第108話「荒野の人生最大の買い物」
(長いです)
今朝は早起きしてヴェリエーロ商会へと向うつもりだ。朝食も個々に取ることにした。
出がけにヤラライが来て、新しいアイテムバッグを買ってきたからライフルを預かりたいと言ってきた。
そんなにほいほい買える物なのだろうかとも思ったが、あのバッファローをソロ狩りしちゃう戦士さんなので、きっと蓄えはあるのだろう。
隠れて銃と弾をありったけ渡しておいた。
「今日は、これ、整備する」
なるほど。本も渡したしな。
ヤラライは軽く手を振って大通りへ向かっていった。
今日はワイシャツとネクタイの軽装だ。まぁ背広を着るほどではないだろう。暑いし。
俺とハッグが商会へ到着すると、まだ日が昇ったばかりだというのに、相変わらず商会は忙しそうだった。
「おはようございます! アキラ様! ハッグ様!」
こちらから声を掛けるまでもなく、走り回っていた小僧の一人が俺に気がついた。何度か会話したことのある丁稚の男の子だった。
「おはよう。悪いんだけどメルヴィンさんか……それなりに偉い人に取り次いでもらえるかな?」
最初はチェリナかフリエナを呼んでもらおうとも思ったが、チェリナは忙しいだろうし、フリエナにはあんまり会いたくなかった。
「はい! 少々お待ちください!」
そういって小僧は建物の中に飛び込んだ。俺たちも慣れたもので建物を入ってすぐのテーブルに勝手に腰を掛けて連絡を待った。カウンターに色黒の男が立っていたが、黙礼しただけで何も言わなかった。
「お待たせしました! こちらへどうぞ!」
まだ幼い顔つきの少年が満面の笑顔で案内してくれる。とても最初の頃、俺のことを疎ましく思っていたとは思えない態度だ。
元気な子供を見るとこっちも元気になるね!
いつもの商談室でタバコを吸っていると、中に入ってきたのはチェリナだった。
正直かなり驚いた。
忙しいはずなのに、とか、フリエナじゃなくて良かった、とか、そういう事では無い。
彼女の格好に驚いたのだ。
まず全体的に薄着である。紅を基調としているのは今まで通りだが防御力の無さそうな薄手の布地で出来たワンピースをベースに、ゆるふわなベスト。腰回りにアクセントになる金属製のベルト。靴もヒール系の華奢な代物だ。
目に毒なのは大胆にカットされ胸の谷間が強調されている部分と、太もも半ばまでしか伸びないワンピース丈で健康的で艶めかしい生足がどばっと出ているデザインだ。男爵に呼ばれたとき着ていたドレスでもこんなに扇情的では無かった。
「……パーティーでもあるのか?」
ようやく絞り出した第一声がそれだった。他になんて言えばいいんだよ。
「違います! ……久しぶりの台詞がそれですか……」
そっぽを向くチェリナの顔は真っ赤だった。恥ずかしいならそんな格好をしなければ良いのに。
「いや、ちょっと意表を突かれてな。うん。似合う似合う」
「っ?! そ、そうですか? た、たまには気分転換でもしようかと思ひまして!」
微妙に声が上ずっている。なんか調子が狂うな……。
「まあ良いんだけどよ、俺の相手なんてしてて良いのか? 忙しいだろうに」
俺は残りのタバコを一気に吸い込んで灰皿に押しつけた。
「今日は休養にしました」
彼女は落ち着いたのかゆっくりと正面の席に着く。
「ああ、休養は大事だよな。前の会社なんぞ休みなんて飾りだったからな」
サービス残業、サービス出勤は当たり前、ようやく取れた休みすら上司に潰されるのだからたまらない。
「はい。しかしアキラ様がこちらにいらしてくださるとは思いませんでした。何かあったのですか?」
「ああ、2つほど話がある。一つは……ハッグ、頼む」
「うむ」
ハッグは頷くと懐から例の金属製カード型空理具を取り出した。
「これは?」
「アキラが薄っぺらい空理具を使っておるじゃろ。それを見てワシも作りたくなっての。ちと真似してみたんじゃ」
チェリナはテーブルに置かれた空理具を手に取りしげしげと見つめる。
「こ、これは……」
チェリナが俺に視線を向ける。
「何も言ってねぇよ」
「うむ。アキラから何かを聞いたと言うことは一切無いの。ヴェリエーロと商談しておったという話を聞いたのもこれが完成したあとじゃ」
「いえ、疑ったわけでは無いのですよ。ただこのアイディアを出したのもアキラ様かと」
「だとしたら先にこっちに話をもってくるぜ。そもそも金属製にする利点もよくわからんしな」
ハッグからしたら、金属が好きだからっていう理由で作ったみたいだが、普及させるのなら和紙ベースでいいんじゃないか?
