第13話「荒野のメガネ男子」
まず俺が向かったのは大通りだ。
宿の前に走る大通りは漫然と見て回ったので、今度は突き当りの円形広場の露店とそこを直角に曲がった大通りを見て歩くことにする。
露店はなかなか面白い。
中央広場なのだろう円形の広場の外周に沿うように日除けのタープが並んでいる。日陰の下にはさまざまな雑貨が並んでいる。
陶器を扱っている店が多いようだ。ツボやカップに皿、土鍋っぽい物や急須っぽいものもあった。
ツボの店が多かったので、もしかしたら中身を売っているのかもしれないがそこまでは確認していない。
俺が探している2つの品物もこの露店街に売っていた。
それもちょうど2軒並んで。
念のため大通りも見て回ったがどうにもお値段が高そうだったので露店まで戻ってきたのだ。
もっともどこも値札がないので、実際は逆かもしれないが。確認のしようも無いが店に出入りする人の格好を見れば露店の方が高いと言うことは無いだろう。
……ボられなかければの話だが。
「やあ、今日も暑いですね」
俺は出来るだけフレンドリーにその店の前に立った。
あぐらで水を飲んでいた店主が顔をあげる。この人はアラビア系な顔つきだったが髪色は鮮やかなグリーンでちょっとビビった。
巣鴨のおばあちゃんか。
「ああ、もっともいきなり寒くなったら天変地異の前触れだろう。この土地は暑いと神が決めたのならそれに従うだけさ」
「なるほど名言です」
思ったよりインテリな返しでこっちがビビったわ。
「……変わった靴だがこの土地には合わないだろ。予算はいくらかね」
彼の店に並んでいるのは主にサンダル、それに皮靴。
皮靴と言っても俺が履いてるような背広に合わせるものではなく、足を包む皮の袋のようなブーツタイプのものだ。
あれは丈夫そうだ。
「値札は無いのですか?」
「……人を見て値を変えるからな」
正直すぎるだろ!
「なるほど、お手柔らかにお願い致します。このサンダルは何で出来ているんですか?」
手前にあるサンダルを手にとった。町を歩く大半の人はこのサンダルを履いていたので、一番の売れ筋だろう。
「それは川を下ってやってきた大木の皮を重ねて樹液で固めたものだ。大変丈夫なシロモノで何年も履ける。お前さんの底抜けの靴とは比べ物にならんよ。それなら大まけに負けて3000円でよい」
おいおい、足元を見るにもほどがあるだろう。
あと皮は皮でも動物性ではなく植物性だったよ。ちょっとびっくりした。
「それは素晴らしい逸品ですね。なるほど町の皆様が履いているだけのことはあります。皆さま懐が温かいようでなによりです」
街ゆく人々は裸足の奴も多かった事を考えると、この世界の人間がサンダルに3000円……銀貨3枚も出すとはとても思えない。いいところ1000円といったところだろう。
「2500円でよい」
「少々考えてしまう値段ですね」
そもそもこのサンダルを買うつもりはあまりない。
出来ればショートブーツタイプが欲しい。この世界の道は日本人には過酷過ぎる。
ただ残金5549円とう事実を考えるとひとまずサンダルで我慢するしか無いかもしれない。
さすがにあのブーツは5000円を割り込む事はなさそうだ。
サンダルの値段次第ではSHOPの革靴3780円を買うことになるかもしれないな。
もし今のオンボロ革靴で商会に行ったら舐められる。靴は絶対必要だ。
「見た目よりもサンダルは高級品のようですが手間の割に値段は安いのかもしれませんね」
店主の目がギラリと光った気がした。
「物の価値がわかっている人間は好きだ、足のサイズを……」
「それでは同じ程度の手間がかかっていそうなこちらのブーツも2500円で買えそうですね」
極上の営業スマイルで。店主は目を丸くして停止した。
「信じられない手間をかけたそのサンダルがその価格なのです、縫い合わせただけのブーツならもしかしたらもっと安いかもしれませんね。どうでしょうそちらのブーツを2000円で売って欲しいのですが」
「馬鹿を言うな、この革のブーツを2万円以下で売る阿呆がどこの世界にいる。丈夫なバッファロー皮を使用した高級革ブーツだぞ」
なるほど、ブーツの方は2万円からの交渉か、14000円くらいまでいけるかね?
