第105話「荒野の栄養ドリンク」
久々に長い時間寝てしまったらしい。早寝した割に起きたのはいつもの時間だった。
今日は筋肉痛を覚悟していたのだが、身体の疲労は全く残っていない。休息の波動理術のおかげだろう。こと肉体にたいして絶大な威力を発揮するな。
もし日本に帰れたらトレーニングジムとか開いて波動理術を広めるのも面白いかもしれない。向こうで使えるかはわからんが、広まったら超人的オリンピックとか見られるかもしれん。楽しそうだな。
今朝も中庭を借りて朝食の準備をしていた。もちろん無骨ドワーフのハッグと、金髪ドレッドエルフのヤラライもいる。
「お兄ちゃん。お客さんだよ」
ガスコンロとフライパンを用意していたあたりでナルニアがやってきた。
「客?」
「うん。神官様」
「ああ、やっと来たか。……悪いけどここに呼んでくれるか?」
「うん。わかったー」
ナルニアはトテトテと宿に戻る。中庭は基本的に宿を通らないと出入り出来ない作りだからだ。すぐに彼女が清潔そうな女神官のムートン・レイティアを連れてくる。
細身の長身で栗色の髪を首の後ろで束ねたダウンテール姿は相変わらずだった。
「おはようございます。アキラ様」
「ああ、おはよう。料理しながらでいいかい?」
「はい。もちろんです」
相変わらず爽やかさを感じるスレンダー美女である。
俺は卵やらベーコンやらパンやらを購入して、いつもの朝飯を作っていく。レイティアは興味深げにカセットガスコンロを見ていた。
「レイティアさんが来たって事は、教会の偉いさんと連絡が取れたって事でいいのかな?」
「はい。長くお待たせしてしまって申し訳ありませんでした」
レイティアがゆっくりと頭を下げた。
「いやいや、宿代も出してもらってたし、もともとこのくらい時間が掛かるって話だったからな。問題無いぜ」
「それを聞いてほっといたしました。ありがとうございます」
急いでハッグとヤラライの分を作る。腹ぺこドワーフを放っておくと色々危険がするからな。二人に渡した後、もう二人分追加して、一人分をレイティアに渡す。
「どうぞ、簡単なもんだけど」
食パンにベーコンエッグを乗せただけの手抜き料理だ。
「え? 私にですか?」
「ああ、もしかしてもう済ませたか?」
「いえ、そうではありませんが、卵とパンとベーコンとは随分と豪勢な食事でしたから私などがいただいても良いのかと……」
「ああ、ついでですついで。どうせハッグはおかわりするし、それに……」
俺は建物の柱の陰から涎を垂らしてこちらをうかがっていたナルニアを指差した。
「どうせまだ作らなきゃならんからな!」
そう言うと、ナルニアは目を輝かせてこっちに来て満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう! お兄ちゃん!」
「まったく……俺も甘いな。お前はおかわり無しだからな」
「うん! ……ふああ……やっぱり美味しいよぉ……お兄ちゃんが作るとなんでこんなに美味しいんだろう」
俺は手を休めずに追加を焼いていく。すでにハッグがスタンバイしていた。
「見ての通りだから、遠慮しないで喰ってくれ」
レイティアは朝食を片手に、祈りを捧げた。
「大地母神アイガスと商売神メルヘスに感謝を……アキラ様ありがとうございます」
「おう、喰ってくれ」
ハッグの分と自分の分を作り終わり、俺もかっ込んだ。早食いは嗜みなのだ。
神官は上品に食べるのかと思ったら、予想外に早食いでびっくりした。もっともナルニアみたいに黄身を口の端から垂らしたりはしてないが。
「ごちそうさまでした。大変に美味しかったです。卵を食べたのは久しぶりです。病気にでもならなければなかなか食べませんから」
「そうなのか?」
「はい。滋養の高い食べ物ですからね。この地域では鶏を育てるのも簡単ではありませんから」
ああ、なるほど。穀物がないと大量に飼うのはむずかしいか。トウモロコシの栽培が軌道に乗ればその辺も解決するかもしれんなぁ。
