第17話「三匹と冒険者?」
「さて、挨拶はもうええじゃろ。ゴブリンハザードが起きたらしいの?」
空気を切り替えたドワーフのハッグが、リザード種の夫婦の嫁さんへ話しかける。彼ら夫婦では彼女が主導権を握っているらしい。
「……ああ、最初は普通の移動コロニーだと思ってたんだ。町で情報収集もしたけどさ、ハザードの気配や、誘拐された人間の情報もなかったしさ」
しばし間が空く。トカゲの表情が渋くなった。
「自警団の人間も10人ほどいたし、出がけ寸前にエルフの娘も合流したんだ。ちょっとやそっとのコロニーなんて楽勝で殲滅出来ると思ってたさ」
そこでヤラライがピクリと反応するが、無言を貫いた。さすが戦士である。
「そんで慎重に鉱山跡を覗いてみたら、広い露天掘りを埋め尽くすほどの害獣共の群れさ。そこら中横穴だらけでさ。あいつらが自分で掘った穴だと思うから、一つ一つは深くないと思うんだけどさ、全部が奴らの巣だと考えたら、ありゃちょっとした国が出来るレベルさ」
シュルラがうんざりと首を振った。
「あたしらはコロニーの全滅を即座に諦めて情報を集めることにしたんさ。ただ元の仕事内容を考えると、出来るだけ正確に敵の規模を把握して持って帰らないと、違約金を払わされる可能性が出てきたからさ、ちょいと踏み込み過ぎてさ……」
「おぬしらは……」
「おっと、説教はやめてくれよ。こっちはこっちで必死だったんだ。偵察隊を小分けにしていたのが幸いしてね、あちしとリーモがそれぞれいた分隊だけはなんとか生きて帰れたんさ。犠牲は出たけどさ」
シュルラは胸を張っているようにも見えるが、相棒のリーモは申し訳なさそうに肩を縮めた。
たまたま同行することになった見た目スポーティー女性のユーティスが顔を伏せて小さく祈り祈っていた。
「エルフ、残りの分隊、どうなった」
ぼそりと、それでいて有無を言わせぬ力強さでヤラライが呟いた。
「ああ……精霊理術も空想理術も得意だって言うから、自警団の中でも肉体派の三人と組ませていたんだけどさ、戻って来てない。こっちも人間を守りながら逃げるのに必死で確認どころじゃなかったからさ」
「そう、か……」
それだけ呟くとヤラライは立ち上がって酒場のカウンターに向かう。てっきりトイレか酒の注文でもするのかと思ったら、カウンター横の壁に向かって足を止めた。
俺が片眉を上げていると、ハッグが「アキラも見てこい」と背中を叩いてきた。押された勢いのままヤラライの横に立つと、壁には沢山の羊皮紙の切れ端が小さなナイフで留められていた。
「なんだこりゃ?」
「商業ギルド、町や国、たまに個人からの依頼だ」
「へ?」
なんだって?
そりゃあなんて言うか、ゲーム好きの上司に付き合わされてロールプレイするTRPGに良くあるシチュエーションなんじゃないか?
あれ?
こういうのを受けて旅する奴の事を冒険者って言うんじゃねーの??
