第31話「三匹と反撃の狼煙」
本日二回目の更新です。
一話飛ばしてしまった人は「前の話」からどうぞ
飯の準備が終わり、換気扇の下でタバコに火を点けたタイミングでヤラライがキャビンに入ってきた。
「ハッグは?」
「見張り」
「そうか、じゃあ早く食べて交代にいこう」
「ああ」
俺はおにぎりを口に詰め込み、ヤラライを見る。
「なあ、ラライラだっけ、お前の娘なんだな」
「そうだ。感謝しても、したりない」
「それは良いんだが、ゆっくり話さなくていいのか?」
「それは、後で、十分」
後ろのラライラに身体を向けると、彼女も力強く肯いた。
「これから、戦闘なんだよね? ボクも手伝うよ」
「アホ、お前は消耗しすぎだ、ゆっくり寝てろ……と言いたいが、クソ揺れるんだ。しっかり捕まってるだけでも重労働だぞ」
「さっき見たけど、凄い馬車だよね」
「あー。アーティファクトなんだ。この荒れ地で走ると跳ねるどころじゃねぇんだ。きついと思うがしばらくは我慢してくれ」
「それは大丈夫だよ。これでもエルフ一番の戦士ヤラライの娘なんだから」
「なら安心だな。ユーティスはもう味わってるんだよな?」
「……はい。嫌と言うほど……」
彼女が苦笑して答えてくれた。倒れて無いだけで十分凄い。旅する人間は強いという事だろう。
「食べた。行こう」
「ああ、みんなも適当に食べてくれ」
「ククク。了解じゃ」
「……いつの間にもどってたんだよ」
俺はファフをスルーして(出来てないか)外に出る。
「戦えるのか?」
「M4を貸してくれ、警戒だけしておく」
「わかった。無理は、するな」
「了解だ」
金がギリギリだな……5.56mmを30発1万2000円で購入して、刺さりっぱなしの空弾倉に詰めていく。
残金1万4402円。
俺はキャンピングカー後部のラダーで車上に上がると、ヤラライが警戒している逆方向を中心に警戒を始めた。
ハッグが戻ってきたらしく俺に一声掛けてからキャビンに引っ込んだ。
飯はかなり多めに出しておいたが、まぁファフとハッグで平らげてしまうだろう。
熱い太陽がじりじりと肌を焼く。兵士ってのはこんなクソ熱い装備で戦ってるのか。米軍服を重く感じてしょうがない。だが、防具という意味では、金属鎧とあまり変わらない防御力がありそうで頼もしくもある。
先ほどの様に、命の危険を感じてしまえば、熱さより、恐怖が勝って涼しい格好にしようなどとは思わなくなったがな。
5分ほどでハッグがキャビンを出てきた。
「行けるか? アキラ」
「大丈夫だ」
「うむ。では始めるかの」
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「そこじゃアキラ!」
「おうよ!」
俺がハンドルを左に切ると、ドリフトの途中にハッグが助手席から飛び出した。
横に座っていたラライラが「きゃっ!」と悲鳴を上げて抱きついてくるが、構っている暇は無い。そのままターンを決めると、大気地点まですたこらと逃げ出す。
ロデオを踊る車の上から、ヤラライが次々と緑の害獣を狙撃していた。車の咆哮で銃声は聞こえないが、凄まじい速度で敵を打ち倒しているのは間違いない。
「ラライラ! 弾!」
「う、うん!」
彼女は空のマガジンと、弾の詰まったマガジンを助手席の窓から素早く交換した。
500mほど距離を取ると、俺はM4を手にして車を降りた。
念のため背後を警戒する。
「ククク。勇ましいの」
「やかましい」
露出度過多角ロリ戦闘鬼ファフが、車の上からスマホを向けてきた。
ちらりとハッグの方を見やると、竜巻のごとく激しい戦いで、ゴブリンを肉片へと変えていた。そのハッグが囲まれないように、ヤラライがスナイパーライフルとは思えない連射速度でハッグの背中に回り込みそうなゴブリンをヘッドショットで撃ち減らしていた。
そんな機動殲滅戦を開始して半日が過ぎた。
害獣の死体も、大地も、空も、全てが茜に染まる頃、ハッグが敵一団の最後の一匹を叩き潰して鼻息をついた。
「ふん。これで目立つ集団はあらかた片付いたじゃろ。今日はこの辺りにキャンプを張るぞい」
「そうか……流石に疲れたぜ」
「うはははは! お主にしては頑張っていたではないか! 飯の準備だけしたらゆっくり休むと良いぞ!」
「……飯は作らされるんだな」
俺は運転席を降りてタバコに火を点ける。助手席からヤラライの娘、絶世の美少女であるラライラが
若干よろめきつつ降りてきた。
「あの、料理くらいボクが作るよ……」
「お前さんも俺に負けてない疲労具合じゃねーか。だいたい俺らに会う前からヤバかったんだろ。今夜は休んどけ」
「でも……」
「それなら私に料理をさせてください。助けて頂いた上に、何も出来ずに不甲斐なく思っていたところです」
声に振り向くと、キャビンからスレンダー旅人のユーティスが降りてきた。そう言えばこの人、2度もゴブリンから助けたんだよな。ゴブリンに好かれるフェロモンでも出しているのだろうか?
