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幕間「耳長少女は再び旅立つ」

(2016/04/20)

全話修正をいたしました。



 良く手入れされた森はただ自然に任せた森よりも遙かに住みやすく、動物たちにも植物たちにも優しい。

 適度に間伐された木々の間からは幾筋もの太陽光が重なるように降り注いでいる。精霊たちものんびりとお昼寝をしているようだ。


 本来この地域は熱帯と乾燥帯の間に属する気候なのだが、エルフたちの長年の努力により見渡す限りの自然を維持している。そしてこの広大な森をボクたちは「緑園之庭」と呼んでいた。


 それはいつしか人種にも定着してゆき、エルフの国として覚えられていった。

 エルフとしては領土を主張する気はあまりないのだが、他の種族、特に人種に任せてしまうとすぐに森を荒らしてしまう。なので昔の長老たちはその誤解を利用して漠然とエルフの国だという認識を広めていき、人種が緑園之庭に入り込まないようにしていった。


 ミダル山脈から流れ出る何本もの大河が国境線の代わりとなって自然に棲み分けがなされていった。

 エルフと関連の深い国が2つある。一つはロムロルド河を東に挟んだコルデア連合。もう一つはグリラ河とクレル河の2つの大河を南西に挟んだレイクレルだ。

 コルデア連合はゴタゴタが多く、エルフとしては距離を置いているので割愛する。


 現在貿易や植林技術の提供などを含めて交流の深い国が「山と湖の国レイクレル」だ。

 その名の通り1000m~2000m級の山と、大陸最大の湖であるマズル湖に面したミダル山脈以北最大の国家だ。

 ただし緑園之庭を国として考えた場合は面積的には2番目になる。もっとも人口や施設を考えれば文句なしに1番の国家と断言して良い。

 何より凄いのがミダル山脈以北において空間を支配する神カズムスを信仰するカズムス教の秘術「シフトルーム」を積極的に設置していったことだ。


 カズムス教徒の神威法術はかなり特殊だ。

 カズムス教以外の神が使う神威法術のほとんどは治癒や治療、鼓舞激励といった効果を及ぼす術なのだが、カズムス教の神威法術は付与理術と同じ働きをする物がほとんどだ。代表的な物がアイテムバッグなどの空間収納付与である。

 ボクも少しだけ空間収納の研究をしたことがあるのだが、結果は散々で何もわからなかった。専門の研究者がいない理由が良くわかった。


 研究。

 そう、実はボクはエルフにしては珍しく理術の研究に憧れ、その道の先駆者である<理卿>ゼルギウス師匠に弟子入りしていた。

 師匠は寿命の短い人族だったので、すでに寿命で亡くなられている。


 彼<理卿>ゼルギウスこそがそれまで「魔術」だの「魔法」だの「闘気法」だの「精霊魔法」だのといったバラバラと思われていた全ての力に、統一理論を提唱し証明していった素晴らしい研究者である。

 ゼルギウス師匠の功績は多々あるが、その中でも最大にしてもっとも知られているものが、理論の統一と一緒に発表した「理術」という概念だろう。

 それまでは解析不能理解不能の摩訶不思議な力と思われていた力に大きな理論の道筋を示した。現在でも完全に解明されている訳ではないが、師匠の理論が大きく間違っている可能性はもう無い。


 「神威法術」のみ、宗教的理由で理術扱いになっていないが、師匠の理論を適用すれば第三者の力が介在する理術の一つであるのは明白だ。ただ宗教関係をわざわざ敵に回すことも無いと思ったのか、深く研究すれば自然とたどり着くと判断したのか、理術大学(旧:魔術大学)では神威法術は別物扱いという事になっている。


 根本的に神威法術を研究しようとすれば、神威法術の使い手と協力する必要があるのだが、世界三大宗教であるへオリス教・テルミアス教・アイガス教は神威法術の使い手をがっちりと囲っているので、研究が出来るわけも無い。そこで神威法術に関しては無視することに決めたのだろう。

