第4話「三匹と地域貢献」
珍妙な乱入者を交えての昼食を終える。
乱入者の名はファルナ・マルズ。愛称はファフである。
一度ピラタス……ではなくテッサで顔を合わせたことがあるが、その時は露天商と客という立場だった。それがどうして一緒に荒野のど真ん中で昼飯など一緒しているのか非常に謎である。
「それでファフ、これからどうするつもりだ?」
「ククク、どうするとは?」
相変わらず人を食ったような万年笑みを浮かべながら質問に答えない。
「いや、俺たちは用事があってレイクレルっていう国まで行くんだけど、お前さんはどうする?」
「ククク……それは乗せていってもらえるということかの?」
「まぁ、こんな何にも無い荒野のど真ん中に置いていくのもバツが悪いしな。男所帯で良ければだが」
「ククク。別に全員で襲ってくれても構わんぞ?」
「まだ死にたくないんでね」
「ククク……そっちの意味ではないのだが、まあええ。世話になろう」
どことなく偉そうな態度で同行者が増えることが決定した。
ま、秘密の件もあるので、放逐する訳にも行かないんだが。
そんなわけで3匹+1の旅が始まった。
出発するとき、ヤラライは屋上に乗ると言い張って聞かなかった。街道と名前はついているが、実際はただ大岩を避けて自然に出来た轍が続くだけの荒れ地を走っているのだ。ここまででも相当揺れているので危ないと説得したのだが頑なに聞いてくれなかった。
「ククク、そこなエルフであればまったく問題ないであろうよ」
という角少女のお墨付きで、結局ヤラライは天井が定位置になってしまった。まぁこのキャンピングカーの天井は人や物を乗せてビクともしない作りだから構わないんだけどさ。
ハッグはもちろん助手席である。運転させろ圧力が強いです先生。
そして黒銀髪ポニー角少女ファフはキャビンのソファーで超まったりモードです。順応早すぎだろう。
さて、今日の朝早に出立したわけだが、すでに3つ以上の村を通過している。いくつかは村なのかただ数件たまたま家が建っていただけなのか判別がつかないものもあった。
ハッグによると西の荒野は土地の権利などが曖昧なので、時々勝手に家を建てる流民などがいるらしい。ドワーフの感性的には普通だが、ヒューマン的には問題で、あまり都市国家に近いと軍隊が派遣されることもあるらしい。バイオレンスである。
それとは別に、城壁や市壁のない集落はどれだけ大きくても「街」とは名乗れないのがこの世界の常識らしい。人口の多い街とか大変そうだ。元都市国家ピラタスですら、城壁の維持は大変そうに見えたからなぁ。テッサになってからは重要度は減るかもしれないな。市壁門開けっ放しだったし。
ああでもバッファローとか出たら閉めるのか、プライオリティーは下がっても、修繕維持し無いわけにはいかないのか。
思考が逸れてしまった。
とにかくそんな小さな集落をお昼まででいくつも通過している。
どうやら馬車の数倍から十数倍の速度で移動しているらしい。慣らしも含めてかなり安全運転だったんだけどな。
俺はギアをサードに下げるとアクセルを踏み込む。タコメーターがレッドゾーンに突っ込んでエンジンが唸りを上げた。
丁度大岩が乱立する地域らしく、街道は左右にうねっている。箱根や妙義に比べればなんてことは無いな。問題は重心がやたら上にあるので、あまり速度が出せないので、遠心力で倒れるギリギリの速度で左右に車体を傾かせた。きっとタイヤはぺしゃんこだろう。ま、タイヤは新品の様だったからもんだいないだろう。
そんな感じで俺は荒野をのんびりと爆走していった。
暗くなったらキャビンで寝ようと思っていたのだが、夕暮れが深まる頃に、ちょうど小さな集落に到着した。規模としては建物が40軒ほどで、小さいが宿屋もあった。どうやらここは街道がリベリ河に近づいている場所らしく、そちらから水を引っ張ってきているらしい。細い用水路沿いに申し訳程度の畑も見えた。
女性もいるのでせっかくだから宿に泊まった方が良いだろう。
「今日はここに泊まるか」
「ふむ。このキャンピングカーで寝れば良いのでは無いか?」
「まだちゃんと中を確認してないからな、丁度良いから明日の朝にしっかり確認するわ」
「ふむ……そういう事ならかまわん」
ということで今日はこの村で一泊するに決まった。
===========================
車は宿の前に横付けした。幅に余裕はあるので大丈夫だろう。イタズラされないかが心配だったが、おそらく貴族か豪商の馬車だと思われて誰も近づかないだろうと言われた。
「気になるなら村の人間を雇うかい? それでだけで村の人間は絶対に手を出さんが」
俺とハッグが相談していると宿の主人がそんな提案をしてきた。
