好奇心
裕也は東京都の渋谷に住んでいる少年だ。至って普通の小学生だが、とある夜に不思議な感覚を抱いてしまった。丁度、母親がイチゴのショートケーキを御馳走してくれた瞬間、目の前のイチゴケーキは本当に存在しているのかと疑問に思ってしまった。小学生ながらにして目の前に置かれているケーキは本物なのかと疑ってしまう。その考え方はさておき、人間ならば誰もが一度は思ったことがある感覚だ。本当に今、自分は現実世界に住んでいるのかと。もしかすると夢の世界を経験しているのではないかと。しかし、それを公言しようものなら間違いなく世間から笑い者にされる。自分だって一度ぐらいは「ここは夢の世界か?」と思った事がある筈なのに、それを真っ向から否定するのだ。その理由はガンギマリ状態の薬物中毒者の症状とほぼ一緒だからだ。ようするに変人なのだ。人間は他人を変人扱いするのは大好物のくせに、自分が変人扱いされるのは嫌う。まったくもって許しがたい種族なのだ。人間とは。そんな自分を戒めるように目の前のケーキを呆然と見つめる少年だった。
「本当に僕はこの世界に存在しているのだろうか」
疑問を思い始めると、もう小学生は止まらない。ぶつぶつと独り言のように、自分は何者で何処の世界を彷徨っているのかと疑いが強まっていく。
「裕也……何を言っているの?」
母親が心配そうに声を掛けてきたが、裕也の誇大妄想は止まらない。丁度、小学生の頃は純粋無垢な状態なので、自分の内から湧いてくる感覚には非常に素直な性質を持っている。故に目の前のケーキが本当に存在しているのか、疑問は尽きない。何度も何度も自分は何者なのかと問い続ける時間が続くだろう。ある意味、裕也は小学生にして、アポリアの問題に直面している。目の前が本当に現実世界なのかは誰にも分からない。もしかすると夢を見ているだけかもしれないし、実はこの世界こそが死後の世界である可能性も出てくる。その可能性は誰にも否定出来ない。
「僕は夢を見ているのかもしれない。確かめないと」
裕也は母親の手から包丁を借りると、次の瞬間には自分の胸を貫いていた。目の前が歪むような立ち眩みを感じ、胸から大量の血飛沫が飛び始める。母親の発狂する声が聞こえてくるが段々と声が小さくなっていく。視野も狭くなり、最終的には何も見えなくなった。何も感じない。裕也は無の世界へと送り込まれた。その世界では全てが真っ暗でブラックアウトしている。意識も無ければ呼吸すら出来ない。
夢や現実世界とは程遠く、そこではひたすら無が広がっていた。