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「お嬢ちゃん、お名前は?」



 お城の前に辿り着いた時、私は傷だらけの状態だった。腕には木の枝に引っ掛かれた擦り傷。膝や肘には転んだ時にできた怪我。裸足で駆けてきたから、足の裏からか、爪からか血が流れていた。

 そんな私を見つけて、驚いたメイド服のお姉さんが、城の裏側、使用人たちの集まるところに連れて行ってくれると、次々に驚いたようなお姉さんたちが、私の服を脱がせて、体を洗い、きれいな服に着替えさせてくれる。怪我も丁寧に手当してもらい、私は何度お礼をしてもしきれなかった。


「わたし、五番って言います」


 名前を聞かれ、この国の言葉で『五番目』という意味の言葉を発すると、お姉さんたちがハッとした表情に変わった。実際、孤児院ではそのように呼ばれていた。下から数えて五番の孤児、という意味だ。子なしの夫婦なら、まだ小さな赤ん坊を持って行きたいから、小さい者から順番が付く。

 お姉さんに、どこから来たのか聞かれて、私は、ここまで来た経緯をぽつりぽつりと話し始めた。


 孤児院から命からがら逃げ出したこと。路上で知り合ったお兄さんに、袋をかぶせられて馬車に乗せられたこと。しばらくそうしていたら、馬車に強い衝撃が走って、荷台から投げ出されたこと。それからは無我夢中で走って逃げて、気づけば湖のほとりにたどり着いており、遠くに見えたこのお城を目指して来たということ。


  


「コレット、すぐにこの子を、奥様の元へ」

 真剣な顔のメイドさんが頷いて、私を抱っこすると、「奥様」と呼ばれる人のもとへと連れて行った。お姉さんたち、とっても優しかった。今私を抱いてくれている腕も、とても暖かい。


 逃げ出した孤児院のことを思う。私はまだ、お姉さんたちに言っていないことがあった。

 それはどうやら前世の記憶を持っているらしいということ。

 同い年の孤児が貰われていく中、私が残ってしまうのには理由があった。それは、子供らしくないということ。物心ついたのは、まだ親に捨てられる前だった。だから、なぜ私が捨てられたのかも知っている。生まれてからも、大して泣いたことがなく、親の手を煩わせなかった私は、逆に気持ち悪がられ、化物の生まれ変わりだと信じ込まれて捨てられた。

 確かに私は何かの生まれ変わりだ。この世界とは違う、どこかの国で生きていた記憶が断片的に残っている。自分が何者であったかは分からない。しかし、そこで得た知識が残っていたため、私は他の子供よりも何でも良くできたのだ。


「奥様」という人は、私をどうするだろうか。


 連れて来られたのは、清潔感溢れる調理場だった。私を抱いたコレットというメイドさんが、奥様を呼ぶ。仕込み中らしい調理場の忙しげな音に、私は何故か懐かしさを覚えつつ、奥様を待った。

「どうしたの、コレット」

 現れたのは、とても長い帽子を被った、四十代くらいの女性だった。その姿は、どう見ても料理人だ。お城の奥様なのに、なんで? 頭に浮かんだはてなマークはそのままに、私は話の流れを見守った。

「この子、どうやら孤児院から逃げてきたらしいんです。傷だらけで立っていて、手当をしたのですが、孤児院に返すのは……」

 そう言ったコレットさんの比較的気安い口調にも、本当にこの人が「奥様」で合っているのか疑ってしまう。私が彼女を見つめると、彼女も私を見つめていた。何を考えているのかは分からないけれど、悪い人には見えなかった。

「分かったわ。この子はここで預かるわ」

「はい。それから、この子、名前がないみたいだから……」

「そう……。ありがとう。セザールに相談するから、心配しないで仕事に戻りなさい」

 奥様の言葉に一礼して、コレットは私ににっこり微笑んでから去って行った。彼女の背中を見送っていると、後ろでパチンと手を叩く音が聞こえた。

 振り返ると、奥様が私の目線まで屈んで、満面の笑みを浮かべていた。

「腹が減ってるかい?」

 答える代わりに、私の腹の虫が鳴る。ぐぅ、という情けない音に俯くと、奥様は笑って、「嬢ちゃん、ついてきな!」と私を調理場に招き入れた。

 奥様の後ろをてくてくと付いていく私に、料理人の手が止まる。一気に静かになった調理場に、奥様の声が響いた。

「休んでる暇はないよ! あと、誰かこの子にパンとスープを出してやって!」

「は、はい!」

 ちょっと怖いけど、すぐに奥様はやさしい顔で私に向きなおった。

「私はここで料理人をやっているジュリアだよ。この調理場の女王様。分かる?」

 胸を張る彼女に、奥様が料理長であったことを知る。大きくうなずいてみせると、彼女も満足げに笑った。

「はい、お嬢ちゃん、お食べ」

 そうお兄さんが持って来てくれたのは、香ばしい匂いの丸パンと、湯気のたったかぼちゃスープだった。

「いただきます」

 私が手を合わせて、そう言うと、奥様もお兄さんも驚いた様子だったが、私はそれよりスープとパンに夢中だった。あっという間に食べ終わり、おかわりもさせてもらって満足した私は、奥様に向かって頭を下げた。

「ありがとうございました。お礼に働かせてください!」

 顔を上げると、目を丸くした奥様の顔。そして、その眉が悲しげに下がり、奥様は私の頭を撫でた。

「嬢ちゃん、そんなことしなくって良いんだ」

「いえ、働かざるもの食うべからずですから」

 ふっと頭に浮かんだことが口から出る。

「面白いこと言うねぇ……」

 私の勢いに負けたのか、奥様は私にジャガイモを洗っておくようにと言った。

 箱に入ったジャガイモの山に、私の腕が鳴った。

 この感覚は、前世の記憶の欠片が蘇るときに良く似ていた。














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