 現時点でわかっている事は、いきなり神威法術を使うことは出来ず、必ず先に空想理術を使えるようにならなければならないことだ。これは現在他の宗教神威法術に関しても同様だ。


 ……。

 ボクの悪い癖が出てしまったらしい。

 久しぶりの帰郷にまで研究の事を考えなくてもいいだろう。


 爽やかな風が流れる森の中を歩いているとやはりボクはエルフなんだなと感じた。何せ研究施設という奴は、薄暗く閉じた空間に大量の書籍や実験器具、木版が積み上がる魔窟だったからね。

 深呼吸すると肺一杯に風の精霊がサービスでフィトンチッドを大量に運んでくれる。ボクがクスリと笑うと精霊たちは嬉しそうに踊っていた。


 この土地に帰るのはもう70年ぶりだろうか?

 家を出て勉強して、師匠に弟子入りして、いつの間にか一番弟子になり、偉業を成した師匠が亡くなって、その偉業を広めるために大陸各地の研究機関や学校をまわり歩いて、教鞭を取り、ようやく世界が理術を当たり前の事として受け入れてくれた。

 すでに理術は一般的な物として、ボクが教え歩かなくても各地域で研究が進むようになった。きっと師匠も喜んでくれているだろう。髭面でしわくちゃの師匠の顔を思い出す。


 そして師匠への恩返しが終わり、一度レイクレルの理術大学に戻ってから、離職届を出した。

 本当は長期休暇を取りたかったのだが、せっかくなので数十年単位でゆっくりしたい。人族が運営する大学ではさすがに休職ですむ範囲ではなかった。少し悩んだけれど、さすがにそろそろ両親に顔を見せに帰りたい。二人ともボクの業績を喜んでくれるだろうか?


 おっと、また悪い癖が出てしまっていた。

 改めて周りを見回すと見覚えのある大木が悠然と葉を広げていた。


「ただいまみんな」


 ボクはエルフとしては異常に若い年齢で里を出てしまったので、あまり覚えていないのだが、さすがに幼年期を過ごした庭の様な森に来れば、それらがボクを見守っていてくれてた木々だと思い出す。と言うことはこの先が我が家だろう。


 ボクの自宅は集落でも少し外れに建っていたのでまだ誰とも会っていない。

 エルフの家としてはまだかなり新しい木造の家に近づくと、木の枝に張ったロープに大きなシーツがひらめいていた。

 ボクは足早に近づくと、玄関を思いっきり開けた。


「ただいま!」


 何一つ変わらない我が家だった。懐かしい香りと懐かしい光景。小さな竈の前に立つのは……。


「母さん!」


 エメラルドブルーの長い髪を揺らしてこちらに振り向いた母は、遠くに石を投げて地面に落ちるほどの時間キョトンとしていたが、徐々にその顔が花開いていく。


「ラライラちゃん~?」


 一も二も無くボクと母さんは抱きしめ合った。


――――


「そう。本当に頑張ったわね~」


 相変わらずゆったりとした口調で相づちを打つ。

 ずっとボクの話を聞き続けたルルイル母さんは終始嬉しそうだった。

 途中お茶を入れてくれたり、ご飯を作ってくれたが、作業しながらも話を聞いてくれた。手伝うつもりだったのだけれど、お迎えは母親の仕事だと、やんわりと断られてしまった。

