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第10話「三匹と優雅な旅路」


 キャンピングカーには運転席用のカーエアコンと別に、キャビン用の専用エアコンが設置されている。ほぼ家庭用のエアコンだと思ってもらえば良い。どうやらお嬢様はこのエアコンがえらく気に入ったらしく、ソファーに身を投げて冷風でくつろいでいた。

 どこから取り出したのかワインまで取り出して口に付けている。そして謎なことに、激しく上下する車内だというのにワイングラスも瓶もテーブルからすっ飛ぶ気配は無い。まさかと思うが接着剤でも使っているのだろうか。

 本当に謎の娘だ。

 いや、お姉さんとでも言うべきか。

 ヤラライもこの激しく跳ねる車の天井に何事もなく座っているのだから、彼らにとってはどうという事は無いのかもしれない。

 あまり深く考えることをやめて俺は運転に専念した。


 相変わらずハッグが運転の仕方や、車の仕組みについて質問を矢のごとく浴びせてくるので退屈はしなかった。雑談自体は嫌いではないからな。毎回同じ話を繰り返す上司に頷き続けるようなのは雑談とは言わない。

 時々商人らしき人物とすれ違う。彼らは一様にこちらに顔を向け目を丸くする。たまに街道外に出て、頭を伏せる人までいた。どうやら貴族の乗り物とでも間違えられているらしい。そういうときは窓から笑顔で手を振ってやると、狐に化かされたように手を振り返したりして、ちょっと面白かった。

 大がかりのキャラバンとすれ違う時は少し緊張した。大抵槍を持った護衛たちがついていて、明らかにこちらを警戒してくるからだ。敵意と言っても良い。

 同じように笑顔で手を振ったら、ハッグに逆効果だと怒られた。普通に会釈をするか、逆にがっつり話し込むのが人の商人が良く取る行動らしい。次からは軽く会釈だけする事にした。


 街道を行き来するのは人間種が多いのだが、たまに人外の人間も歩いていた。

 ……言葉は変だが、この世界、二足歩行で喋れたら「人間」という括りらしいので、慣れて欲しい。

 旅装束の猫耳集団とすれ違ったときには、彼ら彼女らが秋葉原にいたら大変な事になるだろうという良くわからない感想が浮かんだ。上司に毒されすぎだ。

 他にトカゲ人間のリザードマンや、小柄なハーフリングなどともすれ違った。人間は馬車やロバや、たまにシマウマなどを使っていることが多いのだが、彼らは徒歩が多かった。何か理由でもあるのだろうか。


 いくつかの小さな集落をパスしてしばらくの事、恐ろしい事が起きた。

 いきなりフロントガラスの()からヤラライが上半身を逆さまに出現したのだ。


「うおわっぁぁぁぁぁあっぁ?!」


 思わず思いっきりハンドルを切ってしまった。車高の高い車がフラれ倒れそうになる。無理矢理カウンターを当てて立て直した。。俺の焦りを無視するかのように、ヤラライは無表情で張り付いていた。くっそ。後でぶん殴ってやる。無理だが。

 砂埃がS字と長い円弧を描いてつんのめるようにキャンピングカーは急停車した。ちょうど直線でスピードが出せていたので消化不良も甚だしい。

 俺は車を飛び降りて怒鳴った。


「危ねーだろ! 何やってんだ!」


 だがヤラライは悪びれた様子も無くクールな表情で目の前に飛び降りると、街道の先を指差した。


「様子が、変だ」


 続けて文句を言おうとした俺だったが、ヤラライの真剣な表情に言葉を飲み込む。指の先に視線を延ばすが街道が続くだけだ。


「せっかくの直線だっつーのに……」

「用心して、近づこう」

「わかった」


 ハッグとファフにも声をかけると、ハッグは鉄槌を助手席で抱えて、ファフも助手席側にやって来た。


「ククク……人がこっちに走ってきておるの。慌てておるようじゃの」

「慌ててる?」


 アクセル操作を慎重に近づいていく。このタイミングで脱輪とか洒落にならないからな。俺のトラブル発生率はほぼ100%だからな。選択肢は出来るだけ残しておきたい。

 ハッグも難しい顔で地平の先を睨み付ける。暫くすると彼にも認識できたらしく、人が大勢こちらに向かってきていると教えてくれた。


「ヤバい感じか?」

「あまり愉快な状況では無さそうじゃな」


 ハッグが鉄槌を掴む手に力を込めて答えた。どうやらあまり愉快な事にはならないらしい。

 ゆっくり移動と言ってもやはりそこは車なので、俺にもすぐに様子が見えてきた。どうやら10人ほどの人間が走っているらしい。


「ククク……なんじゃ、野生のグリフォンでも出たのかと思うたら、ゴブリンではないか」

「うぬ? ぬう……」


 ハッグが目を細めて地平を睨んでいると、今度はヤラライがサイドのドアに顔を出した。逆さまに。ドレッドが顔にぺちぺち当たって気持ち悪いです。


「ゴブリン、いる。5匹だ」

「ほう……ぬ。確かに」


 すぐにハッグも確認するがどことなくヤラライが誇らしげに見える。逆にハッグは横目でヤラライを睨み付けていた。

 頼むから喧嘩はやめてくれよ?

 距離が近づいてきたので車を街道脇にずらして停車させる。

 走ってきたのは若い人間ばかりだった。


「に……逃げて! 害獣が! 害獣が来てるんです!」


 息も切れ切れに叫んだのは先頭を走っていた若い女性だった。彼女だけが旅装束で、残りの十数人の若い男女は着の身着のままと言った体だ。


「うむ。ゴブリンじゃろ。あやつらは5匹で間違いないんか?」


 ハッグが鉄槌を肩に担いで聞いた。


「ドワーフ? ……え? エルフ??」


 服を着たままシャワーでも浴びたような汗を流した旅装束の女性が、がくがくと震える足を押さえながら顔を上げて、ハッグとヤラライに気がついた。一緒にいるのがそれだけ珍しいのだろうか。


「あ……あの……」

「細かいことはええ、あの5匹を倒せば良いのか他にもいるかだけわかれば良い。5匹だけなら頷くんじゃ」

「あ……」


 しばらくハッグの顔を覗き込むように凝視した後、ぶんぶんと顔を縦に振った。


「ククク……さて、あの害獣どうしてくれるんじゃ?」


 ファフが楽しそうに尋ねる。どうやら手を貸すつもりはないらしい。


「ふん。ワシが叩き潰しても良いんじゃが……」


 ハッグがチラリとヤラライに視線をやった。珍しいことだ。

 ヤラライはそれに無言で頷きで返す。

 ……。

 すっごい嫌な予感がしやがる。

 俺の外れない危機センサーが全力で警報を発し始めた。


「武器はどうするんじゃ?」

「あの程度、すでに素手で、十分」

「ま、そうじゃろうな」


 おい、まさかと思うがお前ら……。


「よしアキラ、とっとと殺って来るんじゃ」

「はぁ?!」


 荒野に間抜けな叫びが転がっていく……。


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