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RUN OF THE HOUSE

「いよいよだ」


 私は終業のベルを待ちながら、来る怒涛の日々に向けて、モチベーションを上げつつあった。

 週に三回の学校は、ホテルのある丘を下った町にある。ロジェが通い、ルネが通った学校だ。小さな校舎に、それほど多くない生徒数。すべての子供が学校に通えるわけではないから、やっぱり私は恵まれている。

「では、もう時間ですから、今日の授業はここまでです。皆さん、気を付けて帰ってくださいね」

 先生の一言と共に、鐘が鳴る。この先生はいつもそうで、何かしらの超能力を持っているんだと噂だった。

 私は急いで筆箱と教科書を鞄に詰め込んで、石版をきれいにすると、先生に挨拶して教室を飛び出した。

「エメちゃん、急いでどうしたの?」

 背後からかけられた声に振り返ると、私の数少ない友人である、シャーリーが居た。ふわふわした薄茶色の髪が可愛らしい、私と同い年の女の子だ。

「明後日の祝賀会に向けて大忙しなの! 準備があるから急いで帰るね!」

「そうだったんだ! 邪魔してごめんね、頑張って!」

「ありがとシャーリー! また来週!」

 私が笑顔でシャーリーに手を振って、今度こそ家に帰ろうとした時、目の前を三人の女子に塞がれた。

 見上げると、不機嫌そうに腕を組んだルビー・ベルガモット。金髪美人で有名だけど、何故か私に突っかかってくる。

「あら、エメ・ノワー。ご機嫌いかが?」

「ごきげんいかが?」

 ルビーの言葉を繰り返す取り巻き女子。

「おかげ様で絶好調よ。それで、クイーン・ビーが私に何の用?」

 クイーン・ビーというのは、彼女のあだ名で、美人だけどいじめっ子なのを揶揄していた。

「ふふ。噂を聞いたの。貴女がチュテレール家の本当の娘じゃないって」

 勝ち誇ったように言うルビーに、私はそんなことか、とため息をついて、彼女たちを無視して踵を返した。

「何も言えないっていうの? 噂は本当だったのね!」

 彼女の言葉に、歩みを止めて、振り返った。


「そうよ。私は孤児院出身。捨てられて、心身共に疲れ果てて、逃げ出した。子供に番号付けて、売りさばくような孤児院にいた、哀れな孤児よ。ルビー・ベルガモット。貴女って私のことを心配してくれる、そんなに優しい人間だったのね。世の中には心の美しい人がいる、って本当だったんだわ。父も母も、血の繋がっていない私を本当の娘のように、いいえ、本当に娘として愛してくれているけれど、ルビーの慈悲深さには負けるでしょうね。じゃあ、また来週、聖女様!」


 別にこんなこと言わなくたって良かったのだが、年下の私にちょっかい出してくるのは、そろそろやめて貰いたくて、つい言い過ぎた。

 先月、父と母に大切にされていることを実感してから、私は自分のことをもっと大事にしてあげようと思ったのだ。これはその第一歩。自分と、その家族を貶めるような発言には、ちゃんと反撃するのが新しい私だ。







 荷物を置いて、エプロン姿になると、私は既に作業に取り掛かっているジャンに挨拶した。

「おはようございます」

「エメ、卵割っておけ!」

 忙しいジャンの指示に、飛び跳ねるようにして、朝届いたらしい卵を取り出す。私は、一心不乱に卵を割り始めた。割る、卵白、卵黄。割る、卵白、卵黄。リズム良く、殻が卵黄を傷つけないように。

 調理場では、母が忙しく宿泊客の食事の用意をしている。先ほど見たら、既に何台かの馬車が停まっていたから、今頃チェックインラッシュだろう。お父さんもルネも、忙しいんだろうな。

シェフ(総料理長)! エメ入ってます!」

「了解」

 ジャンの言葉に、ちらりと、母の目線が私に送られる。この一か月、厨房での母を見てきたが、驚くほど手際よく、一度にいくつもの料理を見る彼女は、まったく仕事に妥協がなかった。それは弟子のジャンも一緒で、母たちが作る数々の料理の締めとなるデザート作りに、並々ならぬ情熱を注いでいることが、肌で感じられた。私がなっていないのを見ると、二人から容赦ない怒号が浴びせられた。

