余裕をもって行動しましょう
狭い更衣室にクラスの女性14人、濃厚な女の子の匂いが立ち込めている。
世間の紳士諸君にはうらやましいとか思われるだろうが、実際にこんなところに20歳の男が一人放り込まれると実に肩身が狭く、自分がこんなにも矮小な存在であったのかを気づかせられる。
「どうしてそんなに端に」
「私、肌を他人に見せるのがあまり得意でなくてすみません」
「いえ、謝らなくても結構ですよ。そういった方は結構いらっしゃいますから」
手早く着替えてしまおう。
上は疑似胸でカバーできているが、下は目も当てられん状況になっているからな。
ロッカーの陰に隠れるようにして長ズボンを履いてスカートを外す。
因みにここはハーフパンツが指定の体操着になっているのだが、俺は健康上の理由で長ズボンの着用を許されているということになっている。
願わくば水泳の授業が始まる前にここからおさらばしたいところだな。
続いて上。
こいつは隠しようがないので観念してスピード重視で着替える。
制服ををまくり上げると問題発生。
旧神の印が彫られたアミュレットが服に引っ掛かってしまった。
「あら?大丈夫ですか?外してあげますよ」
隣でまぶしい白色の下着姿になっていたステラがアミュレットを外してくれた。
「すみません助かりま…した」
ステラはしげしげと今取り外した俺のアミュレットと彼女の豊満な胸元に垂れ下っている割れた俺のアミュレットを見比べている。
「これ、一緒の…」
何でそれを持って?回収されなかったのか?!
あの食屍鬼の事件で俺はアミュレットを彼女に着けたままだったのだが、どうやらそのまま回収されず彼女の手に残ったままになっていたらしい。
「葵さん。これって手作りですよね?さっきHRでそう仰ってましたもの。私のこの割れてしまっているペンダントと同じ物に見えるのですけれども、持ち主について何かご存じありませんか?これを下さった方にはどうやら大恩があるそうなのです。ちょっと前に私、誘拐されてその際にこれを貰ったらしいのですが、詳しいことはおじいさまに教えていただけなくて」
彼女はこれまでゆっくりとした口調で俺に話しかけてきていたのだが、途端にまくしたてるように俺に問い詰めてくる。
どうするどうやって言い訳する?…
「そ、そうみたいですね。私作った小物をたまに露店で売っているのですが、その割れたペンダントの持ち主も私の露店で購入されたのかもしれませんね」
ちょっと苦しいか?いやでも破たんはないはずだ。
「そう…ですか…」
しゅんとしてしまうステラさん。
ごめんよ。
「えっと。あ、そうそう思い出しました。確か男性の方が最近私のお店で購入されていましたね」
罪悪感のせいか完全に余計なことを口走ってしまう。
「それはいつどこでですか?!」
ずずいっと俺に詰め寄ってくるステラ。
ふわりとフローラルの香りが漂ってくる。
豊満なお胸様が俺の疑似胸にあたっているが、悲しいことに感触はほぼない。
「えっとY市の噴水公園だったと思います」
お胸様が悪いのだ、とっさに自分の事務所付近のいつもカップルがいちゃついている公園の名前を言ってしまったが、大丈夫だと思いたい。
「教えて下さりありがとうございます。これであの時の」
ステラの声を遮るようにまだ名前の知らない女生徒の声が聞こえてきた。
「ステラー?白鳥さんーもう閉めちゃうよー」
他の女性たちはもう着替えてしまったようだ。
「あっ随分話込んでしまいましたね。そろそろ着替えて行きませんか?」
「はい!!」
何か嬉しそうなステラをできるだけ見ないようにして体操着に着替え、グラウンドに急ぐのだった。
「今日は前回に引き続き走高跳を行います。えっとそこの本を持っている君」
勿論俺のことだろう。
「はい」
「それどこかに置いてこれないの?」
「すみませんこれがないと私震えが止まりませんので、学園長には許可をいただいております。あと少しの間でしたら大丈夫ですので、授業には参加できます」
困った時の学園長、あとで話を合わせておかないと。
というか、アミュレットどうしようかな?このまま放っておいても大丈夫かな?
「そうなの?では、初めてだし私が見本を見せるからその後跳んでみようか?」
いやでも、彼女、自力で調べるだけの財力もっているだろうし、万が一もあり得る。
流石に周囲の人間すべてを洗いざらいに調べられると、だましきれるか微妙なところだろうしなぁ。
体育教師は理想的な走り込みの後踏切、ベリーロールでバーを跳び越えた。
「いってみようかー」
「「「「「頑張って白鳥さん(様)」」」」
隣で同じく走高跳をしている男子諸君と女の子達から声援が送られる。
というか、誰だよ様って言ったの。
アミュレットの件は俺から適度に横やりを入れてやるか?
情報を小出しに彼女に与えてやればある程度コントロールできるか…?
「おーい新入りさーん」
「葵さん、葵さん」
ステラが俺の肩を叩いて気づかせてくれた。
うぁ?おおそうだった。
お願いしますと魔導書をステラに預けた。
「いきます!!」
だっだっだとこれまた理想的で力強いダッシュ。
あれ、俺本気だして良かったっけ?
力強く踏切、背面跳びに移行。
「「「「!!!!!」」」」」
設定されたバーより恐らくは50cm、下手すれば60cm位は高くバーを跳び越えてしまった。
着地。
「えっと、君オリンピックとかでてないよね?陸上の」
「そ、そうですね?そのような催しには出たことがありませんね」
「これ、見てくれる」
バーの高さは1m40cm
うわあやってしまったぁ。
「すみません本が無くて震えが…」
逃げるようにステラの元に戻り、本を返して貰う。
「葵さん、凄かったですよ。運動が得意なのですね!!」
まるで自分のことのように喜んでくれるステラ。
得意とかそういうレベルじゃないんだよな。
その後は、体調不良を理由に見学させてもらったが、世界記録付近の成績を出した今、それを信じる者はステラ以外いなかった。