第103話「荒野の秘密な角少女」
(長いです)
朝起きてから、最初にハッグの部屋に行った。
「おーいハッグ。カツサンドを食べなくていいのかー?」
ほとんどカツサンド中毒患者だったので色々心配だ。禁断症状で奇妙な踊りなどしてなきゃいいんだが。
声を掛けてノックを繰り返したが返事が無い。部屋の鍵も掛かっていた。
「あ、お兄ちゃん、ハッグさんならとっくに出かけたよ?」
そこにクジラ亭の幼女ナルニアがあらわれる。
「そうなのか? 随分忙しいみたいだな」
「ドワーフさんって、何かに熱中するとそんなもんだよ」
そうなのか……。ワーカーホリックの上司を思い出すなぁ。
「まあたいした用事じゃないからいいや。ナルニアはハッグに会ったのか?」
「んーん。お父さんが見たって」
「なるほど」
ハッグがそんなに忙しいなら出立日を伸ばすか?
そこまで急ぎの旅でもないし。まあ神官さん次第かな。
いつものごとく朝食と歯磨きを済ませて宿を出た。
残金427万4692円。
――――
露店に行くとちょうど小僧が焼いた芋を食べ終わった所だった。彼は慌てて芋を飲み込むと直立してこちらに頭を下げる。
「ゆっくり食べてて良かったのに」
「い、いえ! 失礼しました!」
小僧は慌てて七輪と炭の入った麻袋を片付ける。
「お芋ありがとうございました! 美味しかったです! 交代したみんなもお礼を言っていました! 七輪のおかげで夜も寒く無かったと感謝していました!」
ぺこりと頭を下げる。この世界の子供は働き者だ。まあアジアでは割と当たり前の話だったりするのだが。
それより夜の寒さの事を考えていなかった。自分は暖炉の部屋でぬくぬく寝ていたというのに……。結果的に少しでも快適になっていたなら良かった事にしておこう。
小僧が去って、木箱を確認すると残していた芋は全て無くなっていた。この辺の遠慮はないらしい。俺としては好感だった。子供に遠慮は似合わない。
ヤラライに見張りを頼んで木箱を芋で埋めていく。昨日は予想より売れていたので今日は多めに入れておこう。
そして露店を始めるとすぐに人が集まってきた。早いな。
ほとんどは昨日お試し買いしてくれた人たちだった。雑談の中で近いうちにこの街を出る事も話していたので、売り切れる前に買いに来てくれたらしい。ほとんどの人が10kg……5本以上を買っていってくれた。間違えていると困るので全員にシンボルは渡しておいた。意外と利益になってるしな。
今日は客が次々と訪れる。大半は昨日と同じ反応なのだが、中には大袋で5個くれなんていう人もいた。そういう人たちの大半は商人風の服装だった。用意していた芋は瞬く間に無くなり、かなり小まめに補充することになった。忙しい。
ただ、並ぶと言うことをあまりしない人たちだったので、かなりおっかないタイミングも生じた。怒声上げて文句言われてもこっちが困るわ!
ヤラライの獅子奮迅の活躍で、午前中に固まっていた商人たちはなんとか捌けた。
昼を過ぎると客足がまばらになり、時々暇になる。
ちょうどそんな人の途切れたタイミングで見慣れた客が来た。
「なんだ、今日も来たのか」
「えー! 酷いなお兄ちゃん!」
言わずもがなナルニアである。彼女そのものは見慣れているが、その後ろに見慣れない幼女軍団がいた。
いや幼女と言うほど幼くも無いか。ナルニアと同じような背格好の女の子が揃っている。
「んで? 今日はこんな大勢でたかりに来たのか?」
「またもや酷い! 私の事なんだとおもってるんですか!」
怒ったところでまったく凄みは無いが、女を怒らせると後が怖いので、普通に対応することにする。
「今日も買い物か?」
「うん。すっごいごちそうでもないけど、お腹いっぱいになるし、食料品だと今はお兄ちゃんのお店が一番安いんじゃ無いかな?」
「そうなのか?」
そこまで安い設定では無いと思うが。
「普段ならかなり高いと思うけど、珍しい品種だからそんなに不思議に思わない範囲かな? ねえこのお芋ってチェリナ様の商会で扱うようになるんだよね?」
「ああそうだ。その話したっけ?」
したような、しなかったような。
