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第110話「荒野のドキドキ初デート」


「きゃっ!」

「おっと」


 ヴェリエーロの倉庫を出てすぐの事だ。

 ちょっとした段差でチェリナが足を取られた。彼女が俺に寄りかかるように倒れてきたので慌てて肩を取って支える。ハイヒールでないとはいえ、慣れない靴を履くからだろう。いつも通りブーツにしておけばよいものを。

 俺に体重を預けていたチェリナはそのまま俺の左腕に自分の腕を巻き付けてきた。

 彼女の意図を汲み取ろうとその目を見ようとするのだが、その彼女は逆方向に首を回して耳の後ろくらいしか見えない。それも髪の毛に負けないくらい赤くなっていた。

 イマイチ意図を掴みにくいが恥ずかしいならやらなければ良いのに。

 しばらくその姿勢のまま待ってみたが、彼女から腕を解くことは無かった。


「……いくぞ」


 何を企んでいるかわからんが、付き合ってやるか。


「はい……」


 彼女の声とは思えないほどか細い返事だった。

 調子が狂う。どうにも調子が狂う。得体の知れない胸のもやもやを抱えつつ俺たちは歩き出した。


――――


 中央通りに出るとすぐに注目が集まった。子供たちがチェリナに気がつき手を振ったり近寄ってこようとする。


「チェリナ様ー!」

「チェリナ様だ!」

「お嬢様! お元気だったんですね!」


 わらわらと子供たちが集まってきた。だがそれを見ていた大人がすぐに子供を引っ張って行ってしまう。


「馬鹿! 今チェリナ様はお忙しいんだ! 邪魔したらあかん!」

「まさかお嬢様がデートするのを見る日が来ようとは……」

「ああ……俺のチェリナがあんなよそ者に……」

「良かった、本当に良かった」


 大人たちは目に涙を溜めながら俺たちの邪魔にならないように、気がつかないフリをしてくれている。いや聞こえてますから。

 ……一人変なのいなかったか?


 なぜか住民たちから暖かい目を向けられつつ移動することになってしまった。よく見ると、何人かが先回りして邪魔しないように伝達しているらしい。有り難迷惑だ。放っといて欲しい。


「……あれ、そういや今日は護衛はどうした?」

「ふえっ?!」


 全体重を俺に掛けていたチェリナの顔がびくりと上がる。


「あ、ああ……護衛ですね。今日は遠慮していただきました」

「遠慮って……お前この国のVIPだろ。不味いんじゃねぇのか?」

「大丈夫です。変装しましたから」


 ……な、ん、だ、と?


「この服装であれば誰もわたくしの事などわかりませんわ」


 ……。

 え? 本気で言ってるのこの子?


「なあ、もしかしてさっきから気がついていないのか?」

「……? 何がでしょう?」


 マジか。本気で気づいてないよこの娘。突っ込みどころが多すぎる。どうしよう。いや、きっと隠れて護衛の人がいるに違いない。……いるよね?

 俺は光剣の空理具をコンテナからポケットに移す。いざとなったらオーバーキルでもなんでも躊躇(ちゅうちょ)無く使おう。


「そ、それでこれからどこに行くのですか?」

「え? ああ、ちょっと服を見ようと思ってな」

「なんですって?!」


 唐突に叫ばれて思わず身体をびくつかせてしまった。


「なんだよ? 服はまずいのか?」

「ちっ違います! もうお店は決まっているのですか?!」

「い、いや、適当に色々見て回ろうかと……」


 なんでこんなに焦ってんだこいつは。


「ならば! こちらにまいりましょう!」


 チェリナが腕をぐいぐいと引っ張る。薄手の布を通して柔らかい感触と体温が伝わってくる。ちょっと落ち着かない。


「わかったから引っ張るな!」


 何だろう、チェリナの謎の緊張が伝わってきてこっちまで緊張してくるわ。

 少し歩くと、なかなか立派な店構えの服屋に到着した。あまりガラスは普及していないのかウィンドウショッピングというわけにはいかない。

 チェリナに続いて店に入るが俺の知る洋服屋とはまったくの別物で既製品が陳列されたりはしていなかった。むしろ見本となる生地がメインに並べられていて、一見すると生地の店に見えた。


「おおチェリナ様いらっしゃいませ」


 店内の奥で木版に何かを書き付けていた年配の男性がすぐにこちらに気がつき、身を正して寄ってきた。そして俺を軽く一瞥するとにこやかに続ける。


「例の物は仕上がっておりますよ」


 途端にチェリナの身体がびくりと震えた。


「そっそれは!」


 俺の腕にぎゅうとしがみつきながら声を荒らげるチェリナ。聞いては不味い話だったのだろうか?


「なんなら俺は外に……」


 出ているぞと続けようとしたが、彼女の爪が俺の腕に突き立つ。今日はワイシャツなのでとても突き刺さってますよ?


