幕間「彼女のモノローグ・中編」
すいません……2つに収まりませんでした……orz
気がついたとき私は全裸でした。
まさかと身体を確認すると、どうやら乱暴された形跡はありません。もっともロープの後は残っていましたが。
私が起きると薄着の女性たち現れます。そして彼女たちは私を浴槽に案内しました。そこは荒野には似合わない立派な入浴施設でした。大量のお湯が私の自室よりも広いブロック製のバスタブに満ちて、大量の湯気を立てていました。
またこの辺には自生しない緑豊かな葉を茂らす植物で覆われています。いったいこれを維持するのにどれほどの金が掛かっているのでしょう?
私はこんな時まで金勘定をしてしまう自分に思わず笑ってしまいました。
そういえばアキラが作った風呂は個人が入るのに良さそうなサイズでした。半ば無理矢理入れられたこの豪勢な風呂に浸かりながら、今度アキラ特製の風呂に入ってみようかと思い、そしてそれはもう敵わないかもしれないと苦笑してしまいました。
少なくともこの身は穢されることでしょう。
あの豚王に容赦なく。豚陛下があれほど愚かだとは思いもよりませんでした。仮にも一国を治める王が自分の感情を優先して動くなどと……。
今までの態度だけであれば、激務の息抜き、女性関係だけは悪癖の抜けない王。といった評価もあり得たかもしれませんが、豚は国よりも私の身体など欲しがったのです。
これが罪人として捕らわれたというのであれば、まだわかる話ではありますが、それはあり得ないでしょう。
用意された薄いネグリジェを着せられて確信します。
あの豚はただただ自制を知らぬ大馬鹿者であると。
私は決意します。
例え海龍の決起が失敗したとしても、私はこの立場を維持して、いずれ必ずあの豚の寝首を搔いてやると。この身が穢されようが差し違えてでも必ず殺してやると決意しました。
侍女達に連れて行かれたのは悪趣味な部屋です。無駄に派手な調度品に囲まれた無駄にでかいベッド。これらの高価な調度品に謝るべきでしょう。
こんな国賓も案内できないような場所にいったいどれだけの国税が使われているというのでしょうか、嘆かわしい。
侍女たちにベッドの上で待つようにと、半ば強引に乗せられます。もう観念しなければいけませんね。
下手に反抗などしようものならどのような扱いを受けるかわかったものではありません。
それに生きて油断させるくらいでなければ、寝首をかくなど夢物語でしょう。
暫くすると豚が現れました。動物らしく全裸で。余りにも醜い身体に私は目をそらします。
「……ふん。余から目を逸らすか。売女のくせをしおって」
豚と一緒に部屋に入ってきた侍女がテーブルの上に何かを置きます。横目で見ればそれは大皿いっぱいの芋が積み上がっていた。それはアキラがもたらしたじゃがバタでした。一人であれだけの量を食べると言うのでしょうか?
「うむ……美味い! あの男は気に喰わんが、このじゃがバタを寄越したことだけは認めてやらんこともないな!」
手づかみで食べるその姿はまさに動物でした。
「お前も食いたいならば、土下座してお願いすることだな」
彼は自分の好物は他人も好物だとでも思っているのでしょうか?
仮に好物だったとしてそのような汚らしい食べ方を見て食欲が湧くとでも思っているのでしょうか?
本当に救いようの豚です。その気もありませんが。
その時、小さな振動と妙な重低音が響いてきました。大岩を壁にぶつけたような振動とでも言えば良いでしょうか?
