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第107話「荒野の地獄の戦場」

(長いです)


 現在俺は戦場にいる。

 屍が累々と横たわり剣戟の響きが鳴り止まぬ地獄の戦場に。

 それは一度宿に戻ってからの、悲劇だった。


――――


「今夜こそカツじゃな!」


 俺が空理具を使って1日の汚れを落としているときだった。


「ワシャもう熱々のカツに恋い焦がれ胃袋に穴が空くかと思っておったわい! すぐに食べんと何をしでかすかわからんぞ!」


 それもう脅しじゃねーか。


「わかってるって。それより明日なんだけどよ、1日準備に当てるから、好きに使ってくれ」


 俺も休憩がてら街を回って見ようと思っている。


「それはええが、カード型空理具の話はどうするんじゃ?」

「ああ、それがあったか……。明日の朝にそれだけは報告にいこう」


 露店が忙しくてすっぽ抜けてた。


「うむ。かまわん」

「その後自由行動って事で」

「アキラ、俺、護衛」

「1日くらい大丈夫だって。それに今度何かありそうなら、しっかり対応する」


 ヤラライは少しばかり視線を横にして深思する。エルフさんが護衛してくれるのは嬉しいが、たまには一人で動きたい。


「わかった。注意、しろ」

「OK」

「明日は夕飯も作らねーぞ。明後日の朝集合することにしよう」

「うむ」


 二人とも頷いた。


「じゃあカツを作るか……」


 俺がコンテナから調理道具を出そうとすると、ハッグが手でそれを制してきた。


「待てアキラ。今夜は向かいのトカゲの尻尾亭を借り切っておる」

「貸し切り?」


 なんで?


「それなんじゃが、鍛冶屋ギルドの連中にトンカツの自慢をしたらの、皆が喰いたがってのう」


 なに晒してんねん。


「おいおい……まさかと思うが能力の事を言ってないよな?」

「んな事いうわけないじゃろが! ヴェリエーロに料理指南をしておるとは話したがの」


 それも問題あるような?


「安心せい、その話はすでにある程度漏れておった。おそらくヴェリエーロが意図的に流しておるんじゃろ」


 あー。なるほど。これから色々新作料理や、今まで食べなかった食材を出すにあたって、よそ者からの技術指導があったと流しておくわけか。さすがヴェリエーロ商会。抜け目ないわ……。


「それでドワーフ連中を中心にワシらにも喰わせろと詰め寄ってきおってな。今日はもともと約束しておったし、店を予約することになったんじゃ」

「おいおい、今日出来なかったらどうするつもりだったんだよ」

「じゃからお主には言わないでおいたんじゃろ」


 さいですか。


「……しかし、ハッグとヤラライに奢るのはかまわないんだけどよ、さすがにドワーフの団体とか嫌だぞ」

「ふん。その辺は話が済んどる。経費はあいつらに割り勘させるわ。ワシやアキラの分も含めての!」

「俺は?」

「知らんのぉ~」


 下から邪悪に睨め上げるドワーフ。完全に馬鹿にしてる。


「……っ!」


 あれ? 今エルフの額から「ぷっつん」って音が聞こえたような。


「殺す!」

「はん! 貧弱エルフにやれるならやってみぃ!」


 二人が得物を同時に構える。クソ狭い俺の部屋で。


「オマエら飯抜きな」

「すまん」

「謝罪」


 即座に二人は武器を仕舞った。先が思いやられるわ。


――――


 そんなわけでトカゲの尻尾亭にやってきたのだが、なぜかナルニアがいる。

 全然気がつかなかった(フリをしていた)のだが実は上記の部屋でのやり取り中も実はずっと彼女は部屋にいたのだ。置物だと思って無視していた。

 そしてトカゲの尻尾亭に向かったときも、当然のように付いてきた。どうやらハッグには許可を取ったようだ。ならまぁいいか。


 尻尾亭に入ると、6人のドワーフと9人の人間がいた。一発で鍛冶の人間だとわかる。手は黒く汚れ腕は筋肉が盛り上がっていた。


「おうおうハッグ、遅かったじゃねっか」

「ふん。その分飯が美味くなるじゃろーが」

「違いねっか!」


 一番年配っぽいドワーフがハッグの肩をドスンドスンと叩く。ハッグも負けじとドカンドカンと叩き返していた。ドワーフってみんなこうなんかよ。まあ俺に被害が無けりゃどうでも良いけどよ。

