第101話「荒野の超能力」
朝である。
昨夜は色々飲んだり食べたりで12730円も使ってしまった。
残金436万3664円。
今日から露店である。
おとぼけ女神メルヘスさんからのクエスト「経済自由都市国家テッサで露店を開き購入者にメルヘスのシンボルを最低でも100以上配ること」を達成しなければならない。
今日から3日か4日は露店をする予定なので、特にトラブルが無ければ100くらいはなんとか配りきれるだろう。
ちなみにそれが商売の神さまのシンボルですよ、などと言いふらすつもりは無い。俺は空気の読めない男なのだ。
さて、ハッグに挨拶くらいしておこうと思ったら太陽が昇る前に出かけてしまったと宿の主人であるナルニアの父親が教えてくれた。いないならしょうがない。
宿の狭い中庭で歯を磨いているとナルニアがやってきたので今日は露店をやると教えてやると、時間が空いたら来ると言うので「邪魔だ」とあめ玉を口の中に放り込んでやった。
「うー! お兄ちゃんの意地悪! でもおいしー!」
怒るか喜ぶかどっちかにしろよ。幼女の百面相はほっこりするが俺は忙しいのだ。そこにヤラライもやってきて木の枝で歯を磨き始める。
「……使うか?」
俺は新しい歯ブラシを購入して差し出した。
残金436万3480円。
「興味あった、使う」
ナルニアがいるからかミダル語で返答してきた。さっそく歯ブラシを使い始めるが、普段使っている物と勝手が違うのかしばらくもどかしい手付きを繰り返していた。だが箸すら数日で使いこなせるようになったエルフだ、すぐにコツを掴んでリズミカルに歯を磨いていく。
「悪くない」
「そうか。ここの毛先が開いたら新しいのを出すから教えてくれ」
「うむ」
清掃の空理具でもなんとかなりそうだが、こればっかりはな。口の中に砂が沸いても嫌だし。
朝の準備と朝食を済ませて露店へと向かった。
残金436万2671円。
そのまま中庭で料理をしていたらナルニアにすっごい見られたのでしかたないので分けてやった。幼女はたかるのが上手い。
焼きベーコンと目玉焼きをパンに乗せただけの朝食をそこまで美味そうに食べてもらえると、まあ作ったかいがあったというものだ。うん。
――――
さて、今日は露店に直行である。歩きながらヤラライと打ち合わせをしておく。
「露店に着いたら、俺が木箱にキャッサバ芋をコンテナから移していくから、他人に覗かれないように見張りを頼めるか?」
「問題、無い」
ヤラライはいつも通り、ネイティブアメリカン。一切の差別無くインディアン装束と言うのが一番ピンと来るだろう。頭は美しい金髪なのにドレッドである。だがイケメンだ。
背中に黒針と呼ばれる直径が子供の握り拳はある極太のエストックを下げている。
いやもうこれエストックとは言えないな。だから黒針と呼ばれているのかもしれない。そんな凶悪な武器をぶら下げているのにイケメンである。
そんな浮いている格好だからか、イケメンだからか、ヤラライは街を歩いていると注目度が高い。
「モテるな、ヤラライ」
俺がからかってやるとイケメンエルフは小首を傾げた。
「なんだよ、みんなお前を見てるじゃ無いか」
エルフは鈍感な生き物なのか?
「違う」
何が違うんだよ。見ろあそこにいる街角のお嬢さんたちを、ひそひそとお前を見ているでは無いか。
「違う。見てるの、アキラ」
……ん?
「俺?」
いや確かに並んで歩いているんだからそうとも言えるが……。
「エルフの戦士、相手の視線で動きを読む。間違いない」
「ほとんど超能力じゃねーか」
「……?」
「いや、気にするな」
そういや超能力って通じないんだったっけ。
「ヤラライの実力を疑う訳じゃ無いが、俺を見る理由なんてないだろう」
「……本気か?」
自慢じゃ無いが顔でモテた事なんて一度もねーぞ。彼女はいたが……いや、思い出すと泣きたくなるからやめよう。
「メガネ」
え、なに急に?
