第25話「三匹と開花」
「私を助けるために、エルフの方が囮になると、この先へ行ってしまったのです!」
彼女、旅人であるユーティスが指差した方向は、よりにもよって鉱山へ一直線に続く方角だった。
「……! ドワーフ! 向かえ!」
運転席側の窓に、頭から顔を出して叫ぶヤラライ。そこにドワーフの鉄拳が飛んだ。
え、なんで?!
「ど阿呆が! ちったぁ落ち着かんか!」
鈍い音と共に、車の屋根から転げ落ちたエルフのヤラライが、地面に血液混じりの唾を吐き飛ばしてから、一度自分の顔を平手で叩いた。
「すまん、気持ち、乱れた」
「ふん。そこで素直に謝れる事だけは認めてやるがな。殴られた理由はわかっちょるんか?」
「ああ、あの方向、車でいったら、囲まれる」
「そうじゃ、そして今すぐ、別の方向に走り始めないと、結局同じ運命じゃ」
「……ああ」
返事をしつつも歯を食いしばって血を流す。
「そこで2案ある。アキラ、20秒で決めろ」
「何をだ?」
「一つ。このままその女を乗せて、予定通り殲滅を再開する事じゃ。もう一つは……」
ハッグはちらりとファフを見たが、彼女は低く笑うだけだった。ハッグはため息を吐いた後に言った。
「お主がエルフを救いに行くんじゃ」
「俺が?! 一人で?!」
「うむ。ワシらはその間に、可能な限り奴らを引きつけ誘導する。エルフと合流出来たなら、とにかく町の方向へ逃げるんじゃ。運が良ければ拾ってやれるわ」
「お前たちはどうするんだ?」
「限界まであいつらを減らしてから、町とは別の方向へ一度逃げるしかないの」
「なるほど……」
「すまんが考えてる時間はない、すぐに決めるんじゃ」
「……行く、後は頼む」
「アキラさん?!」
叫んだのはユーティスだった。
「危険です! あちらは巣の方向なんですよ?!」
「知ってる。散々下見をしたしな。……今は時間が無い、とにかく後は任せたぜ」
俺は車から飛び降りると、ユーティスを持ち上げて助手席に放り込んだ。問答する時間など無い。
「方向は間違いないな?」
「そ、それは確かです……ですが……」
「それだけわかれば十分だ」
俺は進行方向を確認して目印を探す、ちょうど今いる場所と同じような立ち枯れの木があったので、それを目指すことにした。
「アキラ!」
ヤラライの呼びかけに振り向くと、ハンドガンとマガジンを1つ放って寄越した。
「俺には光剣があるぜ?」
「疲労でも、使える」
「……ああ、そうだな」
そんな事態まで追い込まれたら終わりの気もするが、ありがたく借りておこう。
「じゃあ行ってくる。町で会おう」
「……アキラ。感謝、する」
「ああ」
俺が身を低くするのと同時に、キャンピングカーが弾けるように飛び出した。ある程度距離が開いたところで、わざとアクセルを踏み込んでエンジンを唸らせる。より大きな音に大量のゴブリン共が引き寄せられていく。あんな量に集られたらとゾッとした。
アドレナリンでも分泌されまくっているのか、一人になっても恐怖は感じず、中腰のまま、急いで巣の方角へと向っていった。
幸いルート上にゴブリンはいない。ハッグの誘導と、ヤラライのスナイピングがうまく作用している。見えなくなるまでは俺のルート上のゴブリンをスナイピングしていたヤラライはちょっと異常だろう。
と、岩陰からはぐれたのかサボっているのか、ぬぼーっとしたゴブリンが一匹だけ現われた。距離はもう70mほどだろう。
回り道してやり過ごすか。いや、そのルートにまたいないとは限らない。
俺は地面に伏せながら、そのはぐれた一匹をよく観察する。回りに別のゴブリンがいないかをよく確認して、決意した。
米軍ジャケットのポケットに仕舞っていた光剣の空理具を取り出して、ゴブリンに向ける。
敵は一匹。
悲鳴一つ上げさせずに殺る為には、頭を一撃で吹き飛ばすのが良い。光剣の弾は目立つから、連射は避けたい。確実に頭を吹っ飛ばせる最小限の大きさの弾丸を作り出し、さらに命中直後、強引に弾丸を地面に落としたい。周りの敵に少しでも気づかれないようするためだ。
イメージする。
「バルカンファランクス」と「マシンガン光剣」の間ほどのサイズで作られた光の弾丸。高速でゴブリンの頭を貫くと同時に、ベクトルを地面に向ける。
よし、完璧だ。
行け!
