第29話「三匹と死の銃声」
60万文字越えました。
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女の悲鳴が上がった。
俺がその場所に向うと、涙を流しながら自らに刃を突き立てようとしている少女が座り込んでいた。
とにかく助けなければ!
光剣の空理具でゴブリンどもを蹴散らして、少女の前に立った。
そこで俺は息を飲んで止まってしまった。
馬鹿にしてくれて構わない。
怯えて座り込み、涙を流す、エルフの少女。
その余りの可憐さに見惚れてしまったのだ。正直今まで生きてきて、テレビのアイドルや女優、すれ違っただけの人間、その全てと比べても、ダントツの美しさだった。俺はエルフという生き物を甘く見ていたのかも知れない。
つい最近、俺の中の男が目覚めてしまった影響なのか、今まで女を見てもさして何かを感じることなど無かったというのに、彼女を見た瞬間、内なる男が咆哮を上げた。
これが一目惚れというのなら、否定は出来なかったかも知れない。
俺は思いっきり頭を振った。
何を馬鹿な事を!
自分を戒めるように声を張り上げた。
「大丈夫か?!」
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その後、エルフの少女を背中に負って、敵陣突破を果たした。
そりゃもう大変だった。
死ぬかと何度も思ったが、どうやら本日は奇蹟の大放出デーだったらしく、なんとか敵の包囲網を突破した。
自分の悪運の強さに自ら驚くレベルだった。
だが、それにもそろそろ限界が訪れていた。波動理術のおかげで人一人背負いながらここまで走り続けられたが、疲労はする。
それも灼熱の太陽の下で動き続けているのだ。普通なら5分も動けない。真上の太陽は日陰の一つも作ってくれない。俺は恵みの太陽に悪態をついて、水をがぶ飲みする。少女にも飲ませてやりたかったが、疲労のためか意識を失っているようだ。
死んでねぇよな?
分厚い米軍服では体温が良くわからないが、冷たくなっているようには感じない。
もっとも太陽で燻されているだけかもしれねぇが……。
「ぐぎゃおぅあああ!」
害獣の叫びに、はっと顔を上げる。どうやら一瞬意識が飛んでいたらしい。すでにだいぶ巣からは距離が離れているので、腰高の岩がごろごろしているのだ。油断しているとどこから敵が出てくるかわからない。
俺は光剣の空理具で3匹のゴブリンを吹っ飛ばす。その瞬間、ぐにゃりと世界が歪んだ。
「やべ……」
ひどい風邪で倒れた時の感覚に近いだろうか、おそらく光剣の使いすぎで精神疲労が限界を迎えてしまったのだ。
膝が地面に落ちる。波動が乱れているのがわかる。だが今ここで倒れる訳にはいかない。
歯を砕ける勢いで噛みしめ、顔を上げる。霞んだ視界でさらに2匹のゴブリンを捉えた。俺はSIG SAUER P229を反射的に引っ張り出すと、緑の害獣に発砲した。胸に1発が命中するも、即死には至らない。むしろ怒り狂ってこちらに向ってきた。やはり光剣と比べると威力に差があり過ぎた。
両手で構えて残弾全てをその2匹に撃ち込んだ。命中率は半分といったところか。だが9mmパラを身体中に喰らってその2匹は地面に倒れ込んでくれた。
耳栓をする余裕もなく、耳がわんわんと鳴いていた。五感のほとんどを奪われたような形だった。
背中のエルフが目を覚ましたらしく、何かを言っていたが、良く聞き取れない。ほとんど無意識に空になったマガジンを地面に落として、新しいマガジンを差し込む。
日本人が身につけるスキルじゃねぇな……。
背中の美少女が俺の身体を揺らして、指を差す。つられてそちらに顔を向けると、ゴブリンが迫ってきていた。反射的に発砲。4発で害獣は倒れた。別の方向へ指が差される。掠れる視界に霧に浮かぶ緑の人影。俺は問答無用で引き金を引いた。5発。
次の目標……。少女を地面に降ろして、片膝立ちする。最後のゴブリンに3発。そこでスライドが滑って固まった。弾切れである。
弾を喰らったはずのゴブリンだったが、咆哮を上げると、足を引きずりながら迫ってきた。手には何かの骨を手にしている。生意気にも武器のつもりなんだろうか?
立ち上がって、トルネードマーシャルアーツで迎え撃つ。
だが、イメージとは真逆に視界はどんどん狭く暗くなり、立ち上がることすら出来なかった。膝ががくがくと震え、地面に縫い付けられたかのように動けない。
「……逃げろ、嬢ちゃん」
迫るゴブリンを見上げながら、これが最後なら、そんなに悪くねぇな。とぼんやりと思った。一つ敵うならば、一服してから死にたかったくらいか。
俺は苦笑して、死を待った。
「……?」
疲れて閉じていた目をゆっくりと開いた。ゴブリンの胸からは腕の太さほどもある鉄芯が生えていた。
「待たせた」
金髪ドレッド戦士ヤラライだった。
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現在、ドワーフのハッグと、エルフのヤラライはキャンピングカーに集るゴブリンたちを、蹴散らしている。
俺はといえば情けないことに、キャビンのベッドに倒れていた。
「落ち着きましたか?」
濡れタオルで看病してくれているのは、街道で出会った旅の女性ユーティスだった。ハンション町まで送った彼女がどうしてこんな所にいたのか気になるが、今は体力の回復が優先だった。
それにしてもユーティスは看病がうまい。例のエルフの少女も隣のベッドに寝ているのだが、ユーティスは手際よく俺と彼女の看病を進めていた。
ファフは現在スマホの充電待ちで、ソファーでワインを呷っていたりする。マイペースだなコイツは。
「ああ、大分楽になった。助かる」
「まだ動いてはダメですよ。考えているより疲労が激しいんですから」
「詳しいんだな」
「……短い期間でしたが医者の手伝いをしていた時期がありましたから」
「へえ。それがなんで旅になんて出たんだ?」
この時代、恐らく隣の町に移動することすら珍しい事だろうに。
「それは……」
「ああ、すまん。無理に聞き出すつもりはねぇんだ」
口ごもる彼女に、デリカシーが足りなかったと反省する。
俺は【栄養ドリンク(小瓶)=198円】を布団の中で4本購入した。
残金4万2688円。
すぐに2本飲み干すと、起き上がってエルフの少女の横に立つ。
「栄養剤だ。1本飲んどけ。きつくなかったらもう一本飲んで構わない」
「栄養剤?」
「ああ、なかなか効くぞ」
俺にとってはジュースみたいなもんだが、この世界の人間になら、かなり高い効果が出る気がする。
「あの、まだ起き上がっては……」
「大丈夫だ。薬のおかげで元気だ」
俺はユーティスの心配を無視して外に出た。エアコンの効いた天国から、また灼熱地獄に舞い戻ったようである。
俺が外に出ると、すぐにヤラライが飛んできた。
「よう、敵の様子は?」
「今は、小康状態。それより、礼を言う」
「気にすんな、少しは恩を返せたか?」
「むしろ、俺が、恩を感じている。娘を救ってくれた、恩人だ」
「そんなことは……」
俺は腕を組んで空を見上げた。
「娘?」
「ああ、娘だ」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。
「あの……」
その話題の主がキャビンからゆっくりと降りてきた。
「ボクはラライラ。ヤラライとルルイルの娘、ラライラです。助けてくれてありがとう」
ペコリと頭を下げたエルフの少女。上がった顔には森を照らす太陽の笑みが浮かんでいた。
多分俺は赤面していたに違いない。
「ククク……」
なぜ俺たちを録画している。ファフよ……。