第106話「荒野の新商品」
「え? ……だってお兄ちゃんチェリナ様と結婚するんでしょ? え? なんで?」
ナルニアがおかしな事を言い出した。
「誰が誰と結婚するんだよ……
恐ろしいことを言わないで欲しい。たしかにチェリナは美人だし好みの体型をしている。頭の良い女も嫌いじゃ無い。だがなんというか、何か足りない。
……いやいや、何を考えてるんだ俺は。
女は恐ろしい生き物。思い出すんだ。
……う……嫌な過去を映像付きで思い出してしまった……。吐きそう。うん。女は信用できん。
怖い。恐ろしい。思い出した。
「……お兄ちゃん? なんか顔色が急に濡れた地面みたいな色になってるよ」
「え? ああ、大丈夫だ。なんでもない」
俺はペットボトルを取り出して水を飲み込む。深く考えないことにしよう。
「ならいいんだけど。……チェリナ様との事は噂になってるよー?」
「いったい何がどうなってそんな話になってんだよ……」
そもそも俺の存在が知れ渡ってるってどういうことだよ?
「そんなの簡単だよ、チェリナ様が命をかけて王城まで救いに行ったって、街中の人が知ってるしー」
「それは……」
まぁ、たしかに、あれは、チェリナらしくない行動だったとは思うがな。
「それにお兄ちゃんだってチェリナ様を助けに行ったじゃん」
「そりゃまあそうなんだが、それと結婚は関係無いだろ。捕まったのがお前だって助けに行ったぞ」
たぶんな。
「え! ほんと?! じゃあ私と結婚する?!」
「しねーよ」
なんでそうなんだよ。
「しょぼーん……」
「口で言うな口で」
ただでさえセリフばっかりの小説なんだからよ。……いやメタ発言してる場合じゃないな。
「とにかくそれは誤解だ。みんなに広めとけ」
「えー……」
不満そうなナルニアの頭にあめ玉セットを乗せてやった。
残金526万9017円。
「お兄ちゃん……私の事安い女だと思ってる?」
「思ってる」
即答してやった。
「うー! お兄ちゃんの馬鹿!」
スネを蹴っ飛ばされた。思ったより痛ぇ! 波動を発動しておけば良かったぜ。
「……でもみんなには言っておくよ。お兄ちゃんはチェリナ様じゃ無くて私を選んだって」
「カウンターインテリジェンスかますぞ?」
「何それ?」
幼女がキョトンとする。
「なんでもない。とにかくちゃんと誤解を解いておけよ」
「はーい……でもお兄ちゃんたちは旅に出ちゃうんだ……」
しょんぼり幼女。
「忘れてるかもしれんが一応行商人なんでな」
自分でもすっかり忘れている設定だが。
「お兄ちゃんは行商人なんてレベルじゃないと思うけどなー」
「褒め言葉として受け取っておく。それじゃあ俺らはいくから」
「うん。行ってらっしゃい」
いつもの元気いっぱいの挨拶、では無かった。
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露店は大変な事になっていた。
今日は露店広場に人がいっぱいいるな。復興は順調らしい、などと暢気に構えていたら、それらの大半の人間はウチの露店目当てだったのだ。ちょっと洒落にならない。
準備をしてる間も殺気だった人間たちが怒声を上げているのだ。
これは死人が出るかもしれない。
俺は露店の開設を諦める判断を下そうとしたとき、それはやってきた。
「アキラ様!」
ここ数日何度も顔を合わしていた丁稚奉公の少年だった。それだけでなく、ヴェリエーロの船乗りらしき日焼けした男たちや、さらにはチェリナの護衛についていた二人もいる。
「どうした? なんかあったのか?」
まさかと思うが反乱分子の鎮圧とかじゃないよな?
「奥様の指示で手伝いに参りました! 指示をください! 何でもします!」
少年が腕まくりすると、船乗りたちも真似して二の腕に力こぶを作って見せた。そして顔見知りになった護衛二人が近づいてくる。
「ふん……お前は気にくわない奴だが、チェリナ様を助けてくれた恩もある。手伝ってやるから用事を言え」
ツンデレか!
俺を囲むヴェリエーロの人間を見て、なぜか涙が出そうになった。なんでだろ?