「ライトニングジャベリン!」
内心で咄嗟に付けた技名を小声で叫ぶ。名前を付ければイメージがより確定するというファフの言葉を信じた結果だ。今は藁にでも縋りたい。
光の槍は見事に間抜けなゴブリンの頭を消滅させると、まるで誰かに引っ張られたかの様に地面に突き刺さり光の塵となって消えた。
頭が無くなっているのによたよたと数歩歩いてから緑の物体は倒れ込んだ。それを確認して、再び中腰で進み始める。
害獣共の住みかである廃坑はよく見えないが、比較的新しい集団の移動跡が残っている。軌跡に沿って進んでいると、前方から騒がしい声が聞こえてきた。ぎゃわぎゃわと興奮するゴブリン共が統率無く四方八方に走り回る。どうやら何かを探しているようだ。
もちろんそんな物は決まっている。俺はギリギリまで接近しつつ、害獣共よりも早くターゲットを発見しようとしたが、多勢に無勢。索敵していた範囲とは離れた場所から雄叫びが聞こえた。奴らが先に見つけたのだ。
同時に甲高い声がする。女の声だ。間違いない。囮になったというエルフがそこにいるのだ。
俺は光剣の空理具を構えると、立ち上がって波動を纏った。
慌てるな。身体全体に螺旋を纏わせるんだ。
丹田の奥から沸き上がる力が、筋肉に、血液に、神経に絡みつきながら、俺の身体を作り替えていく。
「うをををををををっ!!!!」
天を打つ叫びと共に、体内で爆発した波動が俺の身体を包み込む。
唐突な叫び声に気がついたゴブリン共が慌てて俺に襲いかかってくる。ばらばらと馬鹿な事だ。
光剣を使う必要も無い。俺はトルネードマーシャルアーツの構えを取ると、一番手近なゴブリンへ一気に距離を詰めた。
「ぎゃぅ?!」
「遅えって」
捻りを加えた右ストレートが害獣の顔面に突き刺さると、大した手応えも無く、丸ごと頭が吹き飛んだ。血飛沫が空に向って吹き上がるよりも早く、腕を引き戻して、サイドステップしていた。波動のおかげもあるのか返り血一つ浴びずに倒してしまった。
ぞくり。
冷たくて熱いモノが俺の背中を這い上がってくる。
もっと殺せ、もっと殺せと。
いったいコレは何だ? 俺の意志なのか?
もっと、もっとだ。もっと殺さなければならない!
俺の行く手を6匹のゴブリンが阻む。今度の奴らは武器持ちだった。少し前の俺ならそれだけで恐怖したことだろう。
だがどうしたことか、今はむしろそれが嬉しくてたまらない。
敵対する奴は殺す!
それが俺の声だったのか、心の声だったのか、誰かの声だったのか。
考えるよりも早く、俺はゴブリンの一団に突っ込んでいた。
ホームランボールが打たれてからスタンドに吸い込まれるまでのわずかな時間程度で、俺は6つの肉片を作り出していた。そのウチの一匹は貧相な革の鎧で身を守っていたが、胸に空いた大穴が、慎ましい防具が役に立たなかったことを悲しく教示していた。
直接。この手で7つの命を奪ったというのに、奥底から湧く声が止まらない。
いいぜ、お前が何者か知らねぇけど、付き合ってやるよ。
俺は女の声がした方向へ一直線に、波動全開で走り出していた。
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