幕間「彼女のモノローグ・後編」
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ネット小説大賞、二次選考通過しました!!!!
マジか……マジか……
本当に皆様のおかげです!
ありがとうございます!
心の底から多謝です!
書籍化確定作品発表は5月21日13時です。
可能性は低いですが興味のある人はニコ生をどうぞ。
本編
めちゃ長いです。三話分くらい……orz
久しぶりに服屋へ行って、服を特注しました。もちろん私の物では無く、アキラの物です。
服の贈り物など喜んでいただけるかわかりませんが、思いついたのがこれだったのだから仕方がありません。
店主には仕立てや色で少々冷やかされましたが、特急で作らせます。彼がいつ旅立ってしまうかもわからないからです。
それでは次です。
王城でそれを伝えるとブロウ・ソーアが呆然とした顔を向けます。彼のこういう顔は珍しいですね。
「1億8000万円の余剰金……それも半年以内にですか?」
「ええ。あくまで最低額ですね。もしかしたらその倍必要になるかもしれません」
新国家に向けて、制度やら予算やらの枠組みを決める会議の中で、私の出した課題がそれでした。
臨時代表と引き換えに。
「それを用意できなければ……」
「はい。わたくしは臨時代表を降ります。後は勝手にやってください」
ブロウの眉根を寄せてこめかみを押さえた。
当たり前の反応でしょう。曲がりなりにも革命に参加しておいて言える立場ではありません。それでもブロウは飲むしか無い立場なのです。
「……それを用意できれば、少なくとも大統領選挙までは確実に臨時代表として表立ってくれますね?」
ブロウが長い沈黙の後に、ため息と一緒に吐き出した。
「ええ。全力でお手伝いいたします」
「……ならば断れませんね。それで、どうしてそれだけの余剰金を?」
「大統領が決まる前に、どうしてもあらかじめ予算を確保して制作予定に入れておきたいのですよ。その為ならわたくしの公約として扱っても構いません」
私の言葉に、そんな事はわかっている。それよりも何を買うのか、作るのかを教えてくれとブロウの目は言っていた。
「作りたいのはシフトルームですわ」
「……なるほど」
ブロウはゆっくりと頷いた。
「確かに悪いアイディアではありませんね。経済自由都市を唄うにしても、西の果て過ぎて販路の拡大など夢のまた夢。そうであればなるほどシフトルームは絶対に必要になってくるでしょう」
「ええ」
「しかしまずは国の立て直しが急務の中、それほどまでに作りたい理由でもあるのでしょうか?」
さすがにブロウ・ソーアです。そこを誤魔化せるような人間ではありません。
「半分はこの国の未来のため。そして半分は自分の為ですわ」
「……随分とハッキリと言いましたね。商人らしくない」
「今のわたくしは商人という立場ではありませんから」
「なるほど。臨時代表としての立場と言うことですか」
「半分はそうですね」
ブロウが片眉を上げた。
「ではもう半分は?」
「そうですね……恋する乙女……というのではどうでしょう」
ブロウ・ソーアは両目を見開いて絶句した。今度こそ二度と見られる表情では無いかも知れない。
「それは……なるほど……強烈です……」
「ふふふ。問題ありますか?」
「……いえ。このままでしたら貴方は臨時代表と言っても、あまり積極的な協力はしてくれなかったでしょう。私的な思惑があるのであれば、協力いただけるわけですから、何とかするのが私の仕事です」
「それを言い切れる人間がこの世界に何人いるでしょうね?」
「……買いかぶらないでください。金勘定しか出来ない男なもので」
「謙遜ですよ。国の運営などわたくしにもバッハールにも不可能ですわ」
「それは、まあ、そうかもしれませんね」
彼は恐ろしく苦いものを噛みつぶした苦笑を浮かべる。生かされているというのを良く理解しているのだろう。
あのバッハールですら、ブロウ・ソーアを殺すという選択肢は一切無かったということでしたからね。
「それではよろしくお願いします」
「了解しました。あ、そちらの書類に目を通しておいてください」
どうやら彼はさっそく私をこき使うつもりらしい。
それは素晴らしい能力だと言えるでしょう。私は出来るだけ優雅にその書類を手にして近くの席に着きました。
そうして一週間が矢のように過ぎていきました。
「わたくしは明日休みます」
「なんですって?」
激務に次ぐ激務で、全員が疲労困憊やつれていました。
いまここに居並ぶのは新生国家の重鎮たち。
もちろん休みなど取れる状況では無いのですが私はそう言い放ちました。
「……アキラが明後日に立つらしいな」
バッハールはため息と一緒にペンを置きました。
「それが何か……ああ……そういう事ですか……」
ブロウもため息交じりに首を左右に振ります。
