第12話「荒野の全裸M字開脚」
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(長めです)
町について二日目、久々のベッドのおかげで疲労はかなり取れていた。
筋肉痛は残っていたが荒野を歩き続ける訳じゃないと思えば気にならない。
それよりも気になるのは残金だ。
9549円しかない。
今日明日の宿を考えると実質1500円ということになる。
節約以前にどうやっても金を稼がなきゃいけない。
気合を入れて身支度をする。
昨日は泥のように寝てしまったので着の身着のまま。
まずは服を全部脱いでハンカチを濡らして身体を拭くことにした。
備え付けのタオルとかは無さそうだしな。
昨日ハッグに聞いたのだがこの地方には風呂もシャワーもないらしい。
水浴びがしたければ川か海に行けとの話だったが、別世界初心者にそれは辛い。
そんな訳で小さなハンカチ一枚で身体を拭くというアクロバットをしている最中、突然扉が開いた。
前触れも無くである。
「お客さん! 朝ごはんの注文とかありましゃきゃあああああああ!」
ベッドに片足を掛けて、ちょうど股のあたりを拭いていたタイミングだった。
このクジラ亭の娘さんナルニアが、ばーんと音を立てて部屋に入ってきて元気よく定型文をしゃべろうとしたが、後半は悲鳴に変わっていた。
「……ノックくらいしろよ」
子供に裸を見られたくらいなんて事は無いが、なんというか一番情けないポーズの時に入ってくる事もないじゃねーかよ……。
俺は落ち着いて残りを拭くと、取っておいた替えの下着とYシャツに着替える。
ズボンは換えが無いので仕方ないからそのまま着るが、夜の間に可能な限り埃は払っておいた。
「どうぞ」
「もう平気?」
ドアを少しだけ開いて中を覗くナルニア。
俺が着替え終わっているのを確認するとゆっくりと入ってきた。
「お客さん……鍵くらいしてくださいよ、びっくりしちゃいます」
「あれ? 俺が悪いの? あー、次から気をつけるよ」
「なんのために鍵を渡してると思ってるんですか。普通鍵が開いてたら出入りして良いって事なんですよ?」
「そうなのか?」
「少なくともこの国では普通だと思います。他の商人さんも鍵を閉めるので大抵の場所は一緒だと思いますよ?」
なるほど。それは俺が悪いな。
それとナルニアが博識の理由がなんとなくわかった。
色んな国の商人と話をして知識を得たのだろう。
「それで何の用なんだ?」
「ああ、日が昇っているのにまだ出立されていないようでしたから、もしかして朝食を注文していただけるかなって」
「食堂とかあったっけ?」
この建物はファンタジー小説によくある一階が酒場で二階が宿……という作りではなく、入るといきなりカウンターで、あとは部屋がぎっちりと詰まっていたと思う。小さな中庭はあったようだが、食堂は無かったように思う。
「出前を頼めますよ。値段は外で食べるのと一緒ですけど、ウチを通せば変な混ぜ物とかされません」
なるほどね。
マージンは取ってるんだろうけど、悪くないシステムだ。
「出来れば広い所で食べたいが、ここの紹介って言ったら混ぜ物無しで出てくるか?」
「あ、それなら大丈夫ですよ。通り向かいの三件左にトカゲの尻尾亭っていう料理屋さんがあります、トカゲの絵の看板が出てるのでわかると思います。そこでクジラ亭の朝ごはんって注文してください」
「ああわかった。じゃあ行ってくる……っとそうそう今日も泊まりたいんだが」
「じゃあ一階でお父さんに言ってください」
「了解だ」
相変わらず無愛想な店主に銀貨を払って大通りに出る。
残金5549円。
レッドラインをぶっ千切っていた。
――――
トカゲの尻尾亭はすぐにわかった、ノートPCサイズの木の看板で、赤っぽく色づけされたトカゲの彫り物がされていた。
中に入るとこちらのほうがファンタジーっぽい店構えだ。
丸いテーブルが6個にカウンターが12席で結構広い。
2階に続く階段もあるが上は宿とは違うのだろうか?