「満足したみたいだし、そろそろ本題に入ろうか」
「はい」
美少女神官は一度身を正してから、羊皮紙の巻物と、革の小袋を取り出した。
「大地母神アイガス教本部より、アキラ様に教会本部へお越しいただけるようお願いを申し上げます。本来であれば教会から迎えを寄越すのが筋なのですが、とにかくここは本部から見ると僻地です。送迎の馬車など出したら到着するまで何ヶ月かかるかわかりません。旅費としてこちらと、また全てのアイガス教教会が無条件で協力する書面を用意させていただきました。ご無礼を承知でお受けいただきたいと思います」
まあそんな気はしてたので全く問題無い。
「わかった。こっちから行くわ」
「アキラ様の寛大なお心に感謝を」
レイティアが俺に祈りを捧げる。やめてください。
渡された小袋を覗くと金貨が詰まっていた。
「おいおい、これって多すぎないか? 100万くらい入ってるぞ?」
彼女は不思議そうな顔で答えてくれた。
「多いなどと……むしろ少ない金額で申し訳ないと思っていたところです。馬車代や護衛代、宿や食事と必要な場面は多いでしょう」
そう言われると何ヶ月もかかるかもしれない旅費と言うには心許ないのか。
「いや大丈夫だ。色々考えてる事もあるんで」
「そう言っていただけると助かります。私の一存では手が回らないもので……」
「ああ、いいよいいよ」
あの教会とかいかにも金が無さそうだったしな。
それにそもそも神さまからのクエストだ。何も無くても行かなくてはならない。一応生き返らせてもらった恩があるからな。
「それではよろしくお願いいたします。……それでアキラ様はいつ頃出立なさるのですか?」
移動が確定なら早いほうがいい。
「今日は露店をやる約束だからな……明日を休養日兼準備日として明後日には出発しよう」
もともと連絡が無ければ出ようと思ってた日だしな。ちょどいい。
「わかりました。それではこれで失礼します。もし何かわからないことがあれば、お手数ですが教会に使者を寄越してください。すぐにお伺いしますので」
「了解だ」
まぁその時は直接行くけどね。
レイティアは立ち去ろうとしたのだが、それを俺は呼び止めた。
「ちょい待ち」
「はい? いかがしましたか?」
「レイティアさん凄く疲れてないか?」
「え?」
そう、彼の目の下には黒々とした隈が出来ていたのだ。顔色も若干悪い。どうも朝食をごちそうしたくらいじゃ疲れが取れなさそうだ。
俺はすかさず承認させた。
【栄養ドリンク(小瓶)=198円】
先ほどの金貨をポケットに仕舞うフリをして、コンテナに放り込み、ついでに栄養ドリンクを2本ほど購入して取り出した。
残金526万9917円。
「これは?」
レイティアが差し出された栄養ドリンクに眉を顰めた。適当に誤魔化そう。
「あー、これは身体が少しだけ元気になる飲み物の……試作品だ。怪しいものじゃないから飲んでみてくれ」
俺はキャップを捻り小瓶を渡す。
「貴重な物ではないのですか?」
「そんなでもない。飲んでみてくれ」
「それではいただきます」
彼女は躊躇無くくいっと飲み干した。少し俺の事を信用しすぎじゃ無いだろうか。
「ずいぶん甘いのですね。薬の様でしたから苦いものかと」
ああ、だから一気に飲み込もうとしたのか。
「子供でも飲みやすいだろ。もう一本は明日飲んでくれ」
「感謝いたします」
これでちょっとは元気になってくれりゃいいんだが。
「それでは失礼いたします」
今度こそレイティアはこの場を去って行った。
俺はハッグとヤラライを振り返る。
「聞いてたと思うが、明日準備して、明後日には出発するぞ」
「えっ?!」
驚いたのはナルニアだった。
「お兄ちゃんたちどっか行っちゃうの?!」
宿屋の娘とは思えないセリフだった。
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