 でも、私は嬉しい。何となく、弟子として認めてもらえているような気がするから。



『シュー』と名付けられたのは、あの日皆が顔をしかめた、クリーム入りの軽焼き饅頭だ。熟練のジャンの腕と頭脳、勘によって、空気を食べているかのような、ふわっとした生地が完成した。炒ったアーモンドを乗せることで、食感に変化を持たせている。中に入れるクリームは、濃厚なカスタード。卵黄を、贅沢に使用している。その味は、間違いなく『正解』だった。一口食べて、「コレだぁっ!」と叫んだ時の、ジャンの誇らしげな顔と言ったらもう。見た目は地味だが、きっとその味に驚くはず。私は雲だと思ったけど、ジャンにはキャベツみたいに見えたらしく、この名が付いた。


 そして、『マカロン』と名付けたのは、果実で色づけした、色とりどりのアーモンドビスケット。良く泡立てた卵白を用いて、低温でゆっくり焼くことによって、表面はつやつや、齧るとシャリ、とした歯触りと、しっとりとした豊かな香りのアーモンド生地を楽しむことができる菓子だ。着色に用いる果実によって、風味づけもでき、様々なアレンジが可能である。今回は、黒スグリに、ヤマモモ、リンゴの皮をそれぞれ煮詰めてピューレ状になったものを用いることにした。三種のピンクが、美しいグラデーションになってくれることだろう。



 その他にも、星や花の形のクッキーや、昔ながらのバターケーキに砂糖を固めた飾りをあしらったものなどを用意する。

 祝賀会には、大人向けの洋酒を使った深みのあるデザート、子供には色鮮やかで、軽い口当たりの菓子を用意せねばならない。日持ちのするバターケーキとクッキーは既に作ったが、まだまだゴールは遠い。

「エメ、メレンゲ! 作れるだろ?」

 ジャンの言葉に、私は鼻息荒く頷いて、体より大きいかもしれないボウルを抱え、泡だて器を握った。










 エメ・ノワーが髪を振り乱しながらメレンゲ作りをしている頃、総支配人セザール・チュテレールは、毎年のことながら、この祝賀会の盛況ぶりに早くも疲れを感じていた。一世帯に一つの馬車でやってくる貴族なんてまずいない。数十の家が、家族を連れて二台ほど馬車を使ってやってくる。丘の空き地を使っても、どうにかこうにか停められるか、というぎりぎりのラインだ。

 さらに、車寄せではトラブルが絶えない。やれ身分が上だの下だのと、やんごとなき貴族語でやりあったりするのだから、ドアマンの腕が試された。

 この祝賀会では、セザールは徹底的に裏方に回る。総支配人として、客と顔を合わせるのは、最初の出迎えくらいだ。後は、自分は何かあったときの砦となるために、従業員たちの支えとなるのだった。


 一つだけ、彼がいつものように、シャトー・ド・ラ・ダームの顔として、ゆっくりと挨拶するのは、この会の主役である、国王王妃両陛下のみだった。

 彼らは一番最後にチェックインする。祝賀会の前々日、夕食の時間の直前だ。毎年そうなので、料理人たちはやきもきしながらも、両陛下の分を、皆と同じタイミングで作り始めるのだった。そして、不思議なことに、サーブする段になると現れるのだ。


「ようこそおいでくださいました、両陛下」

 

 最敬礼で出迎えるのは、御年五十二歳の国王陛下と、凛として側に立つ王妃殿下。主要な従業員が、一列に並び、彼らを出迎える。

「セザール、一年ぶりだな。我々の我儘で来ているのだ。毎度世話をかけるね」

 国王陛下直々に言葉を賜り、セザールは頭を上げぬままに礼を言った。

 そして、担当のコンシェルジュが、陛下の付き人と共に、夕食を用意した部屋まで案内する。そこからは、両陛下付きの者と一緒に、ポーターが荷物を最上階のペントハウスに運び入れ、入用の物を手配する。ベッドカバーを外すなどのサービスを全室終わらせるのも、この夕食時だ。


 今年も怒涛の一日が、幕を開けようとしていた。










発明した菓子の名前は、悩みましたが変に作らないでみました。

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