いや宿だったら同業者にデリバリーサービスなんてやらんか。
客は少なく3人、一人はカウンターで、二人は同じテーブルで。
俺は3人を避けるように端のカウンター席に腰を下ろす。
こちらも不機嫌そうなおっさんが気だるそうに近づいてくる。
「……なんにする?」
「クジラ亭でこちらに来ればモーニン……朝食を頼めると聞いてきたのですが注文出来ますか」
「……300円」
愛想もクソもない。この世界の標準なのだろうか?
俺は銅貨を30枚ポケットから取り出してカウンターに並べると、おっさんは重さでわかるのか無言で奥に引っ込んでいった。
予想通りなかなか安かった。
所持金5249円。
改めて店を見渡すと基礎である柱は木造、壁材は日干し煉瓦と今まで見た構造だ。
明かりを取り込むために木窓は全て全開になっているが一番奥にいる俺のあたりは若干暗い。
今は灯されていないが壁際にはろうそく台がある。
ロウソクは外してあるが溶けたロウが台にへばりついているので間違いないだろう。
入り口も開け放たれていて、大通りを時々走る馬車や大荷物を背負った人間、それとハッグ以外のドワーフもいたようだった。
いや、よくよく見れば明らかに人外の獣っぽい耳の生えた人型の生物や、トカゲっぽい二足歩行生物がいるのだ。あれも人間という括りなのだろうか?
ヨーロッパとも中東ともつかない文化に異形を見て、ああ俺は異世界にいるのだなとしみじみしてしまった。
「……」
無言で目の前に置かれたのはパンとスープ。
パンはカウンターに直置きされ、スプーンは付いて来ない。
器ごと啜れということだろう。
パンは濃い茶色で握りこぶしほど。
スープは……たぶん玉ねぎが数切れ入っている濁ったスープだ。
俺のウチは正直貧乏だった。
親は碌でもない人間だった。
まあ思い出したくもないので語る気もない。
なので大抵の粗食は大丈夫だし好き嫌いもない。
むしろ食えないものを探すほうが難しい。
一度場末の酒場で食わされたホヤだけは食えなかったがそのくらいだ。
会社に入ってからはたまに接待で高級な料理も食べたことがある。
むろん俺は金を出していない。
出せと言われても払えるような店ではない。
会計に現金を出す馬鹿はおらず、店が受け取るカードも金や黒といった常人があまり目にしないタイプのクレジットカードが使われた。
なので食い物は上級も下級も味わった経験があったりする。
美味すぎて困るレベルのものを食べたあとは自宅で食べる飯がしばらく悲しくなるが、まぁ数日で再び慣れる。
たんに貧乏に慣れているともいう。
……とにかくそんな感じで俺は粗食に強いと言いたかったのだ。
なのでこの固い……というか潰れるのに噛みきれないパンも、ただしょっぱいだけで旨味の欠片もないスープもまぁなんとか食えた。
パンはまだしもスープはほんのちょっと手を加えれば大分マシになりそうなんだが。
この世界じゃ普通なのかもしれないので特に言うこともない。
そんな噛みきれないパンと格闘しているとまた客が入ってきた。
若い男女の二人組だ。朝っぱらから逢引かね?