「うちに泊まってるお客さんでもう話題になってたよ。あのヴェリエーロ商会の扱う商品って事でみんな目がギラギラしてた。商人さんたち来なかった?」
そういえばまとめ買いしていく商人が結構いたな。
「ああ、それらしいのはいたな」
「やっぱり……売り切れちゃう前に友達誘って来たんだ。まだみんなどこで商ってるか知らなくて探してたみたい。中にはヴェリエーロ商会に直接行っちゃう人もいるんだって」
あそこは直売りはせんだろ。行商人や商会相手なら売ってくれるかもしれんが、そもそも芋はまだ育ってないはずだ。6ヶ月もすれば育つはずだがそれまでは無駄足だろう。
「俺からはハッキリと言えんが、半年ぐらいしたら市場に出回るんじゃ無いか?」
何せ1万本も売りつけてやったからな。ヤラライの農業指導も入ったし、堆肥も確保出来ている。おそらく一気に出回るだろう。
「そうなんだ。もうちょっと安くなってくれたらいいんだけどなぁ……」
「一晩で終わったとはいえ、戦争直後だからな……暫く物価が上がるのは避けられないだろう。俺もちょっとは利益を出しておかないとまずいんだ。ボってはないはずだがな」
仕入れに人件費も輸送費も掛かってないので、考えようによってはボってると言えなくも無い。
「大丈夫だよ。パンですら値上がりしてるんだもん。お兄ちゃんのお店が高いだなんて誰も思ってないよ。それよりも商人さんたちが買い占めちゃって、市場に出回らなくなっちゃってるんだ。売ってくれるだけでも助かるんだ」
「ならいいが……。さて、空いてる内に終わらせるか、みんなどれだけ欲しいんだ?」
俺が尋ねると、それぞれ20kg近く買っていく。用意の良いことに全員大きな籠を持参していた。
この世界ではレジ袋なんかないので入れ物を持参するのが当たり前なのだろう。全員に芋を1つずつオマケすると屈託の無い笑顔でお礼を返してくれた。
うんうん。あんまりひねくれないで育ってくれ。
「この芋の話じゃないが、芋と一緒にトウモロコシが出回るかもしれないぞ」
「トウモロコシ?」
ナルニアが首を傾げる。
「ああ。どの程度まで育つかわからんが、味は美味いはずだ。主食候補という意味ではキャッサバと張るな。どっちでもいいから根付いてもらいたいもんだ」
「じゃあ食糧不足は解決するの?」
「確実ではないが……今までのように輸入だよりになる可能性は低くなるかもしれないな。そしたら農夫の需要も増えるだろうし、職不足も少しは解消されるかもしれん」
もし戻って来たときに、荒れ地がトウモロコシとキャッサバで覆われていたら、壮観だろう。
「それまでがんばれば良いんだね!」
「そうなるようにチェリナを初めみんなが努力している。きっと大丈夫だ」
それを聞くとナルニアだけでなく、ツレの子供たちにも笑顔が広がった。
「チェリナ様が頑張ってるなら私たちも頑張らないと……じゃあね! お兄ちゃん!」
子供たちが手を振って去って行った後、あめ玉くらいやれば良かったと後から気がついた。
「……ま、いっか」
シンボルは渡したしな。
ナルニアたちが去って行ったあと、一人だけ残っている子供がいた。いや違う、風体から彼女のグループとは関係無いだろう。
少女は……何とも言えない容姿をしていた。中学生くらいのロリ体系で、髪は黒銀……とでも言えば良いのか、透き通った黒が輝いている。そんな陳腐な表現しか出来ない美しい色をしていた。
髪型は腰まで伸びるポニーテールでまるで生きているかのように微風で揺れていた。
だが、そんな目立つ髪よりも気になる点が二カ所ある。
一つはその瞳だ。
金色に輝く神秘的な瞳なのだが、珍しいのは色ではない。爬虫類を思わせる縦長の大きな猫目であった。
この世界に来てから色んな種族を見ているので変わった目も慣れたと思っていたのだが、全体から漂う不思議な雰囲気からか妙に惹かれてしまう。
もう一つが頭の上にある2本の小さな角だろう。今まで角の生えた種族はお目に掛かったことが無かった。
本当に色んな種族がいるもんだ。
さらに服装も個性的だった。
まず目に付くのが両腕に装備した黒銀の巨大な爪付きの手甲と、お揃いのグリーブブーツだ。どちらも同系統のデザインでやたら意匠が凝っていた。細い体型とはアンバランスなサイズだが、無理して装備している感じは受けない。