「なんじゃ?」
さすがに食べるのを辞めて顔を上げます。
「わかりませんが……確認した方が良いのでは?」
これが私が豚に発した最初の言葉でした。
「……ふん。どうせまた訓練でも始めたんであろ。バッファロー用の大型武器でも使っているのであろよ」
豚は興がそがれたと、侍女を呼び寄せる。そのまま数分侍女の顔をなめ回し、身体中をなで回してから、ワインを持ってくるように指示した。
そんなに侍女が良ければ私など捉えなければ良いのに。
豚が侍女に夢中になっている間に音と振動が何度も繰り返されたが、豚は興味が無いのかまったく気にしていなかった。また外から異常事態を知らせる使者も訪れなかったことから本当に訓練なのかもしれません。
もしかしたら海龍が乗り込んできてくれたのかとも思いましたが、それは儚い希望だったようです。ベッドから離れたところに贅沢なガラス製の窓ガラスがあるので、そこから覗けば少しは様子がわかるかも知れませんが、それが許されるような状況では無いでしょう。
侍女が泣きながら部屋を出て行くと、程無くして別の侍女がワインを運んできました。
すると先ほどと同じように豚に顔中を舐められます。何分もかけて執拗に。豚が舌を突き出して唾液を飲ませる絵面など吐き出しそうになりました。アレは私にも同じ事をするのでしょう。
途端に耐える自身がなくなりました。
一通り豚は女体を楽しむと、ワインをつがせて私に突き出してきます。
「飲め」
私は横目でそれを見ます。豚の身体が見えないようにワイングラスだけを見つめて。
「……」
「これは余の慈悲である。酒精を入れておけば少しは痛みも紛れるからな」
私は僅かな逡巡のあと、それをひったくって一気に飲みました。思いの外口当たりが良く、最高級のワインであることがわかります。
そういえば上物のワインを輸入した記憶があります。1本450万円くらいだった記憶があります。
侍女が空になったグラスにワインをついでくれました。これ一杯で50万にはなるでしょう。私はかまわずにそれを飲み干しました。馬鹿にならなければやってられないと思ったからです。
それを見てニヤつく豚がかんに障ります。必ずこの手で殺してあげましょう。それまでは、我慢です。
そもそもアキラを助けると決めたときに、この豚に穢されるのは覚悟したではありませんか。そう思い出したら少しは気が楽になりました。
豚は高級ワインをちびちびと傾けながら、じゃがバタを頬張ります。
ゆっくりと時間を掛けてワインとじゃがバタが消費されていきました。
むちゃむちゃと音を立てて、両手と口の周りをバターだらけにして芋を貪るその姿は、豚と例えたら豚に失礼という物でしょう。
そして適度に食べると満足したのかタオルで適当に油を拭き取ると、ニチャリとした笑みを湛えて私の方へにじり寄ってきます。本当に気持ちの悪くなる生物でした。
私が顔を逸らす以上の抵抗を見せないのをどう捉えたのか、無駄に嬉しそうに近寄ってきます。突き出す肉厚の舌に粘つく唾液が糸を引いて、それが私の顔面を蹂躙する寸前。
アキラは現れました。
その後はあっという間に事態が進行しました。
私はアキラに助けられたのです。
アキラに抱きしめられて、ようやく自分の恐怖を認識できました。
嫌だった。本当にあんな豚に抱かれるのは嫌だったのです。
死にたくなかった。二度と貴方に会えなくなることが怖かったのです。
私は自分の気持ちを強く認識しました。私は貴方と一緒にいたいと。
新生国家の名称も経済自由都市国家テッサと決まり、心の区切りが付きました。もっとも忙しさという意味では区切りどころかこれからが本番なのですが。
国家立ち上げの手伝いだけして、あとはバッハールにでもブロウにでも投げてしまいましょう。その為に必要な事はしておかなければなりませんが。
そうして連日ほぼ徹夜の仕事が始まったのです。
まずは母に仕事の引き継ぎをしなくてはなりません。
その時、ライターの件に関してだけは直接お願いしなければなりませんでした。
「……なるほど。これがライターですか。たしかにこれではアーティファクトと言われる品物でしょうね」
母であるフリエナがライターに火を灯しては消して遊んでいる。
「長時間付けると火傷をしますよ」
「……その様子ではすでに実験もしているようですね」
「はい……。危ないとは忠告を受けていたのですが。しかしアキラ様は見越していたのだと思います。中の液体のことも話してくれましたし」
「なるほど。チェリナさんの好奇心と商売心を見事に見抜かれてしまいましたね」
「そうかもしれません」
母はキセルに火を点けるとライターをテーブルに置いて、扇子に持ち替えます。娘から見てもこの年齢を感じさせない艶やかさは恐ろしい物を感じます。
「それでこれをわたくしに何とかして欲しいと言うことですね」
ふうとため息交じりに息を吐くと、見事に煙は輪を描いて空中へと消えていった。
「はい。仕入れた後に、捌きにくいものだということに気がつきまして。失態だと思っています」
「それなのですが、どうして気がつかなかったのかを、チェリナさん自身は理解しているのですか?」
「は?」
どういう意味でしょう?
私の判断ミス以外に何かあるのでしょうか?
「貴方は自分で思っているよりも、アキラさんを信用していたのですよ。そして彼の力になりたいと」
「え……」
それはどうでしょう。あの時点でそこまで彼の事を意識していたでしょうか?