 俺は思ったよりも多い人数に、調理器具が足りないと言うと、トカゲの尻尾亭の無口な店主が台所を使えと言ってきた。さらに七輪や炭を経費として使う許可をもらったので、適当にセッティングしていく。

 幸い鉄鍋はあったので、それを揚げ物鍋として借りた。炭も備長炭を購入して使う。

 山ほどの豚肉を下処理しているときに、ふと思い出してハッグを呼ぶ。


「なんじゃ? もう出来たんか?」

「いや、前に約束していた美味い酒の話を覚えているか?」

「忘れるわけがなかろう……ぬ? もしや!」


 ハッグの目がギラリと光る。いやそれ波動籠もってないですか? 怖いです!


「ああ、それでハッグには約束通り奢ろうとは思うんだが……お前すげぇ飲むだろ? 2~3本ならいいんだが、もし他の奴にも振る舞うとかなら……」

「とりあえず出せ! 3本じゃぞ!」


 肩を掴まれ身体を揺すられる。そのまま喰われそうだ。


「まてまてまて……今出すから待て! ステイ!」


 俺は慌ててシングルモルト(12年)=2万9800円を3本購入した。


 残金1824万7610円。


「ほほう?! これは美しい瓶じゃな! これほど透明度の高いギヤマンに、この中の酒の色つやがまたたまらん。こりゃあエルフ共の作る特級酒に匹敵しそうな酒じゃのぅ……」


 シングルモルトをコンテナから取り出した瞬間、ハッグに奪われた。


「エルフが酒を造るのか?」

「ふむ、知らんのか。悔しいが酒だけはエルフの作るもんが一品じゃの。特にワインと火酒は奴らの独壇場じゃわい」


 それはかなり意外だ。


「へえ。ドワーフって酒好きなんだろ? 自分たちで作ってそうなイメージだけどな」


 ハッグは鼻息を一つ吐く。


「阿呆。わしらが酒の熟成なぞ我慢出来るわけがなかろう! せいぜい2~3日で出来る発酵酒くらいじゃわい」

「それは威張るところじゃないだろう」

「ふん。ワシらの鉄製品を欲しがる奴らはいくらでもおる。交換すりゃええだけじゃわい」

「なるほど」


 合理的……なのか?


「近年では人の作る火酒もかなり味がよい。ワシらドワーフに作らせる専用の機械を使って作っておる」

「へえ」


 もしかして巨大な蒸留器とかだろうか。ならこの酒はそんなにめずらしいもんじゃないのか?


「ふむ。眺めているだけで口が渇くわい……どれ一つ……」


 ハッグは自分のアイテムバッグからガラス製のグラスを取り出した。透明度はイマイチだがカッティングはなかなかの代物だ。


 トクトクトク……。

 酒瓶が液体と気体を交換する独特の低音が響く。グラス半分ほどに注がれた琥珀色をした人類の英知と技術と発酵の結晶。ハッグがでかいその手で小さめのグラスをゆっくりと揺らす。こっちにまで芳醇な香りが漂ってくる。


 ……俺も飲もうかな。


 ハッグはひとしきり香りを楽しんだ後、赤ん坊でもあやすような手付きでグラスを口に運んだ。

 くぴり……くぴり……。

 ハッグのでかい口から出るとは思えない控えめな嚥下音。しばらく天使が踊る。


「ふ……はあ……」


 ハッグが恍惚の表情で天井を見る。いやきっとどこも見ていない。見ているのは極楽だろう。

 何か言葉を続けるかと思ったら。無言でグラスに酒をつぐ。ゆっくりと飲み干す。長い長いため息のように息を吐き、12年という年月が生む奇跡に身を任せる。そしてまたグラスに注ぎ、飲み干し、堪能する。

 ひたすらその動作を繰り返す。無言で。


 ようやく3本全部を飲み干すと、今度こそ本当に長いため息を吐いた。

 しばらくは余韻が逃げないように動かなかったハッグだが、唐突に顔を上げた。


「な……な……なんじゃこれは?! こりゃ、美味いとか不味いとかいう話じゃないわ! 全ての酒という酒のレベルを超えとる! こりゃもう飲む奇蹟じゃ! まさに神の贈り物じゃ! すさまじいわい! なんちゅうもんを飲ましてくれるんじゃ! こんな酒を知ったらもう他の酒を飲めなくなるではないか!」


 今まで静かだったハッグが途端に激しくしゃべり出す。身振り手振りが激しい上に、ちょろっと発光してませんかハッグさん?


