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第32話「三匹とPTSD」


「ユーティスさん。必ず自警団に行って、ホーンさん、ラッパさん、バリトンさんの割り符を渡してください。よろしくお願いします」


 町が見えるギリギリの距離でキャンピングカーを止めて、ユーティスを見送る。この距離なら彼女一人でも問題無く戻れるだろう。

 ヤラライの娘、ラライラがユーティスに何かを託していたらしく、何度も頭を下げていた。


「はい。必ず届けます。安心してください」

「あの……ボクも戻ってから説明するけど……3人とも、本当に立派だったとお伝えください」

「わかりました。必ず」


 ユーティスが枝を割った割り符を胸に抱いて決意の表情を見せた。


「じゃあそろそろいくわ。お前ももうゴブリンに襲われんじゃねーぞ?」

「気をつけます」


 ユーティスは俺たちに頭を下げると、町へ小走りに向っていった。とりあえず心配は無さそうだ。


「んじゃ、行きますか」

「「おう」」


 ハッグとヤラライが同時に答えた。

 俺は巨大な巣穴へ向って、アクセルを踏み込んだ。


===========================


 ちなみに朝飯は昨日の材料の残りに水とパンだけ足して作ったので300円ですんでいる。

 さらにガソリンを20リットル2851円。


 残金9665円。


 ぶっちぎりレッドゾーンである。なんで俺は他人のためにこんな事をやっているんだと、雲一つ無い朝焼けの空を仰いだ。


「どうしたんだい? なにか面白いものでも見つけたかな?」


 助手席のラライラが声をかけてきた。彼女はちょっと偉そうな話し方と、少年っぽい話し方が交互に出て、ちょっと面白い。ちらりとその横顔を窺う。

 朝焼けに照らされるその造形は、天使のそれか、悪魔の誘惑か。


「ん?」

「……いや、なんでもない」


 少なくとも助けられた人間が二人もいたのだ。十分過ぎる。幸い金を儲ける手段はいくらでもあるしな。

 俺は誤魔化すように、さらにアクセルを踏み込んだ。


 露天掘りの廃坑が地平に見えるあたりで車を止める。ここからは徒歩だ。


「さて……ラライラ、今からちょいと面白い事をやるが、詳細は聞かないでくれ、落ち着いたらそのうち話す」

「うん……?」


 彼女は疑問符を浮かべつつも頷いた。


「全員必要な物は降ろしたな?」

「問題、ない」

「わしゃ鉄槌さえあれば万全よ」

「ククク、ワレもすまほ(・・・)があれば万全よ」

「真似をするんでないわい」

「ククク……」


 こいつらの心配はするだけ無駄だな。


「ボクも大丈夫だよ!」

「わかった」


 それじゃあ驚かせてやるか。

 俺はそっとキャンピングカーに手を添えると、そのまま能力でコンテナに仕舞い込んだ。端から見たら突然車が消えたようにしか見えないだろう。


「え?!」

「ククク……」

「詳細は後だ。今はやるべき事をやろう」

「え……あ、うん……え?」


 キャンピングカーが消えた空間と、俺を何度も交互に見やるラライラ。鳩が豆鉄砲を食ったような顔ってのはこういう事なのだろう。


「ハッグ。指示を頼む」

「うむ。先方はエルフがええじゃろ、次にアキラ、ラライラ、ワシの順じゃ」

「ファフさんはどうするの?」

「ふん。放っておけばええわい。見つかるんじゃないぞ?」

「ククク……自分たちの心配だけしておけばええからの」

「……ふん」


 何が面白いのか、ひたすら動画を撮るファフに、何を言っても無駄だろう。この娘ならあの巣穴に単体で放り込んでも生きて帰れそうだ……いや、ケロッと全滅させてきそうだな。

 俺とハッグのため息が重なった。おそらく同じような事を考えていたんだろう。


「気持ちを切り替えていこう。ヤラライ、頼む」

「了承」


 ネイティブ・アメリカン装束のヤラライが腰をグッと落として進み始める。

 ……ん?