「い・て・ください!」


 なぜか顔を真っ赤にして命令される。困った。今日の彼女はまるで読めない。


「了解だ」


 とりあえず逆らわないようにしよう。何をやっても地雷を踏みそうだ。とりあえず目的を済ませてしまおう。


「済まないんですが、私の体型に合う服を見繕っていただきたいのですが」


 一応商人モードで話しておく。いつも通りだとチェリナに迷惑が掛かるかもしれんからな。


「お仕立てですと早くても7日は掛かりますがよろしいですか?」


 店員は緩やかな表情で木版を持ち上げた。

 しまった。既製品が無いなら仕立てるしかないではないか。俺は頭を抱えた。


「既製服は無いのですか?」

「既製……服ですか?」

「いえ、何でも無いです」


 今の反応で存在しないことがわかった。あの反応の仕方ではそういう店があるとも思えない。俺は小声でチェリナに話しかけた。


「なあ、この辺で服事情ってどうなってるんだ? みんな仕立ててるのか?」

「ふひゃっ! え、えっと普通は、ふ、古着を買いますね。広場の露店で沢山扱っていましたが見ませんでしたか?」


 口を耳元に近づけていたのだが、なんだか良い香りがする。香水でも付けているのだろうか?


「ああ、そういえば沢山あったな。……正直あんまり着る気になれんのが多かったが」

「もう少し質の良い古着を扱っている店もありますが……」

「そうか。じゃあ紹介してもらって悪いがその店に……」

「そっ! その必要はありません!」


 急に彼女が背筋をピンと伸ばした。そのタイミングでようやく腕を放してくれたのだが、その瞬間上下に暴れた柔らかい感触が肘の周りに残っている。親子揃って大変な凶器持ちだぜ!


「店主! 例の物を!」


 ガッチガチに固まった身体で店主を指差すチェリナ。……それは失礼なんじゃ無いか?

 だが店主は優しげな笑顔を崩さずに、奥からやたら意匠の凝った木箱を運んできた。厚みはそんなにないが大きさ自体はかなりのものだ。


「チェリナ様、アキラ様、お改めください」


 店主が丁寧に木箱の蓋を外すとそこには紫と紺をベースに赤と青が混じった仕立ての素晴らしい服が入っていた。この国の民族衣装がベースになっているようだが、全体的に装飾を押さえ大人びた印象を与える。

 露店をやっている時に見た旅商人の服装を少し立派にしたような感じだ。もちろん生地などは段違いに良いものだと一目でわかった。


 箱が大きかったのはシワにならないように広げて入れられる大きさだったからだ。箱に使われている木材も良いものだし細かい彫り物が入れられている。1日2日で用意できる代物では無いだろう。


 俺は顔を上げてチェリナを見た。

 彼女は俺の視線に気がついて一瞬見つめ合った後に顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまう。耳の裏まで真っ赤ですよ。


「その……アキラ様のその服も良いのですが、少々目立ちすぎますからね。わたくしの相談役として相応しい服を用意させていたのです」


 そろそろ認めないとダメだろうな。

 俺は俺は天を仰ぎながら息を吐いた。だがため息では無い。


「そうか……これは、俺が買うべきか?」


 くるりとチェリナが回って俺を睨み上げた。顔は真っ赤のままだったが。


「アキラ様は意地悪ですね!」


 それは否定できないな。

 うーっと唸るチェリナの頭に手を置いてから「着替えてくる」と更衣室に案内してもらった。

 店主に着方を教えてもらって身につける。びっくりするほど身体にフィットした。さらに思っていた以上に動きやすかった。

 店主は改心の出来だろうこの服の自慢を一切することも無く、淡々と着るのを手伝ってくれた。俺が更衣室を出るときも邪魔にならないように一歩引いていた。


「……どうだ? 似合うか?」


 両腕を広げてチェリナの前に進んだ。暫く無言で呆けていたチェリナが身を正して斜に構えた。


「な、なかなか似合っておりますわ。アキラ様は見事な黒髪ですから、滅紫(けしむらさき)と濃紺の色合いが似合うと思ったのですよ。それだけでは沈んでしまいますのでアクセントで藤色や赤色、それに青色も混ぜることによって落ち着いた色合いの中に華やかさを持たせてみました。アキラ様の背広という物に合わせて、ジャケットを脱ぐと薄手のシャツになるように改良してみました。これからはこのスタイルが流行るかもしれませんね」


 無意識で商売のことを考えているチェリナに苦笑してしまった。


「な、なにか?」

「いや。ありがとうな。チェリナ」

「ひゃ! ひゃい!」


 顔を真っ赤にして硬直しているチェリナに温かい視線を向けながら店主がすっと横に来た。


「この国で紫の贈り物というのは……」

「店主!」


 頭から湯気を出す勢いで茹で蛸になっているチェリナ。

 涙目で睨まれると店主はすっと一歩下がった。チェリナは「うー!」と犬のような唸り声をあげていた。


 ――本当はわかっていたさ。


 後頭部を乱暴に掻く。

 俺は世に言う鈍感君ではないのだ。さすがにいつからかというのはわからないが、彼女から好意を寄せられていたのはわかっていた。確信したのはチェリナが捕まっていた俺を助けに来てくれた時だったが。


 それでもしばらくは違うと思い込もうとしていた。認めてしまったところで誰も幸せになどなれないからだ。

 俺は旅立たなくてはならないし、チェリナは残らなくてはならない。それ以前に彼女に俺は不釣り合いすぎる。俺に似合いなのはせいぜい場末の商売女くらいだろう。興味もないが。

 突き放すのは簡単だ。だが、今日くらいは良いんじゃないか?

 お互いちょっとだけ夢を見ても。

 俺はチェリナに近寄ると、彼女の手を取る。


「さてお姫様。次はどこに案内してくれますか?」


 彼女は顔を爆発させた。


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[一言] そもそも出立が決まった話したっけ? お嬢様泣いちゃう
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