「あー、じゃあ材料があるか見てくるからちょっと待っててくれ」
俺は彼女らに返事をさせずに素早くキャビンに潜り込み、冷蔵庫に材料を詰めた。
ジャガイモ1kg、キャベツ1玉、ロース豚肉200g、タマネギ3玉、ニンニク……は余りがあったのでそれを。あとは食パンを……3セットだな。全部で1586円。
調味料は棚に用意してあるから問題無いだろう。
残金1万2816円。
キャビンにユーティスを呼び込み、食材と調理器具の説明をする。初めは目を丸くして説明を聞いていたが、これ全てがアーティファクトだと言うと、ようやく納得したらしい。
「それでは後は任せてください」
「頼んだ」
外に出ると残りのメンバーが揃っていた。
「ククク、ヌシよ、すまほの充電を頼む」
「ん? ああ」
何がそんなに気に入ったのか、やたらと動画を撮りまくっているファフだった。おかげでバッテリーの消耗が激しい。もう一度キャビンに戻って充電器につなげてまた外に戻る。
「さてハッグ、これからの予定を教えてくれ」
「うむ。今晩はゆっくり休む。これは決定事項じゃ」
「これは」
「明日の予定は、軽く周りを索敵して、大きな団体がまだいれば、今日の続きじゃ」
俺たちは揃って頷いた。あんなのが町に突っ込んでいったらと考えると洒落にならない。
「特に見つからなければ、巣に特攻をかけたいんじゃが……」
ハッグの視線がキャンピングカーに向けられる。
「……なあファフ——」
「ククク。だが断る」
「まだ何も言ってねぇんだが」
「ククク……どうせあのメスを守って車に待機してろとでも言うんじゃろ。お断りじゃ」
「いいじゃねぇか。どうせやることもねぇんだからよ」
するとくぐもった笑いと友に指で長方形を作り出し、それを覗き込む真似をした。
ああ、動画撮影したいわけね……。
本当にこっちの言うとおりにならない女だな、くそ。
「ククク、良いではないか、能力の事をバラして一緒に連れて行けばの」
「それが出来ないから困ってんじゃねーか」
「能力?」
「いや、なんでもない」
ファフの確信犯的発言に、ラライラが食いついてきた。そりゃあそうだろう……。
個人的にヤラライの娘であるラライラには、話しても良いとは思っているが、問題はユーティスだ。行きずりの人間だからな……。
逆に言えば、能力をバラしたところで、実害は無いのかも知れない。彼女が俺の能力をバラして歩き回ったところで、誰が信じると言うってんだ。
「アキラ、彼女、朝一で、町に送れば良い」
「ん? ああ、その手があったか」
むしろどうしてそれを最初に思いつかなかったのか。
もう見つからないように隠れながら進む必要もないのだ。全力で戻れば20分で町まで行けるだろう。
「よし、それでいこう」
ハッグに視線をやると、頷いて返した。決まりである。俺はヤラライに耳打ちする。
「あー、これを聞くのは申し訳ないんだが、お前の娘に、能力の事を話して大丈夫か?」
「……娘を、疑うのか?」
「そーじゃねぇよ。ただ性格的に隠し事が苦手なタイプとかいるだろ? 念のためだよ」
「大丈夫だ」
自信たっぷりに頷くヤラライに、逆に不安になってきた。まさかと思うが親バカじゃねーだろうな?
いや、そこは信じるしかない。親の太鼓判をいただいたんだ、何かやらかしたら、カバーしてくれるだろう。
「話は終わりじゃな。アキラ、今のうちに訓練をしておけ」
「……はい?」
今、何か、あり得ない単語が聞こえた気がするのだが。
「アキラ、トルネードマーシャルアーツ、極めよう」
「え? マジ?」
「行くぞ」
「ちょっ?!」
そんなわけで、気がついたらヤラライとの組み手が始まっていた。
こいつらドSだ! ドSの集団だ!
……。
夕食の豚肉の細切れ入り、ジャガイモとキャベツのスープは大変美味しゅうございました。
あとでユーティスに作り方を聞いておこう。
もっとも今夜はシャワーを浴びた途端、ベッドに溶けてしまったが。
……おい神よ、この世界はちとハードモード過ぎねぇか?