どちらにせよ、ブーツは買えない事が判明したので諦めてサンダルでいこう。
「ああ、やはりこのブーツのほうが良いものだったのですね。しかしその値段ではなかなか売れないでしょう、ならばお手頃で数を売る商品がなければなかなか立ち行かないかと……ああ、そのサンダルがお値打ち品なのではないですか? どうでしょう今日の食事の為に800円で売ってみては」
「いくらなんでもそれはない。1500が限界だ」
「いやいや、それでも数を売るのは大変でしょう。売上に協力いたしますので850でいかがですか?」
「刻むんじゃない。1400」
店主が表情を渋くする。
「……950」
「1350これで終いだ」
こちらを睨み上げる店主にため息で応える。
「1300で手を打ちましょう」
「ふんっ、狡っ辛いヤツだ、足を見せろ」
「ありがとうございます」
正直どのくらいが適価だったのかわからないが、所持金を考えるとこのくらいが限界である。
残金4249円。
極端にボられてなきゃいいな……。
店主が足に手を伸ばしてきたので、靴を脱ごうとしたらちょうど底が抜けた。
「……もうちょいふっかけてやれば良かった」
店主がため息とともに呟いた。
「また近日中にお邪魔できると思いますよ。ずっとこちらで商売を?」
「私はずっとここだ。雨期には仕入れに出るからこの街からいなくなるがな」
「雨期はいつ」
「まだだいぶ先だ」
「ならば大丈夫です」
俺が頷くと店主はつまらなそうに言った。
「旅の商人は皆同じ事を言う。期待しないで待っておく」
「期待していてください」
むしろ今日明日で商売が上手くいかないと人生が終了してしまう。
貧乏には慣れているがあまり昔の生活には戻りたくない。
「さて……」
サンダルに履き替えて古い靴を手にしたまま、すぐ隣の露店に移動する。
「あまり無駄なやりとりはしたくないので、適価で売ってもらえると助かります」
今までのやりとりを見ていたこちらの店主にスマイルを売ってあげるとコクコクと頷いてくれた。
こちらはあまり手間がかからないだろう。
ハッグが持っていたのに似たサッカーボールが入る程度の丈夫な麻袋を1000円ちょうどで購入。
残金3249円。
失敗は許されない。
俺は気合を入れて大通りに足を踏み出した。
――――
想像以上に立派な港だった。
まず目につくのは巨大な帆船。
次に荷降ろし用の重機。
重機は木製で人力だが、テコの原理や滑車を組み合わせた大掛かりなもので上半身裸の陽に焼けた男たちが声を揃えて動かしている。
大量の木箱や樽が荷降ろしされて、槍を持ったこれまた屈強な男たちがその荷物を見張っていた。
その横で民族衣装を着た男達が商人なのだろう、遠くてよくわからないが画板のようなものに何かを書きつけて、荷物をひっきり無しに指差している。
そこには大通りに無かった活気を感じさせた。こういう雰囲気は悪く無い。
商会はそこを見渡せる一等地に建っていた。荷降ろし場からはひっきり無しに馬車が積み荷を運びだしていく。
だがよく見れば賑わっているのはその一角だけで、軒を連ねる別の商会は閑古鳥が悲しく泣いているようだった。
ヴェリエーロ商会。
思いっきり日本語だった。
看板はトンビの紋章がメインで文字はオマケのようだった。
何度見てもカタカナと漢字が明記されている。
そろそろ全員が日本語で喋っている事の説明をしてもらいたいものだ。
例の謎の無機質声とか答えてくれないだろうか?
……くれないみたいだ。
商会の扉は開けっ放しで中にカウンターがある。カウンターには何人か旅装束の人間がカウンターに物を置いて交渉しているようだ。
これなら直接商品を持ち込んでも門前払いと言うことは無さそうだ。
俺は物陰でネクタイと背広を着こむ。
この暑さの中で馬鹿みたいだがこれが俺の戦闘服なのだ。何度ヒートアイランドで熱されて日射病になりかけても、着続けた相棒なのだ。
この程度は気合で乗り切る!
意を決して、ゆっくりと商会の入り口をくぐる。
建物の中は思ったより涼しかった。若干天井が高めで海風が窓から入ってくるからだろうか。
やはり人類の至宝エアコンは存在しないらしい。この世界に電気は無い物か……。気持ちを切り替えて、営業スマイルでカウンターの男に話しかける。
「こんにちは、今日も暑いですね」
男は肌の色は褐色で黒に近い人間種だった。街を歩いていると人外の二足歩行生物が普通に服を着て買い物をしていたりするので、てっきり商会も人外だらけかと思ったのだが、むしろほとんどが俺と同じ人間だった。黒褐色の人間くらい元の世界にも沢山いたので少々拍子抜けだ。
ちなみに目の前の褐色男の服装は薄手で薄茶色の半袖のラフな服だった。涼しそうである。
「……税理士……か?」
彼はぼそりと呟いた。
「は?」
なんでいきなり税理士?
「それはメガネだろう。そんな貴重な物をつけている者は少ない」
ああ、メガネに反応したのか。貴重と言うことはこっちには少ないのか、メガネっ娘。
「いえ、旅の商人ですよ、今日はこちらに買っていただきたいものがありまして寄らせていただきました」
褐色の男はしばし訝しげな視線を寄越していたが「わかった。ちょっと待て」と奥に引っ込んでしまった。
商会の建物内は外で感じていたよりもかなり広く作られていた。
外から見たときは小さく見えていたが、大型帆船や重機を見ていたせいで遠近感が狂っていたのだろう。
四角いテーブルが4つほどあり、その2つでは商談が進められているようだ。外から見えた旅装束の男もテーブルについていた。
テーブルの間には観葉植物があったりとちょっと現代のオフィスを感じさせる。
「お待たせいたしました。何か持ち込みの商品があると伺いましたが」
振り返ると紅い女が立っていた。
これが<紅鎖>チェリナ・ヴェリエーロとの出会いだった。