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CHECK OUT

 オドレイお嬢様、というかフルーヴ侯爵家が宿泊している間、私とルネは一緒になって湖に釣りに行ったり、木の実狩りに行ったりして遊んだ。侯爵様の長男アルフレッド様と次男でロジェ兄と同い年のカミール様は、何やら高尚な話をしているらしく、そこに混ぜてもらえなかった三男のガスパール様とオドレイお嬢様、ルネ、私が遊び仲間だった。

「エメちゃん! こっちこっち!」

 オドレイお嬢様は、すっかり私のことをお友達だと思ってくれたようで、エメと気安く呼んでくれるようになった。私もお姉さんが出来たみたいで楽しくて、何より金髪碧眼の美少女を堪能できるなんて幸せ過ぎる!


 ん、美少女を堪能……? いや、前世の趣味なのでは、と考えるのはやめておこう。うん……。


「まって!」

 オドレイお嬢様に手招きされて辿りついたのは、森の中だけどそこだけ太陽が燦々と降り注ぐ原っぱだった。

「こんな場所があったなんて、知らなかったなぁ」

 そう言うのは、この地で生まれ育ったはずのルネ。私もこの森で遊ぶことは多かったけど、こんな開けた場所は知らなかった。

 後からついてきたガスパール様は、原っぱにたどり着くや否や、何故か興奮気味だ。

「す、素晴らしい! 生命力にあふれている! 木も、花も、湖も、こんなに精霊たちで溢れているなんて!」

 何かファンタジックなワードが聞こえて、私はルネと顔を見合わせた。

『精霊』?

「お兄様! 見てください、太陽の気に溢れています!」

「おお! こんなのは初めて見た! きっとカミーユ兄さん悔しがるぞ!」

「ええ、違いありませんわ!」

 フルーヴ兄妹は原っぱを駆け回り、草や、花を見ては感嘆している。その光景は、何もわからないチュテレール兄妹から見ると、気味が悪いものだった。何か、変なもの食べたのかな。ぐるぐる回りながら、満面の笑みを浮かべているフルーヴ兄妹に、背筋が寒くなるのを感じずにはいられなかった。

 しかし、隣で呆然としていたルネが、突然思い出したといった風に手をたたく。

「あ、そうか。思い出したぞ。確か、フルーヴ家は古くから続く精霊使いの家柄で、魔法省勤めが多いんだ!」

 魔法省……。確か、ここに来てから読んだ本の中に、『魔法』に関するものがあった。


「魔法とは、自然界に存在する精霊との契約によって行使される超自然現象。精霊と契約を結べる者は、特性として精霊の姿を目視することが出来るが、それは世界でほんの一握りの限られた存在である。伝統的に精霊使いの家系は爵位を持つことが多い」


 記憶していた本の一説が、つらつらとこぼれ出る。あ、やばい。と思った時にはもう遅かった。真横に居たルネの顔が目の前にあり、その深いブルーの瞳がこれでもかというほど見開かれている。幸い、精霊だなんだとはしゃいでいるフルーヴ兄妹には聞かれていなかったらしいが、ルネはばっちりしっかり聞いたようだ。

「ノワー……、お前……」

 次に訪れる言葉が怖い。一年ひた隠しにしてきたというのに。また、年不相応だと思われるだろうか。気味が悪いと言われるだろうか。

 誰だよ書庫の鍵を開けといたの。開いてたら入っちゃうだろ。面白そうな本があったら読んじゃうだろ。ベッドに隠れて読み漁りましたよ、隙を見て。ああ、もう。知らなきゃ口走ることもなかったのに!

 まったく明後日の方向に文句を言っている私だが、ルネの顔から視線をそらすことは出来なかった。

「て、天才なのかよ! 兄ちゃんと同じ人種なのか!」

 しかし、彼の口から飛び出したのは、思ってもいない一言だった。ルネは「絶望」といった様子で頭を抱えて原っぱに倒れこみ、足をばたつかせた。

「くっそう! 妹になら勝てると思ったのに! どうして俺の周りは天才ばかりなんだぁー! 俺が霞むだろうがよー!」

 ルネの叫びに、今度は私が驚く番だった。残念なほどに自己中心的。美少年がもったいないほどの悲痛な叫びに、はしゃいでいたはずのフルーヴ兄妹も何事か、と飛んでくる。

「どうしたの、ルネ君!」

 慌てた様子のオドレイお嬢様が、ルネの元に跪き、その頭を持ち上げて心配そうに覗き込む。泣いてはいないが、十分美少年が崩れてしまったその顔に、ガスパール様は引いている。でも、お嬢さまは変わらず心配そうだった。

