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第104話「荒野の和風おろしハンバーグ」


「疲れたぜ……」


 今日の露店はナルニアが帰り、特徴的な少女が帰ったあたりから急に客が増えていった。

 どうもヴェリエーロ商会に行った商人たちが俺の露店の事を聞いて移動してきたらしい。しかも商会でいつ売り切れるかわからないと煽られたらしく、どの商人も少し見本を確認しただけで大人買いしていくのだ。おそらく食料品の買い占めを始めている商人たちなのだろうが、幸いというか生憎というか、俺の露店に品切れという文字は無い。

 さすがに馬車一杯分など、誤魔化せない量を注文された時は断った。

 途中で何度かヤラライに、アイテムバッグから木箱に補充している演技を頼んだりした。若干ぎこちない感じだったが、殺気だった商人たちは仕入れる事が優先でそこまで目が行っていなかったらしい。


 露店を畳む時間は慣習的に決まっているらしく、周りの露店が店じまいするのに合わせてこちらも終わりにした。買えなかった人たちが騒いでいたが、品切れだと伝えると渋々散っていった。


「すまんヤラライ、晩飯は弁当でいいか?」

「かまわん」


 宿に戻ってからベッドに倒れ込む。波動理術のおかげで動けてはいるが疲労は溜まっている。

 せっかくだし新しい弁当でも出すか。少し悩んでからこんなもんを承認してみた。


【和風おろしハンバーグ弁当=699円】


 肉は食いたいが疲労からさっぱりした味付けが良かったのだ。

 弁当と水で700円×2。


 残金427万3292円。


「うまい」


 ヤラライは相変わらずの感想だったがお世辞を言う性格でもないだろうから、気に入ったのだろう。

 彼が部屋から出て行くのと同時に俺は眠りについていた。


==========================


 明けて翌日。

 今日もハッグに会えなかった。別に恋い焦がれている訳では無いが、あの存在感の塊と会っていないとどことなく物足りなく感じがする。まあ忙しいだけだろう。

 カツサンドを買いに来ないハッグというのは想像していなかったが、用事が終わればまた騒ぎ出すだろう。


 ヤラライと朝食を食べているとナルニアが指を咥えて柱の陰からじーっと見つめて来やがるので、しかたなくごちそうしてやった。甘やかしてるかもしれないが視線がうざかったのだ。


 残金427万2313円。


 料理の途中、ガスが切れたのでカセットガスも購入した。

 準備が完了したので露店に向かったのだが、大変な事になっていた。


――――


 露店前にはすでに50人近くの商人が待ち構えていて、留守番のヴェリエーロから来てくれている小僧が汗を流して対応してくれていた。俺は急いで木箱に芋を補充すると、丁稚の小僧に銀貨を2枚握らせてすぐに露店を開店した。


 残金427万0313円。


 ここでようやく92話の冒頭に戻るわけだ。

 開店直後は阿鼻叫喚の様相だったが、どうやらほとんどは朝一で旅立つ商人たちだったらしく、彼らがいなくなるとだいぶ落ち着いた。

 ……と思っていた。

 どこから噂を聞きつけてきたのか、今日は商人だけでなくどうみても一般の主婦なども大挙して訪れていた。満員御礼というレベルでは無い。なかば広場をパニックに陥れるような騒ぎにまでなってしまった。

 ヤラライの奮闘もあってなんとか客を捌いていく。

 もう補充の演技とかやってられなかった。そんな事にこだわってる余裕もなかった。まぁあの混乱では気がつく人間もいないだろうが。


 波動全開で朝から晩まで芋を運び続けた。本当に死ぬかと思った。露店の終わる時間になってもまだ人はかなり残っていたが体力の限界だったので、品切れと帰ってもらった。両腕が痙攣している。波動理術が無ければ開始1時間でダウンしていただろう。

 疲労困憊である。


 ふらつく足で宿に戻ると、俺の部屋にハッグが居座っていた。

 どうやって入ったんだよ……。


「おう! 戻って来たの!」


 無駄に元気で上機嫌だった。なんだってんだ。


「久しぶり、と言うほどでも無いが今まで何やってたんだ?」


 俺は重い身体をベッドの縁に降ろす。


「それはあとじゃ! それよりカツじゃ! 揚げたてのカツを作るんじゃ!」

「嫌です」


 俺は即答した。お前は俺の状態が目に入っていないのか。


「なんでじゃ?! ワシャずっと我慢しておったんじゃぞ?!」

「いや、知らねーよ。……今日は勘弁してくれ、マジで疲れてんだ……」


 ぐったりしている俺にようやく気づいたのか片眉を上げた。


「なんじゃ? 露店ではなく訓練でもしておったんか?」

「ちげーよ。露店だよ。なんか妙に客が来てな……忙しいのなんの……」

「ふむ」


 ハッグが俺の太ももを掴んだ。


「なるほどの、ちょうど良い運動になったわけじゃな。うむ。ではワシの呼吸を真似して波動を体内に駆け巡らすのじゃ」


 俺は疲れているのだが、ハッグの反論を許さぬ強引さで仕方なく真似をする。


「もっとゆっくり、深くじゃ。いつもよりも身体全体をゆっくりと、深く、それでいて軽やかに流すことを意識するんじゃ」


 ご教授に従い10分ほど練習すると、急に体内の抵抗が軽くなった気がした。


「うむ。よかろう。それが休息の波動と呼ばれる波動理術じゃ。……波動の型の名前では無いぞ。お主は「螺旋」じゃからな。何か別の言い方を推奨しておるようじゃが忘れたの」

