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第16話「三匹と回るコヨーテ」


 ハンションの町は想像以上に混乱していた。

 どうやら商隊のほとんどは進行方向側、つまりセビテスという都市国家に向かって旅立とうとして町の出入り口は大変混雑していた。

 どうやらセビテス側に向かうのを諦めた商人たちが慌てて逆側に逃げ始めているのが現状らしい。

 商魂の逞しい奴は、河から汲んできたのであろう水を売りさばいたりしていた。


 さて、どうするかなと町の様子を窺っていると、ヤラライがサイドドアの上から顔を覗かせた。相変わらず逆さである。

 一瞬びくつくからやめて欲しい。


「アキラ、あそこの、酒場、寄ろう」

「酒場? あの大きめの建物か」

「そう」


 理由を聞こうとも思ったが、時間も無いし店の前も混雑している。ギリギリ駐車スペースのある間に止めてしまった方がいいだろう。馬取りの小僧が走り寄ってきたが、受け取る馬がおらずに首を傾げる。俺は銅貨を数枚握らせて、誰も馬車に悪戯をしないよう注意しておくよう頼んでおいた。


 残金31万0409円。


「ククク、ワレが留守番していのじゃ」


 エアコンの効いた部屋から出たくないようだ。気持ちもわかるし、実際助かるのでお願いすることにした。

 ちなみにキャンピングカーには専用のバッテリーが二系統積んであるので、エンジンを切ってエアコンを稼働させていてもバッテリー上がりをすることなどは無い。少なくとも運転できなくなるようなことは無いという意味でだ。


 酒場は平屋だが、かなり大きい作りだった。ファンタジー物でよく見る「一階が酒場で二階が宿になっているようだ」という作りとは根本的に異なる。

 他の建物より多くの木造柱と日干しレンガで組まれた丈夫な建物である。


 酒場の看板は相変わらずイラストがメインだ。今までの中で最も横長の看板で、犬っぽいのが数匹描かれている。それだけ見ても店名は想像つかなかった。100匹わんちゃんとか?

 まあ隅っこに「回るコヨーテ亭」って書いてあるわけですけどね。わかるか!


 フル装備のハッグとヤラライと一緒に、西部劇にでも出てきそうな腰高の板戸を手で除けながら「回るコヨーテ亭」に足を踏み入れる。

 天井が高めに作られているせいか、中は想像より涼しかった。ピラタスでも思ったが、空気の取り入れ方など土地独自の工夫があるようだ。もっとも一般家屋にまで普及している技術では無さそうだったが。


 円形のテーブルが12席とかなりの規模だった。そのほとんどの席が埋まっている。すると細身の犬系獣人の子供がさっと寄ってきた。


「お客さん、何人?」


 ぶっきらぼうに問われるが、この世界だと普通の事なのだろう。俺は4人(・・)と伝えた。実はユーティスさんもいたからだ。


「一緒で良いですよね?」

「はい。助かります」

「それにしても混んでおるのぅ」

「理由を知りたいのか? ドワーフさん」


 最後の質問は先ほどの子供獣人である。


「うむ。頼む」


 ハッグが少年に何枚か握らせると、笑顔になって語り出した。

 俺たちはテーブル席に案内されると、そこで少年の独演を聞くことになった。


「内緒の話なんだけどな、実はこの町の近くによ、ゴブリンが住み着いたんだよ! 歩いて半日くらいの場所に大昔の露天掘り鉱山跡があってさ、そこにうじゃうじゃいるらしいぜ! しかも向かった討伐隊にエルフの娘がいたんだけど、すっげぇ美人でさ! 獣族じゃないのにちょっとイイと思っちゃったよ!」

「なに?」


 犬少年の語りは続くが、エルフであるヤラライの視線が鋭く輝いた。そりゃ同族がピンチとなれば焦るだろう。


「そりゃあまずいの……もしエルフが依り代にされておったら、ゴブリンハザードが起こりかねんぞ」

「なにいってんだよドワーフのおっさん。ゴブリンハザードはもう起きてる(・・・・)んだよ!」


 ピリッ!

