第20話「三匹と町長」
すいません、ミスで20話をアップしてしまいました。
19話を割り込み登録いたします。
結果として2話更新となりました。
町長の家と聞いて、町の規模を考えたらちょっと立派な建物に住んでいる。そんな事を考えていた時期もありました。
酒場の親父に町長宅を聞いて、向かってみたら、旧ピラタスで出会った海運豪商の紅髪娘チェリナ・ヴェリエーロが管理していた倉庫群の中でも一番デカい倉庫並の大きさを誇っていた。ピラタス貴族街の貴族邸と大差ない。(さすがにキモ閣下の大邸宅には遠く及ばないが)
酒場の親父にもらった、受理票を厳つい門番に渡すと、急な訪問だというのに割とすぐに中に通してくれた。馬車置き場も立派な物で、今度はファルナ・マルズ……ファフもついてきた。
馬車置き場の横に車を付けると、綱取りの小僧が目を丸くしていた。どこでも同じ反応だな。
ファフはキャンピングカーのエアコンが効いた部屋でたっぷり休んだおかげか、黒銀のポニーテールの色つやが少々良くなっているようにも見える。
ちなみに普段彼女が装備している巨大爪付きガントレットなのだが、今は爪の部分がガントレットに収納されていて普通の防具に見える。
ファフは中学生前後の少女に見えるが、その実力はハッグとヤラライを同時に相手取り、手玉に取る実力者だ。
正直目的が全く見えないが、今のところ害もないので放置気味だ。
建物は太い木材とレンガ組まれ、全体的に白っぽい塗料で塗られていた。知っている限り高級そうな建物の大半が白っぽい外見が多いので、金持ちのステータスなのかもしれない。
背は低いが葉が多く茂る、幹の細い並木道がゲートから短いながらも続いていた。植生自体はこの辺りでよく見るものだが、たっぷり水を与えられているのか、野生の物と比べて圧倒的に葉が多く瑞々しい。
並木に沿って花すら咲いているので、よほど手入れがされているのだろう。
俺は微妙な居心地の悪さを感じながら、場違いに木陰が気持ちいい並木を進んだ。
使用人の誘導で建物玄関まで来ると、特に武器を取り上げられることも無く、中に通された。
ハッグにしてもヤラライにしても背中にどでかい獲物を隠すそぶりも見せずにぶら下げているというのにだ。少々不用心ではないだろうか。
玄関を空けると吹き抜けのホールになっていて、脊柱が天井を支えていた。石造りの階段と同じく石造りの手すり。ちょっとした古いローマの小神殿のイメージか。
大理石の白では無く塗料の乳白色の違いはあるし、彫りの印象もどちらかと言えばアンコールワットに彫り込まれた文様に近い気がする。もっとも文化が大きく違うので、ちょっと角度を変えるとすぐに別の印象を持ってしまうのだが。
古代ローマとアジア遺跡と古いヨーロッパ建築の様相が入り組んだ、何とも言えない、それでいてしっくりと馴染む自然な作りは、きっと気候と生活様式の果てに最適化された結果のデザインなのだろう。
正面はそれなりのホールになっていて、右に通路、左に階段が伸びるわかりやすい作りだった。ホールの正面上、踊り場になっているのか、横に手すりが伸びているのだがそこに細身の壮年男性が立っていた。
近くにいた使用人の一人が「町長です」と小声で教えてくれた。
挨拶をしようと一歩前に出たが、俺が声を出す前に町長が手招きをした。
「上がって来なさい」
俺たちは一度顔を見合わせるも、特に問題も無いので石段を上がっていった。階段には分厚く細かな柄の絨毯が引かれていた。滑って危ないんじゃないかと思ったが、石に吸い付くようにビクともしなかったので、むしろ滑り止めとして優秀なようだ。しかしこの長い手製の絨毯の値段を考えると、ちょいとため息が出そうである。
ペルシャ絨毯など小さめの物でも6ヶ月くらいは楽に掛ると聞いたことがある。この長さの物を均一に作るとなると、生涯を費やした一品かもしれない。
若干その努力の結晶を踏むことに躊躇しつつも階段を上がっていくと、町長が部屋の中に自ら案内してくれた。
「茶はすぐにもってこさせる。とりあえず掛けてくれたまえ」
部屋は2階にもかかわらず天井が高く、明るく広い部屋だった。木窓が開放されていることもあるが、天窓のわずかな隙間からの強烈な光が部屋の壁に反射して、部屋全体を間接光で明るくする工夫がなされていた。
さらに使用人二人が大きな団扇をゆっくりと扇いでくれていた。室内の空気が循環して淀んだ感じが一切無い。
部屋の調度品はどこかトルコを思わせる。アジアとヨーロッパ両方からの影響を受けた文化だからだろうか?
