第11話「三匹と初めての害獣」
「よしアキラ、とっとと殺って来るんじゃ」
ハッグの無理難題に思わず間抜けな声を上げてしまう。
「ちょ、ちょっと待て! まさかと思うが俺に害獣を倒してこいっていうのか?!」
「うむ。そう言ったつもりじゃが、伝わらんかったかの?」
「むしろ理解したくなかったがな! ゴブリンって害獣は凶暴なんだろ?! そんなのに……」
俺が反論しようと声を荒げたところで、ファフが割って入ってきた。
「ククク……おしゃべりも良いが、このままじゃと、あのご老人方が死ぬぞ?」
「え?」
俺は慌てて街道の奥を睨み付ける。よく見たら老人を背負った壮年の小集団が見えるでは無いか。
「ヌシには見えんかもしれんが、あの一団めがけてゴブリン共が迫っておる。放っておくとすぐに追いつかれるぞ?」
「なんだって?!」
俺はハッグとヤラライに振り向くが二人ともわざとらしくあくびなどして見せるではないか。ファフは底意地悪くにやにやと笑うだけだ。
「くそっ!」
頭では理解している。この二人が彼らを見殺しにする事などありえないと。だがそれでも俺は走り出していた。
ああわかったぜ! 乗ってやるよこの野郎共が!
俺は波動を纏って全力疾走する。自分で思っていたよりも早くに小集団にたどり着いた。
15人ほどの集団で何人かは血を流していた。
「おい! 大丈夫か!?」
「え?!」
振り返ったのは一番怪我の酷いひげ面の男で、一人だけ短剣を手にしていた。何やら緑色の液体を滴らせている。
他の男は折れた棒を手にしていたり、老人を担いでいたりとまちまちだ。主婦らしき女性たちは過呼吸を起こしてその場に倒れ込んでいる。
「あんたは?! い、いや、なんでもいい。もしあんたが戦えるなら手伝って欲しい! 礼は出来ることなら何でもやる! 奴らもうそこまで来てるんだ!」
髭男の言葉に導かれるように街道を睨む。もう目を細める必要も無い。5匹のそれはくっきりと判別出来た。もしかしたら波動の恩恵もあるのかもしれない。
ゴブリンと呼ばれる害獣は、思っていたより明るい緑色をした肌の人型生物だった。顔はメガネザルを潰したら似ているか。身体は小さめで小学生高学年か中学1年男子と言ったところか。
全体的に細身だが、割と大きめの棍棒を手にして走ってくる当たり、見た目よりかなり力がありそうだ。生意気にもボロ布の服を身に纏っていた。お手製だろうか?
先頭を怒りの形相で突出してくる一匹は、身体から濃い緑色の液体をまき散らしていた。
「おい、あれ」
「すまん。仕留めきれなかった……手負いのゴブリンは……危険だ」
髭男が申し訳なさそうに歯を食いしばった。
おいおい……。
さて、もう十秒もしないうちにその危険な奴と接敵してしまうわけだが……。ちらりと振り返るが3人の悪魔は元の位置を動く気配は無い。くそったれ。
俺はゆっくりと息を吐いた。螺旋の波動。自分にそんな力があるのか未だに認識できないのだが、今はヤラライとハッグの二人を信じて使おう。
戦う事を避けていた心は既に消えている。どういう訳かゴブリンを見た途端沸き上がる無性の嫌悪感が、奴らを倒せと囁くのだ。どうやら俺は奴らの事を一目で嫌いになってしまったらしい。
俺がトルネードマーシャルアーツ(笑)の構えを取ると、髭のおっさんも荒い息を整える間もなく横に並び短剣を構えた。
「いい、下がってろ」
「だが……」
「邪魔なんだよ」
おしゃべりする間もなく肉薄してきた緑の小鬼が身の丈ほどの無骨な棍棒を振り下ろしてきた。
……。
スローすぎた。
実を言うとこれは予測できていた。ゴブリンが俺の視界に入ってからずっと凝視していたわけだが、その筋肉の動きまで予想できるのだ。それはヤラライの短くも端的な稽古が教えてくれていた。
ハッグに教わった波動の運用を意識する。腕にオーラを纏わせるように左腕を捻りながら突き上げた。本来人間の頭程度なら西瓜の様に割るほどの威力がある棍棒の振下ろしを、左腕一本で軌道を逸らす。
あ、Yシャツ破れた……。
よく考えたら今の格好は背広のズボンとYシャツである。これで蝶ネクタイでもしようものなら戦う執事さんだったな。
ついよそ事をしていたら、体勢を立て直したゴブリンが、もう一度棍棒を振るってくる。今度は縦では無く横に振ってきた。野球のバット振りその物だ。
俺は棍棒ギリギリの距離まで下がってやり過ごすと、そのまま緑の不気味な生き物に肉薄する。ゴブリンは勢いのついた棍棒を急停止させようと力を込める。だが俺はその棍棒を進行方向にちょいと押してやった。すると見る間にゴブリンは体勢を崩し棍棒に振り回されて背中を見せる形になった。
予定通り。
今度は俺が高速で後ろ向きに一回転する番だった。おそらくゴブリンは自分が何をされたのか理解出来ずに地面に頭から叩きつけられたことだろう。
そう。高速の後ろ回し蹴りである。
螺旋の型を学んだヤラライが俺に教えてくれた一番の大技である。螺旋と言うより回転なのだが、相性は抜群で、自分でも信じられないくらい簡単に覚えられた。
ただ、敵に背を向ける大技なので、相手の動きが読めないときは絶対に出してはいけないと念を押されていた技でもあった。
ただの一撃。
想像外でもあり、今なら納得してしまう。
ヤラライの高速組み手に晒されているのだ。こんなテレフォンパンチなどまるで相手にならなかった。
一晩二晩でここまで人間って強くなれるんだな……。いや、ハッグの特訓もあったか……。
無意味に丸太の運動など思い出して思わず苦笑してしまった。
ふと見ると髭のおっさんが呆然とこちらを見ていた。声も出ないらしい。
安心して欲しい俺も同じ気分だ。
振り向くと後続の4匹が一度動きを止めていた。恐らく仲間の惨状を見てのことだろう。知的生命体なら逃げる選択肢もあると思うのだが、奴らは「ぐぎゃあ!」と叫びを上げて突っ込んできた。
丁度良い。多対一の訓練をさせてもらおう。
俺はあえて有効打を出さずに5分ほど彼らの同時攻撃を捌き続けた。だが奴らに連携などと言う物はなく、むしろお互いの動きが邪魔をする結果で拍子抜けである。さらに疲労で動きも悪くなってしまったので、ため息と共にあっさりと4匹を地面に叩きつけた。
さて、一つだけ答え合わせをしておく。
本来こんな恐ろしい戦いを始めることなど、本来ならば絶対に不可能だろう。それを妙に落ち着いてバトってしまったのは、ハッグとヤラライの訓練を信じていたからだ。
そしてもう一つ、もし俺が負けそうならば止めを刺される前に二人が割って入ってくるという絶対の自信があったからだ。
でも無ければとっくに逃げ出している。
さらに戦い初めて理解したが、どうやら自分でも思っていた以上に鍛えられていたらしい。少なくとも髭の一般ピープルよりは。だ。
驚きすぎて餌待ちの池の鯉になってしまったおっさんを無視して、俺はタバコを口に咥えて火を点ける。
煙を吐き出しながら空を見上げた。
うん。今日も青い。
遠くにハゲワシが飛んでいた。
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