単純に儲かるからと判断しただけだと思います。
「普段のチェリナさんであれば、目新しい品物ほど慎重に取り扱いますよ。少なくともメルヴィンやダウロに相談もせず即決などという愚行は犯しません。わたくしの目は誤魔化せませんよ。チェリナさん、貴方はアキラさんに一目惚れしたのですよ」
「まさか……容姿は……そこまで良いわけでもありませんでしょう」
「女性が男性に惚れるのは容姿ではありませんよ」
「ではなんでしょう?」
今までそんな話はしたことがありませんでした。
「臭いですよ。女は男を臭いで判別するのです」
「……犬ではありませんよ」
「ふふふ……まだ若い貴方にはピンと来ないでしょうね。相手がどんなに美形で理想的な性格をしていても、臭いが合わない殿方とは絶対に上手くいきませんよ?」
「それは経験則からですか?」
「これでも若い頃は色々あったもので」
むしろその容姿で何も無かったとしたらその方がおかしいでしょう。
もっとも母親の男性遍歴など聞きたいとも思いませんが。
「仮に合わない臭いだったとして、ずっと一緒にいればそのうち慣れるでしょう」
「甘いですわねチェリナさん。それは無いのですよ……」
「信じられませんね……」
「そうですね、こればかりは口で言ったところで……ただ女性というのはお金のある男性、容姿の麗しい男性に惹かれます。ですが世の中お金持ちや美形しか結婚できないなんて事は無いでしょう?」
「はぁ、まあ」
「女性は本能的に臭いの合う男性と惹かれ合うからですよ。逆に言えば、臭いが気に入ってしまえば相手の容姿などあまり気にならなくなります」
「……我慢できないレベルの容姿というのはあると思いますが」
「それはもちろんです。その本能をねじ伏せるだけの金や容姿や地位を持っていれば、女性という物は本能を押さえつけて理性で殿方とくっつくものです」
「矛盾していませんか?」
「いいえ? まったく真理ですが?」
どうも途中から誤魔化されてしまったようですが……、そもそもこの会話の本題はなんでしたっけ?
「それよりもお母様、ライターの件です」
「はいはい……それはわたくしが何とかしておきましょう」
ため息交じりに答える母。
「よろしくお願いします」
「構いませんわ。いっそアーティファクトとして売ってしまいますから」
「え?」
それは……逆転の発想でした。
「そうですね、せっかく王城を落としたのですから、調査したところ大ミダル崩壊直後に作られたであろう隠し部屋が見つかり、そこから大量にこれらの品物が出てきた……という設定で良いでしょう」
「悪くは無いと思いますが……怪しまれませんか?」
「別に構わないのですよ、怪しいと思われても。アーティファクトを手にできるという誘惑の方が大きければ」
なるほど。さすがは母です。アーティファクトと勘違いされるくらいなら、いっそアーティファクトとして売ればいいという発想が素晴らしいです。このあたりは見習わなくてはなりません。
「わかりました。お母様にお任せします」
「ええ。それよりもアキラさんの事ですよ」
どうしてまた話を戻すのでしょう、この人は。
「貴方、アキラさんについて行かないのですか?」
「……は?」
言っている意味がわかりません。嫌々とは言えテッサの臨時代表になってしまいましたし、それが終わったところでヴェリエーロ商会の仕事に戻らなくてはならないのです。いったいどこからそういう話が出てくるというのか。
「あら、街の人たちはみんな噂していますよ。チェリナさんとアキラさんが結婚するのだと」
「それは……ただのゴシップですよ」
「そうですか? 割と良い所を突いていると思うのですが」
「一般市民とはそう言うものです」
ため息が出ます。
アキラと結婚……。それはあり得ないでしょう。
「彼のどこが気に入らないのですか?」
「気に入るも何も……まず彼は用事がありますし」
「ええ。ならば一緒に行けば良いではありませんか。仕事などブロウに任せておけば良いのですよ」
たしかに国のことなど全てブロウとバッハールに押しつけてしまいたい感情はありますが。
「貴方は彼と一緒になりたいという気持ちはあるんですか?」
「……あの人は、女性を愛することが出来ない人ですから……」
そう。
どんな事情か、アキラは女性を信用しておりません。一種の恐怖症にも見えます。そんなアキラが私を好きになってくれるはずがありません。
「あら、あなたちゃんと愛される努力はしまして?」
「え?」
その言葉は一度脳を通り過ぎた後に、再び戻って来て耳の奥に残りました。軽く言われたそのセリフの重さを聞き逃すところでした。
愛される努力?
私はその言葉に愕然としました。
「チェリナさんは愛されるばかりでしたからね。人を愛するという感情に不慣れなのでしょう。それには様々な努力というものが必要なのですよ。レッテル伯爵を見習いなさいな。諦めずに愛されようとする彼は好感が持てましてよ」
私は絶句しました。二の句が継げません。
「その顔は自分に必要な事がわかった顔ですね。話は終わりです。後はやっておきますから退出していいですよ」
私は部屋を出ました。きっと幽霊と見間違えるような歩き方だったに違いありません。呆然としたまま自室に戻って、無意識に椅子に座っていました。
愛される努力。
指摘されて初めて理解しました。確かに私はそんな事をしたことがありません。好意は向けられる物でしたから……。
そしてそれが特別な事だったとようやく理解しました。
ならば。
私は努力をするべきでしょう。
すでに大きさの規格が統一された販売用の和紙の束を纏めた「ノート」に必要な事を書き出していきます。
私がするべき努力を。
(2016/04/20)
全話修正しております。
幕間は修正版を基準にしています。
ブクマ・評価していただけると、感涙して喜びます。
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