「耐久度は間違いなくこっちの方が高いの。それと検証はしておらんが、威力もこっちの方が高くなるはずじゃ」
「そうなのか?」
「耐久度に関してはわかるじゃろ。威力に関しては、理力陣がずれんという利点があるからの」
なるほど。言われてみるとそうかもしれない。
「ただしこれを作れる奴は少ないじゃろうな。陣を書くのではなく刻むのじゃからのぅ。まぁその辺は今までの空理具屋ならなんとかなるかもしれんが、とにかく薄いからのぉ」
あめ玉型はそこまで精度が求められないのだろうか?
「ま、アイディアとしては見れば終了じゃ。実物を欲しければ、火の理力石と交換でもいいかの」
「わかりました。何とか用意させましょう。ぜひ交換してください」
「かまわん」
これでこっちの話は終わりか?
「ハッグ助かった。これ以降は自由に過ごしてくれ」
「うむ。……アキラ、身辺には気をつけるんじゃぞ?」
「わーってるって」
ハッグは明日の出立までに理力石を持ってきてくれれば良いと、空理具を置いて立ち上がる。そして部屋を出る前に俺の肩をどんと叩く。
「お主はゆっくり楽しんで来るんじゃな」
小声で呟くと、俺の返事を待たずに外に行ってしまった。何を楽しめと?
「それでアキラ様、もう一つのお話とはなんでしょう?」
いつものペースを取り戻したのか済ました表情で尋ねてくる。
「明日の朝までどこか人の入れない倉庫を借りられないか?」
「倉庫ですか?」
「ああ。なんていうか、馬車に似たものを取り出したいんだが、その辺で出すわけにはいかんだろ?」
「そうですね。ようやくアキラ様にも常識という物が備わってきたようですわ」
「ひでぇな……」
この世界の一般常識がイマイチわからんのだからしょうがないだろう。
「とりあえずお話はわかりました。一つ倉庫を空けましょう」
「わりいな」
チェリナは移動しながらメルヴィンを呼び、金属カード空理具を渡して色々と指示をする。さらに小僧に倉庫を空けるよう指示を出して、二人で向かった先はお馴染みになってしまった例の倉庫だった。
「なんかこの倉庫とは縁があるな」
「そうですね。キャッサバやライターなどで昨日まで出入りを制限していましたから」
「なるほど」
さて、キャンピングカーを出す前に、ちょっとチェックしておかないとな。
【ガソリン(1リットル)=136円】
【ガソリン携行缶(20リットル)=2851円】
【カーゴトレーラー(牽引)=215万7300円】
うん。運用に必要な最低限は確保できそうだな。他にオイルとかタイヤとか必要になるが、まぁこれだけ承認されるんだから、その辺の消耗品が承認されないってことはないだろ。
カーゴトレーラーってのは、車の後ろに接続して引っ張って運ぶ荷台だな。俺の能力であるコンテナの空きを考えると、どうしても別の荷台が必要になると思ったからだ。もう一つ考えてる事もあるしな。
ところでガソリンちょっと高くない?
「じゃあ出すけどいいな?」
「かまいませんが、馬車まで買えるとは凄いですね」
「馬車とはちょっと違うんだけどな。まあいいや。出すぜ」
キャンピングカーが1420万円でカーゴトレーラーが215万7300円か。キャッサバさまさまだな。
残金189万0310円。
一度コンテナに収納されたキャンピングカーとカーゴトレーラーが可愛いデフォルメアイコンになったのには笑ったが、あんだけデカいもんも普通にコンテナに収納される事が証明されてしまった。なにげに凄いなコンテナ。
チェリナに下がってもらい、キャンピングカーとカーゴトレーラーを取り出す。唐突に巨大な車が実体化してチェリナが小さく悲鳴を上げた。
「な……な?!」
俺は微妙に薄汚れたキャンピングカーを見上げる。さすがに中古で良い値段がするだけあってかなり大型のタイプだ。左ハンドルの海外製だ。
これならハッグとヤラライと旅をしても快適に過ごせるだろう。
「とりあえず足回りだけチェックして、牽引接続しなきゃな……チェリナ?」
呆然とキャンピングカーを見上げるチェリナ。せっかくの可愛い服装が台無しだぞ、その表情。
「まあいっか。好きなだけ眺めててくれ」
俺はエンジンルームやブレーキフルードのチェック。ブレーキパッドにタイヤの溝など一通りチェックしていく。幸いタイヤは新品だった。その他も特に問題になりそうな箇所はない。ガソリンが空っぽではあったが。そのくらいサービスしろよこん畜生。
一通りチェックを済まして戻ってくると、まだチェリナは固まっていた。
「おーい。大丈夫か?」
顔の前で手のひらを振ってみる。
「……アキラ様、まさかとは思いますが……」
お、反応した。
「これが馬車というおつもりでは無いでしょうね?」
「馬はいないがな。ガソリン……特別な油があれば馬無しで走る馬車だ」
そういや最初の自動車って馬車の形だったよな?