「服装、顔立ち」
あ、ああ……目立つ部分か……いきなりメガネとか唱えられてびっくりした。空飛ぶ島でも崩壊させるのかと思った。
「タバコも、その形、珍しい」
指を無意識に咥えていた紙巻きタバコに向けられる。
「……俺、いつから吸ってた?」
「宿を出て、すぐ。吸い過ぎ、良くない」
おっしゃる通りで。……タバコ切れてるじゃん。値段を考えても本当に控えないとな。でも買っておこう。うん。
残金435万8071円。
「服か……背広が一番気合いが入るんだよな」
「それ、立派すぎる。町歩き、露店だと、目立つ。見られてる、アキラ」
「そうか……」
うーん。やっぱりこっちの服も手に入れた方がいいかね。前にちょっと覗いた感じだと生地とか悪くてなぁ……。
あ、でもチェリナとかその両親が着ている服は随分と仕立てが良かったな。まあ約一名布面積をもう一度見直すべきお方がいらっしゃったが。
「ま、先送りだな。とにかく今日やることを頑張ろう」
「そうだな」
ヤラライが頷いた。
――――
「おはようございますアキラさん。今日も雲一つ無い代わり映えのしない天気ですこと」
「……」
乾ききったこの街には不釣り合いな、肌つやが潤いで満ちた女性がいた。現在のヴェリエーロ商会臨時代表であるフリエナご婦人であった。
何してんのこの人。
「あら、どうかいたしまして?」
俺が無言でいたからか声を掛けてくる。理由なんぞ聞くまでも無いだろうに……。
「いえ、なんでフリエナさんがいらっしゃるのかと……」
「昨日も案内差し上げたではないですか、今日いない理由にはなりませんね」
「……」
あり過ぎて突っ込みきれんわ。
そもそも今日も人が来るとは聞いてない。
「見張りとして置いておいた商会の人間の慰安に参りましたのですわ。ほら、あそこで」
彼女が手にした扇子の先で指したのは、昨日部下を追いやった飲み物屋だった。商会の人間だろう男性がこちらを見ていたが、その態度はそわそわとして落ち着かない。
そりゃあそうだろうなあ。
「……夜通しの見張りをお願いしてしまいましたね。感謝いたします」
日本人相手なら「お願いしてすみませんでした」とつなげるところだ。
「いいんですよ。彼も少々お小遣いが増えたのですから喜んでいるでしょう」
そう思っていてくれればいいんだがな。
「さて、それでフリエナさんがどうして?」
今答えを聞いたばかりだが、あえて同じ質問をする。
「いえ、気分転換に準備の様子を見せていただこうと思いまして」
扇いでいた扇子をぱたんと閉じて口元に持って行く。昨日も持ってたっけ?
「準備と言っても、商品と小銭を用意するだけですよ?」
「ええ、存じております」
さてどうしたものか。これではこっそりコンテナから木箱に入れるのは難しいな……。
念のために背負っておいた麻袋を木箱に入れて、そこに手を突っ込む。アイテムバッグと思わせればいいだろう。
購入する量だが、一人1個買ってもらえるとして一人2kg。100人に売らなくてはならないので最低でも200kg。だがいきなり全部出したら怪しまれるだろう。
……そうだな、今日は20人もくれば御の字だろうから40kgもあれば十分だろう。【麻袋入りキャッサバ芋(10kg)=5000円】を4つ購入することにした。
20kg入りにしなかったのは手持ちの麻袋より大きくなりそうだったからだ。
残金433万8071円。
初めヤラライはフリエナの視線から守ろうと俺との間に割って立ったのだが、俺は首を振ってやめさせた。お世話になっている人に不義理は出来ない。それにこれだけ注意しておけば能力がばれる事もないだろう。
もう一つ商会が用意してくれていた、区切りの付いた小さな木箱に小銭を入れていく。
前にチェリナからもらった小銭入れから移したので怪しいところはないはずだ。カウンターの下に小箱を設置して終了……じゃないな。麻袋経由でコンテナからメルヘスのシンボルが入った袋を取り出してカウンター下に置いた。
今度こそ準備完了か。
真夏の炎天下に会社の新製品サンプルを路上で配るのを手伝わされたことがあった。着ぐるみでだ。あの時はさすがに死ぬかと思った。それに比べればエアコンが無くても天国だな。タープで日陰を作ると案外暑さが和らぐ。
カウンターの隅に水の入ったペットボトルを2つ出しておく。一つはヤラライ用だ。
フリエナはそれら準備の様子をじっと観察していた。何が面白いのか……。
「フリエナさん。おかげさまで準備は終わりましたよ」
彼女は数歩下がった位置でずっと同じ姿勢を維持している。畳んだ扇子を口元に当てたままのポーズだ。チャイナとか着せたら似合いそうだな……。
「これはチェリナさんが育て始めたキャッサバですね。初めに話を聞いたときは彼女がとち狂ったのかと思いましたわ」
表情を崩さずに扇子を手の中でくるりと一回転させた。
そりゃそうだろう。彼女の名誉のために誤解を解いておかねば。
「いえいえ、私が無理を言って購入していただいたんですよ。貸しを少し返せとね」
俺はピエロで十分だ。
「その事ではありませんわ」
彼女がようやく相好を崩した。
「あの娘が感情で動く日が来るとは……月日が流れるのは早いものですねぇ」
いまいち前後の繋がりがわからないが、どうやら馬鹿にしている訳でも文句を言っている訳でも無いらしい。
フリエナは少し遠い目をする。
「それではわたくしは行きますわ」
「はい。色々ありがとうございました」
俺は頭を下げて礼を述べたが、彼女は動かない。不思議に思ってみていると、じっとこちらを見ていた。
「……何か?」
彼女は扇子をくるりと回して、背負っていた空の麻袋を指した。
「アキラさん、普通アイテムバッグは革製ですことよ?」
「え?!」
フリエナはクスクスと滴るような笑みを浮かべて背中を向けた。そしてぼそりと呟く。
「まさかギフト持ちでしたとはね……」
彼女の呟いた内容は後でヤラライが教えてくれた。
この時俺は呆然とその背中を見送るしか無かった。
まったくもって女は恐ろしい。いや、フリエナ女史恐るべし、だな。
俺は額の汗を拭った。
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