次に目に付くのはショートマントと肌の露出した服装である。膨らみかけの胸を申し訳程度に覆う布地と、大胆にヘソを露出するきわどいカットのパンツ。腰布が飾りとしてぶら下がっているが健康的な太ももを強調する役割しかないだろう。
容姿は日本人好きするやや幼さを残すアイドル顔で、すこぶる美少女だった。芸能事務所があれば大挙してスカウトに来るレベルだろう。間違いなくセンターだ。
黒銀髪少女はカウンターの芋を見ているのかと思ったのだが、どうも視線が俺に向いている気がする。ヤラライの指摘通り背広が珍しいのだろうか。
やや離れた場所に立つヤラライを見ると、彼はその少女を見つめていた。彼も見惚れているのかと思ったが、どうやら警戒しているらしい。やたらと目つきが鋭くなっていた。
そんなエルフの視線に気づかないのか、とことこと音を立てて少女がこちらに歩いて近づいてきた。
少女はカウンターのキャッサバ芋を掴むと、しげしげと見つめる。そして俺と芋を交互に見つめる。
「ククク……まさかこんな物が存在するとはな」
少女は口元を歪ませて妙に大人びた口調で暗い笑みを浮かべた。そんなに芋が珍しいのだろうか?
「ヌシよ。これはどこで仕入れた?」
少女が芋を持ち上げた。さすがにそれを言うわけにはいかない。
「すみません、それは商売上の秘密でして。不安があるなら買わなくて構いませんよ?」
「ククク。秘密か。良いな。秘密は良いものじゃ。ワレはそういうのが大好きじゃ」
なんだか不思議な話し方をする女の子だ。年寄り臭いというか……。おっと女の子に失礼だったな。
「秘密がお好きなんですか?」
なんとなく聞いてしまった。
「そうじゃ。ワレは秘密が大好物じゃ。一つもらおう」
どこからか銀貨を2枚取り出してカウンターに置いたので、お釣りを出そうとするが、手で遮られた。
「釣りはよい。小銭は面倒じゃ」
「ありがとうございます。……それではこちらをオマケしましょう」
小袋入りのあめ玉セットを購入して、芋と一緒に渡した。若干利益が削られるが、子供相手なのでサービスと言うことで良いだろう。少し甘いかもしれないな。あめ玉だけに。
「ククク……珍しい菓子じゃな。しかし菓子より貴重なパルペレに包んであるとは価値がわかっておるのかおらんのか」
パルペレってなんだっけ?
「えー……まぁ商売上の秘密ですよ」
秘密が好きって言ってたからこれで誤魔化そう。
「ククク! 秘密か! 良いな! 秘密は良い!」
気に入ってもらえたようだ。
少女はあめ玉を口内に放るとがりがりとかみ砕いてしまった。
「あっ! それは噛まずに口の中で溶かす菓子で……」
「ククク。問題無い。ワレの歯は特別製じゃ」
そう言って彼女は指で口端を引っ張って歯を見せつけてくる。綺麗な歯並びで八重歯がチャームポイントだった。
「大丈夫なら良いのですが」
あめ玉と油断して思い切り噛みしめると、歯が欠ける可能性もあるからな。
「ククク。問題無い」
少女は話し出す前に必ずくぐもった笑いを挟むな。癖なのだろう。
少女が腰に下げている小さな革袋に芋を仕舞ったタイミングでまた別の客が来た。
「ククク……それでは行くか」
「お買い上げありがとうございました。明後日まではここで露店を開いていますので、気に入ったらまた来てください」
「うむ」
彼女が背中を見せたタイミングで忘れ物に気がついた。
「あ、これオマケです。お守りみたいなもんですがよければどうぞ」
俺は慌てて木製のメルヘス神シンボルをカウンター下から取り出して渡した。
一瞬少女の身体が固まったような気がした。
「……ククク。ありがたくもらっておこう。ではまたな」
「はい。ありがとうございました」
今度こそ黒銀髪の角少女が去って行いった。
その後すぐに忙しさが戻って来たので俺の中でその存在はすぐに薄れていった。
この時は彼女とあんな再開をするとは思ってもいなかった。
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