PEAK SEASON
4000pt記念に、朝から更新します。
まったり日曜日な方、どうぞお楽しみ下さい
『シャトーの皆、お元気ですか?
手紙が遅くなってすみません。大学生活も、残すところあと一年。三年経った今でも新しい発見で一杯です。
侯爵家のアルフレッドは、卒業して近衛隊に入りました。カミーユは既に魔法省で働いていますが、卒業を待ちきれないという省に対して日々戦っています。僕はというと、王宮で働かないか、と今もうるさく言われていますが、安心して。すぐに帰ります。
ルネもエメも大きくなったのかな。ルネは十四歳でエメが九歳になるのか。エメの成長を見逃してしまったことが悔やまれます。
くれぐれも健康には気を付けて。母さんの料理を食べられるの、楽しみにしてるよ。 ロジェより』
割とあっさりした兄さんの手紙を、休み時間中に皆で回し読む。お義父さんのことに触れていないのが、何とも言えないけど、皆ロジェ兄さんの元気そうな様子に安心した。
今朝、セリアさんが花の配達に来たとき、とても嬉しそうだったから、彼女のもとにも手紙が届いたのだろう。きっと甘い言葉に埋め尽くされた奴が。
兄さんがこの地を旅立って、もう三年の月日が流れた。里心が付くといけないとか言う謎の理由で、ロジェ兄さんは王都に行ったまま帰ってこない。だから、きっと美男に拍車がかかっているはずの兄さんの姿は、想像するしかないのだ。
王都の女が放っておくわけないね。
セリアさんの気持ちを思うと、さぞ心配だろう。しかし、毎日のように花の手入れをしに来ている彼女は、幸せそうにしている日が多いので、周りが思うより順調なのかも。ロジェ兄め。恋人に送る手紙の方が多いんだな。
十四歳になったルネは、十五歳になるのが待ちきれない様子で、お義父さんの後を付いて回っては仕事をしたがっている。そんなルネの事を、お義父さんは可愛く思っているのか、時々微笑みながら見ているのだ。
「コレット、リネンの数は足りてる?」
そうやってハウスキーパーのお姉さんたちに聞いて回り、客室の確認をしたり、ドアマンにお客様の名前や容姿の特徴を聞いては、メモをとっている。ルネの頑張り屋な所を、皆好ましく思っているから、まるで従業員全員が親鳥のような気持ちでいるみたいだった。
ルネが、こうも張り切るのには理由がある。
もちろん立派なホテルマンになりたい、という思いもそうだが、毎年恒例の国王王妃両陛下の結婚記念日を祝う祝賀会が、来月に控えているからだ。
三、四年前までは気が付かなかったが、毎年この初秋の頃になると、ホテルの前の車回しが大混乱に陥る時期というのがあって、厩も馬車置き場も満車になり、ホテルも全室空きがなく、父も母も大忙しで滅多に会えなくなるのだが、どうやらそれが、両陛下の結婚記念パーティーだったらしい。
ロジェが居た頃は、若い子女を楽しませるのが役目だった。大人たちが食事やダンスで夜を明かすのを、退屈した子供たちに邪魔されないように、様々な企画を立てて日中の間に疲れさせて早く眠らせる。これが大きなミッションだ。
ロジェが大学に行ってしまってから、この仕事は初老のベテランコンシェルジュに任されていた。そして今年は、そのコンシェルジュの助けを借りながら、ルネが担当することになったのだ。
「エメ! ちょっと手伝って」
私が、去年から通い始めた学校から帰ってくると、ルネが素早くホテルに連れて行く。これが最近の流れだ。
「今日は何?」
「パジャマパーティーすることになっただろ? それで、道化師なんかの手配は出来たんだけど、なんか物足りないんだよね。女の子から見て、どう?」
ルネが私に見せてきたのは、当日の行程表だった。
メインは祝賀パーティーの夜会なのだが、だいたい参加者はその前々日から泊まることが多い。この時期の滞在は、貴族として外せないもので、男たちは狩りや釣りを楽しみながら社交し、女たちはホテル内で茶会やゲームを楽しんで情報交換するのであった。夜会での衣装選びなどで忙しくしている間、その子息・令嬢をもてなすのも、ルネらの仕事だ。