「う、美味かったろ?」

「ええい! そんな陳腐な言葉では表せんわい! 芳醇にしてまろやか! ウッドの香りだけではなく、どこかフルーティな香りもあり、鼻腔が香りで一杯になったかと思うと、喉に酒が通ると滑らかに消えていく後腐れの無い優しい後味! どれをとっても世界最高じゃわい!」


 かなり混乱気味に一気にまくし立てられる。トンカツですらここまでハッグを狂わせなかったぞ。すげぇな日本のウィスキー。


「あ」


 その時不意に思い出す。


「なんじゃ?」

「いや、そもそもハッグがこの後の旅に付き合ってくれる理由が、この酒だっただろ。約束通り奢ったし別行動になるのかと思ってよ」


 そう、ハッグがこの先の旅に来る理由が美味い酒目当てだったのだ。すっかり忘れていたが。


「お主……こんな酒を出しておいて何を抜かしておるんじゃ。お主と一緒に行かなければもう二度と飲めんではないか! それにそもそもお主を放逐なんぞしたら何が起こるか心配で眠れんわい!」

「お、おう」


 口は悪いが、どうやらしばらくは付き合ってくれるようだ。ハッグにヤラライとか最強過ぎる。


「なら明日以降も予定通りか。それより酒が気に入ったのは良かったんだが……向こうのドワーフや鍛冶連中にも配るのか?」

「ぬ……ぬう……奴らには世話になったからのぅ。飲ませてやりたい気もするが……」


 ハッグはぶっとい腕を組んで考え始める。どうでも良いけどそろそろ全身の発光を止めてください。怖いです。


「そうじゃ、この酒は高いんか?」

「ん? 一本で2万9800円だな」

「酒として考えればえらい高いが貴族の飲む酒ほどでは無いの。味と入れ物を考えたら納得の……いや、恐ろしく安いの……ふむ」


 ハッグが再び考える。


「ちと待っておれ」


 ようやく波動発光を止めたハッグが仲間の元へ戻っていった。そしてすぐに戻ってくる。


「アキラ、予算の関係から5本だけ購入するわい。やつら瓶の臭いを嗅いだだけで有り金全部出しおったわ!」


 有り金って……ちゃんとトンカツ分を分けて計算しているのか心配になるが……まぁハッグは約束を破るような奴ではないだろう。そんなわけでシングルモルトを5瓶取り出して渡す。


「ハッグ、しょっちゅうは無理だが、たまには奢るから、あんまり大人げない事はするなよ?」

「わかっておる……つもりじゃ」


 わぁお。頼りない返事いただきました!

 ……信じるしか無いか。

 瓶を受け取ったハッグが再び店内へと消えたので、俺は次から次へとカツを揚げていった。

 第一陣として大皿に山盛りのトンカツを乗せて店内に出たのだが……、そこはまさに戦場だった。


「お前少し入れすぎじゃねっか?!」


 最初に聞こえたのは野太い怒声。


「貴様は細かい男じゃのぅ! 見ての通り全員均等に入れておるわい!」

「てめぇの方が3滴はおおいな!」


 ハッグの反論に別の人間が束になって文句をつける。……3滴ってなんだよ……。

 よく見るとすでに顔にアザをこさえた男が床に転がっていたりする。まぁ料理しているときから、色々聞こえてきてはいたんで大体予想はついていたけどな……。


 まだ未開封の酒瓶を奪い合っている鍛冶ギルドの人間たち。さすがのハッグも全員いっぺんを相手にするのは難しそうだ。っとヤラライはと見ると特に文句も言わず自分に割り当てられたウィスキーをカウンターでチビチビと舐めていた。それに気がついた彼が一言。