「先ほど先触れが来てね、害獣コロニーの偵察に行ってくれるそうじゃないか。しかもあの名高い<放浪鉄槌>ハッグ殿と<黒針>ヤラライ殿が揃ってあらわれるとは、乾期に振る雨の様ではないか」
やや緑がかった頭髪の一部に白髪のコントラストが渋いヒューマン種の町長が、やや芝居がかった仕草で窓際で振り向いた。薄い緑の口ひげがチャームポイントだろう。逆光気味なのは演出か。
俺が動く前にハッグとヤラライが左右のソファーの腰を下ろし、ファフがクククと喉を鳴らしながらヤラライの横に腰を下ろした。すると俺はハッグの隣か。
……まて。
そうすると町長が座るであろう一人掛けのソファーの正面が空っぽになる。それは俺が話せって事か?!
おいこらまて! リーダーはハッグだろうが!
思いっきり殺意を込めて、クソドワーフを睨み付けてやったがあの野郎、鼻くそなんかほじってやがった!
クソが!
泣きたい思いを飲み込み、営業スマイルで……かなり歪んでいたと我ながら理解していたが、一番デカいソファーの真ん中に軽く腰を落とした。
それを見計らって町長も着座すると、見事なタイミングで全員にお茶が配られた。流石にガラス製ではなかったが飲み口が広く器の中が大きく見下ろせる、今までの地域では見たことの無い陶器だった。しかも今までの素焼きと違い、釉薬を使って艶やかな輝きを持つ陶器だった。それも白い色をもった陶器である。
流石に白磁ほど抜けるような白さは無かった。きっとあと何百年も掛けて白さを追求していくか、もしかしたら別の地域に完成形があるのかも知れない。
もっとも状況から高価な物には間違いが無いだろう。その証拠にその肌白さを強調するような、鮮やかな赤い花ビラが水面の下で咲き開いていた。
見たことがある。チェリナん所で見た、最高級の輸入茶だったはずだ。
だが、見せ方といい、器といい、残念ながらチェリナん所よりこっちの方が一枚上手だろう。
つまり。やる。
「私がこの町を預かるドドル・メッサーラだ」
ドドルが手を伸ばしてきたので、身を乗り出して手を差し出すと、彼は真剣なまなざしで言った。
「ちなみに私はまだ30なのでそのつもりで」
力強く握られた手には有無を言わせぬ何かが籠もっていた。
……50歳くらいかと思ったぜ。
若い町長ということは、実力か、コネか、はたまたその両方を持っていると言うことになる。油断しないで行こう。俺は営業スマイルで「よろしくお願いします」とその手を握り返した。
「さて、あまり時間が無い物でね、本題に入ろうか。その依頼を見たと言うことは……」
「ええ、この偵察依頼を私たちで受けさせていただけたらとお伺いいたしました」
「いや、君たちには別の仕事を依頼したい。この町の防衛だ。もちろん依頼料は相場の倍……いや3倍は保証しよう」
彼は努めて真剣に言った。後半は若干の笑みすら含まれている。それは俺たちが必ず受けるという前提の笑みだった。
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