 ヤラライを中心に空気の色が変わる。怒気とか殺気というやつをまき散らしているらしく、他のテーブルで雑談をしていた集団を無言で黙らせてしまった。


「ふむ。旅の途中で聞いたんじゃが、その討伐隊にリザード夫婦がおったじゃろ、そいつはどこにおる?」

「なんだ、知ってたのか。これから教えてやろうと思ったのによ」

「わはは! そういう事もある! 奴らの場所を教えてくれい」


 ハッグがさらに数枚握らせると、犬少年は満面の笑みで牙を剥き出しにした。


「だったらここで待ってりゃすぐくると思うぜ、あいつら怪我してるのに、毎日飲みにくるからな……っとほら!」


 ちょうど入り口の蝶つがいが軋む音と、少年が指差すのが重なった。

 誘導されるように視線を移すと、砂で汚れた包帯を身体中に巻いたリザード族が2匹……ではなく二人が入店してきた。

 ハッキリ言って爬虫類系人間の区別はつかない。改めて観察してみる。二人は怪我のせいか鎧などは身につけていないが首飾りなどで身を飾っていた。片方はオレンジ系が中心で、片方はグリーン系をメインに身につけている。武器はベルトに下げたナイフだけだが、これはどの種族の旅人もほぼ確実に身につけているので、標準装備だろう。

 さらに見極めるために観察を続ける。あえていうならオレンジ系の方が目つきが鋭く、グリーン系の方が垂れ目っぽいか。あとグリーン系の方が尻尾が太いようだ。

 夫婦という話なので、どちらかが女性なのだと思うが、やはり判別は出来なかった。


「おう! 久しぶりじゃの! シュルラ! リーモ!」


 ハッグがリザードに向けて大声で手を振ると、先頭のオレンジ装飾のリザードが目を丸く(?)して吠えた。


「あー? ああ! あんたハッグじゃないかい! 生きてたのかこの野郎!」

「ぐははは! ワシがそう簡単にくたばるかい! それよりおぬしたちの方がよっぽどくたばりそうではないか!」

「はん! こんなのはかすり傷だよ! といってもちょいとドジ踏んでさ、手持ちがあんまり無いから奢んな!」

「ふん……しゃあない。色々話してもらうぞい」

「わかったわかった……ボウズ! とりあえずエール二つだよ!」

「あいよ! お客さんたちも注文してくれよ!」


 今まで熱演していた奴のセリフじゃねーが、子供のやる事に腹を立てても意味が無い。俺たちもエールと、適当につまみを頼んだ。

 相変わらず口当たりの悪い日干しカップに生ぬるいエールが注がれて運ばれてくる。ツマミは豆を塩で炒ったものだった。


 残金30万7509円。


「しかしあんたがエルフと同席とは珍しいじゃないか。あちしはシュルラってんだ。こっちのトーヘンボクが旦那のリーモだよ」

「よろしく……」


 なんともまぁこの騒がしい方が女性で、大人しい方が男性だったらしい。


「あー、俺はアキラ。敬語は……いらなそうだな」

「もちろんさ。堅苦しいのは抜きで頼むよ! そんでドワーフと一緒にいる奇特なエルフさんはなんてーんだい?」

「俺は、ヤラライ。<黒針>ヤラライと、呼ばれている」


 そこでシュルラとリーモが同時に目を剥いた。……たぶん。


「へぇ! あんたが! 噂は良く聞くよ! 変わり者エルフで凄腕の害獣ハンターなんだってね! うちらも害獣退治で食べてるからお仲間さ」

「うむ」


 シュルラが手を差し出すと二人は固く握手した。リーモさんはいいんかい。それとドワーフで無ければ仲良く出来るんか、ヤラライ……。


「ユーティスです。私は偶然で一緒にいさせてもらっているだけですが」

「旅をしてればそんな事はしょっちゅうさ。これも縁さ、宜しくするよ」


 気さくな感じでトカゲ人間がスレンダー美女に爬虫類系笑みを向ける。うん。自分でも何を言っているのか良くわからない。


「さて、挨拶はもうええじゃろ。ゴブリンハザードが起きたらしいの?」


 ハッグはぐびりとエールをあおった後、テーブルに腕を置いた。

 トカゲの嫁さんであるシュルラもつられて真剣な表情になり、同じようにテーブルに腕を置いてゆっくりと話し出した。


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