「……助かります」
芋の取り出しはコンテナを使うので、それらはハッグとヤラライに手伝ってもらうことにして、みんなには列の整理を頼んだ。他にも(偽装のため)木箱を増やしてもらったりもした。
10人の新戦力を従えて、露店をオープンしたのだが大変な事になった。
両隣の露店はすでに商売をする気は無いみたいで、ヴェリエーロの人間と交渉したらしく、露店前のスペースを貸し出して撤収してしまっていた。頭がいい人の行動は違うね。
今日は木箱の偽装もあるし、商会の人間が走り回っているので、商品の在庫偽装は必要無いだろう。迷惑にならない量であれば、望むままの個数を売っていった。
売って売って売りまくった。
たぶん計算間違いや受け渡しミスもいっぱいあっただろう。だが細かいことを言っている暇が無い。
馬車の乗りつけを禁止すると、その辺の人間を雇った商人が馬車一杯詰める量を注文し、数十人がかりで抱えていった。ずる賢いというよりは頭が良いのだろう。
両隣の露店だけでなく、さらにその外側の露店もいつの間にか撤収していて、そこも使って大量のキャッサバ芋を売りさばいた。実質5露店分の幅を使って対処した。
昼飯を取ることも出来ずに、それはもう、売り続けた。
そうしてようやく、誰そ彼と日が沈んでいく。
いったい何千人の客が来たのか……、確実に2千は越えているはずだ。洒落にならねぇ……。
ヴェリエーロ商会と協力して店じまいをすすめる。
その際この露店は今日で終わりと言うことを喧伝してもらった。明日来て並んだりしたら可哀相だかんな。
だが、必要としていた大部分には売れただろう。午前中は商人が多かったが午後からは街の人間が増えていた。やはり食料の値上げがきつくて買い溜めに来た人間が多いようだった。
これは後で聞いた話なのだが、俺が大量の芋を市民に売ったおかげで、その他の食料を買い溜めに走っていた商人たちが価格をある程度戻して市場に流し始めたようだ。急激な値上げがなければあとはきっとチェリナやブロウ・ソーア復興大臣
がなんとかするだろう。
たまたまではあるが、役に立ったのなら幸いである。
手伝いに来てくれたヴェリエーロ商会の人全員に金貨2枚ずつを渡した。最初は断っていたが、受け取ってもらった。普通に人件費と考えても安いものである。
そう。
儲かったのだ。儲かってしまったのだ。
細かい計算は省くが、シンボルの数や最終的な所持金から、おそらく一人平均で20kgの芋が売れているはずだ。20kgの芋で2900円の利益が出る。そして逆算すると4000人前後の客が来た事がわかった。
諸経費やらも含めて実際に手に入った金額は……。
1306万7993円だった。
残金1833万7010円。
俺の目がおかしくなった……訳ではないようだ……。芋1つで300円弱程度の利益だってのに……。
いや、考えてみるとデカいとは言え、芋一つで利益200~300円というのは高利率か。
俺は金の計算をすると言って休憩していたのだが、唐突に頭の中に声が響いた。いつもの声より女っぽくなってないか?
【クエストクリアーを確認いたしました。SHOPの商品が増えました】
ふう……ようやくか。これで例のアレが購入出来るようになる。幸い金の目処も立ったからちょうど良いな。
俺は目を閉じてSHOPリストを表示する。新しい商品が増えていた。
【シングルモルト(12年)=2万9800円】
……。
…………。
俺は立ち上がって、クエストの書かれている便せんを取り出した。
「何でだよ!!!!」
思いっきり踏みつけた。
それはもうぼろぼろになるまで。粉になるまで踏んで踏んで踏みまくってやった。
波動全開! 燃えろ俺の小銀河!
「どうしたんじゃ? アキラ?」
近くで片付けをしていたハッグが声を掛けてくる。
「な・ん・で・も・ない」
「……そうは見えんが」
くそっ! 3神教巡りなんざ辞めてやる! クエストとか知るか!
【SHOPの商品が増えました】
「?!」
突然の声にびくりと震えてしまう。
俺は恐る恐るリストをもう一度開いた。
【キャンピングカー(中古)=1420万円】
「中古かよ!!!!!」
俺の叫びはくれないに染まった空に吸い込まれていった。
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