「そうかお……アキラは行っちゃうのかお……寂しいお……」
伯爵閣下が気持ち悪い顔をくしゃりと崩しました。……嫌いでは無いのですが生理的嫌悪ばかりはどうしようもありません。もしかしたらそれがなければ閣下と結ばれる未来もあったのかもしれませんね。
「……わかった。こちらは何とかしよう。その後は頑張ってもらうがな」
「はい。わかっています」
「仕方ありませんね、私も休みなどと言ってみたいですが」
「ふん。お前にそんな権利はない」
「わかっていますとも……」
そうして仕事を押しつける事に成功しました。
これで心置きなく「努力」ができます。
————
運命の日がやってきました。
私は小さな手鏡を侍女に持たせて着替えます。下着は最高級の特注品で決まりですが、服が決まりません。
いつもの服など論外。外に出て皆に私とわからず、それでいてアキラだけには振り向いてもらえるような、そんな目立ちすぎず、地味すぎない格好にならなくてはなりません。
「これはどうでしょう?」
私が侍女に尋ねます。彼女は疲れ気味に「お似合いですよ」と答えますが、今日ばかりはそのようなお仕着せの返答を求めてはいないのです。ですが彼女の立場的になかなか言えないのでしょう。私はぐっとこらえて手鏡を覗きます。
もし身体全身を写す鏡などあったらどれほど便利かと思います。もっともそんなものがそんざいしたとしたら一体どんな値段になるのか想像もつきませんが。
私は頭を振ります。
どうしてこう考えついた商売の事ですぐに頭がいっぱいになってしまうのでしょう。今私に必要なのは「努力」です。
せっかくですから紅以外の服も……。
ああ……私の目立つ紅髪を憎いと思う日が来るとは思いませんでした。なんとコーディネイトが難しいのでしょう。
着ては脱いで脱いでは羽織るを繰り返す度に、味気ない侍女の返答に焦りばかりが募ります。
とそこへ、最近とても頑張っている丁稚の少年が名前を言いながら部屋の扉をノックしました。
ちょうど服を着ていたのでそのまま中に通します。ついでに彼にも意見を聞いてみましょう。
「失礼します! ただいま……」
少年はそこで私を凝視したまま固まってしまいました。
「どうしましたか?」
「え……あの……」
彼はしどろもどろの口調で続けました。
「あ、余りにもお嬢様が美しくて……その……すみません!」
顔を真っ赤にして頭を下げる少年の態度に、悪くない感触を掴みました。
「ありがとう。それで何かありまして?」
「あ、その……ただいまアキラ様とハッグ様がおいでになられて……」
「なんですって?!」
私は慌てて外を見ます。太陽の角度から想像以上に時間がたっていたようです。予定では彼が宿を出る前にこちらからお伺いする予定でしたのに。
それでも彼から寄ってくれたのは行幸です。チャンスです。
服装は……もう着替えている時間もありません。少年の反応も上々ですしこれで行きましょう!
そうして私は意気揚々と戦場に立ったのです。
————
どくん!
アキラの顔を久しぶりに見た瞬間、心臓が跳ね上がりました。身体中からじっとりとした汗が噴き出すようです。
口がからからに渇き、身体がまったく言うことを聞きません。
これは……本当に……どうしたことでしょう。
右手と右足が同時に出ている事に気がつかず、商談室に入ると。
「……パーティーでもあるのか?」
それは無いと思いますよ?!
何か反射的に答えましたが何と言ったかを思い出せません。
それよりも……。
「いや、ちょっと意表を突かれてな。うん。似合う似合う」
ちょっ?!
不意打ちですよ?!
アキラ様はそのような事をいう方では無いでしょう?!
それからしばらくのやり取りは良く覚えていません。
気がついたら目の前にとんでもない馬車がそびえていました。
……。
アキラ様は馬鹿なのでしょうか?
一気に気分が冷めていきます。
しかしそれが良かったのか、それ以降はだいぶ冷静になれた気がします。
やはり私は商談をしている時が一番自然なのかもしれませんね。我ながら難儀な性格だと、ようやく自覚しました。しかしアキラ様がそれを嫌がっていないようなので、そんなに悪い事でも無いのかも知れません。
アキラ様がバッファロージャーキーを仕入れた事自体はそこまで不思議な事ではありません。もっともSHOPを使えば良いとは思うのですが。などと軽く考えていましたが、彼の積み上げた小銭に私は愕然としました。
ふと、彼はあまり自分の事を大事に思っていないのでは無いかと感じました。そう考えると今までの彼の行動に一定の説明がつく気がします。アキラほど価値のある人間が、自分の事を無価値だと思っているのです。信じられません。商人に必要な能力の一つに、自分自身の価値を知っている必要があります。
もしかしたら、彼は商人向きの人間ではないのでは?