「……やはり、アキラ様は、常識という物が、欠如しているようですね」
彼女は額を押さえて首を振っていた。
「大丈夫だ。それに関しては良い言い訳を考えておいた」
「言い訳ですか?」
眉根にシワを寄せたまま顔を上げる。
「おう。これはな。アーティファクトなんだ。ロストテクノロジー。先祖代々受け継がれている特別な乗り物。そういう設定だ!」
「アーティファクト……」
チェリナは考え込む。
「たしかに……言い訳としては……ギリギリですがなんとか……。しかしそれで通じたとしてこれほど高価な物を見せびらかすように表に出しているのでは危険があると思いますが……」
「アホ。護衛にハッグとヤラライの化け物コンビがいるんだぞ? 誰が力ずくで襲えるってんだよ」
「……それは……そうかもしれませんが……」
再び考え込むチェリナ。
「まあ反対されても使うんだけどな。馬車とか徒歩とかやってられん。これならおそらく馬車の3倍から10倍くらいの速度が出ると思うんだよな。道の質にもよるけどよ」
岩だらけの荒野であるこの西の果てでは、あまり速度は出せないだろう。街道自体も大岩をよけるようにくねっているので、しばらくは低速運転だ。
車の様子も見ながらだしな。
それでも馬車なんかよりは遙かに速度が出せるとは思うが。
「さて、牽引接続だけやっちまうか」
幸い基本的な工具は車に収容されていたので、とっととつなげてしまう。波動理術のおかげで重いカーゴトレーラーを動かすのにも大して苦が無かった。
30分程度の作業で接続完了する。その間チェリナは興味深げにその様子を見ていた。物珍しいんだろう。
接続を完了させた後、ガソリンを投入することにする。
ガソリンは携行缶3回分で満タンになった。つまり60リットル入るようだ。実際にはもう少し入りそうだったが別に満タンにしなくても良いのでそこで止めておいた。
残金187万9299円。
エンジンに火を入れて、軽くエンジン周りをチェック。とりあえず問題無さそうだ。ライターの山がすでにこの倉庫から運び出されてて助かったぜ。
「アキラ様?! なんですか! この臭いは!」
彼女がハンカチで鼻を押さえて運転席横に来る。
「ああ、狭い空間だからな、もう止めるわ」
エンジンを切って車を降りる。車高が高いので飛び降りる感じだ。
「いままでに嗅いだことの無い種類の臭さですわ……」
「すまん。外を走ってればそこまで気にならないんだけどな」
とりあえず謝罪しておく。さすがに目立つ外でチェックは無理だろう。
もっとも一度倉庫を出てしまえばそうも言ってられないけどな。キャンピングカーのキャビンのチェックは後でいいだろう。ぱっと見必要な物は揃ってる。
というか結構豪華な感じだ。コンロもトイレも小型のシャワールームも付いている。ワゴンでは無くトラックをベースにしているようで、中はなかなか広かった。水はいくらでも買えるから問題無い。
そして、案件だった電源問題がこれで解決する!
そこら中にあるコンセントを見て安心した。これでスマホやノートPCを使うことも可能だ。
「ずいぶん立派な内装ですね」
チェリナが中を覗き込んでくる。
「まぁそれに見合う値段だったしな」
「参考までに価格を聞いても?」
「構わねぇよ。1420万円だ」
「なかなか凄まじい値段ですが……少々大きな国であれば、王侯貴族が使用する馬車と変わらない値段でもありますね」
「お前ん所の馬車も立派だけど、同じくらいするのか?」
「いえ、さすがにそこまでは。一般の物に比べればかなり良い値段はいたしますが」
なるほどね。興味が無いのでそれ以上は聞かなかった。
「予算があれば購入したい品物です」
「さっきも言ったが、特殊な油がないと動かないから意味ないだろう」
「その時は馬で牽けば良いのです」
「なるほど……それなら牽引タイプのキャンピングトレーラーで良いんだろうが……承認されるなら買うか?」
「いえ。遠慮しておきましょう。作ろうと思えば作れなくもないですし」
「それもそうだな」
馬車の耐久度がどれだけかわからんが、速度を出さない前提ならベッドやちょっとしたリビングを乗せた馬車もどきくらいは作れる気もする。そしてそれはキャンピングカーよりもお安い気がする。
俺は車を降りてトレーラーを見ることで、もう一つ考えていたことを思い出す。
「ああ、そうだ、すっかり忘れてたわ。チェリナ。バッファロージャーキーってのがこの国の名産なんだって?」
いきなり話が変わって彼女は不思議そうにこちらを見る。
「はい。バッファロージャーキーはこの国の数少ない名産物ですわ。それがどうかしましたか?」
「ああ、出来ればお前の商会から仕入れたい。可能か?」
「それはもちろん。ただし小売りは出来ませんよ? 飲食ギルドと揉めてしまいますので」
「大丈夫だ。購入したい量は……」
おれはカーゴトレーラーの積載量を確認する。
「購入したい量は500kgだ」
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