 そういやラライラの服装は普通だよな。でっかい羽飾りを平たい胸に飾ってはいるが。エルフ特有の民族衣装ではなかったのか、男女で大幅に違うのか……。

 なんとなくヤラライが特殊な気がしてきたぜ……。


 微妙に緊張感を失いつつも、俺たちは巣穴に近づいていった。


===========================


「数は減っておるの」

「代わりに、警戒が、強い」

「あいつらって連携とれんの?」

「ふむ、妖しい奴を見つけたら吠える程度じゃの」

「文化があるのか無いのか……」


 俺たちは露天掘りの縁から頭だけを出して、巣の様子を窺っていた。ファフも巣の様子を録画している。

 ラライラの表情が若干青い気がする。


「なあ、なんでラライラを町に置いてこなかったんだ?」

「娘、殲滅の依頼受けた、なら、参加すべき」

「理屈はわかるんだけどな……」


 するとヤラライが小声で言った。


「戦わせないと、心に恐怖の、澱が残る。それは、とても危険だ」

「PTSDの事か?」

「ぴ……、なんだ?」

「あー、心の病の一つだが、名称は気にするな。荒療治だが大丈夫なのか?」

「失敗しても、行動しない状態を、維持するか、酷くなるだけだ」

「いや酷くなったら不味いだろ」

「澱が残っている事が、問題だ」

「……なるほど」


 投薬とカウンセリング治療を延々続ける訳にもいかないからな……、エルフならセロトニン再取込阻害(SSRI)薬を凌駕する薬とかありそうなもんだが。

 ああそうか、ここで荒療治をして、ダメなら時間をかければ良いって言う判断なのかも知れない。エルフってのは長生きらしいからな。


「んで、作戦は?」

「ふむ……てっぽうの弾は切れてるじゃろう?」

「ああ、もう、無い」


 さすがに昨日の殲滅戦で残っていた弾は全て使い果たしていた。ライフルはキャンピングガーの中に置きっ放しになっていた。


「それ以前によ、少しくらいここから減らしても余り意味が無いんじゃないか?」

「いや、そうでも無さそうじゃな。あそこを見るんじゃ」


 ハッグの指差す方向を波動を意識して睨む。元々小さな穴が沢山ある鉱山ではあったが、一際大きな穴がそこにはあった。


「いや……違うな、木組みがしてある?」

「理由はわからんがあの場所から、坑道になっておるようじゃの」

「露天掘りをするなら全部すりゃいいじゃねぇか……」

「固い地盤でもあったのかもしれんの」

「あったらダメなのか?」

「岩盤を抜けるまでは小さな穴ですませたのかもしれんが……昔の事じゃからの、ただの気まぐれかもしれん」

「さいですか」


 ま、坑道が掘られた理由なんてのはどうでもいい。それより気になるのは、その坑道にひっきりなしに出入りする緑の害獣ゴブリン共だった。


「中に何かあんのか?」

「十中八九、依り代じゃな」


 気のせいでなく、ハッグの言葉には怒りが乗っていた。ぎりりと奥歯が悲鳴を上げるのが耳に届いた。


「ヤラライの娘よ、お主、理術での援護は自信があるかの?」

「う、うん。あの栄養ドリンクを飲んで寝たらビックリするほど元気になったから大丈夫だよ……です」

「ふん。エルフにしては殊勝じゃが、ワシに敬語はいらん。自然に話せい」

「う、うん。ありがとう」

「うむ。……まったくクソエルフの娘とは思えんの」

「その喧嘩、買った」

「お前らな……」


 二人は一瞬にらみ合ったあと、そっぽを向いた。ガキか!

 俺は眉間を押さえて顔を振った。


「昨日の間引きで大分数は減っておる。一気に突っ込んで、依り代を救出したら、一目散に逃げるのが良かろう」

「んじゃ強行突破か」

「それしか無いじゃろ。なに、このメンツであれば、最悪逃げ出す事は可能じゃ」

「俺、依り代、助ける」

「エルフ。気持ちは分かるが、ちと入れ込み過ぎじゃ、今回はワシの命令に従うんじゃぞ」

「……わかっている」


 じゃあ喧嘩すんなと突っ込みたいのを我慢する。

 俺は米軍仕様のグローブを強く握りしめた。


「そんじゃまあ、ヒーロー戦隊のお披露目と行きますか」


 全員が巣の(ふち)に姿を見せつけるように立ち上がった。

 背後に5色の爆煙が無いのが残念だった。


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