矛盾した答えが出てきます。ですが彼が商人として恐ろしさを発揮するとき、彼は商人の顔ではなく、どこかつまらなそうな無関心でぶっきらぼうにする商談していた気がします。
……。
私はその事を考えるのをやめました。それに関しては答えが出ませんし、今は必要がありませんから。
しかし何がそんなに彼は自分を無価値と感じる出来事があったのでしょうか……。
商談をしつつそんな事を妄想していると、彼の用事が終わります。すると彼は何の躊躇も無く出て行こうとするではありませんか!
私は慌てて声を掛けます。
「アキラ様……は、本日は休養日なのですよね?」
彼は肯定しました。もちろんそれは知っている事実です。
言葉がなかなか続きません。必要な言葉が出てきません。
努力です。好かれる努力をするのです!
「なるほど。では本日はアキラ様一人なのですね?」
「そういう事になるな」
「ではわたくしがエスコートして差し上げますわ」
「なんだって?」
彼は呆れ顔を浮かべます、そんなに女性にエスコートされるのが嫌なのでしょうか?
……今さらですがとても変ですね。呆れ顔にもなるというものです。
顔から火が出そうです。
恥ずかしさを抑えてなんとか言いくるめます。何と言ったかは覚えていません。
気がついたらアキラが私の手を取っていました。
「それでは参りましょうか、お嬢様」
「ひゃ! ひゃい!」
変な声が出てしまいました。不覚です。
————
滅多に履かないハイヒールのせいで、段差で足を引っかけてしまいました。私はよろけてしまいました。するとアキラが咄嗟に私の肩を取って支えてくれました。
どくん!
心臓が跳ね上がります。顔が熱くなるのを感じます。そしてアキラの体温も感じました。今日の彼は真っ白な薄手のシャツ姿でした。
私の体勢が治ったのを確認するとアキラが身を離そうとします。私は逃げていく体温に思わずしがみついていました。彼の左腕です。
アキラは短時間何かを考えたようでしたが「いくぞ」とそのままに進んで行きました。
その後、予想外に服を渡すことになったり、露店を冷やかしたり、レストランに行ったりと、楽しい時間は瞬く間に過ぎていきます。雲に乗ったようにふわふわとした時間でした。
気がつくと、彼が好んで朝に訪れる、灯台へ続く高台についていました。
そこで彼の家族に対する感情を知ります。
ずっと気になっていました。彼の歴史に刻まれた無数の傷を。
平和な世界に生まれたはずの彼に刻まれた負の歴史を。
アキラは幼少から無価値だと両親から学ばされたに違いありません。この世界にもそういう親は沢山います。
もちろんその様な人間は忌むべきゴミではありますが。もし私がアキラの両親に会ったのであれば、殺したり傷つけたりせず、自分たちの人生がいかに残忍であったかを数年掛けて学ばせてあげるというのに……。
ですが今必要なのはアキラの心を少しでも救うことです。
私に何が出来るのかわかりませんが、私は彼を救いたい。
気がついたら私はアキラを抱きしめていました。
「……わたくしでは……ダメですか?」
これでは通じません。
私の本心を真っ直ぐに伝えなければ!
「私では……貴方の家族に……なれませんか?」
なのに彼は言いました。自分の事などまるで価値が無いかのように。
「お前は俺の事なんて忘れて幸せに……」
カッと頭に血が上りました。涙が溢れます。感情が湧き出て止まりません。
彼をこんなにしてしまった人を全て並べて鞭打ちにしても足りません。
「忘れられる訳がないでしょう?! 忘れて幸せになどなれるはずが無いではありませんか! 私は! 私は!」
感情に任せてのやり取り。
その後少しだけ冷静になり、ようやく絞り出した言葉が……。
「今日……だけですから……」
でした。
浅ましい。この後に及んで自分の感情が先走るとは私も最低の人間なのかもしれません。
帰ろう。
そう決意した瞬間。彼の顔が近づいてきました。
……こんな私に……彼は……。
その後。
私は彼の部屋へと行くことになりました。
私の願いが、1つだけ叶った瞬間でした。
————
気怠い瞼が日の光を受けると、ようやく意識が覚醒しました。
私が身体を起こすともう彼はいませんでした。
まさかと思いますがすでに旅立ったなんて事はありませんよね?
