第15話「三匹とワンメーター」
相変わらずの早朝に目が覚める。名も知らぬ小さな村での目覚めだった。
夜明け直前の気温のまだ低い時刻だったが、寒いなどという暇は無い。当たり前だ。ヤラライとの軽い模擬戦などやらされたんだからな。
本来なら今朝は光剣以外の空理具をテストしていく予定だったのだが、町中だと誰に見られるかわからないので保留となった。実際今も村の若い女性たちがうざったそうな視線をこっちに向けて集まってるしな。
訓練が終わると水の入った桶とタオルを運んできてくれた。きっと村長辺りの命令だろう。昨日の夜といい、もう少し若い方へ配慮というものが欲しいところだ。
俺はありがたくタオルで身体を拭かせてもらうと、女性たちは悲鳴を上げて逃げていった。凹む。
たまたま助けた村人たちのご厚意で、今朝もちょっと豪華な朝食を用意してくれた。もっとも彼らにとっての贅沢品といった体で、卵焼きを出してどや顔しているのにはどこか申し訳なく思った。
話によると鶏の半分がゴブリンに食われていたらしく、今朝までかかってようやく残りの鶏を捕まえてきたらしい。
広い世界に逃げ出したら捕まえられないものだと思ったのだが、餌を求めて戻って来たらしい。一度飼われた家畜は人がいないと生きていけないらしい。
村中の人間に見送られつつ旅立とうとしていたら、二十歳から二十半ほどのスポーティ体型の女性が前に出てきた。ユーティスだった。
「おはよう。どうかしたか?」
「おはようございます。あの、少々頼みにくい事なのですが、私も一緒にハンション町まで乗せていってくれないでしょうか?」
「ん? かまわねーよ」
「え? いえその、お渡し出来るお礼がこの程度しか」
おずおずと差し出された、予想外に荒れた手には銀貨が5枚ほど乗っていた。5千円である。俺は1枚だけつまみ上げた。
「はい、ワンメーターはいりまーす」
「え?」
「これで十分だ」
実際ガス代にはなりそうだしな。
残金31万3439円。
色々と申し訳なさそうに色々言っていたが、俺は半ば無視してさっさと運転席に乗り込む。あとはなし崩し的にユーティスも助手席に乗り込んできた。どうやらキャビンは敷居が高いらしい。
「足の具合はどうなんだ?」
「おかげさまでだいぶ良くなってます」
「どれどれ……もうちょっと冷やしておくか」
ヤラライに頼んでバケツに水を持ってきてもらった。
どうやら精霊魔法でより冷やしてくれたようだった。
「すまない、あまり、冷えなかった」
「そうなのか?」
「精霊、気まぐれ、ここは、水の精霊、ほとんど、力無い」
「ならしょうがないんじゃないか?」
「ああ。だが、車の水、普通より、冷えてる。使え」
「こんな透明で貴重な水を使ってしまっても良いのでしょうか……」
「これしかないから気にするな……あー。この馬車には一杯積んであるんだ」
「……ありがとうござます」
ユーティスは何かを言いかけたが飲み込み、お礼だけを口にした。
俺は軽く頷くとキャンピングカーを発信させた。時速にすると15km程度。この辺りは比較的直線が多く道もそれなりに整っているのだが、次第に交通量が多くなっていったのだ。俺たちが抜くことはほとんど無く、大抵が逆方向からのすれ違いだった。
今まで通り大半はこちらの馬車を見て驚いたり警戒を向けたりしていたのだが、幌馬車一台の商人が前方に立って手を振りこちらを止めようとした。
「どうする?」
「ワシが護衛につく」
「わかった」
俺とハッグと、なぜかファフも一緒に下車し、商人に近づいていった。やや中年小太りといった感じで親近感が湧くが、この世界にしては珍しい体型かもしれない。
「こんにちは。どうかしましたか?」
「おお兄弟。あんたらも商人か?」
「ええ。旅の商人です」
「良かった。間違って貴族だったら打ち首にあう可能性もあったからな」
おっさん商人がはははと笑う。
「それでどうしましたか?」
「ああ、実はこの先にあるハンションという町で大変な事が起きていてな」
「大変な事」
俺はわざとそこで区切った。
「ああ! なんと……あー……ほら、のど元まで出かかっているんだがどういうわけか出てこなくなったぞ?」
商人はわざとらしく頭や喉を押さえて回る。
俺はそのすがすがしさに微笑をたたえて銀貨を3枚ほど握らせた。
残金31万0439円。
「いやいや思い出しましたですよ。いやー年を取るのは怖いですなぁはっはっは!」
言うほどじいさんでは無い。普通におじさんだ。俺ももうちょっとしたらあんな感じになるのだろうか?
……現状太る要素はないけどな。
「それで、何を思い出したんです?」
「そう、それですよ。実はハンションに害獣の大群が襲ってくるという噂がありましてな。どうやら討伐隊が全滅して確実らしいですわ。私らも慌てて町から脱出しているところですよ」
「それはそれは……他に害獣の詳しい話などはありますか?」
「害獣はゴブリンっつー事ですわ。どうもかなりの数まで増えてるらしく、依り代持ちのコロニーではと噂になっとります。あんたらも逃げた方が……」
「ふん。ワシらはそれを倒しに行くんじゃよ」
「おお! よく見たらこれは強そうなドワーフでは無いですか! ですが噂では歴戦のリザード戦士が二人も倒れたと聞きますが……」
「ふん。奴らの事は少ぅし知っておる。ワシはあやつらよりかなり強いし、コイツもおる」
そこでハッグが俺の背中をばすんと叩いてきた。
「俺?!」
「ワシがいくら強くとも、数を相手にするのは大変なんじゃ、あの場所でも学んじゃろ?」
一瞬何の話かわからなかったが、おそらく王城脱出の時の話だ。確かに数は力だ。
「ほう、そちらの方もお強いので?」
「ふん。まだ鍛えちょる最中じゃがな」
「ドワーフの戦士が直接人間に! それは珍しい!」
「なぜか放っておけんのよ」
「ああ、たまにおりますよね、そういう性格の人物は」
「うむ」
「おい」
なんで知らない人間にまでディスられてんだよ俺は。
「傭兵ドワーフさんに取っては稼ぎ時かもしれませんねぇ。それでは成功を祈っております。あの町は商売で良く使うもので」
「うむ。任せておけい」
お礼と挨拶をして商人と別れた。
既出の情報ではあったがおかげで確度が上がった。商人の中には親切な人がいるのを知れただけでも朗報である。
「じゃあ行きますか」
「うむ。あまり予断を許さん状況かもしれんの」
「たしかに」
俺は少しだけアクセルを強く踏み込み、注意深く車を前進させた。
ハンションの町にはまだ明るい内に到着した。
進行速度が違いすぎるからな。
さて、町は思っていたよりも大規模に見える。ほとんどは平屋で、日干しレンガ製ではあるが、何十軒という建物が無秩序に並んでいる。街道の両脇にへばりつくように広がっている感じで、都市計画の欠片も感じられない。だが人口は多いのか、大通りでもある街道には沢山の人間が走り回っていた。
否、混乱していたのだった。
これは大事になりそうだ。
もちろんこの予感は現実の物となる。
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