第24話「三匹と不期遭遇戦」
「おそらく、200は、いる」
ヤラライが目を細めて地平を睨み付けていた。
「回避出来そうか?」
「難しい、統率無い、適当に、広がっている」
向こうにその意図は無いのだろうが、索敵陣形の様に広がっているらしい。
「ならば突破は?」
「さすがにあのばらけ方では、一団を相手にしている間に騒がれるじゃろうな。そうしたら穴蔵から奴らがわらわらと湧いてでてくるじゃろうな」
「最悪じゃねーか」
「うむ。良い状況ではないの」
俺も頭の上に乗せられたハッグの手を払い、波動を視線に集中して先を見ると、なるほど緑の子鬼が散らばってこちらに向かってきていた。よく見ると、何匹かがシマウマの死体を引っ張っていたり、見覚えの無い犬の様な動物を背負ったりしていた。
「ありゃあ狩りの部隊じゃな。町の方へ向かわなかったのが不幸中の幸いかのう」
「最悪あの団体さんが町を襲っていた可能性があるって事か」
「あの規模のコロニーでは食料は死活問題じゃろ。普通は食料の豊富な森で繁殖するのが一般的じゃからの。今回は例外ばかりじゃな」
「それで、どうするよ。リーダー」
じわじわと距離を詰められていく。まるで隠れている獲物の気分だ。見つかったら事実になる。
「……こうなっては腹を括るしか無いじゃろ、アキラ、車を出すんじゃ」
俺は一瞬息を飲んで、残りの二人に視線を投げると、ヤラライは力強く頷き、ファフは喉を鳴らすだけだった。
「わかった……。3カウントで取り出す。後は予定通りに。進むルートは……ハッグに任せる」
「うむ」
「いくぞ……3,2,1,今だ!」
一瞬目を閉じて瞼の裏にコンテナリストを表示させると、最高速でキャンピングカーを選択する。正面に手をかざすと、手のひらからにゅるりと巨大な車が現われた。
「乗れ!」
比較的近くまで接近していたゴブリン共が、俺たちを見つけると騒ぎ出した。さらにエンジンが咆哮を上げると、奴らまで同調するように吠え始めるではないか。
「後ろ! 奴ら、中からも、出てきている!」
「はんっ! むしろ好都合じゃわい! 全員外に引きずり出してくれるわ!」
誰の返事も聞かずにハッグがアクセルを一番奥まで踏み込んだ。背後にひっくり返る勢いで白い巨体はその身を爆進させる。正面の害獣たちの声がさらに熱気を帯びていった。
一番近くにいたゴブリンが、枯れ木に石を括り付けただけの、ハンマーとも斧とも言えない粗末な武器を振り上げた瞬間、その頭の一部が吹き飛んだ。銃声と共に。
さらに連続で銃声が響き渡る。奴らには聞き慣れぬ凶鳥の叫び声とでも聞こえただろう、悪魔が喉を鳴らす度に同胞の頭が吹っ飛んでいくのだ。近い奴らでもまだ100mは距離があるというのに、一切のミスがない完璧なスナイピングだった。スナイパー銃でもないというのに。
俺は慌てて助手席から上半身を乗り出し、天井に顔を出す。
「ヤラライ! 弾丸詰め済みのマガジンは10個だ! 大事に使え! ファフこれを! 夜に教えたとおりに撮影してくれ!」
「了解!」
「ククク、頼まれてやるぞ」
スマホを放り投げると、苦も無くキャッチして、教えたとおりに操作を開始するファフ。物覚えが凄く早かった。
「アキラ、俺が、進行上の敵、倒していく、お前、害獣まとめて、叩け」
「俺が?」
「光剣に、頼らないと、弾が、足りない」
「……わかった」
俺が空理具を取り出すのと同時に、車体が大きく傾いた。
「ここから、巣を中心に回るぞい! 振り落とされるんじゃないぞ! 特にアキラじゃ!」
「気をつける!」
この運転では「大丈夫」とは素直に答えられない。マジで注意し無いと、窓からダイブすること必至だな。
「戦闘開始じゃああああ!」
ハッグの雄叫びと共に、期せずして不期遭遇戦が始まってしまった。それは無秩序に戦線を拡大していくことになった。
開始一時間。
まだ太陽は真上にも来ていない。だが、陽光は容赦なく肌を打った。
水入りのペットボトルをまとめて10個購入して、皆に投げ渡す。
残金4万2770円。
スポーツドリンクでも承認させれば良かったと思い至り、舌を打ち鳴らす。
巣から湧き出るゴブリンを、美味いこと団子にしては殲滅していくという方法は、今のところ上手くいっている。それだけ光剣の威力が高いとも言える。
鉄砲大好き上司が、初めて世にマシンガンが登場したときは、塹壕戦が確立されるまで、一方的な虐殺だったとかなんとか言っていたな。事実かどうかはわからんが、少なくとも弾切れの無いマシンガンがあるのであれば、たとえ一丁でも大変な戦力であることは理解した。
だが同時に「数は力」という当たり前の事実も理解してしまった。
次から次に、波になって押し寄せる人型害獣は、倒しても倒しても車に接近してくるのだ。実際かなり際どいシーンも何度かあった。
ヤラライの正確無比なスナイピングが無ければ、何匹かには取り付かれていただろう。それを楽しそうに接写している角娘にちょいと腹が立ったが。
生物を殺す事に対する忌避感はもう麻痺している。そもそもだいぶ閾値が下がっていたとも言うが。
だが……。
少しだけ本音を言おう。
叫んで、倒す。
こんな原始的な行動が。
少しだけ楽しいのだ。
俺は野蛮人にでもクラスチェンジしちまったんだろうか?
緑の血飛沫上げてなぎ倒されていく人型の生命を見ながら、俺はいつの間にか大声で笑い出していた。
砕けろ! 叫べ! そして死ね!
死ね! 死ね! 死ねぇええ!!
どのくらい意識が飛んでいたかわからないが、唐突にファフのドアップが目の前に現われて正気に戻った。
「うをっ?!」
「ククク……ヌシよ、ちょいとオーバーペースじゃぞ。威力を上げ過ぎじゃな」
「……そ、そうか、すまない」
「ククク、さて、手を出す気はなかったがな、忠告ついでじゃ。あの先に見える立ち枯れした木の下に誰かおるぞ」
「なんだって? ……ハッグ!」
「おうよ!」
急ハンドルでファフの指す先を目指してキャンピングカーがすっ飛んだ。
近づくと、確かに誰かいる。
「……ユーティス?」
「なんだって?!」
ヤラライの声は風にかき消えていたが、すぐに彼女の姿が見えてきた。
「なんだってこんな場所に?!」
「詮索は後じゃ! 横付けするぞい!」
荒野の堅い地面を蹴って、車体が横転寸前で急停止する。
「乗れ!」
ドアから手を伸ばして叫ぶも、ユーティスは手を出すことをためらっていた。
「何してる! 急げ!」
「ええい! 囲まれるぞ!」
突出している少数はヤラライが止めているが、このペースは弾的にも時間的にも効率的にもまずい。
「……わ、私を助けるために……エルフの方がこの先に行ってしまって……」
「「何だと?!」」
俺とヤラライが同時に叫ぶ。
「もう理術を使えるほど体力が残っていないから囮になると言って……」
ユーティスが指差した方向は……よりにもよって鉱山へ一直線に続く方角だった。
週1~2回は更新したいところ。
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