緑色の馬鹿共が騒ぎ始める。俺はその間抜けな態度すら許せなかった。
「あの子らに、せめて死んで詫びろ」
ここ数日で身体に染みついた、螺旋の闘法トルネードマーシャルアーツで、目の前のゴブリンをコブシ一つでぶち抜いた。コークスクリューを意識する、やや回転を加えたストレートだったが、螺旋の波動が筋肉に乗り、まるで豆腐でも打ち抜く様に緑の害獣を肉片に変えた。
「お前らはここで死んでゆけ」
そうして、一方的な虐殺が始まった。
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俺が正気に戻ったのは、おそらう30分かそこらの時間が経ってからだった。
かなり広い空間に、おそらく300匹以上いたゴブリンは皆殺しになっていた。もちろん俺一人で倒したわけではない。ハッグやヤラライが参戦していなければ、数に押されて死んでいただろう。あいつらは自分たちの死を恐れないのか、四方八方から仲間を踏み台にしてまで襲ってくるのだ。あのハッグやヤラライがゴミの様なゴブリンに慎重になっていた理由が良くわかった。
「まったく……無茶をしおってからに……しかしまぁ良くやったの」
「うむ。アキラ、もう、戦士」
「ククク……ヌシの活躍はしっかりと録画しておいたからの、後でゆっくり拝見するのじゃ」
「……それよりも、彼女たちは?」
「ラライラが、看ている。命は……ある」
「……そうか。あの状態が依り代なのか?」
助けられたというのに、それを理解すら出来ずに薄ら笑いを続ける彼女たち。まともに見るのも辛くなる。
そんな彼女たちを一カ所に集めて、賢明に治療しているラライラが映った。
「……ラライラ、どんな感じだ?」
「外傷は……擦り傷くらいだよ……でも……」
でも。の後は続かなかった。そんなのは誰でも分かることだった。
「これで身体を拭いてやってくれ」
俺はバケツに水を一杯にした状態で取り出すと、タオルと一緒に彼女に渡した。ラライラは唐突に現われたそれらを見て目を丸くしたが、首を激しく振ってから、女性たちの身体を拭き始めた。
残金9663円。
「ファフ、お前も手伝え」
「ククク……なぜにワレが……」
「手伝え」
俺は恐らく冷たい目で睨んでいたことだろう。
「ククク……貸しじゃからの」
「好きにしろ」
女性陣に看病を任せ、男性陣は少し離れたところに集まった。
「なあ、彼女たちの事なんだが、治療法はあるのか?」
俺の問いに、ハッグもヤラライも渋い表情を浮かべるだけだった。それが全てを物語っていた。
「エルフなら、時間をかけて、治療する。あまり、効かないが、薬も、ある。だが……」
「薬があるのか! それを分けてもらう事は出来るのか?!」
「……無理ではない、が、おそらく……無駄」
「どういう意味だ?」
「治すのに、100年、近くかかると、聞いた。薬のせいか、自然治癒かもはっきり、しない」
「100……」
俺は絶句した。その治療は人間には無理だ。ヤラライが口ごもっていた理由がこれだったのだ。
「クソが!」
無意識に波動を纏った拳が、壁の一部を粉砕して、あたりに小石が飛び散った。それらの破片に二人が巻き込まれたが、どちらも何も言わなかった。
「俺は! 理不尽って奴が! 大嫌いなんだ! 向こうの世界で嫌ってほど味わってきた! 俺は! 理不尽な運命で苦しむ人間を放っておきたくない! 助けてやりたいと思うのは傲慢か?!」
「……傲慢、などでは、無い。アキラ、立派だ」
「青臭いが、ワシとて何とかなるならしてやりたいからの……」
俺は洞窟中に響く大声で吠えた。
「誰でもいい! 彼女らを助けてやって来れぇえええええええ!」
その咆哮に答えるように、だが淡々とした声で、それが答えた
【承認いたしました。クエストが追加されました】
唐突に脳内に響く謎の声。
「……え?」
俺は動きを止めたが、慌てて目を閉じてSHOPのクエスト欄を確認した。
増えていた。クエストは確かに増えていた。
【クエスト2=2万円】
【クエスト3=1円】
クエスト1はクリアー済みだ。クエスト2は少し前に出た物だろう。
ならば俺が見るべきは……。
迷わずクエスト3を購入した。
残金9662円。
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