 途中でボクの帰郷を知った集落のみんなが代わる代わる訪れては挨拶していった。

 そして皆とは明日以降に話す事になって帰って行った。気を遣ってくれたのだろう。

 皆が持ち寄ってくれた食材で作られた夕飯はもちろんごちそうだった。


 エルフの生き方は、得意な事を得意な人がやって支え合う集団生活だ。狩りが得意な人は狩りをして村人に配り、酒造りが得意な人は酒を造ってみんなに配る。

 人族中心の社会で生きていると忘れてしまいがちな共同体は、むず痒くも有り、嬉しくもある。


 その夜はちょっと恥ずかしかったけど母と一緒のベッドで眠った。

 布団に入ってもなかなか眠れず色んな話を続けた、そして最後に知った事実は驚きだった。


「それにしても父さんはまた猟に出てるの? 昔から一度外に出るとなかなか帰ってこないんだよね」


 実はこの帰省の事を手紙には書かなかった。驚かせてやりたかったのだ。


「それなんだけど~」


 母はゆっくりと続けた。その話を全て聞いてボクは絶句した。


「え? 50年以上帰ってないの?!」


 時間感覚のおかしいエルフといえどもさすがに長すぎる。


「だから母さんは寂しかったわ~」


 そう言って私にぎゅっと抱きついてくる母。


「父さんは何しに出かけたの?」

「修行に決まってるじゃない~」

「……それもそうだね」


 昔から身体を鍛えることにしか興味の無い変わり者エルフとして集落では有名だった。


「ほら、50年前に手紙をくれたじゃ無い~?」

「……手紙はしょっちゅう出してるからどれの事かわからないよ」


 相変わらずちょっと抜け気味の会話だ。


「んーと、お師匠様がお亡くなりになった~とかっていう」

「ああ、その話なんだね。うん。確かに出したけど?」

「それで~、お父さんはラライラちゃんが~すぐに家に帰ってくると思って~ちょっと修行に出てくるって~」

「すぐに帰ると思ったんなら待っててくれれば良いのに」

「あら~? 忘れちゃった~? エルフのちょっとは年単位よ~」


 そうだった。ずっと人族の中で暮らしているとつい忘れてしまう。


「少し本格的な修行がしたいから~ラライラちゃんが戻ってくるなら~ちょうど良いって~」


 そういう事ですか。母も母だが、父もマイペース過ぎる。


「二人とも帰ってこないから寂しかったの~」

「それなら手紙をくれれば戻ったのに」

「だって~ラライラちゃんは立派なお仕事だし~。お父さんは~こっちからの手紙が届かないし~」


 ボクは軽く眉間を押さえた。頭が痛い。


「父さんからは手紙が来るの?」

「たまに~」


 うーん。エルフにしても気が長すぎる。母が可哀相だ。


「大丈夫。ボクが帰ってきたから」

「うん~。嬉しい~」


 再び抱きしめられた。もう少し色々話そうと思っていたのだが、懐かしい香りにいつの間にか眠りに落ちていた。


――――


 それから5年。

 母と二人でのんびりと暮らしていた。


 エルフは集落が一つの家族として考えられている。だから働く人もいればのんびりと過ごす人もいる。

 ボクは大人に理術を、子供たちには読み書きを教える先生として暮らしていた。食べ物は狩り好きのエルフたちが持ち寄ってくれる。出来る人間が出来る事をやれば良いという社会なのだ。世知辛い経済社会に長くいたボクはその感覚を取り戻すまでちょっと時間が掛かった。


 父から届く手紙は1年に1通あるかどうか。

 それも内容は「デュラハンを倒した」だの「ムスペルを倒した」だの、ほとんどがただの戦勝報告だった。少しは母親を思う言葉はないものか。

 ……肉体派の父にそれを求めても無駄かもしれないが。


 久しぶりに父から手紙が届いたのだが、珍しいことに地域のわかる文言が書かれていた。そこから父が大陸北西にいることがほぼ確実になった。

 そこでボクは父を探しに出る事にした。母も5年一緒にいたので十分だろう。


 旅立つに際して2つの条件を付けられた。

 一つは父が見つからなくても20年に一度は帰ってくること。

 もう一つは父を見つけたらすぐに一緒に帰ってくること。

 もちろんボクもそのつもりだったので快諾した。

 そして……。


 晴れ渡る蒼天の日に、集落の全ての人たちに見送られて、ボクは旅立った。


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