第18話「三匹とアキラの記憶」
金が無い。
本当の事を言おう。この世界に飛ばされて、使ってきたSHOPの能力だが、実はあまり必要性を感じていなかった。
もしこれを聞いた人間がいれば、ならお前はとっくに死んでいるだろう。と激しく突っ込みを入れること間違いない。
だが、一番最初の、水のペットボトルを手にした時以外は、俺にとってただの便利な店でしかったのだ。近所にあるコンビニと一緒で無ければ無いでさして困らない物なのだ。
俺は小さな頃から金の無い生き方をしていた。それは物心ついた頃からずっとだ。
喰うものだって数日に1回パンの耳だけなんて日も山ほどあった。親は給食費だろうと修学旅行の積み立て費用だろうと一切の金銭を誰に対しても払わなかった。督促に行けば狂気に満ちた理不尽の怒声を相手に与えて心を折るのだ。
こいつらの相手をするくらいなら、少しくらいの金を要求するのはやめよう。
そう思われる親だったのだ。
自分の親が異常であると気がついたのはいつの頃だったか。小学生の時だったのは確かだ。高学年の頃にはすでに殺意を持っていた。
だが、残念なことに親に対する愛情という物を捨てきれなかった。ガキだったのだ。
欲しいものが手に入らない日常。
必要最低限の物が揃わない日常。
足りないことで壊れていく日常が日常だった。
詳細は省くが、色々あって会社通いにはなれたのだ。サラリーマンという奴だ。
10年下っ端だった。
稼いだ金の大半は親か上司に搾取されるような生き方だった。
俺の唯一の楽しみはタバコだけだった。
俺に大層な望みは無かった。
大して稼げなくてもいい、一番美味い喰いもんが牛丼でいい、親友も友人もいらない、上司も、知り合いも、彼女も、嫁も、ペットもいらない。4畳半のボロアパートで十分だ。通勤時間片道2時間でも構わない。
ただ。
俺に関わるな。ほっといてくれ。わざわざ俺の前に現れて嫌いにさせるな!
気がついたとき、何も無い空間にいた。
そこには自称神さまとやらがいた。それも俺が小学校の時にでっち上げた自作の神さまだ。
今思い出しても笑っちまう。悪夢でももうちょい気が利いてるだろう。
だが、その神は確かに与えてくれた。
「誰も俺を知らない世界」を……。
死にたくは無かった。だから、最初の水だけは感謝してる。
だが、あとは出会いと行動の結果だった。
能力が無ければ、必死になって生きる方法を探しただろう。むしろSHOPなんて能力を手にしてしまったから馬鹿になっちまった気がする。
俺は思い出さなければならない。
何も無いのではなく、常に理不尽の渦巻くあの日常を。
……ゴブリンハザード?
エルフの救出?
町との兼ね合い?
はっ!
そんなものは上司連中と付き合うことに比べたらなんてこたねーな!
俺は頬を強く叩いて立ち上がった。
「ハッグ。ヤラライ。絶対成功させるぞ」
「当たり前じゃ」
「無論だ」
どうやら俺はこの世界に来てから初めて手に入れたものがあるようだ。いつの頃からか望みもしなかったものが。だったら少しくらいらしくなくやってやろうじゃねーか。
「ハッグ。戦略としては、大量の害獣退治でもっとも効率が良く、被害の少ないと思われる方法は何だ?」
「ふむ……用意出来る出来ぬは別とすれば、やはり飛び道具じゃろうな」
ハッグがエルフに目をやると、彼も黙って頷いた。
「もちろん数は必要になるが、防壁、堤防、壁、城壁、土嚢、柵、高台……なんでもええ、一方的に撃てる状況を作り出し、多数による弓や投石が最も一般的な殲滅方法じゃろ。あ奴らどういうわけか仲間がやられたからと逃亡する事は少ないからの。まぁ怒るあたり仲間意識はあるようじゃがな」
最後はふんと吐き捨てたハッグが、薄いエールを飲み干してお代わりを注文する。
俺がヤラライに視線をやると、同意すると無言で頷いた。
「じゃあ次だ。エルフの娘にしろ、人間の兵隊にしろ、あいつらに人質に取られる可能性なんだが——」
「それは考えんでええじゃろ」
「なんでだ?」
「あ奴らが人質を使うなど見たことも聞いたこともないからの。ただし、依り代やその候補、あと美味そうな人間は、抱えて逃げる習性があるんじゃ、注意すべき点はそこじゃな」
「なるほど、じゃあまずは隠密に捉えられた人間たちを探して救うのが先か」
「いや、その必要は無いじゃろ」
「なんでだ?」
「食料として捉えられている確率は……ほぼないの」
「理由は?」
「小規模コロニーなら、非常食としてしばらく生かしておくかもしれんが……」
「わかった。十分だ」
俺は胸の奥からこみ上げてくる酸っぱい物を押さえつけた。
「逆に依り代か、その候補であれば絶対に傷を付けたりせん。群れのボスと引き合うまでは、まず大丈夫じゃろう」
「……すでに依り代にされている可能性は?」
「ある……の」
ハッグが苦しげに答えた。同時にヤラライの奥歯がぎしりと鳴った。
「じゃが、その最悪の場合でも、命だけは助けられる。心まで助けられるかは……わからぬが」
「……そうか。少なくても無駄にはならないんだな?」
「そう思いたいの」
「……」
しばらく沈黙が酒場の一角を包み込む。
「ハッグ、強攻とゲリラ戦、搦め手、どれが理想だ?」
「ふむ……人数が揃うなら強攻じゃろう。依り代や食料を盾にされることもないからの。じゃがいくらワシらでも、人数による圧殺というのは恐ろしいもんなんじゃ。特に同士討ちを恐れぬあ奴らにやられた同族も少なくは無いからの」
ハッグの同族ってドワーフ仲間って意味だよな。それってとんでもない攻撃力なんじゃ……。
「それは大量に集られるとまずいって意味か?」
「うむ」
「そうか……」
状況を整理する。有効な攻撃は飛び道具、だが、人数が足りない。さらに足止め用の防御壁が無い。
……いや、飛び道具には当てがあるな。二つも。
火力は足りるだろうか?
足りないことは無いと思うが、問題は相手の数だ、地平線一杯に広がられて八方から押し寄られたらどうしようも無い。
くそっ。やはり人数が必要か。
一度攻撃の件は置いて、防御面を考えよう。
防御柵をSHOPで購入……いや、仮に買えても設置する手間も人員も足りない。土塁はどうだ? いやそれも同じだ。防御無視で敵陣ど真ん中に……ダメだ。死ぬつもりは無い。
柵か……城壁……くそ、ピラタスが懐かしいぜ。
ふとピラタス改めテッサの旅立ちを思い出す。サイドミラーに映る紅い髪の少女。アクセルを踏む度に小さくなっていくその姿。
それが基点になったのか、今度は昔見たニュース映像が脳裏に流れた。
それは日本の有名車メーカーの社名がどでかく書かれたトラックの荷台に、巨大なマシンガンが据え付けられて、荒れ地を何台も何台も疾走する、戦地のニュース映像だった。
あれの防御はどうなっている?
……いや、根本的に俺やハッグの考える防御方法とは異なるのだ。
「……防御壁にこだわることは無いんじゃ?」
取るべきは陣地防御では無い。
「方向性が決まったぞ。俺たちがやるのは機動攻撃だ」
「なんじゃと?」
ま、本来の意味では無いんだろうけどな。
諦めない……
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