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GENERAL MANAGER

本日二度目の投稿です

 リゾート地として知られている、ラピス湖のほとりには、その名を国内外に知られている高級ホテルがある。湖畔に佇む白亜の城。陽光を浴びれば、真珠のような輝きを放ち、闇の中では月光に照らされて、サファイアに変わる。古くは、愛する妻のために時の国王が贈った城。


 シャトー・ド・ラ・ダーム――――


 変わらぬその名は、今は人々の憧れの代名詞。国王陛下も宿泊するという、このホテルは、美しい調度品や、窓から見える湖にも増して、行き届いた心配りと、提供される夢のようなひと時が売りだった。


 総支配人であり、経営者でもあるセザール・チュテレールは、このホテルで生まれ、ここで育った。父も総支配人であったし、そのまた父もそうであった。

 チュテレール家は、元々はこの城の本当の主、ラ・ダーム――エロイーズ・ド・ビジュの侍女を先祖に持つ。侍女とはいえ、良家の令嬢であった彼女は、エロイーズ亡き後、この城を下げ渡され、後にホテルとして開業したのだ。


「来週から、満室が続きます。忙しくなりますが、いつものように手を抜かず、お客様に最高の時を過ごしていただけるように努めましょう」

 恒例の総支配人による朝礼が終わり、従業員たちが早速仕事に取り掛かる。まだ余裕のある今週中に、リネン類や、銀食器磨きなどは完璧に終わらせておきたいものだ。

 総支配人のセザールは、そんな従業員一人一人の様子を見ながら、自分の仕事に取り掛かる。執務室に戻ると、机の上に便箋を広げ、宿泊予定の得意客に歓迎の手紙を書くのであった。彼の頭の中には過去十年間、いやそれ以上の宿泊客の顔と名前が蓄積されており、過去の会話も引き出せるようになっている。その引出しの中から、場に合ったトピックを持ち出すのも、彼の為せる技だった。


 セザールにとって、このホテルで働く者は、すべてが家族であった。中には困った者もいる。しかし出来の悪い者ほど可愛く思えるものだった。しかし、彼にも血のつながった家族がいないわけではない。まだまだ若く見えるセザールには、今年十七歳と十歳になる二人の息子がいた。これが二人そろって可愛くない息子であった。

「総支配人、今お時間よろしいでしょうか」

 執務室の扉をノックして、話しかけてきた声は、可愛くない息子の一人のものだった。「入りなさい」と短く答えたセザールの声に応じて入室したのは、父親よりも背が高く育った長男のロジェであった。柔らかな金髪が緩く波打ち、程よく日焼けした肌に影を落としている。親から見ても、とても整った容姿であり、自分の青春時代を思わずにはいられなかった。

「いくつか判を頂きたい書類がありまして」

 ロジェに差し出されたのは、いくつかの商会との契約更新の書類などであった。内容を確認し、判を押す。それをロジェに差し出すと、彼は短く礼を言って立ち去った。

 セザールと息子とは、だいたいがこのような様子で、幼い頃から仕事をしているセザールの姿を見て育った彼らは、自ら息子であることに甘えないように己を律してしまったのである。

 従業員たちとかくれんぼをして遊んでいた息子たちの姿を思いだし、セザールはため息をついた。優秀に育ったことは歓迎すべきことだが、あまりに早く成長したので、さみしく感じてしまうのをどうにもできなかった。

 そんな時、セザールは決まって調理場に行くのであった。




 よく磨かれた銅の鍋がぶら下がっている調理場は、何故だかいつもより騒がしかった。訝しんだセザールが奥に進むと、白衣姿の料理人たちが群がって、何やら歓声を上げている。

「どうした?」

 一番手前にいた男に聞くと、振り返った彼はセザールの顔を見て、とても楽しげな様子で話した。

「あ! 総支配人! すごいですよ、天才少女がやって来ました!」

 総支配人という言葉に反応した何人かの料理人たちが、道を開けて問題の天才少女の姿が見えるようになる。セザールは、少女の傍らにいる総料理長に、何事かと声をかける。

「セザール! 見てよこの子! ジャガイモ剥きがとっても早いの!」

 ジャガイモ? 少女を改めて見ると、彼女の小さな体を超す程のジャガイモの山。そして、一心不乱に皮むきをする五歳前後の少女の姿。なるほど、と思うのは、その必死な丸まった背中がとても愛らしく、真剣にジャガイモをみつめる真っ黒な瞳がくりくりとして可愛かったこと。料理人たちが、ちやほやと『天才少女』と褒めたくなる気持ちも分かる。

「ねぇ、セザール。この子雇っても構わないかしら?」

 総支配人である彼の耳元で、ねだるように言うのは総料理長だが、彼女は同時にセザールの妻でもあった。妻の願いに、セザールは唸る。こんな小さな子供を従業員として働かせたことは一度だってないからだ。従業員の子供たちも、十五歳になるまでは働かせない。守ってきたルールを、この場で崩してしまうことはできない。妻とは言え、その態度を崩さなかったセザールは、総支配人の顔で答えた。

「この話は、今夜しよう。彼女も一緒に連れて来なさい」

 今夜、ということは、セザールは夫婦として話し合おうという提案をした、ということだった。優しい夫の言葉に、茶目っ気たっぷりの総料理長の目は輝いた。








主人公5歳です

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