男は細長のタレ目で身長はひょろ長いが筋肉はついていた。
麻の半袖と長ズボンを着ているが全体的に黒っぽく汚れている。
特に手のあたりが黒く染まって見える。
女の方はかなり派手だ。
派手と言っても化粧が濃いとか髪型が前衛的とかそういうことではない。
髪色が真っ赤なので十分派手ではあるのだが、彼女のそれは別のところにある。
まず目立つのが紅く染められた細い鎖だ。
その紅い鎖を身体に巻きつけている。
その鎖は胸の前で十字に交差しているのだが、それに強調されているのが巨大な双丘……まぁぶっちゃけ巨乳だった。
短い紅いスカートの下に黒のスパッツ。
さらに紅い革のロングブーツ。
これで目立つなという方が無理があろう。
二人が店に入った瞬間、店にいた3人が……いや、俺も含めて4人が同時にギョッとしたほどだ。
だがそんな好奇の視線を無視して二人はテーブルに着くと店主のおっさんがつまらなそうに二人に近寄った。
「……なんにする?」
どうやらあの態度はデフォルトらしい。
「あまり重くないけどお腹にたまるものを粥以外で、パンはまともなのを頼みます。あとちゃんとした水で薄めたぶどう酒を二人分お願いしますね」
紅い女が銀貨を転がすと、店主は無言で掴んで厨房に引っ込む。
この世界のメニューにスマイル0円は存在しないらしい。
「……噂だけどまた税金が上がるらしいですね。このままではウチの商会も保たないかもしれません。正直にいってここより立派な港湾施設があるなら、すぐにでも拠点を移したいくらいですわね」
「ウチはかなり儲けてるだろ? 税金が上がるのはしょうがないじゃないか」
「論外ですよ。物品税に港湾利用料、所得税、資産税、しかも資産計算は日に日に増されていますから。命がけで得た利益がほとんど飛んでいます」
「そんなに酷いのか?」
「もう……少し商会の経営にも興味を持ってください、兄さん」
女はため息混じりに手櫛で髪を掻き上げた。なかなかセクシーだ。
「僕は船にさえ乗れれば十分なんだけどなぁ」
「それだから他の商会の方に舐められてしまうのですわ」
「僕が舐められても問題無いさ。商会は父さんとチェリナの物だしね」
「兄さんは西海一の海運商会のたった一人の長男なんですから、もっと自覚を持っていただきたいと思います」
「ああ、自由気ままに見知らぬ海に行けないものか」
男が大仰に腕を天に向かって開いた。
「荒れた西海の沖に出るなんてただの自殺行為ですわ。陸沿いの比較的安全な航路の開拓に何年かかったと思ってるんです?」
「父さんはいいよねぇ、そうやってずっと海の男だったんだから」
「その代わりお父様は商会運営も手を抜きませんから」
「うへ、藪蛇だったなぁ」
なんだか兄妹の微笑ましい朝の光景……ではなく世知辛いお話だったらしい。
「そもそもここ数年の増税に次ぐ増税は明らかにウチの商会を狙い撃ちしてるんです。この一年でどれほどの同業者が消えたと思いますか?」
「ウチを潰すつもりでやってるわけじゃないだろ?」
「潰れないと思ってるのかもしれませんね……もう他から取るところが無いだけかも知れませんが……」
「港も寂しくなったよねぇ。親友のボルヴォーノも一発逆転を狙って、南回りルートを探すってそれっきりだ。リベリ湾を出たらもう海流は無茶苦茶だってのに……」
お兄ちゃんが首を振る。
「そう、そうやって櫛の歯を削るようにライバルも親友もいなくなっているんです。そしてその分さらにウチに増税を課す。この国はもう終わりかも知れませんね」
「チェリナ」
「口が滑りましたわ」
チェリナと呼ばれた女が店内の客、俺を含めて視線を這わすが全員聞いてませんと態度で示した。
厄介事はゴメンです。
「……」
店主が料理を運んできた。
パンが二つにスープ……同じに見えるがどうやらパンは少し良い物でスープには具が入っているらしい。
たぶんじゃがいもだ。
陶器製の瓶とカップも置いていく、注文していた薄めたぶどう酒だろう。
……ぶどう酒を薄めて美味いもんか?
二人は先ほどと打って変わって黙々と食事を進める。
「……苦労して運んできたかいが無いですわね、市内に出回るのはこんなに悪くなったじゃがいもだけだですもの」
「運んだのは僕だけどね。市民に行き渡らせるためにって買い叩かれてるのにねぇ」
深い溜息をつく二人。
さて、今日はどこか商会を探そうと思っていた訳だが、貴重な情報を聞けた。
どうもこの町……いや国で力を持っているのは彼ら兄妹の商会らしい。
ならばペットボトルを持ち込むのはその商会一択だろう。
もちろんこの場で話しかけるなんて愚は犯さない。
想像して欲しい、たまたま立ち寄ったレストランで社員と食事をしていたら、商談を持ちかけてくる別の客。
怪しいことこの上ない。
だから俺は店主を捕まえて銅貨を数枚握らせて聞いた。
「彼らの商会はどこにありますか?」
むろん営業スマイル全開で。