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REGULAR CUSTOMER

本日二度目の投稿です。

 私がシャトー・ド・ラ・ダームに引き取られてから早一年。ホテルでの仕事は出来ないけれど、チュテレール一家が暮らす、従業員寮のペントハウスではお手伝いさせてもらっている。

 この従業員寮には地方から出稼ぎに来ている農家の次男坊だとか、花嫁修業のつもりの娘が多い。職場恋愛の末、結婚するカップルも多く、去年は二組の男女が結婚して寮を出ていき、丘の下の町に住み始めた。そんなふうにして自宅から通っている者も多いのだ。というわけで、従業員寮に住んでいるのは、現在五人。その部屋はいずれも一階にあり、経営者一家のチュテレール家の居住スペースは、階段を上がった二階フロア全てなのであった。

 私は今年六歳になり、ルネは十一、ロジェ兄は十七になった。私のお手伝いなんて、大したことは出来ない。洗濯や床拭き、風呂掃除くらいのものだ。暇な時間は学校から帰ってきたルネと一緒に遊んでいる。


「あなた達、ここで何をしているの?」


 いつものように、ルネと私が庭で遊んでいる時だ。小鳥がさえずるような可憐な声色で尋ねてきたのは、それこそ花の精と見まがうような少女だった。ああ、お城(ホテル)に住んでいるお姫様だ。彼女の後ろには、お付きの侍女らしき人が立っていて、やんごとなき身分の方だということが分かる。

 私と一緒に振り返ったルネは、彼女が宿泊客らしいことを察すると、滅多に見せない美少年モードになって頭を下げた。そして、侍女のお姉さんが、子供同士で話すことを咎めそうにないのが分かると、ルネが口を開いた。

「本日は、当ホテルをご利用いただき、誠にありがとうございます。私、当館総支配人セザール・チュテレールが次男、ルネ・チュテレールと申します。恥ずかしながら、幼い妹が外で遊びたがるものですから、ここで土遊びをしていたのです。お目汚しになったようでしたら、場所を移します」

 さりげなく私のせいにしているルネを軽く睨み、私も土を払って軽く礼をした。スカートの端をつまむなんてことはできないけれど。

「わたくし、エメ・ノワー・チュテレールにございます」

 ルネにもらった名前は、今や私のミドルネームになっている。『五番』を卒業してまだ一年だが、この名前はとてもしっくりきていて、まったく違和感がなかった。

 目の前の美少女は、私たち兄妹に少し調子が狂わせられたようだが、お嬢様らしく持ち直した。本物のお姫さまらしく、スカートの端をつまみ上げ、膝を曲げると、貴族どうしの挨拶のように恭しく自己紹介した。

「不躾にお声かけしたこと、謝りますわ。私は、フルーヴ侯爵家、オドレイ・ド・フルーヴ。お見知りおきを」

 侯爵家のご令嬢と聞いて、ルネが緊張するのが分かる。とはいえ、このホテルに宿泊する人は高貴な人ばかりだから、彼もそれなりに慣れてはいる。私は事情の分からない六歳児でいれば良いわけだし。

「あまり緊張なさらないで。普段は同じ年頃の方と接する機会が少ないから、この旅行で友人ができることに期待していたの。それで、土遊びとは、どういったものなのかしら」

 緊張するなと言われても、とルネの顔に書いてある。しかしここは、お嬢様の意向に沿って、楽しく過ごしてもらわなくっちゃ、兄さん。

 私はあどけない幼女スマイルを貼り付けて、無邪気な六歳児を装うと、オドレイお嬢様の腕に飛びついた。養子に迎えられてから、こういう猫被りも覚えたのだ。

「うん、いっしょに遊ぼう! こっち来て!」

「え!? あ、ええ!」

 オドレイお嬢様の腕を引いて、私とルネで作った土のお城を見せる。それは木片や指を用いて削り出した、シャトー・ド・ラ・ダームの姿だった。なかなかの自信作だ。おかげで爪の間にも土が入り込んでしまっている。あ、こんな手でお嬢様の腕を掴んでしまって良かったのだろうか。

 お嬢様が土のお城に感心している隙に、私は侍女のお姉さんの顔色を窺った。微笑ましくお嬢様の様子を見ているから、大して問題ないんだろう。私に見られていることに気付いたのか、侍女のお姉さんが少し驚いた顔で見てくるが、無邪気スマイルで回避する。

「これは、あなた達が、手で作ったものなの?」

 オドレイお嬢様の驚く声に、ルネが剥げかかった美少年仮面で、満足げに笑った。

「ええ! 一から俺とノワで作ったんです!」

 ルネ兄さん、もうそれ、ほとんど素ですよね……。胸を張る兄の姿は、少し残念だった。







「フルーヴ卿、本日は当ホテルをご利用いただき、誠にありがとうございます」

 総支配人と、コンシェルジュ数名の出迎えに、立派な髭をたくわえたフルーヴ侯爵は満足げにうなずいた。

「セザール、顔を上げてくれ。十年ぶりになってしまったからといって、そんな他人行儀は困るよ」

 気安い調子の侯爵に、セザールも笑顔になった。フルーヴ侯爵にとって、このホテルは第二の故郷のようであったが、末娘の誕生によって、彼女が大きくなるまでは、妻の負担になってはいけないと、家族旅行は控えていたのである。

「本当にお久しぶりですね。私、こちらで頂く魚料理を、とても楽しみにしておりますのよ」

 そう言うのは侯爵夫人だ。とても儚げな印象を与えるご婦人だが、これで子供を四人も生み育てているのだから、人は見た目じゃない。

「ありがとうございます。総料理長が喜ぶでしょう」

 侯爵の子供は十九歳になる長男と、ロジェと同じ十七歳の次男、そして十五歳の三男に、十歳の末娘なのだが、侯爵が紹介しようとした時にはもう、末娘の姿がなかった。

「父上、あそこに」

 三男が妹のいる場所を指し示すと、庭の隅で丸まった桃色のフリルの塊がある。確かに娘の後ろ姿だが、その両脇にオドレイと同じ年頃の男の子と、小さな女の子がいた。

「あら、もうお友達が出来たのかしらね」

 妻の言葉に微笑む侯爵と、少し顔をこわばらせる総支配人。

「あれは私の息子と娘ですな……」

「ああ、確かにオドレイと同じ年に息子が生まれたはずだったな」

 最後にこのホテルを訪れた時に、セザールの妻の総料理長が妊娠中だったことを思い出す。そういえば、言っても仕事を休んでくれない、とセザールが嘆いていたな。

 いや、しかし、いつの間に娘が生まれたのだろう。

「実は昨年養子をとりまして。娘がどうしても欲しかったものですから」

「ほう、そうか。長いこと来ていなかったからな」

 侯爵は、その事情は掘り下げる必要がないだろうと判断し、早速友達を作って遊んでいる娘の姿に、このホテルに来てよかったと思うのだった。

ぱっと見たら、日間ランキング入りしていたので驚きました。評価も頂いていて、ブックマーク件数も跳ね上がっており、二度見してしまいました。

今日はもう更新するつもりはなかったのですが、調子に乗って4話目です。

まだ主人公6歳ですが、ポンポン成長していく予定です。

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