……。
可能性はあります!
私は慌てて着替えようと、昨日アキラに投げ捨てられた服と下着を探します。
全て畳まれて椅子に置かれていたのですが……。
「これは?」
恐らく……いえ、確実に見覚えの無い下着がワンセット置いてありました。
細かいレースや飾りの編み込まれた恐ろしく手の込んだ下着です。
しかも作りの難しいブラもしっかりありました。
おそらくアキラのSHOPで出したのでしょう。少し考えてからそれを身につけてみました。
当然というか私の身体にピッタリとフィットします。心なしか胸が上向きに固定されたようにも感じます。
これは……。
売れます!
それどころでは無いのですが、それを忘れそうになるほど衝撃的な下着でした。
下に履くパンツは妙に生地が薄く面積も小さいので最初は非常に落ち着かなかったのですが、慣れると動きやすく身につけている違和感も感じません。これは素晴らしいものかもしれません。
ただ、布その物が伸びる性質を持っているのが問題です。この生地の制作から始めなければなりませんが、これは簡単には無理でしょう。
ですがブラであれば恐らく職人を総動員すればなんとかなりそうです。
これが色とりどりで揃う想像をしただけで夢が広がります。
私は頭を横に振って商魂を追い出します。
今はとにかくアキラを追わなければ!
服を着ようと視線を移したときに、ベッドの縁に置かれた物に気がつきました。
拾い上げると下手くそな木彫りでした。
露店で配ったというシンボルと同じ物だとは思うのですが……、手垢で汚れ、角も丸くなっていて年期を感じます。
……もしかしたら彼がずっと身につけていた品なのではないでしょうか?
一瞬忘れ物と思いましたが、なぜか違うと確信します。
きっと、これは彼の、小さな気持ちなのかもしれません。
私はそれを両手でそっと包みます。
なぜかこれがあれば必ずアキラと再び会えるような気がするのです。
私は元々していたネックレスの飾り部分を引きちぎり、その手彫りを結びました。どんな宝石よりも貴重な物です。
……本当は感傷に浸っていたい所なのですが……。
慌てて着替えて商会に向かうと、幸い彼らはまだ出発前でした。
もし私が現れなければそのまま行ってしまうつもりだったのでしょうか?
……たぶん彼はそういう男性ですね。その辺は……非常に女心が理解出来ていません。
きっと寝かしておこうとか思ったに違いありません。まったくもって余計な親切です。
アキラは滅紫の服を着ていました。私の渡した服です。
彼は別の用事をしているようなので、先にドワーフのハッグ様と、エルフのヤラライ様に挨拶をしておきます。
「お二人とも、色々お世話になりました」
「うむ。かまわん」
「ああ。友、助ける、当たり前」
私は二人のぶっきらぼうな返事にクスリと笑ってしまいました。
「それではアキラ様をよろしくお願いしますね。彼はその、危なっかしいところがありますので」
「わーっちょるわい。まったく、あれで自分がしっかりしていると思っておるのがたちが悪い」
「そうですね。でも彼がいつもの態度のまま商談をする時だけは侮れませんよ?」
「ふむ? そうなのか? 気をつけて見てるかの」
「ドワーフ、鈍感、きっと気がつかない」
「何じゃと?! お主なんざそもそもヒューマンと何千年とまともにコミュニケーションの取れなかった引きこもりのくせをしおって!」
「ほう……死にたい、らしい」
私は二人のやり取りに思わず声を出して笑ってしまいました。
「ぬ……なぜ笑う」
「真剣勝負を笑う、失礼」
「そんな……お二人とも、ふ……ふふふふ……」
私が笑いをこらえきれないと、二人から急速に圧力が無くなっていきます。
「ふん。興がそがれたわい」
「はっ。今日は、出立、水を差すのは、悪い」
どうやら矛を収めてくれたようです。
そこへちょうどアキラがやってきました。
二人は私たちに気を遣うように下がります。
「よ、よう」
「お、おはようございます……アキラ様」
ぎこちない挨拶になってしまいました。
昨夜の事を……いえ、もう今朝方までの事を嫌でも思い返してしまいます。
まともに彼の顔が見られません。
彼も似たような感じでしたが、襟を正してこちらを向きます。
「世話になったな」
彼らしいセリフでした。
私も身を正して彼を真っ直ぐに見ます。
「はい。こちらこそ」
その後いつものやり取り。こそばゆいですが心地の良い距離感です。
そして彼は今までの報酬を受け取ってくれませんでした。
きっと彼は自分にそれだけの価値が無いと思っているのでしょう。
ですが「もうもらった」と言われてしまえば何も言えません。
だから私が言えることはたった一つでした。
「行ってらっしゃい」
少々別のやりとりを挟んでアキラは、とうとう旅立ちました。
鉄の馬車がゆっくりとその巨体を進めます。
その白い美しい異界の馬車が小さくなっていったとき、私は走り出していました。
手を振りました。力一杯。
行ってらっしゃい。
必ず帰ってきてください。
もし帰ってきてくれないなら、私から押しかけます!