「うーん。もう少し手持ちに余裕があればそれでも良いんだけど……ちなみに相場は?」
「交渉してみにゃわからんが、おそらく一晩で1万円くらいじゃないか?」
夜通しの警備代としては格安だが、現状28万ちょいしかない事を考えると遠慮したい。
「ま、大丈夫じゃろ。コイツを動かそうとするほど悪さしようと思ったらワシが気がつく」
「俺の方が、早く、気がつく」
「……ほう? さっき女を見失った奴のセリフかのぅ?」
「ぐ……貴様も、気づかなかった」
「ワシは竈を作っておったしのう。用心していたお主とは事情が違うんではないかのぅ?」
ハッグは腕を組んで首を真横にしてヤラライの真下に回り込むように彼を睨め上げた。
「ぐっ……殺す!」
「はん! やれるもんならやってみい!」
二人が宿屋の狭いカウンター前で武器を構えた。
「お前ら外でやれよ」
「ふん。わかっとるわい!」
二人は外に出ると派手な音を立てて仲良くケンカし始めた。俺は深いため息を吐いた。
村の人間が野次馬に集まって、喧噪を上げる。賭けまで始まっていた。
「なんかちょっとした祭りになってないか?」
「ククク……アレを見たら余計に馬車に手を出すものなどおらんだろうよ。不幸中の幸いじゃな」
「ああ……」
確かに馬車に悪さして、あの二人に追っかけられる想像なぞしたら、悪戯心なんぞ雲の向こうへすっ飛ぶことだろう。
「って事で、用心棒は間に合ってるわ」
「そうか。それで何部屋だ?」
「シングルが4部屋だが、いくら?」
「2800円だ。割引交渉は受け付けんぞ」
「ククク。ヌシよ。ワレは一緒の部屋でも構わぬが?」
「シングル4部屋!」
「……まいど」
とりあえず金はそれぞれが払うことになった。ファフは金貨を取り出して宿の人間を困らせていたが俺が両替してやった。こいつ結構金持ちなのか?
残金28万6665円。
「さて夕飯はどうするかね?」
「ククク、ヌシの飯が美味いと思うのだが?」
「褒められんのは嬉しいが、ちっとは地域貢献しようぜ? なあ飯屋ってあるか?」
「いちおう酒場がある。もっとも村の集会所に近いが、旅人は大歓迎だ」
「場所は?」
「隣だ」
宿の主人が指を向ける。
俺とファフが宿を出ると、なんだか村中の人間が集まってるらしく、輪になって二人をはやし立てていた。
「おーい、二人とも飯にするがまだ続けるのか?」
ガンガンとお互いの獲物をぶつけ合っていた二人が鍔迫り合いの形で動きを止めた。
「ふん……今日の所は勘弁してやろう」
「それ、こちらのセリフ」
お互いに鼻を鳴らしてそっぽを向き合う。俺からしたら息ぴったりにしか見えないんだけどな。ファフは相変わらず「ククク」とくぐもった笑いを零していた。
二人が矛を収めると、今度は住人たちが騒ぎ始めた。ドワーフの方が優勢だったとか、エルフの方が華麗に避けていたとかそんな感じだ。どうやら賭けの関係で揉めているようだ。
どうでもいいが。
彼らを無視して俺たちは酒場に移動する。思ったより中は広くテーブル席が6つも並んでいた。
旅商人らしき装束の男たちがカウンターやらテーブルに陣取っていた。どうやらこの酒場がこの村の稼ぎ頭らしい。
俺たちもテーブルに着席する。どうやらここもメニューというものは存在しないらしい。
すぐに女店員がやってきた。随分と若い。
「はーい。何にしますかー」
いらっしゃいませくらい言えよ。まさか存在しないとか? ……ナルニアは言ってたよな?
「うむ。とりあえずエールじゃ、一番デカいジョッキでの」
「はーい。他の方はどうしますかー?」
「食事、何ある?」
「うわー、エルフさんだー。えっと川魚の塩焼きが今日のメニューですー。980円ですよー」
「では、それ」
「ああ、俺にも頼む」
「ククク、ワレは……肉は無いんかの?」
「えっと、高くなりますけどー、シマウマの干し肉炒めなら出せますよー」
「ククク。ではワレはそれを頼む」
「はーい。ドワーフさんは食事はどうしますかー?」
「ぬう……ワシも肉炒めじゃな。二人前じゃ」
「ありがとうございますー」
そうして女店員が俺を横目で見る。なんだその物欲しそうな面は。
「ククク……ほれ、チップじゃ」
「わあ! ありがとうございますー!」
どうやら銀貨を渡したらしい。たしか千円だったよな。多くね?
そして店員よ。俺をもの凄く残念そうな目で見るのをやめてくれないか? 無意味に罪悪感を感じてしまうのですよ。
悔しいから店員には食事と引き換えにチップ込みで千円渡しておいた。あれ、なにその虫を見るような視線?!
こっそり水も取り出して全員に振る舞っておいた。
残金28万5664円。
ブクマ・評価していただけると、感涙して喜びます。
感想も(感想は活動報告にて受付中)お待ちしております。