「……美味い……くやしいが……エルフの酒、越えてる……」


 難しい顔をしていたのはそれが理由か。


「エルフは酒造りが上手らしいな? あのハッグがエルフを褒めてたぜ?」

「ああ、エルフ、酒作り得意。俺は……下手。エルフのワイン、貴族に人気。火酒も人気」

「へえ」

「最近、人間の火酒、ウィスキー出来た。アレは美味い。これも同じ、だが、深みが違いすぎる。エルフも蒸留器使う、だが、たぶん物が違う」


 くぴりと飲みながら酒を見つめるヤラライ。


「まぁ気に入ったのなら良かった。ちと高いんでたまになら奢る」


 エルフはその特徴的な耳をピクリと揺らしてこちらに視線を向けた。


「男と男の、約束」


 食いつきがいいな。こいつも酒好きだったなそういえば。また絡み酒にならなきゃいいんだが。


「わかった。でも飲み過ぎるなよ」

「……自重する」


 ぜひそうしてください。

 ヤラライとやり取りしている間に、背後は戦争が始まっていた。さすがのハッグも鉄槌を振るうわけにも行かず、素手で殴っているのだが、対峙しているドワーフ連中に手こずっているようだ。


「……あの馬鹿、負い目が、あるな」


 ん? どういうこと?


「おそらく、自分の分、多く分けた」

「……ああ……なるほど。馬鹿だな」


 きっとバレないと思ったのだろうが、その辺は酒に意地汚い人間の集団だったらしい。わずかの違いすら見逃してもらえなかったようだ。


「しかたない……止めてくる」

「手伝うか?」

「肉弾戦になるようなら頼む」


 ヤラライが頷いてくれる。でもまぁ多分大丈夫だろう。


「おーいオマエら、いつまでもじゃれ合ってんじゃねーよ」


 俺がテーブルの上にトンカツの山をどんと置く。


「ぬ?」

「なんだてめぇは?!」

「邪魔するんじゃねっかな!」


 血走った目が一斉にこちらを向く。


「ほう、そんな事言っていいのか? これがハッグを唸らせた超美味い食い物なんだが……」


 ピタリ。と全員の動きが止まった。


「ケンカを続ける馬鹿にわける分はねぇぞ?」


 さらにソースと取り出してトンカツの横に置く。


「これが秘伝のソースだ。この食い物の味を3倍美味くする魔法の調味料なんだが……そろそろ大人しく喰わないと引っ込めちまうぞ」

「アキラ! 黒ソースが無ければトンカツの美味さは半減するではないか! 貴様鬼か?!」

「だったらその辺で終わりにしとけ。マジでこれ以上作ってやんねーぞ」


 普通に考えたらこんだけあれば足りると思うんだが、ハッグの同類が集まってると考えると、まだまだ足りないだろう。


「ぬ……ぐ……最後の一瓶はきっちり分けると約束する、じゃから皆一度収まるんじゃ」

「何をのうのうと……いや、やめよう、さっきから殺人的な香りが……」

「いったいどんな料理なんだ?」

「この間からハッグの野郎が自慢しまくってた料理なんだよな?」


 群衆が同時にゴクリと唾を飲む。


「あ、そうそう、パンはここの店で買ってくれ。挟んで喰うと美味いぞ」


 さすがに今日は食パンを出せない。パンはギルドでしか取り扱っちゃまずいらしいし、普段と違う味のパンが出たら疑われるだろうからな。

 途端にトンカツに群がる筋肉質の男たち。ドワーフたちが有利かと思いきや、人間も意外と張り合ってる。どうも鍛冶屋連中は腕っ節に自信があるらしい。


 ふと見るとちゃっかりハッグに頼んで自分の分を確保したナルニアがほくほく顔でカツを頬張っていた。この世界の女性はしたたかだな。うん。

 そんなこんなでカツパーティーは過ぎていった。


 結局シングルモルトは2瓶追加することになり、トンカツもアホほど揚げまくった。正直作ってるだけで胸焼けするレベルだ。

 途中なんどか油を変えたのだが、古い油を捨てようとすると、店主が使い道があるからと壺に入れて持って行ってしまった。ゴミの心配が無くなったので良かったが何に使うつもりなんだか……。まぁ気にしないことにしよう。

 そうして騒がしい夜が更けていった。


――――


 俺は幸せそうに眠るナルニアをお姫様だっこで宿に運んでやる。お腹をぽっこり膨らませて涎を垂らしたお姫様ってのがナルニアらしいところだな。

 宿に戻ると父親が彼女を受け取り、礼を述べた。俺は片手を振って答えておいた。

 ハッグもヤラライも満足そうに自室に引っ込んでいく。

 俺はあくび混じりにベッドに潜り込む。

 さて、明日は休養日だ。ゆっくりしよう。

 俺はシンボルを指で回しながら、今日の報告をしておいた。


ブクマ・評価していただけると、感涙して喜びます。

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