前にハッグに聞いたときは否定された。冒険者=変わり者という返答だった気がする。
俺は若干混乱しつつも、貼られた依頼に目を通していく。
・代理狩猟:ストーンコヨーテ。要、血抜き処理。直接持ち込み(状態良:1万8000円)【商業ギルド】
・代理狩猟:はぐれバッファロー。要、先ギルド受付(状態良:90万円)【商業ギルド】
・調査:害獣コロニーの調査。要、先町長宅受付(3〜万円)【ハンション町長】
・戦闘:害獣からのハンション町防衛。要、先町長宅受付(1〜万円)【ハンション町長】
・商隊護衛:行先セビテス。要、先ギルド受付(1日1万円)【商業ギルド(ヘテリルリア商会)】
・商隊護衛:行先セビテス。要、先ギルド受付(1日1万円)【商業ギルド(モッガモーガ商会)】
・商隊護衛:行先セビテス。要、先ギルド受付(1日1万5000円)【商業ギルド(グラハ商会)】
……などなど。
これ、完全冒険者ギルドの依頼だわ。うん。
依頼の大半は商隊護衛や個人の護衛依頼だった。個人依頼も受け付けは商業ギルドがほとんどで、たまに酒場のカウンターを指示する物もあった。
ゴブリンの殲滅が無く、防衛があるあたり、敵の全滅は諦めたのだろう。そう考えると、前に聞いたセビテスという都市国家に軍隊を派遣してもらう話も信憑性が増してくる。何とか防衛している間に退治してもらうのだろう。
もっとも金銭的か、武力的か、大きな貸しを作ることになるだろうが。
じっと依頼を見つめていたヤラライが元の席に戻ったので、俺も席に着いた。
タバコを取り出すとなぜか空っぽだった。吸った記憶があまりない。所持金が少ないから控えていたはずなんだが。
残金30万2909円。
……気がついたら火のついたタバコを咥えていた。なるほどタバコが消えた理由がわかった気がするぜ。
酒場でタバコを吸っても特に文句は言われなかった。というか何人かの商人もキセルをふかしていた。
「討伐依頼、無い」
「ま、そうじゃろな」
不機嫌そうに事実を告げるヤラライに、鼻息と一緒にハッグが答えた。
「それで、依頼が無ければやらんという選択肢はあるんか?」
「ない」
「うむ」
ヤラライの鋭い返答にハッグが岩のように頷いた。
「なあ、よくわからんのだが、それは勝手にやって良い物なのか?」
「微妙な所じゃな、一番良いのは町の長に許可をもらう事じゃが……」
「もらえば良いんじゃ無いのか?」
「人間はワシらだけでゴブリンハザードを潰せるとは考えんじゃろ、それなら防衛に手を貸せと言ってくるに決まっておる」「ああ、確かに」
「無視して突っ込んだら、今度は何を言われるかわからんしの」
俺はヤニを肺一杯に吸い込んだ。随分と苦い味がする。
本当の事を言えば、わざわざ害獣退治に関わるつもりもなかったのだが、ヤラライの表情を見て、その選択肢は無かった。
お偉いさんのご都合で割を食わされるのはいつだって現場の人間だ。なら先に確認しておかなければならない。
「ハッグ、ヤラライ。話を聞いているとゴブリンハザードは規模がでかいんだろ? 潰せるものなのか?」
「潰す」
即答したのはヤラライだったが、ハッグは首を横に振った。
「気持ちはわかるが落ち着けい。実際に見てみんとハッキリとはわからんが、鉱山跡なら昔に見たことがあるんじゃ。露天掘りとしては最大級の鉱山跡じゃったな。しかし雨期になったら水没するような所に住み着くとは相変わらず阿呆な奴らよ」
「雨期まで待つってのは無しか?」
「まだ先じゃし、そもそも無理して突っ込みたい理由は、生き残りを見つけるためも大きいじゃろ。時間は貴重じゃぞ」
「……すまん、落ち着いた。だが、必要なら、一人でも、行く」
「今さら協力しないなんていわねーよ。前に約束したろ、困ってたら助けるってよ」
命の恩人に何を返すか話したのを思い出す。
ヤラライはただ友だと言った。ならば俺も友として意を決っしよう。
「ただ、無謀はダメだ。そんなものには協力できねぇよ。それともヤラライは俺にも死ねって言うのか?」
それまで眉間に強くしわを寄せていたヤラライが顔を上げ、ようやく俺を見た。
「違う。だが、仲間を、助けたい」
「わかってる。だが今回のリーダーはハッグだ。色々言いたいことはあんだろうけど、飲んでくれ」
「……了承した」
僅かな逡巡のあと。強い言葉で同意してくれた。さすがにこの時はハッグも茶化す様子は無かった。むしろヤラライの代わりに目つきの鋭さを増したようだった。
「ハッグ。俺は戦闘に関しては素人だ。戦略的にも戦術的にも戦闘力としてもな。だが最大限バックアップする。方向性を示してくれ」
格好付けて言ってはみたものの、王城脱出よりも遙かに困難な事になるのは容易に想像がつく。
なぜかって?
今回、何よりも金が無いのだ。
すいません、体調こわしていました……。
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