 しかし、「どうして?」と聞かれて答えられないだろう。兄と妹が天才らしくてショックだなんて。

「べ、別に。いつも兄ちゃんと比べられて悔しかったわけでも、勝てると思ってた妹が天才だったからショック受けてるとか、そういうわけじゃねぇし!」

 言っちゃうんだ……。ルネ兄……。完全に素になってるし。私のせいなんだろうけど、きっとフルーヴ兄妹はびっくりしていることだろう。

 そう思った私だが、その予想も見事に裏切られた。

「ルネ! 君の気持ちは痛いほど良く分かるよ!」

 そう言ってルネの手を握りしめたのは、さっきまで引いてたはずのガスパール様。目を赤くして、ルネの手を両手で握りしめている。

「僕も兄二人と比べられて育った。剣術に長けたアルフレッド兄に、魔法省に行く未来が約束されているカミーユ兄さん。僕は剣も魔法も二人に勝てない。その上、オドレイは見ての通りの花のように可愛らしい美少女だ。三重苦だよ! 分かるかい!?」

「分かります!」

 ルネが空いていた手で、ガスパール様の手をがっしりと握る。二人が通じ合った瞬間だった。しかし、そこにオドレイお嬢様の手が加わり、男二人は彼女に注目した。


「お兄様! ルネ君も! どうして人と比べるの? 二人には、誰にも負けない良い所があるはずでしょう!」


 その青く澄んだ瞳を潤ませて言う彼女に、ガスパール様もルネも私も釘づけになった。

「お兄様、確かに剣と魔法では、アル兄さんとカミーユ兄さんが優れているかもしれません。でも、私は知っています。二人よりもお兄様が優れている所を」

 ガスパール様は、オドレイお嬢様の目を見つめたまま、続きを待っている。

「お兄様だけですわ。私がどこにいるのか、何をしているのか、すぐに気づいてくださるのは。それはお兄様が私のことを一番気にかけてくれているから」

「……オドレイは、すぐにどこか行っちゃうから」

「申し訳ありません。でも、お兄様は私を見失ったりなさらないでしょう? だから私も思い切り好きなことができるのです。お兄様のその目と耳は、必ず私を見つけてくれる。私、そんなお兄様の優しい所、大好きですわ」

 お嬢様の言葉に、ガスパール様は顔を赤くして俯いた。

「オドレイは、花の精霊の匂いがするから、すぐに分かるよ……。アルフレッド兄様は、太陽のような炎の気。カミーユ兄さんは水の精霊の匂いがするし、オドレイだけじゃなくて、すぐに見つけられるよ……」

「まぁ! お兄様、精霊の匂いまで分かるのですか! そんなに精霊の事を感じられるのは、お兄様だけですわ! 素晴らしいことよ!」

 思いがけずに見つかったガスパール様の才能。本人も驚いた様子で、それと共に嬉しそうだった。

 そして、オドレイお嬢様の視線は、ルネに移る。

「お兄様ほど、長く一緒に過ごしたわけではありませんけど、ルネ君は、口で言っている程、ショックを受けてはいませんわ」

 オドレイお嬢様の言葉に、私もルネもポカンとする。

「だって、ルネ君っていつもそう。憎まれ口ばかりだけど、結局はエメちゃんのことを大切に思ってるし、彼女がどういう天才なのかは分かりませんけど、顔が嬉しそうですもの」

 オドレイお嬢様の言葉に、私はルネを見つめた。嬉しそう? どこが?

 私もルネも顔を見合わせてしまうが、オドレイお嬢様はそんな私たちを見て楽しげに笑った。

「分かっていないなら良いのです。でも、ルネ君もお兄様と同じくらい優しいお兄さんだわ」

 そう言われたルネは、顔を真っ赤にしてオドレイお嬢様の手をすり抜けた。

「た、大変お見苦しい姿をお見せして、申し訳ありませんでした。その……、ありがとう……」

 お嬢様の方をちらちらと見ながら言う兄の姿と、優しげに微笑んでいるオドレイお嬢様の姿に、私は「お?」と思う。ガスパール様もそれは同じのようで、私と目が合うと、にやりと笑った。

 ルネ兄さん、もしかしてフラグ立ったかもよ!?

 

 ん? フラグって何だ? ……まぁ良いか。




 翌日、フルーヴ侯爵一家は一週間の滞在を終えて、領地に帰って行った。

 オドレイお嬢様が、帰り際にルネに森で摘んだらしい花を渡していた。これにはその場に居合わせた者が少し驚いたが、ルネが自分の宝物を渡していたことには、誰ひとり気づかなかった。真っ赤になったルネの顔がうつるように、オドレイの頬も赤く染まったが、それにはルネ本人が気付かなかった。

 二人の少年少女の胸に、淡い、とても淡い想いが広がりつつあった。








ガスパールとオドレイ、気に入ってくれるといいです。

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