だから。
無事でいてください!
言葉にならず、ひたすらに手を振って。送り出しました。
馬車から彼の腕が出て、力強く振り返してくれました。
見えなくなるまでずっと。
東門を出たところで、私の足は止まりました。もう馬車が見えなくなってしまったからです。
いったいどれだけの早さなのでしょう。
私はその場で、木彫りのシンボルを両手に包んで祈りました。
彼の無事と平穏を。
彼の心を守って欲しいと。
……。
この時、私は気がつかなかったのですが、馬に乗った女性神官が背筋を真っ直ぐに私の横をゆっくりと追い越していったのです。
まさか……彼女とあんな再開をすることになるとも知らずに……。
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追記。
私は一つだけどうしてもやらなければならい事があります。
そう、私の教育係の女性を呼び出して説教することです。
彼女の教えはこうでした。
「良いですか? その時になっても心配しないように。貴方はただ天井を真っ直ぐに見ていれば良いのですよ。……そうですね、天井のシミでも数えていれば良いのです。もしかしたら初めは痛みを伴うかもしれませんが……乗馬などを嗜むとそれも押さえられると言います。貴女は少し前まで乗馬もよくやっていましたから、大丈夫かもしれませんね」
私は不安が取りきれずに、どんな事をするのかもう少し詳しく聞きました。
「そうですね……体勢は……こうです。上下に重なるように……。あとは動物などを見ていればどのような行為かは大体わかりますね?」
もちろん馬の繁殖など目撃したことは何度かありました。人間の場合は下になる人間がうつぶせでは無く仰向けになるという違いがあるのと、足を開かなければならないということでしょうか。
随分と恥ずかしい格好ですが……もし好きな人が出来たら……。
いえ、私にそんな事は望めませんね。せめて豚かキモ以外の相手を探して欲しいものです。
……。
という授業内容です。
なにが天井を見ていれば……ですか。何が寝ていれば……ですか!
まさか! あんな姿勢をさせられて! あれをこうして! あんなにこうなって!
ああ! そもそもあれは本当に必要な行為だったのですか?!
……思い出しただけで身悶えが止まりません。
私は一通りベッドで転がり回った後、もう昔に辞めた教育係を探すように指示しました。
このどうしようも無い気持ちを説教で減らすのです。
……八つ当たりですよ?
さて、もう一つだけ追記があります。
私が寝ていたこのベッド。
彼のいた宿から買い取った物です。こんなアーティファクトレベルの寝具など普通の宿に置いておけるわけがありませんからね。
その時ついでに手に入れた物があります。それは……
「チェリナ様! お城からお迎えが来ました!」
扉を叩く音と、それに負けない元気な声が聞こえます。
「わかりました。着付けを手伝ってください」
「はい!」
溌剌な返事と共に少女が部屋に入ってきました。
そう。ベッドのついでに利発な少女であるナルニアを、私のお付きとして奉公させたのです。
彼女の母親が産後の肥立ちが悪く、しばらく実家に戻っていたそうなのですが、アキラが旅立った次の日に戻って来たのです。
可愛い男の子の赤ちゃんを連れて。
すでに実家で十分に休養したらしく、すぐにでも宿で働けるという母親の事もあり、喜んでナルニアを私に預けていただけました。
ナルニアも小まめに実家に帰れる距離なので喜んでいました。
利発で活発。何にも代えがたい資質ですが、それよりも……。
「アキラ様は今頃どのあたりにいるでしょうね?」
「うーん? あの凄い馬車だったらもうセビテスについてたりして……たりするかもしれませぬ!」
ナルニアが慌てて敬語に直そうとして失敗します。
「今は人がいないので構いませんが、敬語はきっちりお願いしますね?」
「はい! 注意いたします!」
びしっと敬礼するナルニア。
彼女を雇った本当の理由?
そう。
アキラの事を話せる相手が欲しかったのです。
難産でした。
めっちゃ難産でした。
(2016/04/20)
全話修正しております。
幕間は修正版を基準にしています。
ブクマ・評価していただけると、感涙して喜びます。
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