到着後は旅の疲れを癒してもらうために、特に予定は組まれていない。
そしてその翌日は、バスケットに軽食を詰めて湖の散策。動物や珍しい植物を、実際に目で見て触って楽しんでいただく。その後は、湖畔で用意していたランチを食べ、ホテルに戻って休憩。午後は、子供たちも夜会の序盤には参加するため、身支度を始める。そして夜会から引き揚げてきたところを、寝室に案内するのだ。
ここまでは、昨年までのコンシェルジュのプランとあまり変わりがない。しかし、今まではそのまま夜会に参加して疲れたところを眠らせようという作戦だったが、そう子供が寝付いてくれないという問題もあった。そこで、ルネと私が考えたのが『子供の夜会』だ。まぁ、豪華なパジャマパーティーだよね。
手品師や、道化師を招いて芸を見せてもらったり、「大人が楽しんでいる間、子供が楽しめないなんてずるい!」という発想で、この企画に行きついた。
「でも、十分すぎるほどじゃないの? これ以上何があるかなぁ?」
私には貴族の暮らしなんてわからない。唯一知っているのは、フルーヴ兄妹だけど、彼らはただの原っぱで興奮するような人達だったし。
最近孤児院にいた頃の記憶が薄れてる。この幸せが普通のように感じ始めてから長い。お義父さんもお義母さんも、『エメがこの生活を普通だと思ってくれるのが、私たちの幸せなのだ』と言ってくれるけど。その愛情に報いるような何かを、私は出来ているのだろうか。この考え方が、きっと間違っていることは、頭と、うっとうしい前世の価値観によって、分かってはいるんだけど……。
こんなに企画があって、退屈する子供なんているのかね。貴族様っていうのは、普通の生活が幸せだと思えない人種なのね。
「じゃあさルネ兄、お菓子でも用意してみたら?」
「菓子?」
「うん。女の子って、多かれ少なかれ甘い物が好きだし。それに見た目が可愛いものも好き。だから、沢山可愛いお菓子を用意して、好きなだけ食べてもらうの」
私はペンを持って、行程表の下書きの紙の裏に、沢山のお菓子が積み重なったタワーがいくつか並んだ図を描いた。
「お、おおお! これは視覚的にもインパクトあるな!」
ルネが喜ぶのを見て、私も笑う。
「でも、こんなお菓子、見たことないぞ?」
首をかしげるルネに、そんなはずはない、と私が描いた菓子を凝視した。
ころん、とした真ん丸の菓子、ぷっくりと雲のようにふくらんだパンのようなもの。
あれ? 確かに、これ、なんだろう。
この違和感に、いつものやつだ、と思い至る。まただよ。
時々こうやって、自然にやったことや、言ったことに、前世の記憶が表れることがある。たとえば、計算問題を解いているとき、周りはもちろん、自分も知らない式を使って解いていることがあるのだ。おかげでこの町の神童扱い。またルネ兄の自尊心を刺激しているのだが……。いや、今はそんなことどうだっていい。
「あ、あれ? 本で見たのかな……」
そうごまかす私に、ルネも納得したような素振りを見せる。
「そうか、じゃあその本を持って、菓子担当のジャンのところに行こう!」
いや、それは困る! 本なんてないし!
「え、あ、私が、作ってほしいレシピだけピックアップして、伝えておくよ!」
「ん? なんでノワーがそんなこと?」
ルネの疑問はもっともで、私がそこまでする必要はないんだけど、問題の本がないんだから何とか誤魔化すしかない。
「が、外国語の本だったからさ!」
「の、ノワー! 外国語もわかるのかよ! くっそう……、い、いや、流石は俺の妹だ!」
残念な兄の様子を見ても、自分が言ってしまったことを、どう責任取ろうか気が気でなく、無意識に飛び出る前世の記憶らしきものを呪った。
誤字脱字のご指摘や、文章のおかしな点、ご指摘頂いたので、訂正しつつあります。とってもありがたいです。ありがとうございます。
期待してるよ、との感想も頂き、こたえられるように、そしてガス欠起こさないように、頑張ります!