「大丈夫だ。わかってる」


 なるほど休息と付くだけあって、身体にのし掛かっていた鉛のような重さが薄らいでいく。さすがに完全に取れるわけでは無いようだ。なんというか温泉に浸かっている感覚が近い。


「仕方ないのう……休息の波動を使えば筋肉痛を抑えられるだけでなく、効率よく筋肉にすることが出来るんじゃ。しばらくは纏っておけい」

「そうする」


 筋肉ついちゃうのか。もしかしてヤラライみたいな細マッチョも夢じゃ無いのか、少しだけ憧れるぜ。


「それで、妙にご機嫌がなんかあったのか? 最近姿を見なかったけどよ」


 俺の問いに、ぐばあと大口を開けて豪快に笑い出す。


「ぐわあっはっは! これを見るんじゃ!」


 ドワーフの無骨な手に乗っていたのは……。


「カード型空理具?!」


 俺は思わず身を乗り出してそれを覗き込んだ。え、なんで?


「もう販売されてたのか?」


 空理具屋のハロゲンも売るつもりで作っていたんだろうから、もう売り出されてても不思議では無いが、何というかもう少し先になると思っていたので意表を突かれた。それにしては随分と見た目の印象が違う。根本的に紙製じゃないし。


「違うわい! これはワシが作ったんじゃ!」


 ……。


「え?」


 意味がよくわからない。


「お主、よく清掃の空理具を使っておったろ、こんな形の空理具をじゃ」


 たしかに内緒にしろとは言われていなかったので、ハッグやヤラライの前では普通に使っていた。使ってはいたが……え? なに? それを見ただけで作っちゃったわけ? このドワーフさん。


「お主がお嬢ちゃんと乳繰りあってるあいだに、和紙を分けてもらってな。まずは真似して作ってみたんじゃ」


 そんなに簡単に作れるもんなの?


「じゃが真似だけではつまらんからの、見ての通り金属で作ってみたんじゃ。極限まで薄く伸ばした金属板を幾枚も重ねてな。くそ薄い金属板に理力陣を彫刻してそこに秘密のインクを流し込んでじゃな、最初はえらい苦労したわい」


 なんか凄いことやってないか?


「よく金属なんかで作れたな」


 するとハッグは呆れ顔を浮かべた。


「何を言うとる。そもそも空理具は金属球が基本じゃろう」


 言われて棒のついたあめ玉型の空理具を思い出す。


「そういやそうだな」

「うむ。金属球タイプの作り方は確立されておるからな。知識があれば修理や製造が可能じゃ。一般的ではないがの」


 本当に知識だけで出来るものだろうか?


「ま、理力石ばかりはワシでも作れんがな。空理具屋で火の空理具を買ってきて分解して手に入れたわい」


 よく見ると炎とわかるイラストが精巧に刻み込まれていた。


「ハッグすげえな」

「うわははははは! いくらでも褒めるがええ!」


 マジで凄いと思うんだけど。


「それで、その空理具をどうするつもりだ?」

「ん? 別にどうもせんわ。ワシの発明心が疼いたから作っただけじゃからな」

「疼いたからって、そんな簡単に作れるもんでもなかろうに……。いや実はそのカード型のアイディアをチェリナの所に売ったんだよ。このままだとアイディアをハッグに売ったと勘違いされるかもしれん」

「ふむ」


 ハッグが髭を弄る。


「ならば事情を話した上で、この金属製の作り方を教えてやれば満足するのではないんか?」

「それなら大丈夫だと思うが、作り方を教えてもいいのか?」

「どの道カード型の空理具が売り出されれば遅かれ早かれこの形にも誰かがたどり着くじゃろ。それにワシにとっては作り出す事自体が楽しいだけじゃからな。別に真似されても一向に構わんわい」


 なるほど。ならいいのか。


「じゃあその方向で」

「うむ」


 金属光沢のカードはかなり格好いいから、あとで俺の手持ちのカードも作り直してもらおうかな。


「それで、さすがに料理する気力はないが、カツサンドかとんかつ弁当ならすぐ出せるぞ」


 ハッグが難しい顔をして髭を弄る。


「うーむ。どうせなら揚げたてが喰いたいからのぅ……明日作ってもらうかの」

「わかった。夕飯でいいか? 朝から重いもんは喰いたくないし、昼はおそらくまともに取れないと思うからな」

「ふむ。ならば露店を手伝ってやるから、トンカツをおごるんじゃ」

「了解」


 正直人手不足なんで願ったりである。


「……悪いが俺はもう寝る。ヤラライすまんが、飯はどっかで食ってくれ……もう、限界」


 俺は背広を脱ぎ捨てるとベッドに潜り込んだ。もう晩飯とかいらない。


「しかたないの……酒場にでもいくかの」

「……お前、別の所、行け」

「何でじゃ?! 草エルフこそ別の所へ行けばええじゃろ!」

「無礼な、ドワーフ、場末の、酒場行け」

「なんじゃと?!」


 ガチャリと重い音がする。


「やるか?」


 ぶおんと風を切る音がした。


「お・ま・え・ら・出て行けー!!!!!」


 神よ、我に艱難辛苦を、与えるな!!!!


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